正午頃になって食堂に人が集まり始めた。ハイネは空になった食器をトレイに集めて立ち上がった。
「会議再開まで、少し昼寝をしてきます。」
「観察棟で?」
「アパートで。」
彼は片眼を瞑って見せた。
「3年振りの我が家ですよ。」
彼は返却カウンターへ向かったが、すぐに人だかりが出来てしまった。
「可哀想に」
とパーシバルが呟いた。
「昼休みが終わる迄に彼はアパートに帰り着けるだろうか?」
「私等もそろそろアパートに帰らないか? シャワーを浴びたいし、着替えもしたい。」
ケンウッドの提案に彼は頷き、2人も食器を返却して執政官用のアパートに帰った。
ケンウッドは部屋に入ると真っ直ぐベッドに向かい、服のまま寝転がった。直ぐに眠りに落ちたが、20分後には端末にセットしたアラームで起こされた。20分は体が寝てしまう直前のぎりぎりの時間だ。彼は起き上がり、バスルームでシャワーを浴び、髭を剃った。新しい服を着て外に出ると丁度1時だった。急いで中央研究所の会議室に向かった。
議場内はまだ全員が揃っていなくて、ざわざわと騒々しかった。上座の幹部達もまだ来ていない。どうせなら2時再開にすれば良かったのに、とケンウッドは恨めしく思った。
ヘンリー・パーシバルもまだ来ていなかった。ポール・レイン・ドーマーのファンクラブ全員がまだ来ていないので、何処かで今後のことを論じ合っているのかも知れない。
ハイネ局長がシュウ副委員長と共に入って来た。杖を突いているシュウに彼が手を添えている感じだ。副委員長は97歳、若い頃にこのドームで勤務していた。ハイネより15歳年上だから、少年時代の彼を知っているのだ。しかし彼は特に彼女の来訪を喜ぶ風でもなく、無表情に介助しているだけだった。ドアが閉じると、彼女は彼に「ここで良いわ」とそれ以上の介助を断り、1人で上座へ進んだ。
ハイネは彼女を見守るでもなく、くるりと体の向きを変えて自身の席に着いた。ケンウッドは似た様なシーンを以前にも見た気がしたが、それが何時何処でだったか思い出せなかった。
シュウ副委員長が時間をかけて席に辿り着く頃に、議場内の席が埋まり始めた。ハレンバーグ委員長とハナオカ書記長は一緒に姿を現した。リプリー副長官も一緒だったので、ケンウッドは何となく心穏やかでないものを感じた。
やっとパーシバルとファンクラブの面々がやって来て、最後にリン長官が保安課員に付き添われて来た。
「みんな戻ったかな?」
とリプリーが声を掛けた。どこからも異存がないようなので、彼は委員長に頷いて見せた。
ブーンと重力サスペンダーのモーター音を微かに響かせながら、ハレンバーグ委員長が立ち上がり、執政官会議の再開を宣言した。
「この度のアメリカ・ドームの失態に関し、月の評議会と執行部会、それに理事会とも話し合った結果・・・」
委員長は場内を見廻して言った。
「サンテシマ・ルイス・リン氏のアメリカ・ドーム長官職を解き、月へ送還することとする。理由は、職務怠慢によってドーム内の秩序を乱し、外野に放つべきでない進化型1級遺伝子危険値S1のドーマーを逃がしたためである。」
リンが立ち上がり、決議を受け容れることを示して頭を下げた。更迭される屈辱で顔は血の気がなかった。進化型1級遺伝子危険値S1ランクの人間を野放しにすることは、宇宙連邦法違反でもある。コロニーによっては宇宙軍が管理する遺伝子なのだ。委員長は月に送還された後、リンにどんな処分が下されるのかまでは言わなかった。それは裁判があるからだろう。
委員長は続けた。
「リン氏に引き連れられて行動した者も複数いるが、今日は触れない。但し、これから詳細に吟味して行くので、心当たりの者は身辺整理をしておくように。」
