2018年2月8日木曜日

脱落者 8 - 2

 ヤマザキ・ケンタロウはガブリエル・ブラコフに3人の捜査官を紹介し、脳波翻訳機を装着して事情聴取に応じることを彼に勧めた。

「君自身も何が起きたのか、整理しておいた方が良いと思うんだ。ただ、脳波で質疑応答をすると言っても疲れるだろうから、無理はしなくて良い。」

 彼は脳波を音声に変換する機械をブラコフの手に持たせた。聞かれたくない考えがあれば、電源をオフにすること、と説明すると、ブラコフは直ぐに使用方法を覚え、「わかりました」と機械の声で答えた。そして

「コメカミ以外の場所に装置を装着することを思いつくなんて、流石にケンウッド先生だ。」

と呟いた。ヤマザキは彼が現在の境遇を悲観していないと感じた。ブラコフはケンウッドを信じている。必ず助けてくれると信じている。ヤマザキはベッドの反対側に移って副長官の空いている手を握った。そしてドナヒュー軍曹に頷いて見せた。
 カレン・ドナヒュー軍曹はベッドの脇に椅子を引き寄せて座った。

「地球周回軌道防衛軍のカレン・ドナヒューです。憲兵隊の軍曹です。貴方の姿を映像に記録し、音声も記録します。よろしいですね?」
「はい。」

 軍曹がブラコフの名前を読み上げ、間違いないかと尋ね、ブラコフは「間違いありません」と答えた。その直後に彼はスウィッチを切った。数秒後に再び入れたので、何か聞かれたくないことを考えたのだろうと、ヤマザキは想像した。
 軍曹が質問を開始した。

「ブラコフ博士、貴方がハン・ジュアン博士の実験に立ち会うことを決められたのは何時でしたか?」
「10日前です。」
「実験には必ず立ち会うのですか?」
「新薬を使用する実験には、長官か副長官が立ち会うことになっています。」
「ではケンウッド長官が立ち会う可能性もあったのですね?」
「いいえ、長官は2月前に出張されることが決まっていましたから、ハン博士が僕に直接立会いを要請してきました。」
「それは特別なことではなかったのですね?」
「そうです。1月に1回の割合で立ち会っています。」
「立ち会ってどんなことを見るのですか?」

 恐らくこの答えをドナヒューは既に知っている筈だ。薬剤管理室を調べた時に室長に訊いただろうから。ブラコフはヤマザキが知っている答えを伝えた。

「開発された新薬が正しい目的のものであるかを確認するのです。ドームの歴史の初期に麻薬を製造した学者がいたので、法律で監視を兼ねた立会いを義務付けしています。」

 ドナヒューは端末のメモを見て、頷いた。そして次の質問に移った。

「ハイネ局長が立ち会った理由は何でしょう? 内務捜査班からの情報に依れば、局長の立会いは実験の前日に決まったそうですが?」
「僕は薬剤の専門家ではないので、助言をしてもらう為に僕から局長に頼んだのです。局長は元薬剤師ですから。」
「何故実験の前日だったのです? 10日前にハン博士から立会いを求められた時、局長に頼んだのではないのですね?」
「当初は僕1人で立ち会うつもりでした。しかしエヴァンズが薬が変だと言ったので・・・」
「薬が変? どう言う意味ですか?」
「わかりません。」





2018年2月7日水曜日

脱落者 8 - 1

「昨日、僕の言いつけを無視して看護師からタブレットを入手したハイネは、はしゃぎ過ぎた報いで、今日は早朝から熱を出して大人しくしているよ。」

 朝食の時に、ヤマザキが可笑しそうに教えてくれた。医師が笑っているので、深刻な事態ではなさそうだ。ケンウッドはホッとした。

「熱は高いのか?」
「いや、微熱だ。でも胸の傷に響くから、発声練習は午後からに延期だ。食事は予定通りにする。延期すると彼は絶対に機嫌が悪くなるから。」
「食べ物に関して言えば、ローガン・ハイネは子供だなぁ・・・」

