2017年8月8日火曜日

侵略者 9 - 14

 リプリー副長官が医療区長に会議の後で書類を副長官執務室へ提出するようにと指示を出した。コートニーはハイネに頷いて見せたので、ハイネも軽く黙礼して議場を出ようとした。するとハレンバーグがまたも声を掛けた。

「ハイネ、今夜は時間を空けておいてくれないか?」

 ケンウッドはハイネが口の中で「ちぇっ」と呟くのを目撃したが、局長は半分だけ振り返って、「では7時に中央研究所の食堂で」と返事をした。そしてさっさと出て行った。
 地球人が姿を消すと、ハレンバーグ委員長は議場内を見廻した。

「このアメリカ・ドームのみならず地球上の各ドーム施設でよろしくない風紀の乱れが目立ってきているようだ。
 地球人は女性の数が少ないから、どうしても男性同士で恋愛する傾向がある。しかし、コロニー人がそれに便乗するのは言語道断だ。勿論、コロニー人に恋愛の自由は保障されているが、地球人を相手にするのは謹んでもらいたい。
 諸君が地球の重力に耐えられる限界は長くても10年かそこらだ。諸君がどんなに真面目に地球人を愛しても、何時かはここを去らねばならない。諸君の健康を守るために、そうせざるを得ないのだ。だが、残される地球人の気持ちはどうだろうか。彼等は宇宙に出ることを禁じられている。諸君と共に生涯を全うすることが適わない彼等に、余計な期待を抱かせないでもらいたい。
 友情や愛情は大切だが、地球人とは距離を置いて付き合うようにお願いする。」

 パーシバルはケンウッドを振り返った。ケンウッドは肩をすくめただけだった。ハレンバーグの言葉はそれこそ事なかれ主義に聞こえる。だが、委員長は今はただドーム内の秩序を取り戻せと言いたいだけなのだ。
 その時、サンテシマ・ルイス・リンが独り言の様に言った。

「確かに距離を置くのは大切だ。ドーマーに入れ込んで家族をないがしろにした女だっていたのだから・・・」

 シュウ副委員長が彼の言葉を耳にした。彼女が座ったまま言った。

「貴方の母上、ナディア・リン博士は決して家族をないがしろになどしませんでしたよ。」
「他人だからそう思えるだけですよ。」

 リンが吐き捨てる様に反論した。

「母はドーマーに恋をしたんです。白い髪のドーマーに入れ込んで、相手にされないのに熱中して、最後には家族と過ごすのが苦痛になってコロニーの家を出て行った・・・。」

 シュウが首を振った。

「貴方のお父様がそう思いたかっただけですよ。ナディアは貴方のお父様と性格が合わなくて家を出て行っただけ。それに彼女が勤務していたのはアメリカではなくアフリカでした。白い髪のドーマーと言うのは、恐らく当時アフリカ・ドームに居たミヒャエル・マリノフスキー・ドーマーのことでしょう。彼の栄養素を溜め込む細胞の遺伝子をアフリカの食糧難に活かせないか、研究の為に西ユーラシアからアフリカへ貸し出されていたのです。ナディアは飢餓に苦しむ西アフリカの子供達を救う研究に没頭していました。
でも貴方のお父様は彼女が大勢の貧しい子供達の救世主になるより1人の子供の母親であって欲しいと願ったのです。」

