ケンウッドは、地球人類復活委員会の最高幹部達がアメリカ・ドームに来た本当の目的がわかりかけてきた。彼等はセイヤーズ・ドーマーが逃亡したから捕まえに来た訳ではない。脱走ドーマーの捕縛は遺伝子管理局に任せておけば良い。委員会の目的は、サンテシマ・ルイス・リン長官の職務怠慢と職権乱用の糾弾だ。ケンウッドが委員会本部に送ったものを含め54通の訴状には、リンとそのシンパがドーマー達をペット扱いして性的関係を強制したり、彼等を懐柔する為に無理な人事を行ったりしたことがつらつらと並べ立てられていた。しかし、それらは地球上のどこのドームでも大なり小なり行われているので、委員会としてははっきりと処罰対象として扱いにくかったのだ。ハイネが言ったように、執行部幹部にも地球勤務時代に同じ様な罪を犯した人間が複数いて、在勤の執政官に対して強く出られない弱みもあった。だが、進化型1級遺伝子危険値S1のドーマーを脱走させてしまった事実は見逃せなかった。
セイヤーズはその気になれば地球上から宇宙へ攻撃も出来る能力を持っている。
「セイヤーズが自身の能力に全く気が付いていなかったのは幸いだった。それにしても、何故あんな危険な男を他所のドームに転属させたのだ? 知らぬこととは言え、本人の希望があったとも思えないが?」
ハレンバーグ委員長の言葉に、ハナオカ書記長がさらに数通の訴状を表示した。
「その件に関しましては、リン氏の個人的な嫉妬心があったようですな。」
訴状には、リン長官が力尽くでポール・レイン・ドーマーを愛人にしたこと、レインと親しいドーマー達に冷たい仕打ちを繰り返していたことが連綿と書かれていた。中にはファンクラブが知らない出来事まであり、描写も具体的で刺激的、パーシバルが口の中で「ぬあんだとう?」と怒りで呻く場面もあった。
リン長官はもうリプリー副長官を見なくなっていた。副長官も訴状をこんな場所で公開されて、密告屋みたいな扱いで不愉快だったろう。
ケンウッドの訴状はそんな芸能メディアが取り上げる様なスキャンダラスな内容ではなかった。長官やシンパの行動がドーマー社会に不安と相互不信を与え、ドーム全体の雰囲気が悪くなっていくことを憂えたものだった。ドーム行政の長がそんな社会を創って良いものだろうか、そんな人間がアメリカ大陸の地球人の未来を背負っているのは不安だ、と言う訴えだ。
場内に居たリン長官の腰巾着の1人が立ち上がった。真っ青な顔で退席許可を求めた。気分がすぐれないと言うのだ。ケンウッドは彼の表情を見て、不安に襲われたので、クーリッジに声をかけた。
「彼の退席を認めてやって下さい。但し、保安課員の監視を付けて頂きたい。」
クーリッジもケンウッドの懸念を理解した。部下を呼ぶと、その執政官に付き添うことを命じた。
他にも数名が居心地悪そうな表情で退席を希望した。委員会幹部達はうんざりした表情でクーリッジに更に部下を呼ぶように要請した。
訴状の全部がリプリー副長官とケンウッドのものとは限らず、他にも数名から送られて来ていた。ある1通は、リン長官が1年4ヶ月の眠りから覚めてまだ日が経っていないハイネを病室で襲うとしたと言う衝撃的な内容が書かれていた。これにはリン長官が蒼白な顔で立ち上がって抗議した。
「襲ったのではない、見舞っただけだ!!」
彼は医療区の執政官達を睨み付けたが、医師達はただ黙って彼を見返しただけだった。リン長官はハイネにすがるような目で言った。
「私は貴方を襲ったりしていない、危害は加えなかった。そうだよな?」
ハイネは考え込むふりをした。彼ははっきり記憶しているはずだ、とヤマザキ医師は思った。ケンウッドもハイネが目覚めた直後のことさえしっかり記憶しているのだから、病室侵入事件を忘れるはずがないと思った。
しかし、ハイネは言った。
「よく覚えていません。なにしろ、年寄りですから・・・」
「ハイネ!!!!」
リン長官が喚いた。しかし、ハイネはあの夜すっとぼけたのと同じく、ここでも呆けたふりをした。
「聞いた話によれば、私はベッドから落ちたそうです。そのままカディナ病の後遺症で昏睡状態に陥りましたので、当時のことは記憶にないのです。」
「ハイネ・・・」
とシュウ副委員長が愛しい我が子を見る様な優しい眼差しでドーマーを見つめた。
「貴方は本当に危険な状態から生還したのね。今、ここで元気な姿を見られて嬉しいわ。」
