2017年11月10日金曜日

退出者 4 - 7

 リュック・ニュカネン・ドーマーは局長第1秘書ジェレミー・セルシウス・ドーマーにケンウッドの負傷を報告した後、直属の上司であるトバイアス・ジョンソン・ドーマーにも同じ報告をしておいた。チームリーダーのジョンソンは当然ながら彼自身の直属の上司である班チーフに連絡を入れ、班チーフの指示の下で支局にも連絡をしておいた。その際、彼はケンウッドの傷の治療に時間がかかることを想定して、支局長カイル・マルホランド元ドーマーに要請したことがあった。
 ローズタウン空港からドームへ飛ぶ最終便のジェット機に間に合いそうにないので、ドームから静音ヘリの派遣をお願いしたい、と。遺伝子管理局が使用出来る専用ジェット機はその日南米班が使用していた。僻地で緊急処置が必要な妊婦がいて、彼女を病院があるネオ・サンパウロへ移送したのだ。
 ケンウッドが次に目覚めた時は既にローズタウンの中部支局に到着していた。支局長のマルホランドがニュカネンと車外で話しをしているのが見えた。レインが外からドアを開けたので、ケンウッドは振り返り、そこが空港だと気が付いた。レインは静音ヘリコプターを指差した。

「飛行機の最終便に間に合わなかったのですが、ニュカネンがヘリを手配していましたので、あれで帰ります。ジェット機より時間がかかりますが、よろしいですか?」
「ああ・・・かまわない。明日までは待てない。早く帰ろう。君達も時間が迫っているだろう?」
 
 ケンウッドはまだ目眩がしたが自力で車外へ出た。レインが肩を貸してくれたので、ヘリコプターまで歩いた。

「君達の仕事の邪魔をした挙げ句、こんな怪我で手間を取らせて申し訳ない。」

とケンウッドが囁くと、レインがびっくりして振り返った。

「貴方のお世話も仕事のうちですよ、博士。貴方もお仕事をされたじゃありませんか。」

 うちの子供達はなんて素直なんだろう、とケンウッドは小さな感動を覚えた。ポール・レイン・ドーマーはコロニー人から身も心も傷つけられる酷い体験をしたにも関わらず、ケンウッドやパーシバルの愛情を信じてくれるのだ。

「君達に怪我がなくて本当に良かった。」

 ケンウッドはそう言うのが精一杯だった。
 ヘリコプターの中は想像したより広くて、座席が3列になっていた。ケンウッドは後部席で、出発まで横になっていて下さいとレインに指図された。飛行中は安全の為に座らなければならないので、それ迄体を休めて欲しいと言うのだった。毛布を掛けてもらい、ケンウッドは少し熱が下がったことに気が付いた。楽になったと言うと、レインはまだ安心出来ませんと真面目な表情で注意した。射創による発熱はこれから一晩続くだろうと言うのだ。ドーマー達が撃たれた話は最近なかったので、これはレインの耳知識から来る忠告なのだろう。
 ニュカネンがヘリに乗ってくる気配はまだなかった。支局長に昨日と本日訪問した研究施設や企業、団体の報告をしているのだとレインが教えてくれた。ドーム副長官がセント・アイブス・メディカル・カレッジ・タウンを非公式に訪問したことを口外しないよう、手を打つのだ。 コロニー人のドーム副長官が地球の街角で暴漢に襲われたと公に知られれば、外交問題に発展しかねない。マルホランドがこれから駆けずり回ってケンウッドの足跡を消して廻るのだ。ケンウッドは溜息をついた。

「私が余計なお節介をしようと試みたばかりに、大勢に迷惑をかけているなぁ・・・」
「お節介? 何です?」

 レインが耳聡く尋ねた。接触テレパスの能力を持つ若者に、ケンウッドは思い切って今回の旅の真の目的を明かした。

「実は、ニュカネンに恋人がいると言う噂を聞かされてね・・・どんな女性なのか見ようと思ったんだ。外の人間との恋愛は、ドーマーの将来に重要な意味合いを持ってくるからね。」