リンの腰巾着達も青い顔をしていた。
「リン氏の後任には、いずれ正式な通達が月から来るが、取り敢えず今日から副長官のリプリー氏にお願いする。間違えないように言っておくが、リプリー氏は副長官のままであるから、長官職は空いている。」
委員長はリプリーに勘違いするなよと言って聞かせているのだ。ことなかれ主義の副長官は頷いて見せただけだった。
ハレンバーグ委員長は遺伝子管理局長の席を見て、眉を寄せた。ケンウッドも同じ方角を見て、もう少しで笑いそうになった。椅子に座ったままハイネが大きく船を漕いでいたからだ。
隣席の女性執政官がハイネの肩を軽く叩いて起こした。ハイネは大きく溜息をついて目を開き、委員長を見据えた。そして尋ねた。
「新しい長官は月から来るのですか?」
「その予定だ。」
ハレンバーグはハイネが寝ていたのかタヌキ寝入りをしていたのか、判断しかねた。
「今回の様なドーム内の多数の人間が関わっている事案では、全く無関係の人間を送り込む。しがらみがない場所で、好きな様に改革をしてもらう。」
ハイネが何も言わないので、彼は尋ねた。
「君は反対かね?」
「いいえ、それで進めて下さい。私は新しい長官をどんな風に虐めるか考えておきます。」
ハイネは立ち上がった。
「業務があるので失礼します。ところで、コートニー医療区長・・・」
いきなり名前を呼ばれて、コートニーがぎくりとした。
「何かな?」
「昨日の見極めの結果を知りたいのですが?」
「ああ・・・」
コートニーは固い微笑みを浮かべた。
「もう君の病気は完治している。長官の承認をもらえれば、君は今日から自由に仕事が出来る。」
ハイネは委員長を見た。
「長官が更迭されました。副長官の署名でかまいませんか?」
ハレンバーグ委員長が首を振った。
「病気が治っているのだから、署名する人間にこだわる必要はない。リプリー長官代理、君の初仕事だ。」
「会議再開まで、少し昼寝をしてきます。」
「観察棟で?」
「アパートで。」
彼は片眼を瞑って見せた。
「3年振りの我が家ですよ。」
彼は返却カウンターへ向かったが、すぐに人だかりが出来てしまった。
「可哀想に」
とパーシバルが呟いた。
「昼休みが終わる迄に彼はアパートに帰り着けるだろうか?」
「私等もそろそろアパートに帰らないか? シャワーを浴びたいし、着替えもしたい。」
ケンウッドの提案に彼は頷き、2人も食器を返却して執政官用のアパートに帰った。
ケンウッドは部屋に入ると真っ直ぐベッドに向かい、服のまま寝転がった。直ぐに眠りに落ちたが、20分後には端末にセットしたアラームで起こされた。20分は体が寝てしまう直前のぎりぎりの時間だ。彼は起き上がり、バスルームでシャワーを浴び、髭を剃った。新しい服を着て外に出ると丁度1時だった。急いで中央研究所の会議室に向かった。
議場内はまだ全員が揃っていなくて、ざわざわと騒々しかった。上座の幹部達もまだ来ていない。どうせなら2時再開にすれば良かったのに、とケンウッドは恨めしく思った。
ヘンリー・パーシバルもまだ来ていなかった。ポール・レイン・ドーマーのファンクラブ全員がまだ来ていないので、何処かで今後のことを論じ合っているのかも知れない。
ハイネ局長がシュウ副委員長と共に入って来た。杖を突いているシュウに彼が手を添えている感じだ。副委員長は97歳、若い頃にこのドームで勤務していた。ハイネより15歳年上だから、少年時代の彼を知っているのだ。しかし彼は特に彼女の来訪を喜ぶ風でもなく、無表情に介助しているだけだった。ドアが閉じると、彼女は彼に「ここで良いわ」とそれ以上の介助を断り、1人で上座へ進んだ。
