会議室の入り口にローガン・ハイネ遺伝子管理局長が立っていた。スーツ姿でネクタイを結びながら言い訳した。
「遅くなりまして申し訳ありません。なにしろスーツを着るのは3年ぶりですから、タイの結び方がわからなくて・・・」
パーシバルが目を細めた。多分、多くの出席者が彼と同じ思いだったはずだ。
この地球人はいつ見ても美しい
ローガン・ハイネ・ドーマーはやはり寝間着よりもダークスーツが似合っていた。絹糸の様に輝く真っ白な髪はふさふさで、3年間の闘病生活で元々の色白がさらに白くなっているが肌は艶がある。とても80歳には見えない。
ハイネは遺伝子管理局長の席に歩み寄ったがふと足を止め、
「この席でよろしかったですか?」
とわざとらしく尋ねた。隣席の女性執政官がとろけそうな笑顔で頷いた。
「貴方が戻ってこられるのをずっとお待ちしておりましたわ、局長。」
「どうも有り難う。」
ハイネは上座に座っている地球人類復活委員会の最高幹部達に軽く会釈して椅子に座った。そして「どうぞ続けて下さい」と言う様に頷いて見せた。
クーリッジが彼に、セイヤーズがバスに乗って去ったところまでを映像で一同に見せたと教えた。そして尋ねた。
「遺伝子管理局はセイヤーズ捜索にいつ取りかかる?」
「既に取りかかっております。」
とハイネ。
「ドーム内に居た局員で外出可能な者全員にシフトを組ませ、バスの追跡をさせています。彼が立ち寄りそうな箇所も検討して数名はそちらへ向かっています。」
「西ユーラシアには通報したのか?」
「しました。もし向こうに彼が戻ればマリノフスキー局長が直ぐに連絡をくれるはずです。」
そしてハイネはさらに言った。
「連邦捜査局にも協力を要請しました。但し発見しても決して手を出さないように言い含めてあります。セイヤーズ捕縛には麻痺光線しか効力がありませんから。」
彼はハレンバーグ委員長を見た。これ以上の報告はありませんよと目が言っていた。
ハレンバーグ委員長は視線をハイネからリン長官に向けた。
「リン長官、セイヤーズはここのドームで生まれたドーマーだったと、我々は認識しているが?」
「そうですが・・・?」
「何故、進化型1級遺伝子危険値S1ランクの者を外廻りの遺伝子管理局員に任じて、他所のドームに転属させたのだね?」
リン長官は汗を拭いながら言い訳した。
「それは・・・彼の入局の際に遺伝子管理局から何ら報告がなかったので・・・」
「でも入局者のプロフィールはご覧になったでしょう?」
と副委員長。彼女が副長官を見たので、副長官は渋面をしながらセイヤーズのプロフィールを映像に出した。顔写真と氏名、二親の氏名、生年月日、血液型、人種、身体的特徴の後に遺伝子情報がずらりと並んでいた。赤い文字で表示されているのは進化型1級遺伝子の特徴だ。セイヤーズには赤文字表示項目が13もあった。
リン長官の表情が硬いまま、青ざめて見えた。彼は初めてセイヤーズのプロフィールを見たのだ。恐らく、愛人扱いしているポール・レイン・ドーマーのプロフィールも見たことがないだろう。レインの特技、接触テレパスを知らないのだから。
シュウ副委員長が議場内に尋ねた。
「これを初めて見たと言う人はいますか?」
彼女は場内のほぼ全員が手を挙げるのを見て驚愕した。唯一人、ローガン・ハイネ・ドーマーだけが挙手していなかった。ハイネ、とハレンバーグ委員長が呼んだ。
「君はこんな重要な案件を長官に報告するのを怠ったのか?」
「怠ったのではありません。不可能でした。」
「その件につきまして・・・」
コートニー医療区長が発言しかけた。ハナオカ書記長が首を振って彼を黙らせた。ハイネに喋らせろと言うことだ。
「不可能とは?」
「当ドームにて、γカディナ黴による感染事故が発生しまして、私は不覚にも感染、発症してしまいました。セイヤーズの遺伝子特異性を入局式で発表するつもりだったのですが、出席することは適わず、一言も発言出来ませんでした。リン長官始めここに列席されている執政官の皆さんがセイヤーズの遺伝子情報をご存じないのは、そのせいです。」
何故ハイネはリン長官を庇う様な言い方をするのだ? とケンウッドは不思議に感じた。
「すると、君はセイヤーズを局員にするつもりはなかったのだな?」
「ありませんでした。彼は内務捜査班に配属予定だったのです。」
「すると、彼を局員にしたのは、誰だ?」
人々の視線が自分に集まったのを感じたリン長官が言い訳した。
「人事は私が代理局長を任じたヴァシリー・ノバックが行いました。」
ここに不在の者に責任を押しつけた。ケンウッドは苦々しく思った。
その時、ハナオカ書記長が自身の端末を出して言った。
「ここに、過去3年間、アメリカ・ドームから本部へ送付されて来た訴状が54通ある。執政官の素行に関する苦情だ。」
ケンウッドは15通送った記憶がある。残りの39通は誰からだ?
