2017年11月9日木曜日

退出者 4 - 6

 遺伝子管理局の車は防弾処理が為されているので、ボディの表面に弾丸がかすった痕が残っていただけだった。往路の運転はレインがしたので、復路はニュカネンがハンドルを握ることになった。ケンウッドが後部席に座ると、レインも助手席ではなくケンウッドの隣に乗り込んだ。右腕が剥き出しになっているケンウッドを気遣い、自身の上着を脱いで体にかけてくれた。
 アンナスティン・カーネルが車に駆け寄って来たので、ニュカネンが車外に出た。彼女が大きな紙袋を彼に手渡し、何か言っていたが、車内の人間には聞こえなかった。
 ケンウッドは背筋に悪寒が走るのを感じた。体の奥から寒気がする。右腕の傷は鈍痛で、そこだけ熱い。微かながら身震いすると、隣のレインがすぐに気が付いた。

「ご気分が悪いのですか?」
「いや・・・大丈夫だよ・・・」

 しかし実際は酷い眠気がしていた。目眩かも知れない。呼吸も浅くなってきた。
 ケンウッドの容態の変化にレインは当然気が付いた。副長官の額に手を触れ、まるで熱い鉄でも触ったかの様に素早く引っ込めた。彼は車外のニュカネンを振り返った。ニュカネンとカーネルが抱き合って別れを惜しんでいるところだった。背景の夕陽は真っ赤で、下町も赤く染まっていた。
 レインは舌打ちして、窓を開けて声を掛けた。

「博士がお疲れだ、ニュカネン、早く出発しろ。」

 ニュカネンはカーネルに素早くキスをして、運転席に滑り込んで来た。

「申し訳ない、すぐに出発する。」

 ニュカネンの運転は慎重だ。発車も静かだった。ケンウッドはカーネルが手を振っているのを見た。

「素敵な娘さんじゃないか。」

気力で元気なところ見せようと、彼はニュカネンの背中に話しかけた。ニュカネンは照れくさいのか、

「ええ、聡明で親切な人です。」

と真面目な答え方をした。レインは口元に謎の微笑を讃えたまま、無言で窓の外を眺めた。
 ニュカネンは話題を変えたいのだろう、レインに犯人から情報を引き出したかと尋ねた。ケンウッドもその答えを聞きたかったが、強い眠気に襲われた。発熱で頭がぼんやりして来たのだ。彼は気力を振り絞って提案した。

「君達は局長に報告をするのだろう? ここで喋っては二度手間になるだけだ。ドームに帰って君達が局長に報告したことを私はハイネから聞くことにする。」

そして

「疲れたので、ローズタウンに着くまで寝ておくよ。」

と言って目を閉じた。