2017年11月9日木曜日

退出者 4 - 5

 セント・アイブス・メディカル・カレッジ・タウンの市役所の医務室には簡単な設備ながら手術室があって、虫垂炎程度の手術なら行えた。ケンウッドの怪我は、弾丸がかすった擦過射創で、切り傷などではなく、肉が削られてしまっていたので縫合は出来ない。医師は患者が痛がるのもものともせずに服の袖を切り取り、繊維を皮膚から剥がした。摩擦熱で繊維が微量ながら皮膚に焼き付いていたのを除去し、傷口を消毒して包帯代わりにジェルで肉を削られた箇所を埋めた。その上からシールを貼って、包帯を巻いた。
 ケンウッドは端末のIDを示し、カルテを作ってもらったが、医師は彼の身元に関して口に出すことはなかった。ただ一つだけ、「弾丸を跳ね返すような衣服は宇宙でも作れないのですか?」と尋ねたのだった。「地球では地球の衣服で」とケンウッドは答え、麻酔で痺れた腕を気にしながら立ち上がった。片腕の袖がなくなったので締まりがないが、ドームに帰る迄の辛抱だ、と自身に言い聞かせた。

「射創ですから、この後で発熱するはずです。化膿止めと解熱剤を処方しておきます。」

と医師が言った。ケンウッドはドームに帰ればヤマザキ・ケンタロウ医師に診てもらうつもりだったので、薬は要らないと思ったのだが、素直にもらっておくことにした。
 処置室を出ると、アンナスティン・カーネルが待っていた。ニュカネンは市長室にいると彼女は言った。市役所前で人が撃たれたのだ。何が起きたのか市長に説明しているのだと言う。ケンウッドはお忍びのつもりで市役所に来たので、ちょっと気まずく感じた。
 ニュカネンより先にレインがやって来た。警察の人間を同伴していた。刑事がケンウッドに見舞いの言葉を掛け、事情を聞いても良いかと尋ねた。ケンウッドは後ろから撃たれたので何も見ていないとしか答えられなかった。

「私の他に怪我をした人はいなかったのですか?」

 ケンウッドが市民にも被害が出ていないか心配すると、刑事が教えてくれた。通行人が1人流れ弾で怪我をしたが命に別状はないこと、別の通行人が逃げようとして転倒し、2名が脚に怪我をしたこと、駐車車両3台が銃弾で傷物になったこと等。

「テロですか?」
「それはこれから取り調べます。」

 刑事はレインをチラリと見て言い訳した。

「遺伝子管理局の麻痺光線銃で犯人が麻痺状態になっていて、話が出来ないのです。」

 レインはすまし顔だ。ケンウッドは彼が接触テレパスで既に犯人から情報を得たのだな、と推測したので、それ以上刑事に質問するのを止めた。
 遅れてニュカネンが市長を連れて来た。市長はケンウッドに事件を詫びて、市長室へどうぞ、と言ったが、ケンウッドは早く帰りたかった。時刻は夕方の5時で、ドーマー達は抗原注射の効力が切れると動けなくなる。

「申し訳ありませんが、我々はドームに事件の報告をしなければなりません。ここでお暇致します。」

 レインもニュカネンも異論なさそうだ。ケンウッドはカーネルを振り返った。ブルネットの美女はニュカネンと見つめ合っていた。ケンウッドはさりげなく彼女に声を掛けた。

「今日はびっくりさせてすまなかった。親切にして頂いて有り難う。」

 カーネルが振り返って微笑んだ。

「いいえ、市民が貴方に暴力を振るったことをお詫び致します。どうぞお大事に・・・」