2018年2月12日月曜日

脱落者 9 - 4

 アメリカ・ドーム第23代長官サンテシマ・ルイス・リンは、呼吸器系の遺伝病の治療法を研究して、治療薬の製造会社を設立、成功を収めた。しかし、長官職にあった時、ドーマー達をペット扱いして地球人保護法違反を犯し、さらに危険値S1の進化型一級遺伝子保有者を逃亡させた罪で更迭された。後者は連邦法違反に当たるので、彼は執行猶予付きの有罪判決を受け、現在は辺境の開拓地で医師として働いている。
 リンが設立したアボンリー薬品製造は、役員会議で創業者である彼を役員から外した。リンの有罪によって会社に付いた悪評を払拭しようと従業員達は努力した。そして創業当時から居た古参の社員達を解雇した。
 ドナルド・アンガス・フェリートと言う薬剤師はリストラされたメンバーの1人だった。ボスの犯した罪とは無関係なのに、彼は職を失った。きっと悔しかったに違いない。怒りをぶつける対象が、地球人類復活委員会になったとしても不思議ではない。逆恨みだが、理由はわかった。

「室長はセシリアを洗脳したのかも知れない。」
「状況証拠だけでは、彼を追求するのは難しいです。」
「コンピュータに証拠が残っていると良いのだが・・・」

 推理ばかりしていても埒が明かない。ロッシーニは部下に思いつく限りの必要な指示を与え、ケンウッドは医療区と出産管理区に薬剤管理室から届けられる薬剤に注意を払うよう勧告を出した。クローン製造施設にも警戒を呼びかけた。
 数分後、出産管理区のアイダ・サヤカ博士から電話が掛かってきた。

「薬剤管理室の薬に警戒せよとは、どう言う意味でしょうか? 電話では説明出来ないことですか?」

 ケンウッドは正直に言うべきか迷った。

「テロリストが地球人の子供達に悪さをする懸念が生じたのだ。必ず薬剤の中身を確かめて使用してくれないか?」
「いつもしています。」

 アイダ博士は真面目な顔で答えてから、ちょっと苦笑した。

「お気遣い有り難うございます。時々中央研究所から忘れられている存在ではないかと不安でしたので。」

 チクリと皮肉を言って、彼女は通話を終えた。入れ替わりのように、医療区のヤマザキ・ケンタロウから電話が掛かってきた。

「薬剤管理室に問題があるのか?」
「うん、ちょっと疑いのある人物が居てね・・・。」

 するとヤマザキが「室長か?」と言ったので、ケンウッドは驚いた。

「何故わかるんだ?」
「なんだ、本当だったのか。」

と医療区長はがっかりした様に言った。

「爆発があった次の日だったか、サヤカが薬剤管理室の主任から聞いた話と、小会議室で監視映像を見た時に室長が言った内容が違っていたのでね、どちらかが嘘つきだと思ったんだ。」
「え? アイダ博士が主任から話を聞いていたって?」

 ケンウッドはドームが狭い世界であることを思い知らされた。

2018年2月11日日曜日

脱落者 9- 3

「君の御株を奪うことになるが・・・」

 ケンウッドは硬い表情でロッシーニに命じた。

「カールソンと室長のコンピュータも押収させろ。保安課に連絡する暇はあるかな? なければ内務捜査班単独で決行しても構わない。」
「軍曹にも連絡しますか?」
「どおでも良い。」