 シュウ副委員長は痛ましそうにリンを見た。

「貴方はここへ復讐に来たのね。間違ったドームへ、間違った相手を標的にして・・・」
「同情は要りません。」

 リンは顔をハレンバーグに向けた。

「月へ行きます。荷物をまとめたいので退出を許可して下さい。」
「許可する。」

 ハレンバーグは保安課員に合図を送り、リン元長官を議場から連れ出すよう指示した。

 パーシバルがケンウッドに囁きかけた。

「リンの子供時代って、一体何時の時代の話だ?」



2017年8月7日月曜日

侵略者 9 - 13

 正午頃になって食堂に人が集まり始めた。ハイネは空になった食器をトレイに集めて立ち上がった。

「会議再開まで、少し昼寝をしてきます。」
「観察棟で?」
「アパートで。」

 彼は片眼を瞑って見せた。

「3年振りの我が家ですよ。」

 彼は返却カウンターへ向かったが、すぐに人だかりが出来てしまった。

「可哀想に」

とパーシバルが呟いた。

「昼休みが終わる迄に彼はアパートに帰り着けるだろうか?」
「私等もそろそろアパートに帰らないか? シャワーを浴びたいし、着替えもしたい。」

 ケンウッドの提案に彼は頷き、2人も食器を返却して執政官用のアパートに帰った。
 ケンウッドは部屋に入ると真っ直ぐベッドに向かい、服のまま寝転がった。直ぐに眠りに落ちたが、20分後には端末にセットしたアラームで起こされた。20分は体が寝てしまう直前のぎりぎりの時間だ。彼は起き上がり、バスルームでシャワーを浴び、髭を剃った。新しい服を着て外に出ると丁度1時だった。急いで中央研究所の会議室に向かった。
 議場内はまだ全員が揃っていなくて、ざわざわと騒々しかった。上座の幹部達もまだ来ていない。どうせなら2時再開にすれば良かったのに、とケンウッドは恨めしく思った。
ヘンリー・パーシバルもまだ来ていなかった。ポール・レイン・ドーマーのファンクラブ全員がまだ来ていないので、何処かで今後のことを論じ合っているのかも知れない。
 ハイネ局長がシュウ副委員長と共に入って来た。杖を突いているシュウに彼が手を添えている感じだ。副委員長は97歳、若い頃にこのドームで勤務していた。ハイネより15歳年上だから、少年時代の彼を知っているのだ。しかし彼は特に彼女の来訪を喜ぶ風でもなく、無表情に介助しているだけだった。ドアが閉じると、彼女は彼に「ここで良いわ」とそれ以上の介助を断り、1人で上座へ進んだ。
 ハイネは彼女を見守るでもなく、くるりと体の向きを変えて自身の席に着いた。ケンウッドは似た様なシーンを以前にも見た気がしたが、それが何時何処でだったか思い出せなかった。
 シュウ副委員長が時間をかけて席に辿り着く頃に、議場内の席が埋まり始めた。ハレンバーグ委員長とハナオカ書記長は一緒に姿を現した。リプリー副長官も一緒だったので、ケンウッドは何となく心穏やかでないものを感じた。
 やっとパーシバルとファンクラブの面々がやって来て、最後にリン長官が保安課員に付き添われて来た。

「みんな戻ったかな?」

とリプリーが声を掛けた。どこからも異存がないようなので、彼は委員長に頷いて見せた。
 ブーンと重力サスペンダーのモーター音を微かに響かせながら、ハレンバーグ委員長が立ち上がり、執政官会議の再開を宣言した。

「この度のアメリカ・ドームの失態に関し、月の評議会と執行部会、それに理事会とも話し合った結果・・・」

 委員長は場内を見廻して言った。

「サンテシマ・ルイス・リン氏のアメリカ・ドーム長官職を解き、月へ送還することとする。理由は、職務怠慢によってドーム内の秩序を乱し、外野に放つべきでない進化型1級遺伝子危険値S1のドーマーを逃がしたためである。」

 リンが立ち上がり、決議を受け容れることを示して頭を下げた。更迭される屈辱で顔は血の気がなかった。進化型1級遺伝子危険値S1ランクの人間を野放しにすることは、宇宙連邦法違反でもある。コロニーによっては宇宙軍が管理する遺伝子なのだ。委員長は月に送還された後、リンにどんな処分が下されるのかまでは言わなかった。それは裁判があるからだろう。
 委員長は続けた。

「リン氏に引き連れられて行動した者も複数いるが、今日は触れない。但し、これから詳細に吟味して行くので、心当たりの者は身辺整理をしておくように。」

 リンの腰巾着達も青い顔をしていた。

「リン氏の後任には、いずれ正式な通達が月から来るが、取り敢えず今日から副長官のリプリー氏にお願いする。間違えないように言っておくが、リプリー氏は副長官のままであるから、長官職は空いている。」

 委員長はリプリーに勘違いするなよと言って聞かせているのだ。ことなかれ主義の副長官は頷いて見せただけだった。
 ハレンバーグ委員長は遺伝子管理局長の席を見て、眉を寄せた。ケンウッドも同じ方角を見て、もう少しで笑いそうになった。椅子に座ったままハイネが大きく船を漕いでいたからだ。
 隣席の女性執政官がハイネの肩を軽く叩いて起こした。ハイネは大きく溜息をついて目を開き、委員長を見据えた。そして尋ねた。

