2017年11月15日水曜日

退出者 5 - 7

「私の話ではなく貴方のお話を聞きに来たのですが?」

とハイネが強引に話題を変えた。助手と何の話をしたのか言うつもりはないらしい。
それでケンウッドはファイルを閉じた。

「実は先日ワグナー・ドーマーから相談を受けてね・・・リュック・ニュカネンが恋をしていると言うのだ。」

 ハイネが黙っているので、ケンウッドはニュカネンがどこまで真剣なのか、確認する目的で局員の支局巡りについて行ったのだと言った。

「レインはセイヤーズ捜索でいっぱいいっぱいで、部屋兄弟の恋に気が付いていないようだった。ニュカネンも用心深く感情を抑えていたからね。あの事件が起きる迄、女性の話題は全く出なかった。」
「事件が起きる迄?」
「うん。事件は市役所の入り口で起きただろう? ニュカネンの相手の女性は市役所で働いているのだよ。文化教育課のアンナスティン・カーネルと言う人で、ニュカネンは怪我をした私を彼女に託した。彼女を心から信頼していると考えられる。」

 ハイネが端末を操作して、1人の女性のプロフィールを画面に出した。失礼しますよ、と言って副長官室の会議用テーブルの上にその画像を立ち上げた。

「この女性ですか?」
「うん、正にその女性だ。」

 2人は女性の遺伝子情報、経歴を読み取った。何の問題もない普通の女性だ。

「どんな女性でした?」
「親切で優しい人だ。多分彼女も真剣にニュカネンのことを考えている。銃撃の後、彼女は直ぐにニュカネンの所に走って来た。彼の身を案じての行動だ。」

 ハイネが考え込んだ。若い部下が何を考え、これからどうしようと思っているのか、それを彼は考えているのだ。
 もしニュカネンが中途半端な未来像で交際をしているのであれば、別れさせなければならない。それはハイネでなくともドームの執政官なら当然考える。ドーマーは貴重な人材だ。1人でも失う訳にいかない。ドームの外の女にあっさりくれてやる訳にいかないのだ。

「帰りにレインに打ち明けた。彼は驚いていたが、否定はしなかった。ニュカネンが恋愛していることを認めたのだ。しかしチームリーダーのトバイアス・ジョンソンは気が付いていない。ジョンソンが知らないので班チーフにも報告は行っていない。」

 ハイネが腕組みした。まだ考えている。何を考えているのだろう? 外に出たドーマーは過去にも何人かいた。ポール・レイン・ドーマーの父親もその1人だ。彼等の多くは外の女性と恋愛をして女性を選択したのだ。堅物で名高いリュック・ニュカネンが恋愛するのは意外だったが、堅物だからこそ真剣さも固いのだろう。
 ハイネが尋ねた。

「ミズ・カーネルはニュカネンを真剣に想っているのですね?」
「私にはそう思える。彼女は我々が出発する時も見送りに来て、食べ物や水を買ってもたせてくれた。そしてレインと私の目の前で彼等はハグし合ってキスを交わした。あれには私達は面食らったがね。彼女は本当に素敵な女性だったよ。」

 ハイネがまた考え込んだ。何故彼が考え込むのか、ケンウッドは分かる気がした。ハイネは若い頃恋愛で失敗をしている。愛してはいけない人を愛してしまい、事実上捨てられた。彼は可愛い部下に哀しい思いをさせたくないのだ。
 やがて彼は顔を上げた。結論が出たのかとケンウッドは思ったのだが、そうではなかった。ハイネはのんびりした口調で、夕食迄どうしますか、と尋ねたのだった。



 

2017年11月14日火曜日

退出者 5 - 6

 昼食の後、ケンウッドは医療区に出頭した。ヤマザキ・ケンタロウが「逃げずに来たね」と笑った。
 傷口のジェルを新しい物と交換した。弾丸で削られた部分の肉が盛り上がって見えた。

「再生が始まっている。ケンさん、案外治りは早いかも知れないね。」

 励まされてケンウッドは心強く感じた。
処置室を出ると、医療区のロビーでハイネ局長が端末で仕事をしながら待っていた。ハイネの仕事には終わりがない。常に人間は生まれ死んでいく。ハイネはひたすらその記録を検分して、人々の法律上の存在を新たに付け加えたり削除したりする。
 ケンウッドが彼の隣に座るとハイネは端末の画面を閉じた。