言ってしまってから、思い直して、

「後でギャーギャー騒がれても面倒だから、一応伝えておけ。但し、室長には不意打ちで行け。事前連絡はするな。」
「承知しました。」

 ロッシーニはフォーリーに電話を掛けた。ケンウッドの命令を伝えて通話を終えてから、長官を再び見た。

「ところで、これは医療区長に内緒にして戴きたいのですが・・・」
「何だね?」
「フォーリーは既にハイネ局長から事情聴取を終えています。」

 ケンウッドは、集中治療室でハイネが無断でタブレットを弄っていた光景を思い出した。

「メールでやりとりしたのか・・・フォーリーの指示で看護師がタブレットを局長に手渡したのだな?」
「申し訳ありません。フォーリーは待てなかったのです。局長暗殺計画があったのかも知れないと恐れていました。」
「それは私も心配で堪らない。」
「局長が実験に立ち会うことになったのは、事件の前日の夜でした。副長官からお誘いがあったそうです。薬剤に詳しい局長にサポートを頼みたいとのことでした。」
「うん・・・ブラコフはハイネと一緒に仕事が出来る機会を狙っていた。それだけだ。」
「副長官に非はありませんでした。局長は時間に余裕があると思って、承諾されたのです。忙しければお断りした筈です。」
「うん。」
「局長は、実験に立ち会うことを薬剤管理室にご自分で連絡を入れられました。連絡を受けたのは、エヴァンズでした。」
「エヴァンズが?」
「はい。彼女は局長の立会いを室長に伝えると告げた後で、彼女も立会いたいと局長に申し出たそうです。」
「彼女は触媒のレシピの存在に疑問を抱いた。だから、何が起きるのか知りたかったのだな?」

 監視映像の中のエヴァンズは真剣な目付きでハン博士の手元を見つめていた。

「局長は女性達を誘ったのではなく、彼女達が局長の立会いを利用して実験室に入ったのだ。セシリア・ドーマーも誘ったのではなかったのだな?」
「局長は実験室には既にセシリアが居たので、驚いたと仰っていました。」

 ケンウッドはまた考えた。

「室長は、触媒もキルシュナー製薬から送られて来て、未開封のまま実験室に運ばれたと小会議室で証言した。しかし、実際はセシリア・ドーマーが2剤をここの調剤室で調合した。何故室長は嘘を並べ立てるのだ?」

 ロッシーニが困った様な表情を見せた。

「長官、我々内務捜査班はコロニー人の経歴を調査する権限を与えられておりません。あの室長はどんな経歴の方なのです? アメリカ・ドームに勤務して既に6年になりますが・・・」

 ケンウッドは彼の顔を見た。そして自身のコンピュータに視線を移した。キーを叩いて、ドナルド・アンガス・フェリートと入力して経歴を開示させた。ロッシーニの為に読み上げた。

「ドナルド・アンガス・フェリート、今年で63歳、出生地、火星第6コロニー・・・学歴は必要かな? 最終学歴は火星第3大学、薬学部大学院卒、薬学博士、卒業と同時に就職・・・」

 恐らく室長が若い頃に転々とした職場はロッシーニには無意味な名前だったろう。最後の職場、つまりドームに来る前の職場は、アボンリー薬品製造・・・。
 ケンウッドはどこかで聞いた名前だと思った。アボンリー薬品、と彼が繰り返し呟くと、ロッシーニもそれに反応した。

「長官、私の記憶違いでなければ、それはサンテシマ・ルイス・リン元長官が興した会社ではありませんか?」

 ケンウッドは雷に打たれた様な衝撃を受けた。心臓が止まりそうなショックだ。

「サンテシマの会社に、室長は居たのか!」




脱落者 9 - 2

「ちょっと待ってくれ・・・」

 ケンウッドは頭の中でロッシーニの報告を整理した。

 主剤はハン・ジュアンの開発時は1剤のみで使用可能とされたにも関わらず、キルシュナー製薬は触媒のレシピを添付して送って来た。
 主剤のレシピはハンが作成し、カールソンが清書して製薬会社に送った。
 主剤は空気中で開封してはならないと書かれていたので、エヴァンズが真空ボックスの中に置いて開封、中身を検査確認した。(結果は問題なし)
 触媒の調合は、セシリア・ドーマーが行った。