「新しい長官は月から来るのですか?」
「その予定だ。」

 ハレンバーグはハイネが寝ていたのかタヌキ寝入りをしていたのか、判断しかねた。

「今回の様なドーム内の多数の人間が関わっている事案では、全く無関係の人間を送り込む。しがらみがない場所で、好きな様に改革をしてもらう。」

 ハイネが何も言わないので、彼は尋ねた。

「君は反対かね?」
「いいえ、それで進めて下さい。私は新しい長官をどんな風に虐めるか考えておきます。」

 ハイネは立ち上がった。

「業務があるので失礼します。ところで、コートニー医療区長・・・」

 いきなり名前を呼ばれて、コートニーがぎくりとした。

「何かな?」
「昨日の見極めの結果を知りたいのですが?」
「ああ・・・」

 コートニーは固い微笑みを浮かべた。

「もう君の病気は完治している。長官の承認をもらえれば、君は今日から自由に仕事が出来る。」

 ハイネは委員長を見た。

「長官が更迭されました。副長官の署名でかまいませんか?」

 ハレンバーグ委員長が首を振った。

「病気が治っているのだから、署名する人間にこだわる必要はない。リプリー長官代理、君の初仕事だ。」






2017年8月6日日曜日

侵略者 9 - 12

 一般食堂は11時に朝食メニューが終わってランチメニューに切り替わったところだった。昼休みには早いので食堂内は閑散としていた。殆どの執政官が中央研究所の食堂に行ってしまったからだ。だから、配膳コーナーの料理は多くが出来たてで誰も手を付けていない状態だった。これは滅多にランチメニュー開始時刻に巡り会えなかったローガン・ハイネ・ドーマーを喜ばせた。彼は出来たてほやほやのラザニアにサーバーをグイッと押し込み、なんとバットの中身半分をごっそりと自身の皿の上に載せた。厨房のモニターでは客の手しか見えない。誰だかわからない手が料理をいきなり半分取ったのを、厨房スタッフは見た。
 司厨長が飛んで来た。

「おい、なんてことをするんだ! 今日はローガン・ハイネが自由の身になったお祝いにそれを作ったんだ。おまえさんが半分食ったらハイネの分がなくなるだろ!!」

 ハイネは全く気にしないでまだグツグツ音を立てているラザニアに粉パセリを振りかけながら言い返した。

「まだ半分残っている。もう半分を焼いて足せば良いじゃないか。」

 彼の声を聞いて司厨長はハッとした。配膳棚の間から客を覗いて、純白の髪のドーマーを見た。彼が仰天している間にハイネは副菜を3皿選んで支払いを済ませ、先に食べ物を取ってテーブルを確保したケンウッドの元へ行った。テーブル周辺にチーズの香りが広がった。ケンウッドはハイネがラザニアを選ぶだろうと予想したので、自身のメインをアクアパッツァにしておいた。少し遅れてパーシバルが2つのメインディッシュを少しずつ取ってやって来た。

「司厨長が泣いているのだが、虐めたんじゃないだろうな、ハイネ?」
「そんな覚えはありません。」

 ケンウッドは笑った。司厨長は再びハイネとチーズ料理を巡って喧嘩が出来たので感激して泣いているのだ。ハイネ本人はチーズの伸びが良くないと文句を付けながらも幸せそうだ。

「それにしても、今朝はリンが集中砲火を浴びていたが、彼のシンパも無事では済まないだろうな。」

とパーシバルが会議の内容に話しを持って行った。

「実を言うと、僕は不安なんだ。ファンクラブもドーマーをペット扱い同然に振る舞っていたからね。糾弾されたら、違うなんて言えないし、証明も出来ない。もし更迭されることになったら、ニコ、君はきっと無事だろうから、ポールを頼むよ。あいつはああ見えて寂しがり屋なんだ。セイヤーズが逃げたから、かなり参っている。」
「何を言っているんだ、ヘンリー。君達はレインや若い連中を何時もリンから守っていたし、相談にも乗っていたじゃないか。それにレインは存外しっかりしている。」

 ハイネはこの会話に入って来なかった。チーズの糸をまとめるのに忙しかったのだ。

「ポールも無事に済むとは思えないんだ。リン一味に懐柔されたドーマー達は異例の出世をしている。ポールも地位こそ上げてもらっていないが幹部候補生としてかなり優遇されている。きっと処分対象にされると思う。」