 2人は笑い合った。ヤマザキはベックマン保安課長からセシリア・ドーマーが事情聴取の際にハイネ暗殺を企てたことを認めたと聞かされていた。ベックマンは医療区の警備強化の必要性を説く為に、医療区長に伝えたのだ。ヤマザキはセシリア・ドーマーの共犯がいるとは思えなかったが、真面目に受け止めた。スタッフに、医療区に用の無い者は例え顔見知りでもセキュリティチェックを通してからでなければ入れてはならない、と指示を出しておいた。しかし、それをケンウッド長官に言うつもりはなかった。ベックマンから報告があるだろうし、まだなかったとしても多忙な長官に心を乱して欲しくなかった。

「ドナヒュー軍曹がガブリエルの覚醒を知った。事情聴取出来ないかと訊いてきた。彼の怪我の状態を実際に見ているのだから、無理だとわかりそうなものだがなぁ・・・」

 ケンウッドが憲兵の無神経な要求に愚痴をこぼした。ヤマザキはケンウッドが前日提案した脳波翻訳機を頭髪を剃って装着させる案を思い出した。口で証言するより脳波で喋られせた方が疲れないだろう、と思ったので、「良いんじゃないか?」と言った。

「制限時間を区切って、脳波通信機でガブリエルに証言させれば良いだろう? 僕が同席して時間オーバーや質問の内容をチェックする。少しでもガブに負担が掛かると判断したら、即事情聴取を打ち切らせる。」

 ケンウッドは自身も同席したいと思ったが、ドームは副長官を欠いている。長官業務以外にも仕事が山の様にあった。

「それではガブリエルの護衛は君がしてくれるのだね? 軍曹とベックマンかフォーリーにガブリエルの面会を許可する旨を伝えておこう。」

2018年2月6日火曜日

脱落者 7 - 5

 ベックマンとフォーリー・ドーマーはセシリア・ドーマーの部屋に戻った。ドナヒュー軍曹は重力が辛いのか、近くの保安課員控え室に向かった。少し休憩してから戻ると言ったが、ベックマンは尋問に時間をかけるつもりはなかった。セシリア・ドーマーもまだ長い時間の尋問に耐えられる状態ではない。
 入室すると、彼女はマスクをしたまま目を閉じていた。2人の男性がベッドに近くと、気怠そうに目蓋を開けた。保安課員がマスクを外してやった。

「私はどうなるのですか?」

 彼女の質問に、フォーリーが質問で返した。

「どうして欲しいのだ? 君はドームの中にこれ以上居たくないのだろう?」

 ベックマンは、ドーマーが犯罪を犯した場合の処罰がどんなものなのか、聞いたことがないことに気が付いた。ドーマーが犯罪を犯したことが、かつてあったのだろうか? コロニー人に逆らって観察棟に幽閉されたと言う話は聞いたことがあるが、法的な違反を犯した場合の前例を耳にしたことがない。

「追放が希望なのか? ドームの外の、大気汚染と放射線の汚れの中に追い出されたいのか?」

 フォーリーの質問に、セシリア・ドーマーは再び目を閉じた。

「それ以外に何があるのです? 宇宙へは出してもらえないでしょう?」

 彼女が口元に笑みを浮かべたので、ベックマンはギョッとした。何か悪いものが、女性ドーマーに取り憑いた様に思えたのだ。
 セシリアが言った。

「ドーマーは、法律上は地球に存在しない人間です。 私はクローン、クローンの母親から生まれた子供ですらない。クローンはドームの外に出ない限り、人間ではないのです。人間でないクローンの私が、法律上存在しないローガン・ハイネと言う人を殺害しても、殺人にならないでしょう? でも、人を殺したことは事実です。貴方方は私をドームの中に置いておけない筈です。邪悪な生き物ですからね。法律上の殺人ではないから、罰することは出来ません。私を放逐するしか、貴方方には選択肢がないのです。」

 ベックマンとフォーリーは顔を見合わせた。この女は狂っている、とベックマンは感じた。クローンも人間であると言う不動の考えで、ドームは女の子を創っているのだ。それを当のクローンが否定している。クローンが人間でないなら、クローンの女性達から生まれた現代の地球人は、何なのだ?
 フォーリー・ドーマーが初めて感情を表した、彼は苛ついたのだ。

「ローガン・ハイネも私も人間だ。法律上存在しないなどと、誰が言ったのだ? 我々ドーマーは法律上存在している。外の世界の住民登録に名前がないだけだ。ドームには、地球上の全ての住民の登録が為されている。我々ドーマーもその中に入っている。君達女性ドーマーも入っている。君も私も地球人なのだ。」