「ハン博士は、触媒使用の必要性を認めたのか?」
「そこなのですが・・・」

 ロッシーニが困惑した表情で言った。

「主任は薬剤管理室の外での研究者達の話は聞けません。ハン博士がどの段階で触媒使用を認めたのか、彼の記録にはないのです。ですが、ご自分の開発した薬に別の物が添えられて来たのでは、博士も疑問に感じた筈です。どこで触媒が実験に追加されることになったのか、フォーリーは調べようとしたのですが、ハン博士個人のコンピュータはドナヒュー軍曹が押収していました。」
「ドームのコンピュータを軍が勝手に押収したのか?」
「フォーリーは当然抗議しました。それでベックマン保安課長と共に3人で分析することになりました。オブザーバーとして薬剤管理室長も一緒です。」
「何時だ?」
「予定では今夜です。」

 ケンウッドは何かひっかる物を感じたが、それが何か掴めなかった。もどかしい気分でロッシーニを見た。

「その分析に主任も加えることは可能だろうか?」
「主任ですか? 不可能ではありませんが、室長がいますから・・・」

 ケンウッドは目を閉じた。もう一度、監視映像を見た時の小会議室を思い起こしてみた。

「触媒は2種類あった。それを注入する順番が逆だったので、爆発が起きたと薬剤師の1人が言った。元はなかった触媒のレシピが添付されて来たことを薬剤師達は知っていたのだな?」

 するとロッシーニも考え込んだ。1分、たっぷり考えてから、ドーマーの秘書は長官に言った。

「薬剤師達が、元は触媒など存在しなかったことを知らなかったとしたら、どうなります?」

 彼はケンウッドの返答を待たずに、端末を取り出し、誰かに電話を掛けた。

「ドブリン・ドーマー、ロッシーニだ。今、話せるか? ・・・一つだけ確認するが、ハン博士のオリジナルのレシピを見た者は、薬剤管理室では何人いる?」

 相手は、薬剤管理室主任のドーマーだ。その回答を聞いたロッシーニは、硬い表情で、「有難う」と言って、電話を切った。彼はケンウッドを振り返って言った。

「オリジナルは誰も見ていませんが、カールソンの清書を検証したのは室長だそうです。」

脱落者 9 - 1

 ケンウッド長官のコロニー人秘書ヴァンサン・ヴェルティエンは執政官と呼ばれる遺伝子学者でも助手を務める研究者でもなかった。彼はドームでは珍しい文化人類学者だった。地球人とその文化が大好きで、地球人類復活委員会に頼み込んで職員に採用してもらったのだ。ドームに勤務してからは、休暇を取る度にバックパッカーとして辺境の旅に出た。女性が少ないせいで消えていく少数民族の生活を一所懸命記録しているのだ。土着信仰や言語が失われていく。それは大異変の前から起こっていることだが、この200年間で消滅速度が早くなった。ヴェルティエンは焦りにも似た感情を心の奥に抱えていた。だから地球人の絶滅を謳う広域テロリスト組織「青い手」の存在を憂えていた。
 その日のお昼、彼は中央研究所の食堂で見かけたドナヒュー軍曹に迫り寄り、「軍は何をグズグズしているんです? 早くテロリストをやっつけて下さいよ!」と怒鳴って周囲を驚かせた。軍曹は流石に落ち着いており、

「地球人はそう簡単に絶滅したりしませんよ。」

と言い放った。

「貴方のお友達を殺傷した連中は必ず捕まえて見せます。」

 ケンウッドは黙って見ていたが、昼休みが終わって長官執務室に戻ると、ヴェルティエンに軍曹に当たっても意味がないと注意した。ヴェルティエンも冷静さを取り戻して反省した。

「あの人はここで起きたことを捜査しているだけなのですよね・・・将軍じゃないんだし。」

 そして副長官執務室へ応援の為に出かけて行った。
 彼と入れ替わる様に、ジャン=カルロス・ロッシーニ・ドーマーが昼休みを終えて戻って来た。中央研究所の食堂にはいなかったので、一般食堂へ行っていたのだろう。彼はヴェルティエンが出かけたのを確認してから、ケンウッドに声をかけた。