 ケンウッドはハイネを見た。ハイネは固まり掛けたチーズで挽肉を包み込もうと奮闘中だ。だが、会話を全部聞いて理解している、とケンウッドは確信した。ただ現在は審議中だから何も言わないのだ。

侵略者 9 - 11

 中央研究所の出口で先に会議場を出た執政官達が渋滞していた。ケンウッドが最後尾の人にどうしたのかと尋ねると、その執政官は不安げな声で答えた。

「外にドーマーが集まっているんです。」

 ケンウッドはハイネを振り返った。ハイネもその返答が聞こえたので、執政官達を掻き分けて前へ出て行った。ケンウッドとパーシバルもくっついてついて行くと、中央研究所の玄関の外に大勢のドーマー達がいて、こちらを見ていた。維持班もいればスーツ姿の遺伝子管理局の局員もいる。彼等はハイネが建物から姿を現すと、突然歓声を上げて押し寄せて来た。ケンウッドの目の前でハイネがドーマーの波の中に消えてしまった。ケンウッドはドーマー達がハイネの名前を連呼し、リンを追放せよと叫んでいるのを聞き取った。
 パーシバルが囁いた。

「まいったな、ドーマーが執政官に意見しているぞ。」

 建物の中の地球人類復活委員会の幹部達には聞こえないはずだが、報告は行くだろう。ドーマー達はハイネがドーマー社会に帰還したことを喜び、リン長官の横暴を止めてくれと訴えているのだ。ドーム幹部の対応次第では暴動が起きかねない。玄関にいる保安課員がうろたえているのが見えた。同胞に同調すべきか、それともこの騒動を鎮圧すべきか、迷っているのだ。
 ケンウッドは出せる限りの声を張り上げた。

「ハイネ、この騒動を鎮めろ!」

 人の波の中から手が高く上へ伸ばされた。

「静かに!」

とハイネのよく透る声が響いた。途端に騒ぎが潮が引くようにハイネが立っている辺りからすーっと収まっていった。ドーマー達が興奮を我慢しているのを確認して、ハイネが言った。

「今日は朝から月の地球人類復活委員会の幹部が3名、地上に降りて来られて、執政官会議を開いている。博士達は早朝から朝ご飯も食べずに話し合ってお疲れだ。昼休みをはさんで、午後からも会議の続きがある。執政官達に休憩を取らせてあげて欲しい。道を空けて通して差し上げよう。」

 すると、ドーマーの人垣の中から1人のドーマーが出て来た。ドーム維持班の総代表エイブラハム・ワッツ・ドーマーだ、とケンウッドは見分けた。普段はあまり執政官と接点がないが、ドーム修復で巡回してくるコロニー人技術者達と裏方仕事をしている職人だ。執政官達は彼を「親方」と呼んでいる。

「ローガン・ハイネ・ドーマー、貴方が生きて戻って来て嬉しく思う。」

 彼が挨拶すると、ドーマー達がまた口々にハイネに復帰を祝う言葉を叫びだした。ハイネはまた片手を挙げて彼等を制した。

「3年も職務から遠ざかり、心配をかけてしまって、申し訳なかった。君達の元気な姿をここで見られて私は嬉しい。私はコロニー人に命を救われた。地球はコロニーに命を繋いでもらっている。だから、彼等の仕事を遅らせないようにしなければならない。
 会議の内容は後で発表があると思うが、ドーム行政の改善に関することだ。みんなの生活にも関わってくる。だから妨害してはならない。さぁ、道を空けなさい。」

 ドーマー達が左右に分かれて通路を作った。ハイネが建物を振り返り、どうぞ、と手を振った。執政官達がおっかなびっくりの様子で歩き出した。自分達が育てたドーマーを恐いと思ったのは初めてだ。言いなりになっていた地球人がいきなり自我を持ったと感じられた。
 ケンウッドとパーシバルはハイネの横に立って執政官達が食堂に入っていくのを見送った。ハイネにはドーマー達が代わる代わる近づいて来て声を掛けていく。ハイネは1人1人に返事をする。疲れないかとケンウッドは心配になったので、そっと声を掛けた。

「我々も食堂へ行かないか、ハイネ?」

 ハイネがハッとした表情で振り返った。

「そうでしたね、早く行かないと昼休みが終わってしまいます。」

 そして彼は尋ねた。

「どちらの食堂へ行きますか? 私はチーズ料理が多い一般食堂が好きなのですが・・・」


侵略者 9 - 10

 サンテシマ・ルイス・リン長官は、確かにローガン・ハイネ・ドーマーに危害を与えるつもりはなかっただろう。だがちょっかいは出し続けた。まるでハイネの気を惹こうと悪戯する幼子の様に。

 この男は精神状態が幼いままなのではないか?