 セシリア・ドーマーが突然起き上がろうとした。しかし彼女の四肢をベッドに拘束してるベルトは頑丈で、彼女は上体を浮かせることすら出来なかった。彼女は何か叫ぼうとして、再び咳の発作に襲われた。咳き込む彼女に、ベックマンが声をかけた。

「暫くそこで休んでいなさい。そして、自分が何をやらかしたのか、じっくり考えて見ることだ。」

 2人は部屋を出た。ドナヒューが戻って来るところだった。彼女は2人の男性が出て来るのを見て立ち止まり、彼等がそばに来るのを待った。

「彼女は何か事件の真相について喋りましたか?」
「何も・・・」

 ベックマンはフォーリーを見た。彼なら上手く説明してくれるだろうと期待したが、ドーマーの捜査官は黙っていた。仕方なくベックマンは説明した。

「彼女はドーマーもクローンも法律上存在していないと信じている。存在しなければ人間ではない、だから彼女がローガン・ハイネを殺しても罪に問われない、と言う考えだ。」

 ドナヒューがポカンと口を開けて、2人を見比べた。

「一体、どこからそんな考えが出て来るのかしら?」
「さぁね・・・」

 ベックマンは思った、ドーマーを洗脳したのは誰だろう? と。

2018年2月5日月曜日

脱落者 7 - 4

 セシリア・ドーマーが咳き込んでいる間、ベックマンはドナヒュー軍曹とフォーリー・ドーマーを通路へ誘い出した。ドアを閉じると、彼は2人に尋ねた。

「私には彼女が殺意を持ってハイネを刺したように聞こえたが、どう思う?」
「『解放』とか『閉じ込められて』とか『飼われている』とか、そんな言葉を使っていましたね。」

 ドナヒューがフォーリーを見た。ドーマー達は皆そんなことを感じているのだろうか?
しかしフォーリーは言った。

「感じ方は人それぞれです。しかし他人を殺して『解放してやる』と言う考え方は私には理解出来ません。」
「それはコロニー人もドーマーも外の地球人も同じだ。まともな人間の考えじゃない。」

 ベックマンは手で顔をこすった。ドームに職を得てから二日前まで平和で穏やかな日々を送って来た。彼は宇宙軍の傭兵として辺境の開拓惑星で働いて来た。宇宙軍と言っても、異形のエイリアンと戦う訳ではない。開拓を妨害する同じ人類から開拓団を護衛していたのだ。宇宙の盗賊は地球人の末裔だ。開拓地を平気で荒らしたし、殺人も犯した。傭兵は標的にされた。ベックマンはそれなりに危険な職場を渡り歩いて来たのだ。だからドームの小さくても平和な世界が好きだった。ささくれだっていた彼の心に人間らしさを取り戻してくれたのは、コロニー人を親と思えと躾けられたドーマー達の純真さだった。
 それなのに・・・ドームで生まれ育った女が同じドーマー仲間を殺害しようとした。しかも自分たちのリーダーである長老を・・・。

「ローガン・ハイネは立派な人だ。若いドーマー達を我が子の様に愛しているし、年長者には敬意を払って接している。常に仲間のことが一番で自身は最後だ。セシリアの様な若い薬剤師達は訓練所でハイネの講義を受けた筈だ。彼は彼女の恩師でもある。そんな人を身勝手な解釈で哀れんで死を以って『解放』してやろうと?」
「誰かが彼女に邪な考えを吹き込んだのでしょう。」


脱落者 7 - 3

 セシリア・ドーマーはベッドの上に拘束されていた。顔は鼻が折れているので腫れていた。手術は成功しており、見た目は以前と変わらず綺麗だが、むくみはまだ引かないようだ。喉はハイネ同様良好な回復で、ベックマンは医師からの忠告もあり、あまり興奮させたり長時間喋らせないよう、仲間と打ち合わせていた。
 彼女は3人の捜査官が入室すると、首を動かしてドアの方を見た。付き添っていた保安課員が上体を少し起こしてやった。

「こんばんは、セシリア・ドーマー。保安課のベックマンだ。こちらは内務捜査班のフォーリー・ドーマー、そしてこちらは地球周回軌道防衛隊のドナヒュー軍曹だ。」

 ベックマンが紹介すると、セシリア・ドーマーは無言で頷いた。縛られている意味も捜査官が訪問した意図も理解している様子だ。感情のない目で彼等を見た。
 ベックマンは椅子をベッドの脇に引き寄せて座った。ドナヒュー軍曹には付き添いの保安課員が椅子を勧めたが、フォーリーは椅子を断って立っていた。
 さて、とベックマンが切り出した。