 その噂を教えてくれたクラウス・フォン・ワグナー・ドーマーは、レインはニュカネンの恋を知らないと言ったのだが、レインはケンウッドの口から聞かされても驚かなかった。

「先刻市役所で博士のお世話をした女性ですね。ニュカネンとかなり親しい様子でしたから、俺もピンと来ました。」

 親しい様子、どころではなかった。抱き合っていたし、キスもしていた。リュック・ニュカネンは本気で彼女を好きになっている。

「君は知っていたのかね?」
「あの唐変木は嘘をつくのが下手なのです。市役所に相手がいると勘付いていましたが、相手を実際に見たのは、今日が初めてです。」
「どのくらいニュカネンは真剣なのかな?」
「俺にはわかりません。」

 ダリル・セイヤーズ・ドーマーに真剣に恋をしていたレインは、同じ部屋兄弟のニュカネンには殆ど無関心だった様だ。しかし今日はしっかり相手の女性を見ていた。

「あの女性もニュカネンのことを思っている様ですね。親切で気が利く人だと思います。車に乗り込む時に紙袋をくれたでしょう? 博士の為に水と熱取りジェルのパックを買ってきてくれたのです。俺達の為の軽食も入っていました。」

 どこまで真剣なのかなぁとレインが呟いた。その彼は、ドーマーだった父親が外の女性に恋をして、ドームから去って結婚した結果、産まれたのだ。ケンウッドはふと思った。
リュック・ニュカネンを手放すことになるのだろうか?






2017年11月9日木曜日

退出者 4 - 6

 遺伝子管理局の車は防弾処理が為されているので、ボディの表面に弾丸がかすった痕が残っていただけだった。往路の運転はレインがしたので、復路はニュカネンがハンドルを握ることになった。ケンウッドが後部席に座ると、レインも助手席ではなくケンウッドの隣に乗り込んだ。右腕が剥き出しになっているケンウッドを気遣い、自身の上着を脱いで体にかけてくれた。
 アンナスティン・カーネルが車に駆け寄って来たので、ニュカネンが車外に出た。彼女が大きな紙袋を彼に手渡し、何か言っていたが、車内の人間には聞こえなかった。
 ケンウッドは背筋に悪寒が走るのを感じた。体の奥から寒気がする。右腕の傷は鈍痛で、そこだけ熱い。微かながら身震いすると、隣のレインがすぐに気が付いた。

「ご気分が悪いのですか?」
「いや・・・大丈夫だよ・・・」

 しかし実際は酷い眠気がしていた。目眩かも知れない。呼吸も浅くなってきた。
 ケンウッドの容態の変化にレインは当然気が付いた。副長官の額に手を触れ、まるで熱い鉄でも触ったかの様に素早く引っ込めた。彼は車外のニュカネンを振り返った。ニュカネンとカーネルが抱き合って別れを惜しんでいるところだった。背景の夕陽は真っ赤で、下町も赤く染まっていた。
 レインは舌打ちして、窓を開けて声を掛けた。

「博士がお疲れだ、ニュカネン、早く出発しろ。」

 ニュカネンはカーネルに素早くキスをして、運転席に滑り込んで来た。

「申し訳ない、すぐに出発する。」

 ニュカネンの運転は慎重だ。発車も静かだった。ケンウッドはカーネルが手を振っているのを見た。

「素敵な娘さんじゃないか。」

気力で元気なところ見せようと、彼はニュカネンの背中に話しかけた。ニュカネンは照れくさいのか、

「ええ、聡明で親切な人です。」

と真面目な答え方をした。レインは口元に謎の微笑を讃えたまま、無言で窓の外を眺めた。
 ニュカネンは話題を変えたいのだろう、レインに犯人から情報を引き出したかと尋ねた。ケンウッドもその答えを聞きたかったが、強い眠気に襲われた。発熱で頭がぼんやりして来たのだ。彼は気力を振り絞って提案した。