 ケンウッドは蒼白な顔で椅子に戻った長官を見つめた。呼吸器系の遺伝病研究で大きな成果を上げて社会的に成功した男だが、誰かに愛情を表現するのが下手なのだ。
 ハレンバーグ委員長が溜息をつき、次の質問を開始した。

「西ユーラシア・ドームはセイヤーズの遺伝子情報を得たはずだが、向こうも彼をそのまま局員として使用したのは、どんな訳があったのだろうか?」

 ハイネが答えた。

「私は動けるようになってから、マリノフスキーに書状を送り、セイヤーズが自身の能力に気が付いていないことを知らせておきました。マリノフスキーはセイヤーズの素直な性格を鑑み、普通に扱ってやるつもりだと返事をしてきました。セイヤーズは彼の期待に背かず、真面目に勤務に励みました。それで、マリノフスキーは、ご褒美に彼に『直便』の役割で里帰りの機会を与えたのです。残念ながら、それが徒となってしまいましたが。」
「セイヤーズは逃げる目的でここへ帰国したのか?」
「それはないです!」

とパーシバルが声を上げ、周囲の注目を集めた。幹部達は彼を咎めず、発言を許す合図に頷いて見せた。パーシバルが語った。

「セイヤーズは到着した時、緊張していましたが、それはリン長官や彼の仲間と出会すことを恐れていたからです。彼は生細胞を届けると直ぐに西ユーラシアに帰るつもりでした。ですが、我々は彼を昔の仲間と会わせてやりたかった。宿泊の準備をして、彼をポール・レイン・ドーマーに会わせました。レインは彼をアパートに連れて行き、そこで何かがあったのです。」

 パーシバルは心の苦痛で顔を歪ませた。

「ファンクラブを主催する私が言うのも何ですが、ポール・レイン・ドーマーは愛情表現が下手な男です。自身の言いたいことをはっきり言えないのです。ですから、周囲に誤解を与えることがよくあります。相手を拒否したつもりで逆に誘っていると思われたりするのです。」

 彼は長官を見たが、長官は彼を見ようとしなかった。

「レインは恐らく愛情を示したつもりで、セイヤーズを撥ね除けてしまったのではないでしょうか。セイヤーズは絶望したに違い有りません。ただ、彼の選択に『死』はなかったと信じます。彼は知らない人ばかりの場所を求めて旅立ったのです。」

 ハレンバーグ委員長は、シュウ副委員長とハナオカ書記長を見た。2人の幹部が目で彼に訴えた。もうこれ以上は話し合うこともないだろう、と。
 委員長は議場内を見廻した。

「ダリル・セイヤーズ・ドーマーが脱走した経緯はわかった。原因はこのドームの職員の勤務態度にあるようだ。これから幹部で審議に入る。午後1時から会議を再開する。それまでは、各自普段通りの業務に励んで欲しい。」

 するとキーラ・セドウィック博士が立ち上がって言った。

「出産管理区は会議に時間を割ける余裕があまりありません。審議の結果はみなさんに委任致します。午後も通常業務に戻ってよろしいでしょうか?」

 女帝の固い表情にハレンバーグ委員長が頷いた。

「出産は待ってくれない。貴女方の貴重な時間を取ってしまい申し訳なかった。どうか業務に戻って下さい。」

 出産管理区の女性達が立ち上がり、黙礼すると足早に議場から退出して行った。
 残った執政官達も立ち上がった。みんな疲れていた。早朝6時からの会議だ。朝食がまだだったし、寝不足の者もいた。
 ケンウッドとパーシバルも立ち上がり、出口に向かって歩き始めると、ハイネも席を立って彼等のそばに来た。

「これから朝食ですか?」
「うん・・・ブランチになるがね。午後の再開までちょっと寝たい。」
「お2人共、酷いお顔ですよ。」

 ケンウッドは頬を手で撫でた。無精髭が伸びている。それはパーシバルも同じだった。ファンクラブのメンバーは全員とても研究者とは思えないボロボロの姿だ。
 ハイネが彼等を見廻して提案した。