「どこでお話をお聞きしましょう?」
「私の副長官室で良いかな? ちょっと仕事が溜まっているのでね。」
「結構です。私はゆっくり出来そうですから。」

 ハイネはちょっと楽しそうだ。他人の職場を覗くのが面白いらしい。そう言えば今回の旅の道中、ニュカネンとレインが珍しく意見が一致した話題があった。内勤の日に局員オフィスで仕事をしていると、局長が音もたてずに背後に立って仕事ぶりを見ている時があって、

「あれはびびるよなぁ!」

と2人が苦笑していたのだ。内務捜査官だったので、ハイネは他人の仕事をこっそり覗くのが上手い。しかし部下を監視しているのではないことをケンウッドは知っていた。局長は部下が何をしているのか知りたいだけだ。局員が支局から集めてくる書類の多くは局員自身で審査して許可を出したり証明書を出す。局長の元に送られて来るのは重要度が高いと班チーフが判断したものだけだ。だから局長は局員オフィスに足を運んで「その他」の書類を眺めているのだ。
 副長官室に入るとケンウッドはデスクに着いた。すぐにコンピュータを起動させファイルを開いた。溜まっている書類を順番に片付けた。その間ハイネは面会者用の席に着いて端末を触っていた。
 秘書が助手の来訪を告げた。ケンウッドの研究室の助手だ。副長官の仕事と研究者としての仕事が重なってケンウッドは忙しい。助手に研究の一部を一任していたので、その結果報告だった。女性の助手で、彼女は副長官室内に遺伝子管理局長が居るのを見て、一瞬びっくりして立ち止まった。ハイネは年齢に関係なく女性に人気が高い。
 報告が終わって帰りかけた助手にハイネが声を掛けて呼び止めた。ケンウッドが何気なくそちらを見ると、驚いたことにハイネが自身の端末の画面を助手に見せているところだった。助手が覗き込み、何か言うとハイネが頷いた。

 何だろう?

 ケンウッドは気になった。ハイネが彼の仕事関係の書類を他人に、それもコロニー人に見せるとは思えない。ましてや若い助手に意見を求めたりしないだろう。

 ハイネは仕事をしているのではないのか?

 ハイネが礼を言うと、助手は微笑みながら「何時でもどうぞ」と囁いて部屋から出て行った。ドアが閉まるとケンウッドは我慢出来なくなって尋ねた。

「彼女に何を訊いていたんだね? 私や秘書では間に合わないことか?」

 ハイネはケンウッドを振り返り、それから副長官秘書を見た。

「どちらも男性ですからね。」

と彼は言った。

「女性のことは女性に訊かないと・・・」

2017年11月12日日曜日

退出者 5 - 5

 午後、ケンウッドは少し遅めの昼食を取りに食堂へ行った。一般食堂に行きたかったが、怪我をしていることをドーマー達に見られたくなかった。それに昼食後にまた診察を受けることになっていたので医療区に近い所で食事を摂ることにしたのだ。
 中央研究所の食堂は昼休みが終わろうとしていたので空いていた。一般食堂の様に何時昼休みが終わるのかわからない程絶えず人が来ると言うことがないのだ。ケンウッドがトレイを左手で持って、軽い物を取ろうとしていると、誰かが横からトレイを支えた。振り向くとハイネが居た。

「私がトレイを持っていますから、料理を取って下さい。」
「有り難う。」

 ケンウッドは素直に礼を言って、食べたい物を取り、支払いを済ませてハイネが先に席を取っていたテーブルに行った。そこにはキーラ・セドウィックが居た。彼女がケンウッドを見て優しく微笑んだ。立ち上がり、椅子を引いてくれたので、ケンウッドは恐縮した。

「力が入らないだけで、普通に腕は動かせるのですよ。」
「では今日1日だけでも甘えて下さいな。」

 彼女はハイネをちらりと見て言った。

「貴方が怪我をなさったと私に教えてくれた時の局長は、かなりうろたえていましたのよ。」
「そんなに私は取り乱していたか?」

とハイネが驚いて見せたので、ケンウッドとキーラは笑った。
 キーラがセント・アイブス・メディカル・カレッジ・タウンはどんな所でしたかと尋ねたので、食事をしながらケンウッドは事件が起きる迄の楽しかった旅の話を聞かせた。リプリーに話したこととそんなに違いがなかったが、ここでは同行した2人のドーマーの様子も語った。ハイネは部下の行動を知りたかっただろうし、キーラはリュック・ニュカネンが誕生した時に取り上げたのだ。ポール・レインは担当ではなかったが、それでも生まれた時からずっと成長を見守って来た子供達の1人だ。