ハイネは彼女を見守るでもなく、くるりと体の向きを変えて自身の席に着いた。ケンウッドは似た様なシーンを以前にも見た気がしたが、それが何時何処でだったか思い出せなかった。
シュウ副委員長が時間をかけて席に辿り着く頃に、議場内の席が埋まり始めた。ハレンバーグ委員長とハナオカ書記長は一緒に姿を現した。リプリー副長官も一緒だったので、ケンウッドは何となく心穏やかでないものを感じた。
やっとパーシバルとファンクラブの面々がやって来て、最後にリン長官が保安課員に付き添われて来た。
「みんな戻ったかな?」
とリプリーが声を掛けた。どこからも異存がないようなので、彼は委員長に頷いて見せた。
ブーンと重力サスペンダーのモーター音を微かに響かせながら、ハレンバーグ委員長が立ち上がり、執政官会議の再開を宣言した。
「この度のアメリカ・ドームの失態に関し、月の評議会と執行部会、それに理事会とも話し合った結果・・・」
委員長は場内を見廻して言った。
「サンテシマ・ルイス・リン氏のアメリカ・ドーム長官職を解き、月へ送還することとする。理由は、職務怠慢によってドーム内の秩序を乱し、外野に放つべきでない進化型1級遺伝子危険値S1のドーマーを逃がしたためである。」
リンが立ち上がり、決議を受け容れることを示して頭を下げた。更迭される屈辱で顔は血の気がなかった。進化型1級遺伝子危険値S1ランクの人間を野放しにすることは、宇宙連邦法違反でもある。コロニーによっては宇宙軍が管理する遺伝子なのだ。委員長は月に送還された後、リンにどんな処分が下されるのかまでは言わなかった。それは裁判があるからだろう。
委員長は続けた。
「リン氏に引き連れられて行動した者も複数いるが、今日は触れない。但し、これから詳細に吟味して行くので、心当たりの者は身辺整理をしておくように。」
リンの腰巾着達も青い顔をしていた。
「リン氏の後任には、いずれ正式な通達が月から来るが、取り敢えず今日から副長官のリプリー氏にお願いする。間違えないように言っておくが、リプリー氏は副長官のままであるから、長官職は空いている。」
委員長はリプリーに勘違いするなよと言って聞かせているのだ。ことなかれ主義の副長官は頷いて見せただけだった。
ハレンバーグ委員長は遺伝子管理局長の席を見て、眉を寄せた。ケンウッドも同じ方角を見て、もう少しで笑いそうになった。椅子に座ったままハイネが大きく船を漕いでいたからだ。
隣席の女性執政官がハイネの肩を軽く叩いて起こした。ハイネは大きく溜息をついて目を開き、委員長を見据えた。そして尋ねた。
「新しい長官は月から来るのですか?」
「その予定だ。」
ハレンバーグはハイネが寝ていたのかタヌキ寝入りをしていたのか、判断しかねた。
「今回の様なドーム内の多数の人間が関わっている事案では、全く無関係の人間を送り込む。しがらみがない場所で、好きな様に改革をしてもらう。」
ハイネが何も言わないので、彼は尋ねた。
「君は反対かね?」
「いいえ、それで進めて下さい。私は新しい長官をどんな風に虐めるか考えておきます。」
ハイネは立ち上がった。
「業務があるので失礼します。ところで、コートニー医療区長・・・」
いきなり名前を呼ばれて、コートニーがぎくりとした。
「何かな?」
「昨日の見極めの結果を知りたいのですが?」
「ああ・・・」
コートニーは固い微笑みを浮かべた。
「もう君の病気は完治している。長官の承認をもらえれば、君は今日から自由に仕事が出来る。」
ハイネは委員長を見た。
「長官が更迭されました。副長官の署名でかまいませんか?」
ハレンバーグ委員長が首を振った。
「病気が治っているのだから、署名する人間にこだわる必要はない。リプリー長官代理、君の初仕事だ。」