「朝食にご一緒してよろしいですか? 外の食堂は久し振りなので勝手がわからなくて。」
「おい、ハイネ・・・」

 ケンウッドは思わず愚痴った。

「君はいつからそんな爺さんみたいなことを言うようになったんだ?」
「私は最初から爺さんですが?」
「それじゃ、僕等は爺さんの引き立て役だな。」

 パーシバルの言葉にファンクラブの面々が笑った。

侵略者 9 - 9

 ケンウッドは、地球人類復活委員会の最高幹部達がアメリカ・ドームに来た本当の目的がわかりかけてきた。彼等はセイヤーズ・ドーマーが逃亡したから捕まえに来た訳ではない。脱走ドーマーの捕縛は遺伝子管理局に任せておけば良い。委員会の目的は、サンテシマ・ルイス・リン長官の職務怠慢と職権乱用の糾弾だ。ケンウッドが委員会本部に送ったものを含め54通の訴状には、リンとそのシンパがドーマー達をペット扱いして性的関係を強制したり、彼等を懐柔する為に無理な人事を行ったりしたことがつらつらと並べ立てられていた。しかし、それらは地球上のどこのドームでも大なり小なり行われているので、委員会としてははっきりと処罰対象として扱いにくかったのだ。ハイネが言ったように、執行部幹部にも地球勤務時代に同じ様な罪を犯した人間が複数いて、在勤の執政官に対して強く出られない弱みもあった。だが、進化型1級遺伝子危険値S1のドーマーを脱走させてしまった事実は見逃せなかった。

 セイヤーズはその気になれば地球上から宇宙へ攻撃も出来る能力を持っている。

「セイヤーズが自身の能力に全く気が付いていなかったのは幸いだった。それにしても、何故あんな危険な男を他所のドームに転属させたのだ? 知らぬこととは言え、本人の希望があったとも思えないが?」

 ハレンバーグ委員長の言葉に、ハナオカ書記長がさらに数通の訴状を表示した。

「その件に関しましては、リン氏の個人的な嫉妬心があったようですな。」

 訴状には、リン長官が力尽くでポール・レイン・ドーマーを愛人にしたこと、レインと親しいドーマー達に冷たい仕打ちを繰り返していたことが連綿と書かれていた。中にはファンクラブが知らない出来事まであり、描写も具体的で刺激的、パーシバルが口の中で「ぬあんだとう?」と怒りで呻く場面もあった。
 リン長官はもうリプリー副長官を見なくなっていた。副長官も訴状をこんな場所で公開されて、密告屋みたいな扱いで不愉快だったろう。
 ケンウッドの訴状はそんな芸能メディアが取り上げる様なスキャンダラスな内容ではなかった。長官やシンパの行動がドーマー社会に不安と相互不信を与え、ドーム全体の雰囲気が悪くなっていくことを憂えたものだった。ドーム行政の長がそんな社会を創って良いものだろうか、そんな人間がアメリカ大陸の地球人の未来を背負っているのは不安だ、と言う訴えだ。
 場内に居たリン長官の腰巾着の1人が立ち上がった。真っ青な顔で退席許可を求めた。気分がすぐれないと言うのだ。ケンウッドは彼の表情を見て、不安に襲われたので、クーリッジに声をかけた。

「彼の退席を認めてやって下さい。但し、保安課員の監視を付けて頂きたい。」

 クーリッジもケンウッドの懸念を理解した。部下を呼ぶと、その執政官に付き添うことを命じた。
 他にも数名が居心地悪そうな表情で退席を希望した。委員会幹部達はうんざりした表情でクーリッジに更に部下を呼ぶように要請した。
 訴状の全部がリプリー副長官とケンウッドのものとは限らず、他にも数名から送られて来ていた。ある1通は、リン長官が1年4ヶ月の眠りから覚めてまだ日が経っていないハイネを病室で襲うとしたと言う衝撃的な内容が書かれていた。これにはリン長官が蒼白な顔で立ち上がって抗議した。

「襲ったのではない、見舞っただけだ!!」

 彼は医療区の執政官達を睨み付けたが、医師達はただ黙って彼を見返しただけだった。リン長官はハイネにすがるような目で言った。

「私は貴方を襲ったりしていない、危害は加えなかった。そうだよな?」

 ハイネは考え込むふりをした。彼ははっきり記憶しているはずだ、とヤマザキ医師は思った。ケンウッドもハイネが目覚めた直後のことさえしっかり記憶しているのだから、病室侵入事件を忘れるはずがないと思った。
 しかし、ハイネは言った。