「喧嘩すると言っても、あの子達は憎み合っているのではありませんから、放って置いてよろしいのよ。」

と彼女は笑った。

「性格の違いだけですから。業務に支障が出る喧嘩ではありませんでしたでしょ?」
「ええ、仕事に差し支えると思ったら、どちらかが先に引きますね。互いに手加減は心得ている様子です。」

 するとハイネがケンウッドに尋ねた。

「博士は彼等の何を観察されたかったのですか?」
「私が彼等を観察?」
「数日前から博士はリュック・ニュカネンを観察されておられた様ですが?」

 むむ・・・鋭い・・・

 ケンウッドは時々ハイネに1本取られたと感じる。相手は84年生きている人生のベテランだ。「執政官は全てのドーマーの親として振る舞え」と言う地球人類復活委員会の原則が空しく感じられる一瞬だ。
 気が付くとキーラ・セドウィックも彼を見つめていた。ハイネ父娘が彼に真実を語れと目で告げていた。
 ケンウッドはテーブルの周囲を見廻した。近くには誰もいない。空いている食堂に、数人が離れたテーブルで食事をしているだけだった。静かなので声が響きそうだ。
 ケンウッドは2人に言った。

「出来れば他の人間の耳には入れたくないのだが・・・」

 ハイネがキーラを見た。彼女は肩をすくめた。

「私は午後から仕事があります。博士のお話を私が聞いておくべきなのかどうか、それは局長の判断にお任せしますわ。悪いお話でないことを願っています。」

退出者 5 - 4

 ポール・レイン・ドーマーは力のない声で説明した。

「俺はローガン・ハイネ・ドーマーが遺伝子管理局の局長であることにずっと疑問を抱いていました。あの人は執政官に可愛がられ大事にされて、一度もドームの外に出たことがありません。外の世界の危険を何も知らない人が、俺達のトップに居て良いのだろうか、と思っていたのです。」

 ドーソンは黙って聞いていた。レインは続けた。

「あの人は俺達に何をどうしろとも言いません。メーカーの捜査も摘発も全部事後報告で・・・」
「それは違う。」

 初めてドーソンが口をはさんだ。

「局員が具体的な活動を開始するのは、必ず班チーフが局長の了承を得てからだ。局長は毎日僕等局員全員の報告書に、全てその日のうちに目を通しておられる。活動に意味がなかったり、危険性が高いと判断されたら、直ぐに却下される。」

 レインは動揺を覚えた。

「そうなのですか? 知りませんでした・・・」
「局長は一々僕等に説明などされないからな。通常は班チーフとしか面会されないから、君が知らないのは無理もない。だが、直接声をおかけすれば、きちんと説明して下さる。例えば、食堂やジムで・・・」

 ドーソンはレインが食堂やジムで何時もファンクラブに取り囲まれていることを思い出した。この後輩は人気が高すぎて自由に動けないのだ。
 ドーソンはニヤリと笑って付け加えた。

「レイン、局長に声をおかけすれば、ファンクラブから逃げられるぞ。」

 レインは微かに頬を赤らめた。

「俺は本当にローガン・ハイネと言う人を誤解していた様です。」
「しかし、何故今そんなことを言い出したのだ?」
「昨日、ドームに帰投した時、局長が送迎フロアで俺達を待っておられたのです。」
「送迎フロアで?!」

 これはドーソンも初耳だったらしく驚いた。カディナ黴の事故以来、ドーマーも執政官もハイネを送迎フロアに近づけまいと注意して見張っていたのだ。ドームの「生き神様」は外界の汚れから出来るだけ遠ざかって居て欲しかった。
 レインは続けた。

「局長はニュカネンと俺をハグして、俺達の無事を喜んで下さいました。その時、俺はあの人の肌に触れて感じたのです。」

 接触テレパスは嘘を感じない、真実の感情しか感じない。ドーソンは興味津々でレインの次の言葉を待った。

「あの人は、俺達を無償で愛してくれています。ひたすら俺達の無事を祈って帰りを待ってくれていたのです。」

 ドーソンが微笑んだ。そんな単純な真実を、この男は今頃気が付いたのか・・・。

「あの方は、僕等の父親なんだよ、レイン。君の言う通り、あの方は外の世界を何もご存じない。何もご存じないからこそ、僕等があの方の全てなんだ。だから、僕等はあの方の愛情に応える為に、常に安全に心がけて任務を遂行しなければならない。君等が無事に帰還したことをあの方が喜ばれるのは当然だ。」
「俺があの人を悪く思っていたことをお詫びするには、どうしたら良いのでしょう?」

