2018年2月4日日曜日

脱落者 7 - 1

 夕食の後、ケンウッドはヤマザキに連れられて医療区を訪問した。残念ながらガブリエル・ブラコフは眠っていた。壁の脳波パネルを見て、ヤマザキが肩をすくめた。

「何も見えないのでは音楽を聞かせるしかなくてね・・・穏やかなクラシックを聞かせたら、退屈だったんだろ、また眠ってしまったよ。」
「今は眠っていてくれて良いさ。早く事件の真相を解明しないと、私も安心して彼を治療してやれない。」

 ブラコフの病室を出ると、ハイネの部屋に移動した。ローガン・ハイネは、ベッドの上体部分を斜めに起こしてもらい、またもや誰かからタブレットを入手して遺伝子管理局本部と会話中だった。ヤマザキが看護師を睨みつけると、彼はそそくさと控え室に戻って行った。
 ケンウッドとヤマザキは急いで消毒ミストを浴びて室内に入った。「局長」とヤマザキが呼びかけると、ハイネはタブレットに何か打ち込んで送信すると、振り返った。ケンウッドとヤマザキを見て微笑んだ。

「そんな可愛い顔をしても、駄目なものは駄目!」

 ヤマザキが彼の手からタブレットを取り上げようとすると、彼は素早くメッセージを入力して見せた。

ーー看護師を叱るな

 ケンウッドはヤマザキが脱力するのを見て、苦笑した。

「ケン、ハイネは仕事をしている方が精神的に安定しているんだよ。言いつけを守って声を出さずにいるのだから、大目に見てやってくれないか。」

 ケンウッドがハイネの味方をするので、ヤマザキは渋々敗北を認めた。

「昼食と夕食をきちんと食べたみたいだし、薬の塗布も終わっている。体の洗浄も終わったね。クック博士の報告では、胸の傷の接着剤もしっかり固まって、後は傷口の細胞の再生が早く終わるのを待つだけだ。明日は発声練習、明後日は車椅子で部屋の中を移動できるだろう。お手洗いも自分で使えるようになるよ。」

 ケンウッドは彼に頷いて見せ、ハイネのそばに行った。

「ガブリエルを救ってくれて有難う。」

 彼は局長の手を軽く叩いた。ハイネはちょっと複雑な表情をした。女性を庇ってしまったので、副長官を大怪我させてしまったことを、ちょっぴり後悔しているのだろう。

「月の本部から口止めされているのだが、君には打ち明けておいた方が良いと思う。遺伝子管理局にも横の繋がりで連絡がきているそうだからね。」

 ケンウッドはアメリカ大陸の地球人の代表に言った。

「宇宙では、地球人を絶滅させて地球の資源を手に入れようと言う考えを持つ人々がいるのだ。『青い手』と名乗るテロリスト集団もその一つで、彼等がアフリカ・ドームの爆発事件を起こしたと犯行声明を出した。彼等はアメリカ・ドームで起こった爆発も自分達の犯行だと言っている。もし本当ならば、どこでそんな仕掛けが作られて、どんなルートでここへ送られてきたか、調べなければならない。同時に、このドームに協力者がいるのかどうか、それも調べなければならない。」

 するとハイネがメッセージを入れた。

ーー薬剤管理室を調べましたか?

「調べた。ハン博士が使用した触媒が入れ替わっていた。レシピの改竄か、こちらで取り替えられたものか、捜査中だ。薬剤師達を調べているところだ。」

ーー死亡者も調べなさい

 ケンウッドはヤマザキを見た。ヤマザキは何もコメントしなかったが、驚いた様子はなかった。セシリア・ドーマーは死亡したリック・カールソン研究員を気にしていた。カールソンも何か関係しているのかも知れない。死亡したのは、手違いがあったかも知れないのだ。
 ケンウッドは頷いた。

「勿論、3人を調べる。実は・・・」

 彼は少し躊躇った。

「君は気に入らないだろうが、地球周回軌道防衛隊から憲兵が1人、捜査官としてドームに来ている。カレン・ドナヒュー軍曹と言う。彼女が君に事情聴取に来るかも知れない。暫くはヤマザキが面会謝絶で君を守るが、君が順調に回復して動き回ると、彼女が面会を求めて来るだろう。」

ーー協力しますよ、女の人でしょう?

 ハイネは女性に興味を示す。ケンウッドは苦笑するしかなかった。