2019年7月28日日曜日

家路 2 2 - 5

 ネピア・ドーマーは、生死リストのデータ移行作業の詳細を知りたい人の為のデモサイトを作っておいたから、とアドレスを告げた。

「もし質問があれば、私に電話かメールを下さい。決して局長のお仕事のお邪魔はしないように。」

 彼が言うと、初めてハイネが口を挟んだ。

「暇な時はいつでも声をかけてくれて構わないぞ。」

 ケンウッドがすかさず言葉を追加した。

「何も声をかけないでいると、ハイネもネピアも若者に無視されたと落ち込むからね。」

 室内に和やかな笑い声が起こった。
 ネピア・ドーマーが、若者達に、仕事を中断させて悪かった、と言い、会合を終了させた。
 大部屋から出ると、ネピアはケンウッドとハイネにも仕事の邪魔をしたと謝った。ケンウッドは彼に言った。

「これも我々の仕事の一つだ。君に邪魔をされた覚えはないよ。」

 ハイネも笑った。

「君は私に楽をしろと言ってくれているのだろう? 有り難いよ。」

 恐縮するネピアを執務室に帰して、ハイネはケンウッドを午後のお茶に誘った。お八つを無視することは、彼にとって堪え難い苦行なのだ。2人で食堂に向かって歩きながら、彼がケンウッドに尋ねた。

「月の本部は私の後継者を決めておられるのですか?」

 ケンウッドは驚いた。そんな話は聞いたことがなかった。

「否、君はまだまだ元気だろうから、誰もアメリカ・ドームの17代目の遺伝子管理局長のことなど考えてもおらんよ。」
「そうなのですか・・・」

 ハイネがちょっとがっかりした様子だったので、逆にケンウッドから質問してみた。

「君は後継者候補を考えているのかね?」

「ええ」とハイネは渋々認めた。それで、彼が局長の日課を複数の人間に割り当てると言い出した理由をケンウッドは悟った。ハイネの頭の中にいる後継者候補は、毎日の日課をこなすのが苦手なのだろう。リーダーとしての資質には優れていても、事務仕事で机に縛り付けられることに苦痛を感じる人なのだ、きっと。ハイネは自身がしんどいから、日課を減らしたいのではない。後継者が能力を発揮出来る環境を整えておいてやりたいのだ。
 ケンウッドはなんとなくその後継者候補に見当がついたが、敢えて口に出さなかった。代わりに、彼自身のアイデアを言ってみた。

「遺伝子管理局長をドーマー達の選挙で決めても良いかも知れないね。維持班総代もだ。」
「選挙ですか?」

 ハイネは意表を突かれた表情でケンウッドを見た。ケンウッドが頷くと、彼は少し考えてから言った。

「髪の色が白いから神様みたいだ、と考えるうちは、ドーマー達が自分達でリーダーを決めるのは難しいでしょう。目上の者に自由に意見を言えるようにならなければ。」