「フォーリーが気になることを言って来ました。」

 ケンウッドは書類から顔を上げた。

「気になること?」
「薬剤管理室の人間達の証言が食い違っているのです。」

 ケンウッドは椅子の背もたれに体を預けた。

「どんな?」
「監視カメラの映像を見た時の薬剤管理室長の証言を覚えておられますか? 彼は、薬剤はキルシュナー製薬から送られてきたままだった筈だと証言した、とフォーリーの報告にありました。」
「うん・・・そう言った。私も覚えている。」
「また、別の薬剤師が『蓋を開けて空気に触れたら直ぐに変化してしまうので、実験本番の時にしか開けない薬剤だ。』とも言いました。」
「うん。」
「フォーリーは薬剤管理室の主任薬剤師と話をしたのですが・・・」

 薬剤管理室の主任と言うのは、ドーマーだ。ローガン・ハイネも若い頃はこの職に就いていた。即ち、内務捜査班の潜入捜査官だ。コロニー人の薬剤師達が不正を行わないか見張っているのだ。

「主任は何と言った?」
「キルシュナー製薬から送られて来たのは主剤のみで、触媒薬剤はここの薬剤室で調合されたものだ、と言ったのです。」
「何・・・だって・・・?」
「主任の記録によると、ハン博士が主剤を開発し、レシピを書き、それをリック・カールソン研究員が清書してキルシュナー製薬に送った。キルシュナー製薬からは、あちらの開発施設で調合された主剤と、反応を促進させる為に新たに2種類の触媒のレシピが付属で送付されていた。」
「待て・・・ハン・ジュアンが開発した薬は主剤のみで、触媒は計算にすら入っていなかったのか?」
「主任の記録では、そうなります。ハン博士の開発実験では触媒は存在しなかったのです。ですから、レシピが主剤と一緒に送られて来たので、それを見たマーガレット・エヴァンズが首を傾げたのです。エヴァンズは主剤が空気に触れてはいけないと書かれていたので、真空ボックスに入れて、ロボットアームで開封し、中身を確認しました。」
「真空状態で開けた?」
「はい。主任はそれに立ち会いました。」
「ハン博士には言わずに?」
「連絡はしています。博士は確認を依頼し、問題ないと判断しました。」
「主剤は異常なかったのだな?」
「エヴァンズの検査では異常なしと言う結果になっています。しかし、触媒はここで調合しなければなりませんでした。担当したのは、セシリア・ドーマーでした。」


2018年2月10日土曜日

脱落者 8 - 5

 ブラコフが昼食の後で昼寝をしたいと言うので、ヤマザキは翻訳機の電源を切ることを忘れないようにと言った。

「夢を見ている間の翻訳機って、煩いだけだから、自分の夢の『音』で目が覚めてしまうぞ。」
「ご忠告有り難うございます。」

 ブラコフは顔を失う重傷を負いながらも前向きだ。ヤマザキは彼の手にキスをしてやった。頰にしたかったが、ジェルで覆われているので不可能だった。それに皮膚を失った顔にキスをして細菌を移しては医者の面目丸潰れだ。「無菌」と言っても、細菌はドームの中にいる。医師はよく承知していた。
 また夕食後に来る、と言って、ヤマザキは廊下に出た。3人の捜査官がまだ揉めていた。