書記長が最初の1通を画像で表示した。
「ここに書いてある。3年前の入局式の様子だ。
リン長官は遺伝子管理局長を画像中継で新人に面会させた。しかし、新人3名が自己紹介を終えると、局長に一言も話しをさせずに中継を打ち切った。
それに間違いないか、リプリー副長官?」
一同はまた驚愕して、ことなかれ主義の副長官を見た。
副長官が小さく頷いた。隣の席のリン長官が真っ赤になって睨み付けているので、絶対にそちらを向こうとしない。
リン長官が言い訳した。
「あの時、ハイネ局長は高熱を出していました。早くジェルカプセルに入れないと危険だったのです。」
委員長は正面のハイネ局長を見た。ハイネは肩をすくめただけで何も言わなかった。それで、やっと委員長はコートニー医療区長に声を掛けた。
「当時、ハイネはどんな状態だったのだ?」
「確かに高熱を出していました。しかし、あの時はまだ意識がしっかりしており、中継を切られた後、秘書に後の事務処理等の業務引継を行いました。少なくとも1時間は正常に意識を保っていました。記録に残っています。」
「もし、中継が続けられていたら、セイヤーズの遺伝子情報を正確に長官に伝えられたのかな?」
「可能だったはずです。ですが、秘書への引き継ぎにそれを含める時間はなかった様です。」
するとヤマザキ医師が発言許可を求めた。委員長が許可すると、彼は証言した。
「局長は秘書に長官へ伝言を依頼しました。新人のプロフィールを見るようにと。」
「その証言を裏付ける訴状もある。」
ハナオカ書記長がまた別の文面を表示させた。
「遺伝子管理局局長第1秘書グレゴリー・ペルラ・ドーマーが幾度かリン長官へ面会を求めたが、長官は取り合わなかった。長官は贔屓のドーマー以外は接触するのを拒否している。」
ハレンバーグ委員長が不思議なものを見る目でリン長官を見た。
「君は地球人を拒否するくせに何故地球勤務を希望したのだ?」
「遅くなりまして申し訳ありません。なにしろスーツを着るのは3年ぶりですから、タイの結び方がわからなくて・・・」
パーシバルが目を細めた。多分、多くの出席者が彼と同じ思いだったはずだ。
この地球人はいつ見ても美しい
ローガン・ハイネ・ドーマーはやはり寝間着よりもダークスーツが似合っていた。絹糸の様に輝く真っ白な髪はふさふさで、3年間の闘病生活で元々の色白がさらに白くなっているが肌は艶がある。とても80歳には見えない。
ハイネは遺伝子管理局長の席に歩み寄ったがふと足を止め、
「この席でよろしかったですか?」
とわざとらしく尋ねた。隣席の女性執政官がとろけそうな笑顔で頷いた。
「貴方が戻ってこられるのをずっとお待ちしておりましたわ、局長。」
「どうも有り難う。」
ハイネは上座に座っている地球人類復活委員会の最高幹部達に軽く会釈して椅子に座った。そして「どうぞ続けて下さい」と言う様に頷いて見せた。
クーリッジが彼に、セイヤーズがバスに乗って去ったところまでを映像で一同に見せたと教えた。そして尋ねた。
「遺伝子管理局はセイヤーズ捜索にいつ取りかかる?」
「既に取りかかっております。」
とハイネ。
「ドーム内に居た局員で外出可能な者全員にシフトを組ませ、バスの追跡をさせています。彼が立ち寄りそうな箇所も検討して数名はそちらへ向かっています。」
「西ユーラシアには通報したのか?」
「しました。もし向こうに彼が戻ればマリノフスキー局長が直ぐに連絡をくれるはずです。」
そしてハイネはさらに言った。
「連邦捜査局にも協力を要請しました。但し発見しても決して手を出さないように言い含めてあります。セイヤーズ捕縛には麻痺光線しか効力がありませんから。」
彼はハレンバーグ委員長を見た。これ以上の報告はありませんよと目が言っていた。
ハレンバーグ委員長は視線をハイネからリン長官に向けた。
「リン長官、セイヤーズはここのドームで生まれたドーマーだったと、我々は認識しているが?」
「そうですが・・・?」
「何故、進化型1級遺伝子危険値S1ランクの者を外廻りの遺伝子管理局員に任じて、他所のドームに転属させたのだね?」
リン長官は汗を拭いながら言い訳した。
「それは・・・彼の入局の際に遺伝子管理局から何ら報告がなかったので・・・」
「でも入局者のプロフィールはご覧になったでしょう?」
