2017年8月8日火曜日

侵略者 9 - 14

 リプリー副長官が医療区長に会議の後で書類を副長官執務室へ提出するようにと指示を出した。コートニーはハイネに頷いて見せたので、ハイネも軽く黙礼して議場を出ようとした。するとハレンバーグがまたも声を掛けた。

「ハイネ、今夜は時間を空けておいてくれないか?」

 ケンウッドはハイネが口の中で「ちぇっ」と呟くのを目撃したが、局長は半分だけ振り返って、「では7時に中央研究所の食堂で」と返事をした。そしてさっさと出て行った。
 地球人が姿を消すと、ハレンバーグ委員長は議場内を見廻した。

「このアメリカ・ドームのみならず地球上の各ドーム施設でよろしくない風紀の乱れが目立ってきているようだ。
 地球人は女性の数が少ないから、どうしても男性同士で恋愛する傾向がある。しかし、コロニー人がそれに便乗するのは言語道断だ。勿論、コロニー人に恋愛の自由は保障されているが、地球人を相手にするのは謹んでもらいたい。
 諸君が地球の重力に耐えられる限界は長くても10年かそこらだ。諸君がどんなに真面目に地球人を愛しても、何時かはここを去らねばならない。諸君の健康を守るために、そうせざるを得ないのだ。だが、残される地球人の気持ちはどうだろうか。彼等は宇宙に出ることを禁じられている。諸君と共に生涯を全うすることが適わない彼等に、余計な期待を抱かせないでもらいたい。
 友情や愛情は大切だが、地球人とは距離を置いて付き合うようにお願いする。」

 パーシバルはケンウッドを振り返った。ケンウッドは肩をすくめただけだった。ハレンバーグの言葉はそれこそ事なかれ主義に聞こえる。だが、委員長は今はただドーム内の秩序を取り戻せと言いたいだけなのだ。
 その時、サンテシマ・ルイス・リンが独り言の様に言った。

「確かに距離を置くのは大切だ。ドーマーに入れ込んで家族をないがしろにした女だっていたのだから・・・」

 シュウ副委員長が彼の言葉を耳にした。彼女が座ったまま言った。

「貴方の母上、ナディア・リン博士は決して家族をないがしろになどしませんでしたよ。」
「他人だからそう思えるだけですよ。」

 リンが吐き捨てる様に反論した。

「母はドーマーに恋をしたんです。白い髪のドーマーに入れ込んで、相手にされないのに熱中して、最後には家族と過ごすのが苦痛になってコロニーの家を出て行った・・・。」

 シュウが首を振った。

「貴方のお父様がそう思いたかっただけですよ。ナディアは貴方のお父様と性格が合わなくて家を出て行っただけ。それに彼女が勤務していたのはアメリカではなくアフリカでした。白い髪のドーマーと言うのは、恐らく当時アフリカ・ドームに居たミヒャエル・マリノフスキー・ドーマーのことでしょう。彼の栄養素を溜め込む細胞の遺伝子をアフリカの食糧難に活かせないか、研究の為に西ユーラシアからアフリカへ貸し出されていたのです。ナディアは飢餓に苦しむ西アフリカの子供達を救う研究に没頭していました。
でも貴方のお父様は彼女が大勢の貧しい子供達の救世主になるより1人の子供の母親であって欲しいと願ったのです。」

 シュウ副委員長は痛ましそうにリンを見た。

「貴方はここへ復讐に来たのね。間違ったドームへ、間違った相手を標的にして・・・」
「同情は要りません。」

 リンは顔をハレンバーグに向けた。

「月へ行きます。荷物をまとめたいので退出を許可して下さい。」
「許可する。」

 ハレンバーグは保安課員に合図を送り、リン元長官を議場から連れ出すよう指示した。

 パーシバルがケンウッドに囁きかけた。

「リンの子供時代って、一体何時の時代の話だ?」