「君達は局長に報告をするのだろう? ここで喋っては二度手間になるだけだ。ドームに帰って君達が局長に報告したことを私はハイネから聞くことにする。」

そして

「疲れたので、ローズタウンに着くまで寝ておくよ。」

と言って目を閉じた。


退出者 4 - 5

 セント・アイブス・メディカル・カレッジ・タウンの市役所の医務室には簡単な設備ながら手術室があって、虫垂炎程度の手術なら行えた。ケンウッドの怪我は、弾丸がかすった擦過射創で、切り傷などではなく、肉が削られてしまっていたので縫合は出来ない。医師は患者が痛がるのもものともせずに服の袖を切り取り、繊維を皮膚から剥がした。摩擦熱で繊維が微量ながら皮膚に焼き付いていたのを除去し、傷口を消毒して包帯代わりにジェルで肉を削られた箇所を埋めた。その上からシールを貼って、包帯を巻いた。
 ケンウッドは端末のIDを示し、カルテを作ってもらったが、医師は彼の身元に関して口に出すことはなかった。ただ一つだけ、「弾丸を跳ね返すような衣服は宇宙でも作れないのですか?」と尋ねたのだった。「地球では地球の衣服で」とケンウッドは答え、麻酔で痺れた腕を気にしながら立ち上がった。片腕の袖がなくなったので締まりがないが、ドームに帰る迄の辛抱だ、と自身に言い聞かせた。

「射創ですから、この後で発熱するはずです。化膿止めと解熱剤を処方しておきます。」

と医師が言った。ケンウッドはドームに帰ればヤマザキ・ケンタロウ医師に診てもらうつもりだったので、薬は要らないと思ったのだが、素直にもらっておくことにした。
 処置室を出ると、アンナスティン・カーネルが待っていた。ニュカネンは市長室にいると彼女は言った。市役所前で人が撃たれたのだ。何が起きたのか市長に説明しているのだと言う。ケンウッドはお忍びのつもりで市役所に来たので、ちょっと気まずく感じた。
 ニュカネンより先にレインがやって来た。警察の人間を同伴していた。刑事がケンウッドに見舞いの言葉を掛け、事情を聞いても良いかと尋ねた。ケンウッドは後ろから撃たれたので何も見ていないとしか答えられなかった。

「私の他に怪我をした人はいなかったのですか?」

 ケンウッドが市民にも被害が出ていないか心配すると、刑事が教えてくれた。通行人が1人流れ弾で怪我をしたが命に別状はないこと、別の通行人が逃げようとして転倒し、2名が脚に怪我をしたこと、駐車車両3台が銃弾で傷物になったこと等。

「テロですか?」
「それはこれから取り調べます。」

 刑事はレインをチラリと見て言い訳した。

「遺伝子管理局の麻痺光線銃で犯人が麻痺状態になっていて、話が出来ないのです。」

 レインはすまし顔だ。ケンウッドは彼が接触テレパスで既に犯人から情報を得たのだな、と推測したので、それ以上刑事に質問するのを止めた。
 遅れてニュカネンが市長を連れて来た。市長はケンウッドに事件を詫びて、市長室へどうぞ、と言ったが、ケンウッドは早く帰りたかった。時刻は夕方の5時で、ドーマー達は抗原注射の効力が切れると動けなくなる。

