2017年11月12日日曜日

退出者 5 - 3

 翌朝、ケンウッドは秘書と研究室の助手に付き添われて退院した。3人で軽く朝食を取ってから長官室に出頭した。
 リプリー長官はハイネ局長から報告をもらっていたので、既に事件の概要と犯人の動機を知っていた。彼は逆恨みのとばっちりで負傷した副長官を労い、慰めた。

「少なくとも、コロニー人憎しでなかったのは幸いだったね。」
「しかし、犯人が同じ地球人の遺伝子管理局を憎むのも困りものです。」
「所謂官憲はどう奉仕しても庶民から恨まれるものだよ。我々が早く女子誕生の鍵を見つけなければならないと言う忠告だな。」

 ケンウッドが心配するほども弱っていなかったので、リプリー長官は早くも好奇心の方を募らせていた。

「ケンウッド博士、君の第1日目の報告書は電送されて来たのを読んだ。大学の研究者達の紹介は面白かった。2日目は事件が起きる前にどこへ行っていたのかね?」

 それでケンウッドもトーラス野生動物保護団体とマルビナス・クローニング・サービスの話をして、楽しかった半日のことを思い出せた。リプリーは大富豪の趣味団体であるトーラス野生動物保護団体よりも、民間企業のマルビナス・クローニング・サービスの方に興味を抱いて、いろいろ質問した。やはりミツバチがコロニーでも重要な生物だったからだ。

「ケンウッド博士、皮肉だと思わないか? ミツバチはその殆どが雌なんだ。人間の女性が産まれない地球が、雌ばかりの昆虫を宇宙に輸出しているんだよ!」

 その頃、反省会を兼ねた朝食会が終わって、今後はメーカーだけでなく顧客も注意を払って事後観察が必要だと言う結論を出した遺伝子管理局北米南部班は、それぞれのチームの日程に従って解散した。
 ポール・レイン・ドーマーは外勤務から戻ると何時もファンクラブに取り囲まれるのだが、その日はそんな気分ではなく、副長官の負傷を知らない暢気な執政官達を見ていると腹が立ったので、足早に食堂から出た。抗原注射の効力切れで体が重く、動きも鈍かったが、コロニー人達を振り切って先輩のクリスチャン・ドーソン・ドーマーに追いついた。ドーソンはアパートに帰って効力切れ休暇で寝ようと思っていたところだった。だからレインが聞いて欲しいことがありますと言った時、面倒な話でなければ良いが、と内心思った。
 彼等はアパートのドーソンの部屋に入った。
 ドーマーは基本的に料理をしないし、飲酒もしないことになっている。ドーソンのアパートの小さなキッチンにも水以外何もなかった。ドーソンはグラスに水を注いでレインに出した。そして自身は後輩の正面に座った。

「さぁ、君の話とやらを聞かせてくれ。但し手短に頼む。休日は貴重だからな。」
「お疲れのところを済みません。」

 レインはどう語ろうかと少し躊躇った。自身の気持ちを上手く先輩に伝えられるだろうか。ドーソンが促すつもりで尋ねた。

「今回の襲撃事件のことか?」
「いいえ・・・」

 レインは勇気を出して顔を上げた。

「俺は、ハイネ局長を誤解していました。ですが、どう謝罪して良いのかわからないのです。」
「誤解?」

 ドーソンは怪訝な顔をした。レインが局長と問題を起こしたとは聞いていないが?