「よく覚えていません。なにしろ、年寄りですから・・・」
「ハイネ!!!!」

 リン長官が喚いた。しかし、ハイネはあの夜すっとぼけたのと同じく、ここでも呆けたふりをした。

「聞いた話によれば、私はベッドから落ちたそうです。そのままカディナ病の後遺症で昏睡状態に陥りましたので、当時のことは記憶にないのです。」
「ハイネ・・・」

とシュウ副委員長が愛しい我が子を見る様な優しい眼差しでドーマーを見つめた。

「貴方は本当に危険な状態から生還したのね。今、ここで元気な姿を見られて嬉しいわ。」

 ケンウッドはキーラ・セドウィック博士が「ふん」と言うのを聞いた。シュウ副委員長がハイネを見る目つきが気に入らないのだろう、きっと・・・。
 ハイネは特に感動もない目で副委員長を見返した。

「私も、貴女が今でもお元気でいらっしゃることに驚きましたよ。」

 80歳が100歳を励ましている。100歳の方はその年齢にふさわしく劣化した肉体だが、80歳は実年齢が信じられないほど若々しい。
 彼はリン長官に向き直った。

「長官は私に危害を加えようとなさったことは一度もありません。それは断言します。」


2017年8月5日土曜日

侵略者 9 - 8

 会議室の入り口にローガン・ハイネ遺伝子管理局長が立っていた。スーツ姿でネクタイを結びながら言い訳した。

「遅くなりまして申し訳ありません。なにしろスーツを着るのは3年ぶりですから、タイの結び方がわからなくて・・・」

 パーシバルが目を細めた。多分、多くの出席者が彼と同じ思いだったはずだ。

 この地球人はいつ見ても美しい

 ローガン・ハイネ・ドーマーはやはり寝間着よりもダークスーツが似合っていた。絹糸の様に輝く真っ白な髪はふさふさで、3年間の闘病生活で元々の色白がさらに白くなっているが肌は艶がある。とても80歳には見えない。
 ハイネは遺伝子管理局長の席に歩み寄ったがふと足を止め、

「この席でよろしかったですか?」

とわざとらしく尋ねた。隣席の女性執政官がとろけそうな笑顔で頷いた。

「貴方が戻ってこられるのをずっとお待ちしておりましたわ、局長。」
「どうも有り難う。」

 ハイネは上座に座っている地球人類復活委員会の最高幹部達に軽く会釈して椅子に座った。そして「どうぞ続けて下さい」と言う様に頷いて見せた。
 クーリッジが彼に、セイヤーズがバスに乗って去ったところまでを映像で一同に見せたと教えた。そして尋ねた。

「遺伝子管理局はセイヤーズ捜索にいつ取りかかる?」
「既に取りかかっております。」

とハイネ。

「ドーム内に居た局員で外出可能な者全員にシフトを組ませ、バスの追跡をさせています。彼が立ち寄りそうな箇所も検討して数名はそちらへ向かっています。」
「西ユーラシアには通報したのか?」
「しました。もし向こうに彼が戻ればマリノフスキー局長が直ぐに連絡をくれるはずです。」

 そしてハイネはさらに言った。

「連邦捜査局にも協力を要請しました。但し発見しても決して手を出さないように言い含めてあります。セイヤーズ捕縛には麻痺光線しか効力がありませんから。」

 彼はハレンバーグ委員長を見た。これ以上の報告はありませんよと目が言っていた。
 ハレンバーグ委員長は視線をハイネからリン長官に向けた。

「リン長官、セイヤーズはここのドームで生まれたドーマーだったと、我々は認識しているが?」
「そうですが・・・?」
「何故、進化型1級遺伝子危険値S1ランクの者を外廻りの遺伝子管理局員に任じて、他所のドームに転属させたのだね?」

