2019年7月22日月曜日

家路 2 2 - 2

 地球人保護法改正案もしくは撤廃案が西ユーラシア・ドームから出された話題は、ネピア・ドーマーの耳にも届いた。お堅いことで有名な局長第1秘書は、もしその案件が宇宙連邦で通ったら、どう言うことになるのだろうと真面目に考え込んだ。元は執政官がドーマーに性的嫌がらせをするのを防ぐ目的の法律だったと彼は解釈していた。少なくとも、ドームの中ではそう信じられているのだ。もし、その法律が緩和されれば、執政官が好き勝手をするのではないか? それに腹を立てるドーマーが暴力行為に及ぶのではないか? ネピアはネガティヴな想像をしてしまい、自分の心の狭さにうんざりした。

 もっと物事を楽観的に考えられないのか、私は? これでは局長代理など到底務まらないぞ。

 先日ケンウッド長官から、ハイネ局長にもしものことがあれば代理を頼むと言われて、ネピアはずっと気持ちが塞いでいた。局長職が代理としての仕事であるのは良い。ネピアは野心家ではない。局長の地位に座ってドーマー達を統率しようなどと大それたことは望んでいない。また、生死リストを毎日チェックする仕事も嫌いではない。その仕事が地球人にとって重要なものであることも承知しているし、重荷に感じることもない。代理なのだから、いずれ適性な人物を見つけて譲れば良いのだ。
 ネピアが嫌だと感じているのは、ローガン・ハイネが何時働けなくなる日が来ると考えなければならないことだった。ハイネは彼が物心ついた頃に既に薬剤管理室で働いていたし、彼が遺伝子管理局に入局した時も薬剤師だった。だがネピアは先輩から、白い髪の薬剤師が、実は内務捜査班の潜入捜査官で、未来の遺伝子管理局長だと教えられてから、ハイネに強い憧れを抱くようになった。誰よりも武道に秀で、誰よりも知識が豊富で、誰よりも優しくて、誰よりも美しくて・・・

 私が生きている間、局長が働けなくなるなんてことは有り得ない。

 ネピアはそう楽観的に考えようと努力した。しかし、彼が秘書になってから、ハイネはテロに遭って瀕死の重傷を負ったし、それ以前にカディナ黴感染症の治療に用いられた薬剤で肺を痛めてしまった。激しい運動をすると咳き込む。そして必ず主治医のヤマザキ・ケンタロウがすっ飛んできて、叱りつける。つまり、それだけハイネの肺の問題は深刻なのだ。
 悩んでから、ネピアは一つの解決策を思いついた。

 局長のお仕事を大勢で分担して、局長のお体に負担をかけないようにすれば良いんだ!

 ネピアは、ハイネが意図した局長職分業化案にまんまと引き込まれた。