2017年11月7日火曜日

退出者 4 - 1

 僅か2件で時間をかなり取ってしまった。ドーマー達は抗原注射の効力が48時間しかないので、2日目は夕方には飛行機に乗らなければならない。
 ケンウッドは時計を見た。既に午後2時を少し過ぎていた。もう1件立ち寄る時間はあるかも知れないが、彼は市役所で働いていると言うリュック・ニュカネンの思い人を見ておきたかった。それで、さも何気ない風を装ってレインに提案した。

「巡回の結果を市役所に報告しておくのだったね? どんな手続きをするのか、見せてもらっても良いかな?」

 レインは黒いサングラスの下で微笑したが、目元が見えないので、それが作り笑いなのか、ささやかな副長官の我が儘を微笑ましく感じたのかはわからなかった。

「ただ『異常なし』と言うだけですよ。副長官がわざわざ見学なさるようなものではありません。我々のどちらか1人が市役所に行きますから、博士は何処かご希望の場所を訪問されてはいかがですか?」

 ケンウッドは頑張った。

「市役所を見てみたいね。地球の役所なんて、滅多に見られるものじゃない。君等にはどーってことない場所だろうけどね。」

 ニュカネンが苦笑し、レインは「はっはっ!」と声をたてて笑った。

「そう言うもんですかね? じゃ、ご希望通り、市役所に行きましょう。」

 セント・アイブス・メディカル・カレッジ・タウンの市役所は灰色の砂岩で造られた20世紀前半に建てられた重厚な建造物だった。入り口には扇形の広い階段が付けられ、両側にスロープが設けられていた。建物の前に広い駐車スペースがあり、レインは出来るだけ建物に近い位置に駐車した。時刻は午後2時半だった。日差しが強く、ケンウッドは紫外線がドーマー達の健康を損なわないかと心配になった。外に出て仕事をするドーマーの皮膚の検査は欠かさずしているつもりだが、時々さぼっている者がいるのは確かだ。紫外線スクリーンクリームの支給を徹底させなければ・・・。
 車外に出たケンウッドはニュカネンに誘導されて階段を上り始めた。レインは車の周囲をチェックしてから2人の後を追いかけた。
 ケンウッドは階段の面を見下ろした。石がすり減って所々窪んでいる箇所も見受けられた。この建物が出来てから300年以上経っている。どれだけの人々がこの階段を上り下りしたのだろう・・・。
 その時、後方で男の怒鳴り声が聞こえた。

「遺伝子管理局、子供を寄越せ! 金を返せ!」

 ケンウッドは意味を把握出来ず、振り返った。その瞬間、パーンっと乾いた音が響き、彼は右の二の腕に焼け付くような痛みを感じた。