 リン長官は汗を拭いながら言い訳した。

「それは・・・彼の入局の際に遺伝子管理局から何ら報告がなかったので・・・」
「でも入局者のプロフィールはご覧になったでしょう?」

と副委員長。彼女が副長官を見たので、副長官は渋面をしながらセイヤーズのプロフィールを映像に出した。顔写真と氏名、二親の氏名、生年月日、血液型、人種、身体的特徴の後に遺伝子情報がずらりと並んでいた。赤い文字で表示されているのは進化型1級遺伝子の特徴だ。セイヤーズには赤文字表示項目が13もあった。
 リン長官の表情が硬いまま、青ざめて見えた。彼は初めてセイヤーズのプロフィールを見たのだ。恐らく、愛人扱いしているポール・レイン・ドーマーのプロフィールも見たことがないだろう。レインの特技、接触テレパスを知らないのだから。
 シュウ副委員長が議場内に尋ねた。

「これを初めて見たと言う人はいますか?」

 彼女は場内のほぼ全員が手を挙げるのを見て驚愕した。唯一人、ローガン・ハイネ・ドーマーだけが挙手していなかった。ハイネ、とハレンバーグ委員長が呼んだ。

「君はこんな重要な案件を長官に報告するのを怠ったのか?」
「怠ったのではありません。不可能でした。」
「その件につきまして・・・」

 コートニー医療区長が発言しかけた。ハナオカ書記長が首を振って彼を黙らせた。ハイネに喋らせろと言うことだ。

「不可能とは?」
「当ドームにて、γカディナ黴による感染事故が発生しまして、私は不覚にも感染、発症してしまいました。セイヤーズの遺伝子特異性を入局式で発表するつもりだったのですが、出席することは適わず、一言も発言出来ませんでした。リン長官始めここに列席されている執政官の皆さんがセイヤーズの遺伝子情報をご存じないのは、そのせいです。」

 何故ハイネはリン長官を庇う様な言い方をするのだ? とケンウッドは不思議に感じた。

「すると、君はセイヤーズを局員にするつもりはなかったのだな?」
「ありませんでした。彼は内務捜査班に配属予定だったのです。」
「すると、彼を局員にしたのは、誰だ?」

 人々の視線が自分に集まったのを感じたリン長官が言い訳した。

「人事は私が代理局長を任じたヴァシリー・ノバックが行いました。」

 ここに不在の者に責任を押しつけた。ケンウッドは苦々しく思った。
 その時、ハナオカ書記長が自身の端末を出して言った。

「ここに、過去3年間、アメリカ・ドームから本部へ送付されて来た訴状が54通ある。執政官の素行に関する苦情だ。」

 ケンウッドは15通送った記憶がある。残りの39通は誰からだ?
 書記長が最初の1通を画像で表示した。

「ここに書いてある。3年前の入局式の様子だ。
 リン長官は遺伝子管理局長を画像中継で新人に面会させた。しかし、新人3名が自己紹介を終えると、局長に一言も話しをさせずに中継を打ち切った。
 それに間違いないか、リプリー副長官?」

 一同はまた驚愕して、ことなかれ主義の副長官を見た。
 副長官が小さく頷いた。隣の席のリン長官が真っ赤になって睨み付けているので、絶対にそちらを向こうとしない。
 リン長官が言い訳した。

「あの時、ハイネ局長は高熱を出していました。早くジェルカプセルに入れないと危険だったのです。」

 委員長は正面のハイネ局長を見た。ハイネは肩をすくめただけで何も言わなかった。それで、やっと委員長はコートニー医療区長に声を掛けた。

「当時、ハイネはどんな状態だったのだ?」
「確かに高熱を出していました。しかし、あの時はまだ意識がしっかりしており、中継を切られた後、秘書に後の事務処理等の業務引継を行いました。少なくとも1時間は正常に意識を保っていました。記録に残っています。」
「もし、中継が続けられていたら、セイヤーズの遺伝子情報を正確に長官に伝えられたのかな?」
「可能だったはずです。ですが、秘書への引き継ぎにそれを含める時間はなかった様です。」

 するとヤマザキ医師が発言許可を求めた。委員長が許可すると、彼は証言した。

「局長は秘書に長官へ伝言を依頼しました。新人のプロフィールを見るようにと。」
「その証言を裏付ける訴状もある。」

 ハナオカ書記長がまた別の文面を表示させた。

「遺伝子管理局局長第1秘書グレゴリー・ペルラ・ドーマーが幾度かリン長官へ面会を求めたが、長官は取り合わなかった。長官は贔屓のドーマー以外は接触するのを拒否している。」

 ハレンバーグ委員長が不思議なものを見る目でリン長官を見た。

「君は地球人を拒否するくせに何故地球勤務を希望したのだ?」