2017年11月8日水曜日

退出者 4 - 3

 市役所の建物内に入ると、人々が物陰から出てくるのが見えた。銃声を聞いて咄嗟に身を隠したのだろう。ケンウッドが出血しているのに気が付いた近くの人が「大丈夫ですか?」と声を掛けてきた。ニュカネンが医務室の場所を尋ねていると、「リュック!」と叫ぶ女性の声が聞こえた。
 1人の若い女性が駆け寄って来た。ブルネットの中背の女性で、長い髪を後ろで束ねて黒いリボンで括っていた。スーツは地味な濃いグレーでいかにも事務員と言った姿だ。彼女はニュカネンに飛びついた。

「無事だったのね?」
「私は平気だ。それよりケンウッド博士が撃たれた。」

 ニュカネンが早口で告げた。

「医務室へ案内してくれ、アンナスティン。」

 撃たれたと聞いて、彼女はケンウッドを見た。すぐに視線が腕に行った。

「歩けますね?」
「ええ、怪我は腕だけです。」
「こちらへどうぞ!」

 彼女はニュカネンに代わって、ケンウッドの左側に寄り添った。ニュカネンは数メートルついて歩いたが、すぐに後ろから追いかけてくるレインに気が付くと、女性に声を掛けた。

「博士を頼む。私は後始末をする。」

 ケンウッドはドーマー達が銃撃犯の取り調べをするのだろうと思った。それで女性に導かれるまま歩いて行った。
 彼女がニュカネンの思い人に違いない。何故なら、彼は彼女を信頼して副長官を託したのだから。
 ケンウッドは彼女に話しかけた。

「ご親切に有り難う。私はニコラス・ケンウッドと申します。」
「アンナスティン・カーネルです。ここの文化教育課で勤務しています。」

 アンナスティン・カーネルはケンウッドを見上げた。

「遺伝子管理局の方ですか?」
「いいえ・・・ドームの者です。」

 アンナスティンは一瞬足を止めたが、すぐに歩き出した。小さな声で囁いた。

「昨日大学に行かれたコロニー人の学者先生と言うのは、貴方ですね?」

 文化教育課に既に情報が来ているのだ。ケンウッドは正直に名乗って良かったと思った。下手に誤魔化していたら、後でややこしくなるだけだったろう。

「セント・アイブスの大学でどんな研究をしているのか、見学に来ました。個人的な訪問です。」
「リュックから伺っています。偉い学者先生をご案内すると聞いていました。」

 そんなに偉くないが・・・とケンウッドは心の中で苦笑した。