 ドーソンは思わず声をたてて笑ってしまった。

「そんなことを詫びる必要はないさ。あの方は君がどう思っていようと気になさらない。君が詫びたいと思うなら、これからも安全に気をつけて真面目に任務に励めば良い。そしてあの方が君になさる様に、君も後輩達に愛情を掛けてやれば良いのだ。」

 レインは静かに立ち上がった。

「お疲れのところを、俺のつまらない気持ちを聞いていただいて感謝します。先輩の忠告を心に留めてこれからも任務に励みます。」

 ドーソンも立ち上がった。

「忠告と言うより、ちょっとした入れ智慧をしてやろう。局長がチーズ好きなのは有名だろう? チーズ料理が出る日に一般食堂で張っていれば、絶対に局長を捕まえられる。」


退出者 5 - 3

 翌朝、ケンウッドは秘書と研究室の助手に付き添われて退院した。3人で軽く朝食を取ってから長官室に出頭した。
 リプリー長官はハイネ局長から報告をもらっていたので、既に事件の概要と犯人の動機を知っていた。彼は逆恨みのとばっちりで負傷した副長官を労い、慰めた。

「少なくとも、コロニー人憎しでなかったのは幸いだったね。」
「しかし、犯人が同じ地球人の遺伝子管理局を憎むのも困りものです。」
「所謂官憲はどう奉仕しても庶民から恨まれるものだよ。我々が早く女子誕生の鍵を見つけなければならないと言う忠告だな。」

 ケンウッドが心配するほども弱っていなかったので、リプリー長官は早くも好奇心の方を募らせていた。

「ケンウッド博士、君の第1日目の報告書は電送されて来たのを読んだ。大学の研究者達の紹介は面白かった。2日目は事件が起きる前にどこへ行っていたのかね?」

 それでケンウッドもトーラス野生動物保護団体とマルビナス・クローニング・サービスの話をして、楽しかった半日のことを思い出せた。リプリーは大富豪の趣味団体であるトーラス野生動物保護団体よりも、民間企業のマルビナス・クローニング・サービスの方に興味を抱いて、いろいろ質問した。やはりミツバチがコロニーでも重要な生物だったからだ。

「ケンウッド博士、皮肉だと思わないか? ミツバチはその殆どが雌なんだ。人間の女性が産まれない地球が、雌ばかりの昆虫を宇宙に輸出しているんだよ!」

 その頃、反省会を兼ねた朝食会が終わって、今後はメーカーだけでなく顧客も注意を払って事後観察が必要だと言う結論を出した遺伝子管理局北米南部班は、それぞれのチームの日程に従って解散した。
 ポール・レイン・ドーマーは外勤務から戻ると何時もファンクラブに取り囲まれるのだが、その日はそんな気分ではなく、副長官の負傷を知らない暢気な執政官達を見ていると腹が立ったので、足早に食堂から出た。抗原注射の効力切れで体が重く、動きも鈍かったが、コロニー人達を振り切って先輩のクリスチャン・ドーソン・ドーマーに追いついた。ドーソンはアパートに帰って効力切れ休暇で寝ようと思っていたところだった。だからレインが聞いて欲しいことがありますと言った時、面倒な話でなければ良いが、と内心思った。
 彼等はアパートのドーソンの部屋に入った。
 ドーマーは基本的に料理をしないし、飲酒もしないことになっている。ドーソンのアパートの小さなキッチンにも水以外何もなかった。ドーソンはグラスに水を注いでレインに出した。そして自身は後輩の正面に座った。

「さぁ、君の話とやらを聞かせてくれ。但し手短に頼む。休日は貴重だからな。」
「お疲れのところを済みません。」

 レインはどう語ろうかと少し躊躇った。自身の気持ちを上手く先輩に伝えられるだろうか。ドーソンが促すつもりで尋ねた。

「今回の襲撃事件のことか?」
「いいえ・・・」

 レインは勇気を出して顔を上げた。

「俺は、ハイネ局長を誤解していました。ですが、どう謝罪して良いのかわからないのです。」
「誤解?」

 ドーソンは怪訝な顔をした。レインが局長と問題を起こしたとは聞いていないが?
 