「申し訳ありませんが、我々はドームに事件の報告をしなければなりません。ここでお暇致します。」

 レインもニュカネンも異論なさそうだ。ケンウッドはカーネルを振り返った。ブルネットの美女はニュカネンと見つめ合っていた。ケンウッドはさりげなく彼女に声を掛けた。

「今日はびっくりさせてすまなかった。親切にして頂いて有り難う。」

 カーネルが振り返って微笑んだ。

「いいえ、市民が貴方に暴力を振るったことをお詫び致します。どうぞお大事に・・・」



退出者 4 - 4

 遺伝子管理局長付第1秘書ジェレミー・セルシウス・ドーマーはドームの森の中を歩き回っていた。時刻は午後4時で、遺伝子管理局本部では殆どの職員がその日の業務を終えて運動施設へ体力創りと格闘技などの武術の練習に出かけていた。局長室では通常秘書が先に仕事を終えて部屋を出るのだが、その日は局長が早々と日課を片付けてしまい、「お先に失礼」と部屋を出てしまった。局長室独自のルールでは、3人の部屋の住人のうち最後まで残った者が戸締まりをして本部を出ることになっている。多くの場合、局長が最後まで残って、大概は午後6時頃まで仕事をしているのだが、たまには秘書が遅くまで残ることもあるのだ。
 そして、こんな時に限って、外廻りの局員から緊急連絡が入った。ことの重大さに驚いたセルシウスは局長の端末に電話を掛けたのだが、局長は運動中は電源を切っていたので出なかった。それで仕方がなくセルシウスは部屋を施錠して自らボスを探しに出て来たのだ。彼のボスは運動施設にはいなかったので、彼は森へ足を向けた。早く帰る時、局長は森で昼寝をする習慣だったことを思い出したのだ。
 歩いていると音楽が聞こえて来た。セルシウスはそれが昔懐かしいドーマーのロックバンド「ザ・クレスツ」のオリジナル楽曲だと気が付いた。「ザ・クレスツ」は昨年1回だけ、ヘンリー・パーシバル博士の送別会で復活したが、それを最後に解散したはずだ。
それに今聞こえてくる演奏は、お世辞にも上手とは言えなかった。誰かが「ザ・クレスツ」の曲を練習しているのだ。
 東屋のそばで、若いドーマー達が楽器を演奏していた。教えているのは「ザ・クレスツ」のドラマーで前ドーム維持班総代表のエイブラハム・ワッツだった。ワッツは引退後教育棟で情操教育を担当していた。日頃は子供を教えているのだが、この時は大人の若いドーマー達に指導していた。趣味のバンド活動のはずだが、ワッツは真剣だ。教わる方も真面目にやっていた。
 セルシウスは足を止めて彼等の演奏を暫く眺めていたが、東屋の向こうの芝生の上で寝そべっている人物に気が付くと、そちらへ足早に向かった。
 「ザ・クレスツ」のリードギター担当だったローガン・ハイネ遺伝子管理局長は芝生の上に肘枕で横になって、ワッツ達を見物していた。昼寝したかったのかも知れないが、そばで演奏をやられたので、眠れなかったのだろう。若いギター奏者が下手くそなので、ちょっとご機嫌斜めだ。その証拠に彼は秘書が近づいて来るのを知っていながら無視した。
 セルシウスは少し距離を置いて立ち止まり、ボスに声を掛けた。

「局長、リュック・ニュカネンから緊急連絡が入っています。」

 ニュカネンと聞いた途端に、ハイネはパッと身を起こした。その名の部下が誰と同伴しているのか、知っていたからだ。彼は秘書に向き直った。

「副長官に何かあったのか?」

 とても84歳とは思えぬ姿の彼は、やはり84歳とは思えぬ身軽さで立ち上がった。セルシウスは情報の重要性を考え、身振りで歩きながら報告しますと合図した。ハイネは直ぐに本部に向かって歩き出した部下に並んだ。
 秘書が小声で報告した。

「副長官が怪我をされた模様です。」
「何があった?」
「暴漢による銃撃です。」

 ハイネは眉を寄せた。

「ケンウッドの怪我は酷いのか?」
「詳細の報告はまだです。ただ、お命に別状はないとのことで・・・」

 ハイネは黙って頷いた。彼は本部に入る迄部下に連絡を取ることはしなかった。一つだけ秘書に尋ねた。

「リプリーにはその知らせは行っているのか?」
「いいえ・・・詳細がわかってからと思いまして・・・」
「それで良い。」

2017年11月8日水曜日

退出者 4 - 3

 市役所の建物内に入ると、人々が物陰から出てくるのが見えた。銃声を聞いて咄嗟に身を隠したのだろう。ケンウッドが出血しているのに気が付いた近くの人が「大丈夫ですか?」と声を掛けてきた。ニュカネンが医務室の場所を尋ねていると、「リュック!」と叫ぶ女性の声が聞こえた。
 1人の若い女性が駆け寄って来た。ブルネットの中背の女性で、長い髪を後ろで束ねて黒いリボンで括っていた。スーツは地味な濃いグレーでいかにも事務員と言った姿だ。彼女はニュカネンに飛びついた。

