2017年11月11日土曜日

退出者 5 - 2

 ローガン・ハイネ・ドーマーは部下達と医療区を抜けるルートでドーム内に向かったが途中で部下達と別れ、ヤマザキ・ケンタロウ医師の診療室へ足を向けた。ヤマザキは内科だが、外科も担当することがある。特に親友の怪我は当然ながら彼が診るのだ。果たして診療室ではケンウッドが椅子に座ってヤマザキの治療を受けていた。外の世界の地球人の医師を信用しない訳ではないが、ヤマザキは他人の処置に満足出来ない医師だった。
 情けない声を上げるケンウッドを叱咤しながら彼は傷口から地球製のジェルを取り除き、コロニーから取り寄せた最新の薬品ジェルを埋め込んだ。保護シールを貼って包帯を軽く巻いたところへ、ハイネがドアをノックして入って来た。

「来る頃だと思ったよ。」

とヤマザキが苦笑しながら言った。

「もう少し早く来れば、この何時もすまし顔の男が幼子みたいに泣きわめく姿が見られたのになぁ。」
「私は泣きわめいた覚えはないよ。」

 ケンウッドがムッとして言った。ドームに帰った安心感で気分が良くなった。熱も下がった様な気がした。ヤマザキが地球の医師が作成した処方箋を眺めた。

「ここにない薬品が書かれているが、代用品はあるはずだ。」

 元薬剤師のハイネが覗き込んだ。彼は直ぐに何が必要か判断した。ヤマザキは彼が言った薬品名を処方箋に訂正として書き加えて、薬品部へ送信した。
 ハイネが検めてケンウッドを正面から見た。

「ご気分はいかがです? 部下達が貴方に怪我をさせたと悔やんでいました。」
「彼等の責任じゃない。不意打ちだったから・・・しかし事件の真相はまだ聞かされていないんだ。」

 ハイネが視線をヤマザキに向けたので、ヤマザキが隣の観察室を顎で指した。

「今夜はケンさんをそこに泊めるから、時間があるなら、そこで聞かせてもらっても良いかな? 僕も聞きたい。一体何があったんだ?」

 看護師の手伝いを受けながらケンウッドは寝間着に着替え、観察室のベッドに横になった。深夜に近かったが、夕食を逃した彼の為に軽い食事が運ばれてきた。彼がお粥を食べている間にハイネがレインとニュカネンの報告書をまとめて事件の概要を語った。それは大して長い話ではなかった。

「先月、遺伝子管理局北米南部班の第1チームと第3チームが中部地方で活動していたメーカーを摘発しました。その時に合同で捜査活動をしたローズタウン市警本部が、メーカーに客を紹介していた裏組織も一緒に摘発、逮捕したのです。
 遺伝子管理局と警察はそれで仕事を終えたと思ったのですが、裏組織に金を払ってクローンを造ってもらうことになっていた客は、それで終わりではありませんでした。」
「金を払ってしまっていた客と言うことだね?」
「そうです。彼等は大金を払ったのです。しかし、法律違反の行為ですから、逮捕された裏組織の連中に返金を要求することは困難です。」
「取られ損じゃないか?」
「ですから、数人の客は勇気を奮って拘留中の容疑者を相手に訴訟を起こしています。」
「恨む相手は裏組織だな?」
「それが筋ですが、訴訟する勇気のない者、訴訟する財政的余裕のない者は、怒りをどこにぶつけて良いのかわかりません。」

 ケンウッドは、撃たれる直前に耳にした声を思い出した。犯人は遺伝子管理局に怒りをぶつけてきた。

「犯人は遺伝子管理局がメーカーを捕まえたので、財産を失い、子供を得る機会を潰されたと思い込んだのだね?」
「そうです。全財産を裏組織の紹介者に支払った直後に、摘発があったそうです。当然、金は戻って来ません。警察はそこまで世話をしてくれないのです。勿論、遺伝子管理局の関知する範囲でもありません。
 犯人は護身用に持っていた拳銃を持ち出し、遺伝子管理局の黒塗りの車を見かけて市役所に報告に来るのを待ち伏せていたのです。ダークスーツを着たニュカネンを狙ったらしいのですが、下手な腕前なので、横におられた副長官の腕を弾丸がかすったのです。」

 ヤマザキがケンウッドを振り返った。

「とんだとばっちりだったな、ケンさん。でも、この程度の怪我で良かった!」

彼はケンウッドの右腕をぽんと叩き、副長官に悲鳴を上げさせた。