2017年11月11日土曜日

退出者 5 - 2

 ローガン・ハイネ・ドーマーは部下達と医療区を抜けるルートでドーム内に向かったが途中で部下達と別れ、ヤマザキ・ケンタロウ医師の診療室へ足を向けた。ヤマザキは内科だが、外科も担当することがある。特に親友の怪我は当然ながら彼が診るのだ。果たして診療室ではケンウッドが椅子に座ってヤマザキの治療を受けていた。外の世界の地球人の医師を信用しない訳ではないが、ヤマザキは他人の処置に満足出来ない医師だった。
 情けない声を上げるケンウッドを叱咤しながら彼は傷口から地球製のジェルを取り除き、コロニーから取り寄せた最新の薬品ジェルを埋め込んだ。保護シールを貼って包帯を軽く巻いたところへ、ハイネがドアをノックして入って来た。

「来る頃だと思ったよ。」

とヤマザキが苦笑しながら言った。

「もう少し早く来れば、この何時もすまし顔の男が幼子みたいに泣きわめく姿が見られたのになぁ。」
「私は泣きわめいた覚えはないよ。」

 ケンウッドがムッとして言った。ドームに帰った安心感で気分が良くなった。熱も下がった様な気がした。ヤマザキが地球の医師が作成した処方箋を眺めた。

「ここにない薬品が書かれているが、代用品はあるはずだ。」

 元薬剤師のハイネが覗き込んだ。彼は直ぐに何が必要か判断した。ヤマザキは彼が言った薬品名を処方箋に訂正として書き加えて、薬品部へ送信した。
 ハイネが検めてケンウッドを正面から見た。

「ご気分はいかがです? 部下達が貴方に怪我をさせたと悔やんでいました。」
「彼等の責任じゃない。不意打ちだったから・・・しかし事件の真相はまだ聞かされていないんだ。」

 ハイネが視線をヤマザキに向けたので、ヤマザキが隣の観察室を顎で指した。

「今夜はケンさんをそこに泊めるから、時間があるなら、そこで聞かせてもらっても良いかな? 僕も聞きたい。一体何があったんだ?」

 看護師の手伝いを受けながらケンウッドは寝間着に着替え、観察室のベッドに横になった。深夜に近かったが、夕食を逃した彼の為に軽い食事が運ばれてきた。彼がお粥を食べている間にハイネがレインとニュカネンの報告書をまとめて事件の概要を語った。それは大して長い話ではなかった。

「先月、遺伝子管理局北米南部班の第1チームと第3チームが中部地方で活動していたメーカーを摘発しました。その時に合同で捜査活動をしたローズタウン市警本部が、メーカーに客を紹介していた裏組織も一緒に摘発、逮捕したのです。
 遺伝子管理局と警察はそれで仕事を終えたと思ったのですが、裏組織に金を払ってクローンを造ってもらうことになっていた客は、それで終わりではありませんでした。」
「金を払ってしまっていた客と言うことだね?」
「そうです。彼等は大金を払ったのです。しかし、法律違反の行為ですから、逮捕された裏組織の連中に返金を要求することは困難です。」
「取られ損じゃないか?」
「ですから、数人の客は勇気を奮って拘留中の容疑者を相手に訴訟を起こしています。」
「恨む相手は裏組織だな?」
「それが筋ですが、訴訟する勇気のない者、訴訟する財政的余裕のない者は、怒りをどこにぶつけて良いのかわかりません。」

 ケンウッドは、撃たれる直前に耳にした声を思い出した。犯人は遺伝子管理局に怒りをぶつけてきた。

「犯人は遺伝子管理局がメーカーを捕まえたので、財産を失い、子供を得る機会を潰されたと思い込んだのだね?」
「そうです。全財産を裏組織の紹介者に支払った直後に、摘発があったそうです。当然、金は戻って来ません。警察はそこまで世話をしてくれないのです。勿論、遺伝子管理局の関知する範囲でもありません。
 犯人は護身用に持っていた拳銃を持ち出し、遺伝子管理局の黒塗りの車を見かけて市役所に報告に来るのを待ち伏せていたのです。ダークスーツを着たニュカネンを狙ったらしいのですが、下手な腕前なので、横におられた副長官の腕を弾丸がかすったのです。」