「ハイネ局長の部屋に男の人がいるじゃないですか! 彼は医療スタッフに見えません。」

 ドナヒューが抗議した。ベックマンが怒鳴った。

「あれはセルシウス・ドーマーだ! 局長の秘書だよ!!」
「秘書なら入って良いのですか?」

 フォーリー・ドーマーが彼女の腕を掴んでいた。

「第1秘書は局長の右腕だ。彼は許可されている面会者だ。」

 ヤマザキは大きく咳払いして彼等を振り向かせた。

「医療区内で騒いでもらっては困る。保安課に言いつけて追い出すぞ。」

 ベックマン保安課長が決まり悪そうにドナヒューに視線を戻した。

「まだ許可が出ていないのに、ハイネ局長に事情聴取したいと軍曹が仰せだ。」
「駄目です。」

 ヤマザキは即答した。抗議しようとするドナヒューを遮った。

「ハイネは今朝から微熱が続いている。昨日タブレットを弄って胸の筋肉に負担をかけたのだ。まだ声も出せない。明日出直して来なさい。」

 フォーリーはドナヒュー越しにボスの部屋を見た。ハイネ局長はジェレミー・セルシウス相手に何やら笑っていた。あの様子では、絶対に声を出して喋っている・・・。

 ボス、大人しく寝ていて下さいよ・・・

 内務捜査班の副官はヤマザキのバックアップに務めた。

「局長は92歳の高齢です。絶対に体に負担をかけてはいけません。医療区長の言葉に従って下さい。それが出来ないのであれば、アメリカ・ドームからの退去を命じなければならなくなります。」
「内務捜査班を怒らせると、地球にいられなくなりますぞ。」

 ベックマンもドーム側だ。ドナヒュー軍曹は体の力を抜いた。

「わかりました。では明日、必ず来ます。」

 彼女はハイネの部屋に背を向けたまま、出口に向かってどんどん歩き去って行った。残された3人の男達は彼女が角を曲がって見えなくなると、次は反対側の奥の部屋を見た。
ハイネとセルシウス・ドーマーがガラスの向こうからこちらを見ていた。 ヤマザキが微笑みを浮かべて片手を挙げて見せると、ハイネも片手をわずかに持ち上げて手をヒラヒラさせた。

「腕をあげると胸の傷に響くので、あの程度しか挙げられないんだ。」

 ヤマザキが解説すると、フォーリーが言った。

「私は明日の聴取には参加しません。ボスの怪我の様子は映像で十分です。」

 そしてドナヒューの後を追いかけて歩き去った。まだ残っているベックマンに、ヤマザキは笑い出したいのを我慢して言った。

「昨日、ハイネがタブレットで誰かと連絡を取り合っていた。それが傷に響いて今朝の熱に繋がったのだが、どうやら相手はフォーリーだったみたいだな。」
「内務捜査班は何を掴んでいるのか、よくわかりません。」

とベックマンが愚痴った。



2018年2月9日金曜日

脱落者 8 - 4

 3人の捜査官に廊下で待つようにと言って集中治療室から追い出すと、ヤマザキはブラコフのバイタルチェックを行った。体温、血圧、心拍数を記録した。

「脳波翻訳機は付けておく。スタッフとの意思疎通に必要だろう。違和感を感じるだろうが、直に慣れるさ。」
「ありがとうございます・・・ヤマザキ先生・・・」

 ブラコフが事情聴取の間、ずっと言葉にするまいと堪えていた質問を出して来た。

「何故軍人がここにいるのですか? ただの薬剤使用ミスじゃないんですか?」

 ヤマザキは先刻迄ドナヒューが座っていた椅子に腰を下ろした。

「ケンさんはまだ君に教えるのは早いと考えているが、君から質問が出たので教えておく。ドーマー達にも教えるなと本部からの通達もあったが、横の繋がりでドーマー達も知ってしまったことだし・・・。
 実は君が怪我をした少し前の時間帯だが、アフリカ・ドームで爆発事件があった。」
「何ですって!」

 ブラコフが素直に驚いた。翻訳機の音声が大きくなった。

「やはり薬剤ですか?」
「詳細はまだ調査中で本部からも報告がない。しかし、アフリカ・ドームのルパート・シュバルツバッハ博士と3名の遺伝子学者が亡くなったことは確かだ。建物にも大きな被害が出たそうだ。そして時間を置かずに広域テロ組織『青い手』が犯行声明を出した。」
「テロ?! そんな・・・ドームは平和な施設なのに・・・」
「地球人類復活委員会の活動に異を唱える人々もいると言うことだよ。地球人が繁殖能力を失ったのであれば、自然淘汰で絶滅させてしまえ、と言う人々がね。」
「僕はそんな考え方が理解出来ません。要するに、お金がかかるから研究を止めてしまえと言うことでしょう?」
「そうだ。 そしてタチの悪いことに、連中はアメリカ・ドームの爆発事故も彼等の犯行だと言っている。ここの事故はまだ公表されていない時間にだ。」

