ヘリコプターで移動中、ケンウッドは再び熱が上がってうとうとし始めた。シートベルトをしているので横になれない。レインが彼の隣に座って副長官の体がベルトで痛めつけられないよう、支えた。その姿勢で彼は端末にその日の出来事を報告書としてまとめた。ニュカネンと世間話をする仲ではなかったし、ニュカネンも報告書を書いていたので、他にすることがなかったのだ。いつもは簡潔に書くレインだったが、今回は時間があったので詳細に書いて、書き終わると本部の局長宛に送信した。
局長はもうアパートに帰っているかジムで体力創りの最中だろうと思ったのだが、ドーム空港に到着して、ゲートで消毒してもらっていると、消毒班のドーマーが囁きかけてきた。
「おい、送迎フロアにローガン・ハイネ・ドーマーが来ているぞ。あの方があそこに来られるなんて、カディナ黴の事故以来だ。しかもかなり苛ついておられると言う話だぜ。おまえ達、何かやらかしたのか?」
レインとニュカネンは思わず顔を見合わせた。副長官に怪我をさせてしまったので、きっと叱られるのだ、と2人共思った。ケンウッドはゲートの消毒室から直接医療区へ運ばれて行ったので、彼等は新しい服を受け取って身につけると覚悟してゲートからドームの中に入った。
送迎フロアの奥まった所に班チーフが立っていて、その前でローガン・ハイネ・ドーマーが行ったり来たりしていた。顔は無表情だったが、行動は彼がかなり苛ついていることを表していた。ゲートの扉が開く音で彼は振り返り、若い部下2人が入って来ると、彼はそちらへ歩いて行った。
ハイネは背が高くて歩幅も広い。歩くのが速いのだが、レイン達にはスローモーションの様に感じられた。彼等は一気に緊張した。脚を止めて局長が前に立つ迄気をつけの姿勢で待った。 ハイネが両腕を広げ、いきなり彼等を同時に抱き締めた。
「よくぞ無事に戻ってくれた!」
ハイネがよく透る声を微かに震わせて囁いた。
「おまえ達に何かあったら、私はあの町を許さない。全ての遺伝子事業を停止させてやる。」
レインはハッとした。
ローガン・ハイネの遺伝子は遠い宇宙へ旅立つ宇宙飛行士の無事を祈りながらただひたすら帰りを待つ人の為に開発されたもの・・・。
胸の奥からグッと上がってくるものがあった。レインはそれを誤魔化す為に慌てて言った。
「しかし、ケンウッド副長官に怪我をさせてしまいました。」
「申し訳ありません、我々が不注意でした。」
ニュカネンも急いで口添えした。ハイネが彼等から体を離した。
「君達の報告書に目を通した。事件の発生は不可抗力だったのだ。誰かが我々に逆恨みして遺伝子管理局の人間なら誰でも傷つけて良いと思っても、知りようがない。副長官は犯人が射撃の下手な人間だった為に巻き添えをくったのだ。君達の責任ではない。」
彼はレインの手を取った。
「君は犯人が撃つ銃弾を物ともせずに、彼が警察に射殺されてしまう前に麻痺光線で捕獲に成功した。お陰で事件の真相解明に大いに役立った。よくやった!」
レインはハイネの心の呟きを感じ取った。
もう無謀なことはするな、大事な命だぞ!
彼はまた胸にこみ上げてくるものを感じてうろたえた。幸いにもハイネが彼の手を放し、ニュカネンの前に移動してくれたので、ハンカチで汗を拭うふりをして涙を拭いた。
ハイネはニュカネンにもケンウッドを自身の体で庇ったことを感謝して、後の市長や支局への交渉も上手くやってのけたことを褒めた。ニュカネンはレインの様な器用さがなかったので、不覚にも局長の前で涙をぽろりと落としてしまった。
ハイネが微笑んだ。
「今夜はもう遅いし、明日は抗原注射の効力切れで体が辛いだろう。早く帰って休め。」
彼は後ろで控えていた班チーフを振り返った。
「この2人を引き留めたりするなよ、反省会は彼等が十分な休息を取ってからにしろ。」
「承知しました。」
班チーフは部下をチラリと見た。レインもニュカネンも知っていた。チーフは心の中で彼等にこう言ったのだ。
局長は優しい言葉を下さったが、明日の朝食会で反省会をやるからな、必ず出て来い。