2019年7月25日木曜日

家路 2 2 - 4

 妻帯許可は不要、と言う結論で、ケンウッドはこの件をはっきり明文化させることを次の執政官会議で決めると約束した。執政官達は科学者で、地球の法律に関して無関心で無知だ。わかりやすく説明してやれば賛同してくれるだろう。
 ネピア・ドーマーは少し休んでから、本当の話題に入った。

「次に私が提案したいのは、局長職である生死リストのデータ移行を、局長から内勤部署に移すことです。」

 室内は一気に静かになった。生死リストの仕事は支局から送られてくる死亡届の確認と出産管理区から来る出生報告と胎児認知記録の照合だ。それは内勤で行われている。そして異常なしと判断されると局長に送られ、局長がマザーコンピューターのデータベースに書き込むのだ。
 
 マザーコンピューター・・・そのデータは人類が存続する限り永久に残る・・・
 
 故に、データ入力は決して間違ってはいけない。慎重に細心の注意を払って書き込みが行われるのだ。遺伝子管理局長にとって、それは日常の仕事ではあるが、毎日神経をすり減らしていく。歴代の遺伝子管理局長の在任期間が短かったのはそのせいだ。第15代遺伝子管理局長ランディ・マーカスが30年近くその座にいることが可能だったのは、修行と称して次世代のローガン・ハイネに手伝わせていたからだ。そしてハイネは・・・
 ケンウッドはそっと隣の親友を眺めた。

 この男は日課を苦にしていなさそうだ・・・

 だがハイネは日課を若い者に託したがっている。書き込みが苦なのではなく、毎日と言うのが苦痛と感じているのだ。しかし彼はそれを部下に語ったことがない。ネピア・ドーマーが発言したのは、ネピア自身の考えだ。
 ネピアはハイネを振り返った。

「私は局長からお仕事を取り上げようと言う意図を持っておりません。しかし、私は僅か数回ですが、日課の代行を仰せつかり、その大変さを経験しました。ですから、貴方の後に続く遺伝子管理局長が局長の日課を重荷に感じるであろうことを想像出来るのです。」

 第1秘書はそこで深く息を吸って吐いて、思い切って言った。

「局長の日課を局長お一人でなさる必要はないのではないですか? 支局の数だけ担当者を増やして分業してはいけないのでしょうか? 生死リストですから、生死で2人ペアで行っても良いと思いますが、どうでしょう? 局長は最終的にその日のデータ移行が終了したことを署名で確認されることになされば? 」

 ネピアは若い仲間達を見た。

「局長のお仕事はデータ移行だけでないことを、君達も知っている筈です。局長のスケジュールは我々秘書が調整するが、これが大変難しい仕事であることを言っておきます。つまり、局長は日々非常にお忙しいのです。日課がなくても、お仕事が山のようにあります。」

 毎日庭園で昼寝をする時間があるハイネは無言だ。ケンウッドは微笑んだ。ハイネに時間の余裕があるのは、ハイネの才覚だ。効率よく仕事に時間を配分出来る能力を持っているのだ。
 ネピアは上司2名から何の異議も出なかったので、安堵した。彼は若い連中に言った。

「大至急と言う訳ではありませんが、内勤部署内で議論して、結論が出たら局長室に報告して頂きたい。出来れば10日以内にお願いします。」
「議論の内容は・・・」

と最初に挙手した男が発言した。

「貴方の意見を受け入れると言うことですか、それとも、貴方の意見を前提に、データ移行の仕事をこちらで分担する相談ですか?」
「私は意見を押し付けるつもりはありません。」

 ネピアはいつもの硬い表情に戻った。

「先ずは私の意見を受け入れるか否か、そこから初めて頂いて結構です。」

 男はケンウッドとハイネを見た。

「長官と局長は秘書殿の意見に異議はないのですね?」
「ないよ。」

とケンウッドは優しく答えた。

「君達が君達自身の生死の記録をどう扱うかの議論だ。執政官の出る幕ではない。それにハイネ局長はこの件に関して自説を出す訳にいかない。ただ・・・」

 ケンウッドは小さい声でトーンを落とした。

「私個人の意見は言わない方が良いが、一つの仕事を一人の人間だけに集中させるのは危険だと思うよ。」