「気分はどうだね? 痛むか?」

 セシリア・ドーマーは小さく首を振った。質問を無視するつもりはないらしい。

「喉を痛めたそうだから、今夜はあまり多くの質問はしない。今ベッドに拘束されている理由はわかるだろうか?」

 彼女は一瞬天井に目を向けてから、かすれ声で答えた。

「私がローガン・ハイネ・ドーマーを殺したからです。」

 ベックマンはドナヒューとフォーリーを見た。2人共無言だ。セシリア・ドーマーは殺意を持ってハイネを刺したと受け取れた。

「ハイネ局長を殺した?」

とベックマンが彼女の言葉を繰り返すように尋ねた。彼女が無言で頷いた。彼は尋ねた。

「何故、彼を殺したりしたのだ?  彼はこのドームの長老だった。君達のリーダーだっただろう?」

 彼は故意に過去形で語ってみた。セシリア・ドーマーはハイネを仕留めたと思い込んでいるらしい。
 彼女は目を閉じた。

「私は彼を解放してあげたのです。私も解放される筈だった・・・」
「解放? 」
「ドーマーは囚われの身です。自覚がないだけなのです。特別な場合以外、死ぬ迄ドームの中で飼われている研究用の人間です。外の地球人には存在を知られず、宇宙のコロニー人からは珍しい動物みたいに見られています。私はそんな生活が・・・」

 彼女は咳の発作に襲われた。保安課員が酸素マスクを彼女の顔に当ててやった。
尋問が暫し中断された。

2018年2月4日日曜日

脱落者 7 - 2

 ベックマン保安課長はカレン・ドナヒュー軍曹とビル・フォーリー・ドーマーと共に観察棟の通路に居た。1時間前に出産管理区からセシリア・ドーマーが移されたところだ。彼女は意識を取り戻してからも薬を注射されて朦朧とした状態だった。折れた鼻と喉の火傷以外に大きな傷はない。あとはかすり傷程度だ。爆発の瞬間にローガン・ハイネに庇ってもらったお陰なのに、その恩人をガラスの破片で刺した。
 3人の捜査官は何も監視映像で見た彼女の行動に疑問を抱いていた。錯乱したとしても不自然だ。彼女にブラコフを襲う理由もハイネを刺す理由もない・・・筈だ。

「女性ドーマーは生まれてから死ぬ迄ドームから出ない。唯一の例外は、男性ドーマーと結婚して彼と共に子供を自力で育てると決意した場合のみだ。ドーマーがドーム内で子育てする権利は認められていない。子育てしたければ、ドーマーであることを辞めて外で暮らさなければならない。」

 ベックマンが執政官の1人としてドナヒュー軍曹に説明した。横でドーマーのフォーリーが黙って聞いているので、緊張する。間違ったことを言いはしないかと、内心冷や汗ものだった。

「だから、セシリア・ドーマーが外の人間と接触したとは考えられない。彼女が接触する外の人間は皆無だ。彼女が接するコロニー人は全員地球人類復活委員会に属し、雇用されている執政官と研究員、それに設備維持の技術者だけだ。技術者は薬剤管理室に出入りしないし、地球上を巡回しているので運動施設を利用することもないから、食堂で出会わない限り彼女と言葉を交わすことはない。」
「すると、仮に彼女が『青い手』と関係を持ったすると、考えられるのは、執政官、研究員、それに男性ドーマーの誰かがテロリストと繋がりがあると言うことですね?」

と軍曹。3人共にリック・カールソン研究員が気になっていた。爆発で死亡してしまっているが、その背後を調査せねばならないと思った。
 ドナヒューが「男性ドーマー」と言っても、フォーリーは口出ししなかった。内務捜査班の副官は無口だが、目付きは鋭く、思慮深そうだ。ドナヒューはドームの規則で武器携行を許可されていないが、フォーリーも丸腰だ。しかし体格を見ると、素手でも十分強そうだった。ただ1人麻痺光線銃を携行しているベックマンは、上着を脱いでいた。セシリア・ドーマーに対して抑止力になるかどうか心もとなかったが。
  ベックマンが仲間を見た。

「では、入ろうか。」


 