と副委員長。彼女が副長官を見たので、副長官は渋面をしながらセイヤーズのプロフィールを映像に出した。顔写真と氏名、二親の氏名、生年月日、血液型、人種、身体的特徴の後に遺伝子情報がずらりと並んでいた。赤い文字で表示されているのは進化型1級遺伝子の特徴だ。セイヤーズには赤文字表示項目が13もあった。
リン長官の表情が硬いまま、青ざめて見えた。彼は初めてセイヤーズのプロフィールを見たのだ。恐らく、愛人扱いしているポール・レイン・ドーマーのプロフィールも見たことがないだろう。レインの特技、接触テレパスを知らないのだから。
シュウ副委員長が議場内に尋ねた。
「これを初めて見たと言う人はいますか?」
彼女は場内のほぼ全員が手を挙げるのを見て驚愕した。唯一人、ローガン・ハイネ・ドーマーだけが挙手していなかった。ハイネ、とハレンバーグ委員長が呼んだ。
「君はこんな重要な案件を長官に報告するのを怠ったのか?」
「怠ったのではありません。不可能でした。」
「その件につきまして・・・」
コートニー医療区長が発言しかけた。ハナオカ書記長が首を振って彼を黙らせた。ハイネに喋らせろと言うことだ。
「不可能とは?」
「当ドームにて、γカディナ黴による感染事故が発生しまして、私は不覚にも感染、発症してしまいました。セイヤーズの遺伝子特異性を入局式で発表するつもりだったのですが、出席することは適わず、一言も発言出来ませんでした。リン長官始めここに列席されている執政官の皆さんがセイヤーズの遺伝子情報をご存じないのは、そのせいです。」
何故ハイネはリン長官を庇う様な言い方をするのだ? とケンウッドは不思議に感じた。
「すると、君はセイヤーズを局員にするつもりはなかったのだな?」
「ありませんでした。彼は内務捜査班に配属予定だったのです。」
「すると、彼を局員にしたのは、誰だ?」
人々の視線が自分に集まったのを感じたリン長官が言い訳した。
「人事は私が代理局長を任じたヴァシリー・ノバックが行いました。」
ここに不在の者に責任を押しつけた。ケンウッドは苦々しく思った。
その時、ハナオカ書記長が自身の端末を出して言った。
「ここに、過去3年間、アメリカ・ドームから本部へ送付されて来た訴状が54通ある。執政官の素行に関する苦情だ。」
ケンウッドは15通送った記憶がある。残りの39通は誰からだ?
書記長が最初の1通を画像で表示した。
「ここに書いてある。3年前の入局式の様子だ。
リン長官は遺伝子管理局長を画像中継で新人に面会させた。しかし、新人3名が自己紹介を終えると、局長に一言も話しをさせずに中継を打ち切った。
それに間違いないか、リプリー副長官?」
一同はまた驚愕して、ことなかれ主義の副長官を見た。
副長官が小さく頷いた。隣の席のリン長官が真っ赤になって睨み付けているので、絶対にそちらを向こうとしない。
リン長官が言い訳した。
「あの時、ハイネ局長は高熱を出していました。早くジェルカプセルに入れないと危険だったのです。」
委員長は正面のハイネ局長を見た。ハイネは肩をすくめただけで何も言わなかった。それで、やっと委員長はコートニー医療区長に声を掛けた。
「当時、ハイネはどんな状態だったのだ?」
「確かに高熱を出していました。しかし、あの時はまだ意識がしっかりしており、中継を切られた後、秘書に後の事務処理等の業務引継を行いました。少なくとも1時間は正常に意識を保っていました。記録に残っています。」
「もし、中継が続けられていたら、セイヤーズの遺伝子情報を正確に長官に伝えられたのかな?」
「可能だったはずです。ですが、秘書への引き継ぎにそれを含める時間はなかった様です。」
するとヤマザキ医師が発言許可を求めた。委員長が許可すると、彼は証言した。
「局長は秘書に長官へ伝言を依頼しました。新人のプロフィールを見るようにと。」
「その証言を裏付ける訴状もある。」
ハナオカ書記長がまた別の文面を表示させた。
「遺伝子管理局局長第1秘書グレゴリー・ペルラ・ドーマーが幾度かリン長官へ面会を求めたが、長官は取り合わなかった。長官は贔屓のドーマー以外は接触するのを拒否している。」
ハレンバーグ委員長が不思議なものを見る目でリン長官を見た。
「君は地球人を拒否するくせに何故地球勤務を希望したのだ?」