ケンウッドはキーラ・セドウィック博士が「ふん」と言うのを聞いた。シュウ副委員長がハイネを見る目つきが気に入らないのだろう、きっと・・・。
ハイネは特に感動もない目で副委員長を見返した。
「私も、貴女が今でもお元気でいらっしゃることに驚きましたよ。」
80歳が100歳を励ましている。100歳の方はその年齢にふさわしく劣化した肉体だが、80歳は実年齢が信じられないほど若々しい。
彼はリン長官に向き直った。
「長官は私に危害を加えようとなさったことは一度もありません。それは断言します。」
セイヤーズはその気になれば地球上から宇宙へ攻撃も出来る能力を持っている。
「セイヤーズが自身の能力に全く気が付いていなかったのは幸いだった。それにしても、何故あんな危険な男を他所のドームに転属させたのだ? 知らぬこととは言え、本人の希望があったとも思えないが?」
ハレンバーグ委員長の言葉に、ハナオカ書記長がさらに数通の訴状を表示した。
「その件に関しましては、リン氏の個人的な嫉妬心があったようですな。」
訴状には、リン長官が力尽くでポール・レイン・ドーマーを愛人にしたこと、レインと親しいドーマー達に冷たい仕打ちを繰り返していたことが連綿と書かれていた。中にはファンクラブが知らない出来事まであり、描写も具体的で刺激的、パーシバルが口の中で「ぬあんだとう?」と怒りで呻く場面もあった。
リン長官はもうリプリー副長官を見なくなっていた。副長官も訴状をこんな場所で公開されて、密告屋みたいな扱いで不愉快だったろう。
ケンウッドの訴状はそんな芸能メディアが取り上げる様なスキャンダラスな内容ではなかった。長官やシンパの行動がドーマー社会に不安と相互不信を与え、ドーム全体の雰囲気が悪くなっていくことを憂えたものだった。ドーム行政の長がそんな社会を創って良いものだろうか、そんな人間がアメリカ大陸の地球人の未来を背負っているのは不安だ、と言う訴えだ。
場内に居たリン長官の腰巾着の1人が立ち上がった。真っ青な顔で退席許可を求めた。気分がすぐれないと言うのだ。ケンウッドは彼の表情を見て、不安に襲われたので、クーリッジに声をかけた。
「彼の退席を認めてやって下さい。但し、保安課員の監視を付けて頂きたい。」
クーリッジもケンウッドの懸念を理解した。部下を呼ぶと、その執政官に付き添うことを命じた。
他にも数名が居心地悪そうな表情で退席を希望した。委員会幹部達はうんざりした表情でクーリッジに更に部下を呼ぶように要請した。
訴状の全部がリプリー副長官とケンウッドのものとは限らず、他にも数名から送られて来ていた。ある1通は、リン長官が1年4ヶ月の眠りから覚めてまだ日が経っていないハイネを病室で襲うとしたと言う衝撃的な内容が書かれていた。これにはリン長官が蒼白な顔で立ち上がって抗議した。
「襲ったのではない、見舞っただけだ!!」
彼は医療区の執政官達を睨み付けたが、医師達はただ黙って彼を見返しただけだった。リン長官はハイネにすがるような目で言った。
「私は貴方を襲ったりしていない、危害は加えなかった。そうだよな?」
ハイネは考え込むふりをした。彼ははっきり記憶しているはずだ、とヤマザキ医師は思った。ケンウッドもハイネが目覚めた直後のことさえしっかり記憶しているのだから、病室侵入事件を忘れるはずがないと思った。
しかし、ハイネは言った。
「よく覚えていません。なにしろ、年寄りですから・・・」
「ハイネ!!!!」
リン長官が喚いた。しかし、ハイネはあの夜すっとぼけたのと同じく、ここでも呆けたふりをした。
「聞いた話によれば、私はベッドから落ちたそうです。そのままカディナ病の後遺症で昏睡状態に陥りましたので、当時のことは記憶にないのです。」
「ハイネ・・・」
とシュウ副委員長が愛しい我が子を見る様な優しい眼差しでドーマーを見つめた。
「貴方は本当に危険な状態から生還したのね。今、ここで元気な姿を見られて嬉しいわ。」
ケンウッドはキーラ・セドウィック博士が「ふん」と言うのを聞いた。シュウ副委員長がハイネを見る目つきが気に入らないのだろう、きっと・・・。
ハイネは特に感動もない目で副委員長を見返した。
「私も、貴女が今でもお元気でいらっしゃることに驚きましたよ。」
80歳が100歳を励ましている。100歳の方はその年齢にふさわしく劣化した肉体だが、80歳は実年齢が信じられないほど若々しい。
彼はリン長官に向き直った。
「長官は私に危害を加えようとなさったことは一度もありません。それは断言します。」