 ブラコフは暫く翻訳機の電源を切った。感情が高ぶってしまったのだ。ヤマザキは彼のバイタルチェックを見た。血圧と心拍数が上がっているが、危険な状態ではない。

「テロリストは、新薬の実験に必ずドーム長官もしくは副長官が立ち会うことを知っているんだ。だから防衛軍は、今回のここの生化学実験室で起きた爆発は、ハン・ジュアン達ではなく君を狙ったものだと考えている。ハイネは前日に君が誘っただけなので、巻き添えになったのだろう。ああ、君が誘ったから、と言う考えは止めろよ。これはドナヒューの考えを僕も支持する。
 問題は、テロリストが薬品が爆発するようにどうやって仕向けたか、なのだ。羊水の分析に用いるだけの薬品を爆薬にしてしまう手口を軍曹は探っている。ベックマン課長はテロリストの手先になったヤツを探している。フォーリー・ドーマーはその手先が何故地球人類復活の目標を棄てたのか探っている。」

 ふとガラス窓の向こうに目をやると、3名の捜査官が何やら揉めているらしい姿が見えた。ドナヒューが奥の部屋へ行こうとするのを、ベックマンとフォーリーが引き止めようとしていた。
 やれやれ、とヤマザキは苦笑した。

「ガブリエル、今廊下でさっきの3人の刑事達が揉めているんだ。他の患者に迷惑なので止めて来ても良いか?」
「ええ、どうぞ!」

 ブラコフの声から深刻さが消えていた。



脱落者 8 - 3

 逆にブラコフが質問してきた。

「エヴァンズはどうなったのです? 彼女は生きていると聞きましたが?」
「彼女はまだ意識が戻りません。でも命に別状はないそうです。」

 ドナヒューの回答に、ヤマザキが急いで言葉を添えた。

「マーガレット・エヴァンズは脳内出血を起こしたので、その回復に少し時間を要した。しかし、今日ぐらいに目を覚ますと期待されている。こう言うことは急いではいけないからね。」

 ブラコフの翻訳機がザーザーと音をたて始めたので、ブラコフは自分で音源を落とした。言葉ではなく映像記憶なのだ。爆発の直前でも思い起こそうとしたのだろうか。
 ドナヒューが尋ねた。

「エヴァンズは薬剤に疑いを抱いたのですか?」

 ブラコフは少し間を置いてから答えた。

「わかりません。彼女が薬が違っている様な気がするので、彼女よりベテランの薬剤師の立会いを希望すると言ったのです。それで僕はハイネ局長に声をかけてみました。局長と一緒に仕事をしたかったので。」
「局長は直ぐに応じましたか?」
「二つ返事で承知してくれました。僕は嬉しかった。あの人と一緒に仕事が出来るなんて!」

 ブラコフの幸福そうな言葉は、次には沈んだ調子になった。

「僕が誘わなければ彼は怪我をせずに済んだのに。」
「彼を誘ったから、貴方は今ここで生きているのです。」

とドナヒュー軍曹がきっぱりと言った。

「もし、と言う言葉は忘れなさい、副長官。貴方はハン博士の要請で実験に立会い、薬剤の爆発で負傷し、ハイネ局長の応急処置で一命を取り留めたのです。貴方には何の落ち度もありません。」

 翻訳機から雑音が流れ出し、ブラコフは自身で電源を切った。
 ヤマザキはもう潮時だろうと思ったので、ドナヒュー軍曹に言った。

「患者を疲れさせたくないので、そろそろ終わりにしてもらえませんか?」

 ドナヒューは彼を振り返った。そして壁際に並んで立って彼女とブラコフの遣り取りを聞いていたベックマン保安課長とフォーリー・ドーマーを見た。

「副長官に質問なさりたいことはありませんか?」

 ドームの住人である2名の男達は首を振った。彼等は医療区長の機嫌を損ないたくなかったし、ブラコフは逃げない。質問は後からでも出来ると思った。
 ドナヒューはブラコフに向き直った。

「今日の事情聴取はこれで終わります。また尋ねたいことがあれば、お伺いします。
どうぞ、お大事に。」

 ブラコフは少し頭を振った。