2019年7月30日火曜日

家路 2 3 - 1

 翌日、ネピア・ドーマーは定時に起床して、定時に朝の運動に出かけた。成人して養育棟を卒業して以来、この習慣を続けている。徹夜で仕事をしたり、外勤時代出張した日以外は必ずこの習慣を守っていた。彼にとっては義務ではなく自然な生活リズムだが、時間に正確なので、他のドーマー達が彼の行動を時計がわりにしていることを、彼は知らなかった。
 ジョギングコースを5周して、ジムのシャワーを使い、身支度の為にアパートへ向かおうとした時、背後から足音が近づいて来た。

「おはようございます、ネピア・ドーマー!」

 虫の好かない秘書仲間の後輩、ダリル・セイヤーズ・ドーマーだ。身勝手で、能天気で、甘え上手な男・・・とネピアは評価していた。局長に取り入るのが得意な奴だ。ネピアは故意に気の無い返事をした。

「あー・・・おはよう・・・」

 振り返らずに立ち去ろうとしたが、セイヤーズは横に並んだ。能天気そのもので、相手の不機嫌な顔に気が付かない・・・否、気が付かないフリをしているのか? 彼はネピアに話しかけてきた。

「局長に個人的なお話があります。休み時間で結構ですから、局長の手が空いた時を教えて下さい。急ぎではありません。」

 ネピア・ドーマーはセイヤーズがいつも厄介事を持ち込む男だと認識していたので、局長を煩わせる用件ではないかと怪しんだ。

「用件の内容を簡単にでも教えてくれませんか? 局長はお忙しいのです。」

 内容次第では断るつもりだった。セイヤーズは微かに溜め息をついて、素直に答えた。

「脱走中に住んでいた場所を売り払いたいので、購入希望者と面会する必要があるのです。場所はドーム空港のビルで充分だと思うので、ゲートの外に出る許可を頂きたい。」
「電話やメールで済ませられないのですか?」
「購入希望者はライサンダーと娘を同居相手に希望しています。」

 ネピア・ドーマーは立ち止まって、まともにセイヤーズを見た。驚いた。ライサンダー・セイヤーズが妻を失くした後、誰と住もうが彼の知ったことではない。しかし、ライサンダーの娘は、別だ。大異変の後、地球上で初めて自然な男女の交わりで誕生した女性だ。その子と同居したいと言う人物がいる?

「どう言うことです?」
「ですから、それを説明する為に、局長にお会いしたいのです。」

 ちゃんと簡単に教えたじゃないか。詳細をここで求めるつもりか?

 セイヤーズはお堅い先輩に心の中で毒づいた。ネピア・ドーマーは相手の気持ちを察して渋面をしたが、頷いた。重要な案件だ。

「朝食の後で局長に伝えておきます。」
「よろしくお願いいたします。」

 セイヤーズは精一杯愛想良く微笑んで、第1秘書から離れた。
 後輩が去って行くと、ネピアは歩きながら考えた。土地の購入希望者の身元を確認しなければならない。怪しげな人間に地球の大事な娘を奪われてはならない。