 ヤマザキがケンウッドを振り返った。

「とんだとばっちりだったな、ケンさん。でも、この程度の怪我で良かった!」

彼はケンウッドの右腕をぽんと叩き、副長官に悲鳴を上げさせた。

2017年11月10日金曜日

退出者 5 - 1

 ヘリコプターで移動中、ケンウッドは再び熱が上がってうとうとし始めた。シートベルトをしているので横になれない。レインが彼の隣に座って副長官の体がベルトで痛めつけられないよう、支えた。その姿勢で彼は端末にその日の出来事を報告書としてまとめた。ニュカネンと世間話をする仲ではなかったし、ニュカネンも報告書を書いていたので、他にすることがなかったのだ。いつもは簡潔に書くレインだったが、今回は時間があったので詳細に書いて、書き終わると本部の局長宛に送信した。
 局長はもうアパートに帰っているかジムで体力創りの最中だろうと思ったのだが、ドーム空港に到着して、ゲートで消毒してもらっていると、消毒班のドーマーが囁きかけてきた。

「おい、送迎フロアにローガン・ハイネ・ドーマーが来ているぞ。あの方があそこに来られるなんて、カディナ黴の事故以来だ。しかもかなり苛ついておられると言う話だぜ。おまえ達、何かやらかしたのか?」

 レインとニュカネンは思わず顔を見合わせた。副長官に怪我をさせてしまったので、きっと叱られるのだ、と2人共思った。ケンウッドはゲートの消毒室から直接医療区へ運ばれて行ったので、彼等は新しい服を受け取って身につけると覚悟してゲートからドームの中に入った。
 送迎フロアの奥まった所に班チーフが立っていて、その前でローガン・ハイネ・ドーマーが行ったり来たりしていた。顔は無表情だったが、行動は彼がかなり苛ついていることを表していた。ゲートの扉が開く音で彼は振り返り、若い部下2人が入って来ると、彼はそちらへ歩いて行った。
 ハイネは背が高くて歩幅も広い。歩くのが速いのだが、レイン達にはスローモーションの様に感じられた。彼等は一気に緊張した。脚を止めて局長が前に立つ迄気をつけの姿勢で待った。 ハイネが両腕を広げ、いきなり彼等を同時に抱き締めた。

「よくぞ無事に戻ってくれた!」

 ハイネがよく透る声を微かに震わせて囁いた。

「おまえ達に何かあったら、私はあの町を許さない。全ての遺伝子事業を停止させてやる。」

 レインはハッとした。

 ローガン・ハイネの遺伝子は遠い宇宙へ旅立つ宇宙飛行士の無事を祈りながらただひたすら帰りを待つ人の為に開発されたもの・・・。

 胸の奥からグッと上がってくるものがあった。レインはそれを誤魔化す為に慌てて言った。

「しかし、ケンウッド副長官に怪我をさせてしまいました。」
「申し訳ありません、我々が不注意でした。」

 ニュカネンも急いで口添えした。ハイネが彼等から体を離した。

「君達の報告書に目を通した。事件の発生は不可抗力だったのだ。誰かが我々に逆恨みして遺伝子管理局の人間なら誰でも傷つけて良いと思っても、知りようがない。副長官は犯人が射撃の下手な人間だった為に巻き添えをくったのだ。君達の責任ではない。」

 彼はレインの手を取った。

「君は犯人が撃つ銃弾を物ともせずに、彼が警察に射殺されてしまう前に麻痺光線で捕獲に成功した。お陰で事件の真相解明に大いに役立った。よくやった!」
 
 レインはハイネの心の呟きを感じ取った。

 もう無謀なことはするな、大事な命だぞ!

 彼はまた胸にこみ上げてくるものを感じてうろたえた。幸いにもハイネが彼の手を放し、ニュカネンの前に移動してくれたので、ハンカチで汗を拭うふりをして涙を拭いた。
ハイネはニュカネンにもケンウッドを自身の体で庇ったことを感謝して、後の市長や支局への交渉も上手くやってのけたことを褒めた。ニュカネンはレインの様な器用さがなかったので、不覚にも局長の前で涙をぽろりと落としてしまった。
 ハイネが微笑んだ。

「今夜はもう遅いし、明日は抗原注射の効力切れで体が辛いだろう。早く帰って休め。」

 彼は後ろで控えていた班チーフを振り返った。

「この2人を引き留めたりするなよ、反省会は彼等が十分な休息を取ってからにしろ。」
「承知しました。」

 班チーフは部下をチラリと見た。レインもニュカネンも知っていた。チーフは心の中で彼等にこう言ったのだ。

 局長は優しい言葉を下さったが、明日の朝食会で反省会をやるからな、必ず出て来い。