「無事だったのね?」
「私は平気だ。それよりケンウッド博士が撃たれた。」

 ニュカネンが早口で告げた。

「医務室へ案内してくれ、アンナスティン。」

 撃たれたと聞いて、彼女はケンウッドを見た。すぐに視線が腕に行った。

「歩けますね?」
「ええ、怪我は腕だけです。」
「こちらへどうぞ!」

 彼女はニュカネンに代わって、ケンウッドの左側に寄り添った。ニュカネンは数メートルついて歩いたが、すぐに後ろから追いかけてくるレインに気が付くと、女性に声を掛けた。

「博士を頼む。私は後始末をする。」

 ケンウッドはドーマー達が銃撃犯の取り調べをするのだろうと思った。それで女性に導かれるまま歩いて行った。
 彼女がニュカネンの思い人に違いない。何故なら、彼は彼女を信頼して副長官を託したのだから。
 ケンウッドは彼女に話しかけた。

「ご親切に有り難う。私はニコラス・ケンウッドと申します。」
「アンナスティン・カーネルです。ここの文化教育課で勤務しています。」

 アンナスティン・カーネルはケンウッドを見上げた。

「遺伝子管理局の方ですか?」
「いいえ・・・ドームの者です。」

 アンナスティンは一瞬足を止めたが、すぐに歩き出した。小さな声で囁いた。

「昨日大学に行かれたコロニー人の学者先生と言うのは、貴方ですね?」

 文化教育課に既に情報が来ているのだ。ケンウッドは正直に名乗って良かったと思った。下手に誤魔化していたら、後でややこしくなるだけだったろう。

「セント・アイブスの大学でどんな研究をしているのか、見学に来ました。個人的な訪問です。」
「リュックから伺っています。偉い学者先生をご案内すると聞いていました。」

 そんなに偉くないが・・・とケンウッドは心の中で苦笑した。

退出者 4 - 2

 ケンウッドは無意識に小さな悲鳴を上げて階段の上に膝を突いた。また乾いたパンパンと言う音が2回続き、男性の怒号が聞こえたが意味は聞き取れなかった。

「博士!」

 叫んだのはレインだったろうか、ニュカネンだったろうか? ニュカネンがケンウッドの体の上に覆い被さる様にして、叫んだ。

「伏せて!」

 別方向からもパンパンと音が響き、誰かが怒鳴った。

「殺すな!」

 ケンウッドは右の二の腕に左手を当てて、その手に付いた血を見た。

 まさか、銃撃?

 弾丸を用いる武器は地球だけのものではないが、宇宙では滅多に使用されない。宇宙空間で弾丸を使えば、その場所の人間が一瞬に全滅する恐れがあるからだ。しかし地球ではまだ昔の武器、兵器が残っている。寧ろ光線銃など見たこともない人ばかりだ。光線銃を持っているのは、政府軍の特殊部隊か、遺伝子管理局だけだが、遺伝子管理局の光線銃には殺傷能力はない。
 ニュカネンの鼓動が聞こえるぐらい体を密着させて、若いドーマーはケンウッドを庇ってくれていた。彼は装備している光線銃を抜き、首を捻って状況を見ようとした。ケンウッドは男達が怒鳴る声を聞き、数人で争っている様子だと判断した。
 腕が猛烈に痛かったが、彼はニュカネンに声を掛けた。