脱落者 7 - 1

 夕食の後、ケンウッドはヤマザキに連れられて医療区を訪問した。残念ながらガブリエル・ブラコフは眠っていた。壁の脳波パネルを見て、ヤマザキが肩をすくめた。

「何も見えないのでは音楽を聞かせるしかなくてね・・・穏やかなクラシックを聞かせたら、退屈だったんだろ、また眠ってしまったよ。」
「今は眠っていてくれて良いさ。早く事件の真相を解明しないと、私も安心して彼を治療してやれない。」

 ブラコフの病室を出ると、ハイネの部屋に移動した。ローガン・ハイネは、ベッドの上体部分を斜めに起こしてもらい、またもや誰かからタブレットを入手して遺伝子管理局本部と会話中だった。ヤマザキが看護師を睨みつけると、彼はそそくさと控え室に戻って行った。
 ケンウッドとヤマザキは急いで消毒ミストを浴びて室内に入った。「局長」とヤマザキが呼びかけると、ハイネはタブレットに何か打ち込んで送信すると、振り返った。ケンウッドとヤマザキを見て微笑んだ。

「そんな可愛い顔をしても、駄目なものは駄目!」

 ヤマザキが彼の手からタブレットを取り上げようとすると、彼は素早くメッセージを入力して見せた。

ーー看護師を叱るな

 ケンウッドはヤマザキが脱力するのを見て、苦笑した。

「ケン、ハイネは仕事をしている方が精神的に安定しているんだよ。言いつけを守って声を出さずにいるのだから、大目に見てやってくれないか。」

 ケンウッドがハイネの味方をするので、ヤマザキは渋々敗北を認めた。

「昼食と夕食をきちんと食べたみたいだし、薬の塗布も終わっている。体の洗浄も終わったね。クック博士の報告では、胸の傷の接着剤もしっかり固まって、後は傷口の細胞の再生が早く終わるのを待つだけだ。明日は発声練習、明後日は車椅子で部屋の中を移動できるだろう。お手洗いも自分で使えるようになるよ。」

 ケンウッドは彼に頷いて見せ、ハイネのそばに行った。

「ガブリエルを救ってくれて有難う。」

 彼は局長の手を軽く叩いた。ハイネはちょっと複雑な表情をした。女性を庇ってしまったので、副長官を大怪我させてしまったことを、ちょっぴり後悔しているのだろう。

「月の本部から口止めされているのだが、君には打ち明けておいた方が良いと思う。遺伝子管理局にも横の繋がりで連絡がきているそうだからね。」

 ケンウッドはアメリカ大陸の地球人の代表に言った。

「宇宙では、地球人を絶滅させて地球の資源を手に入れようと言う考えを持つ人々がいるのだ。『青い手』と名乗るテロリスト集団もその一つで、彼等がアフリカ・ドームの爆発事件を起こしたと犯行声明を出した。彼等はアメリカ・ドームで起こった爆発も自分達の犯行だと言っている。もし本当ならば、どこでそんな仕掛けが作られて、どんなルートでここへ送られてきたか、調べなければならない。同時に、このドームに協力者がいるのかどうか、それも調べなければならない。」

 するとハイネがメッセージを入れた。

ーー薬剤管理室を調べましたか?

「調べた。ハン博士が使用した触媒が入れ替わっていた。レシピの改竄か、こちらで取り替えられたものか、捜査中だ。薬剤師達を調べているところだ。」

ーー死亡者も調べなさい

 ケンウッドはヤマザキを見た。ヤマザキは何もコメントしなかったが、驚いた様子はなかった。セシリア・ドーマーは死亡したリック・カールソン研究員を気にしていた。カールソンも何か関係しているのかも知れない。死亡したのは、手違いがあったかも知れないのだ。
 ケンウッドは頷いた。

「勿論、3人を調べる。実は・・・」

 彼は少し躊躇った。

「君は気に入らないだろうが、地球周回軌道防衛隊から憲兵が1人、捜査官としてドームに来ている。カレン・ドナヒュー軍曹と言う。彼女が君に事情聴取に来るかも知れない。暫くはヤマザキが面会謝絶で君を守るが、君が順調に回復して動き回ると、彼女が面会を求めて来るだろう。」

ーー協力しますよ、女の人でしょう?

 ハイネは女性に興味を示す。ケンウッドは苦笑するしかなかった。