2017年8月6日日曜日

侵略者 9 - 11

 中央研究所の出口で先に会議場を出た執政官達が渋滞していた。ケンウッドが最後尾の人にどうしたのかと尋ねると、その執政官は不安げな声で答えた。

「外にドーマーが集まっているんです。」

 ケンウッドはハイネを振り返った。ハイネもその返答が聞こえたので、執政官達を掻き分けて前へ出て行った。ケンウッドとパーシバルもくっついてついて行くと、中央研究所の玄関の外に大勢のドーマー達がいて、こちらを見ていた。維持班もいればスーツ姿の遺伝子管理局の局員もいる。彼等はハイネが建物から姿を現すと、突然歓声を上げて押し寄せて来た。ケンウッドの目の前でハイネがドーマーの波の中に消えてしまった。ケンウッドはドーマー達がハイネの名前を連呼し、リンを追放せよと叫んでいるのを聞き取った。
 パーシバルが囁いた。

「まいったな、ドーマーが執政官に意見しているぞ。」

 建物の中の地球人類復活委員会の幹部達には聞こえないはずだが、報告は行くだろう。ドーマー達はハイネがドーマー社会に帰還したことを喜び、リン長官の横暴を止めてくれと訴えているのだ。ドーム幹部の対応次第では暴動が起きかねない。玄関にいる保安課員がうろたえているのが見えた。同胞に同調すべきか、それともこの騒動を鎮圧すべきか、迷っているのだ。
 ケンウッドは出せる限りの声を張り上げた。

「ハイネ、この騒動を鎮めろ!」

 人の波の中から手が高く上へ伸ばされた。

「静かに!」

とハイネのよく透る声が響いた。途端に騒ぎが潮が引くようにハイネが立っている辺りからすーっと収まっていった。ドーマー達が興奮を我慢しているのを確認して、ハイネが言った。

「今日は朝から月の地球人類復活委員会の幹部が3名、地上に降りて来られて、執政官会議を開いている。博士達は早朝から朝ご飯も食べずに話し合ってお疲れだ。昼休みをはさんで、午後からも会議の続きがある。執政官達に休憩を取らせてあげて欲しい。道を空けて通して差し上げよう。」

 すると、ドーマーの人垣の中から1人のドーマーが出て来た。ドーム維持班の総代表エイブラハム・ワッツ・ドーマーだ、とケンウッドは見分けた。普段はあまり執政官と接点がないが、ドーム修復で巡回してくるコロニー人技術者達と裏方仕事をしている職人だ。執政官達は彼を「親方」と呼んでいる。

「ローガン・ハイネ・ドーマー、貴方が生きて戻って来て嬉しく思う。」

 彼が挨拶すると、ドーマー達がまた口々にハイネに復帰を祝う言葉を叫びだした。ハイネはまた片手を挙げて彼等を制した。

「3年も職務から遠ざかり、心配をかけてしまって、申し訳なかった。君達の元気な姿をここで見られて私は嬉しい。私はコロニー人に命を救われた。地球はコロニーに命を繋いでもらっている。だから、彼等の仕事を遅らせないようにしなければならない。
 会議の内容は後で発表があると思うが、ドーム行政の改善に関することだ。みんなの生活にも関わってくる。だから妨害してはならない。さぁ、道を空けなさい。」

 ドーマー達が左右に分かれて通路を作った。ハイネが建物を振り返り、どうぞ、と手を振った。執政官達がおっかなびっくりの様子で歩き出した。自分達が育てたドーマーを恐いと思ったのは初めてだ。言いなりになっていた地球人がいきなり自我を持ったと感じられた。
 ケンウッドとパーシバルはハイネの横に立って執政官達が食堂に入っていくのを見送った。ハイネにはドーマー達が代わる代わる近づいて来て声を掛けていく。ハイネは1人1人に返事をする。疲れないかとケンウッドは心配になったので、そっと声を掛けた。

「我々も食堂へ行かないか、ハイネ?」

 ハイネがハッとした表情で振り返った。

「そうでしたね、早く行かないと昼休みが終わってしまいます。」

 そして彼は尋ねた。

「どちらの食堂へ行きますか? 私はチーズ料理が多い一般食堂が好きなのですが・・・」