「君は怪我はないか?」
「大丈夫です。」

 と答えてから、ニュカネンがケンウッドの体から離れた。彼は立ち上がり、ケンウッドに手を貸して立たせてくれた。

「暴漢は取り押さえました。」

 ケンウッドは階段の上がり口で3,4人の制服警察官が1人の男を取り押さえているのを見た。そばに立っているのはポール・レイン・ドーマーで、警察官に何か言っていた。
 ケンウッドはレインが無事なのでホッと胸をなで下ろした。ドーマー達にもしものことがあれば、心から悔やまれる。レインもニュカネンもドームの大切な息子達なのだ。

「博士、血が出ています!」

 ニュカネンが初めてケンウッドの異変に気が付いた。服の袖が裂けて血が滲み始めていた。ニュカネンはケンウッドの無事な方の左腕を掴んだ。

「市役所の医務室に行きましょう!」
「これはかすり傷だ・・・」

と強がってみたものの、経験したことがない痛みだった。どうしても顔が強ばってしまう。
 ドーマー達は無菌状態のドームで育っているので、外の世界で負傷するとどうなるか、散々教えられてきた。耐性のない病原菌を体内に入れてしまうと大変なことになる、と彼等は教わるのだ。
 ニュカネンはレインに声を掛けた。

「レイン、博士が怪我をされたっ! 医務室にお連れする。」

 レインが振り返った。ニュカネンに腕を取られて階段を上り始めているケンウッドを見て、彼は警察官に何か言い、急いで仲間の後を追いかけた。

2017年11月7日火曜日

退出者 4 - 1

 僅か2件で時間をかなり取ってしまった。ドーマー達は抗原注射の効力が48時間しかないので、2日目は夕方には飛行機に乗らなければならない。
 ケンウッドは時計を見た。既に午後2時を少し過ぎていた。もう1件立ち寄る時間はあるかも知れないが、彼は市役所で働いていると言うリュック・ニュカネンの思い人を見ておきたかった。それで、さも何気ない風を装ってレインに提案した。

「巡回の結果を市役所に報告しておくのだったね? どんな手続きをするのか、見せてもらっても良いかな?」

 レインは黒いサングラスの下で微笑したが、目元が見えないので、それが作り笑いなのか、ささやかな副長官の我が儘を微笑ましく感じたのかはわからなかった。

「ただ『異常なし』と言うだけですよ。副長官がわざわざ見学なさるようなものではありません。我々のどちらか1人が市役所に行きますから、博士は何処かご希望の場所を訪問されてはいかがですか?」

 ケンウッドは頑張った。

「市役所を見てみたいね。地球の役所なんて、滅多に見られるものじゃない。君等にはどーってことない場所だろうけどね。」

 ニュカネンが苦笑し、レインは「はっはっ!」と声をたてて笑った。

「そう言うもんですかね? じゃ、ご希望通り、市役所に行きましょう。」

 セント・アイブス・メディカル・カレッジ・タウンの市役所は灰色の砂岩で造られた20世紀前半に建てられた重厚な建造物だった。入り口には扇形の広い階段が付けられ、両側にスロープが設けられていた。建物の前に広い駐車スペースがあり、レインは出来るだけ建物に近い位置に駐車した。時刻は午後2時半だった。日差しが強く、ケンウッドは紫外線がドーマー達の健康を損なわないかと心配になった。外に出て仕事をするドーマーの皮膚の検査は欠かさずしているつもりだが、時々さぼっている者がいるのは確かだ。紫外線スクリーンクリームの支給を徹底させなければ・・・。
 車外に出たケンウッドはニュカネンに誘導されて階段を上り始めた。レインは車の周囲をチェックしてから2人の後を追いかけた。
 ケンウッドは階段の面を見下ろした。石がすり減って所々窪んでいる箇所も見受けられた。この建物が出来てから300年以上経っている。どれだけの人々がこの階段を上り下りしたのだろう・・・。
 その時、後方で男の怒鳴り声が聞こえた。

「遺伝子管理局、子供を寄越せ! 金を返せ!」

 ケンウッドは意味を把握出来ず、振り返った。その瞬間、パーンっと乾いた音が響き、彼は右の二の腕に焼け付くような痛みを感じた。