2018年2月9日金曜日

脱落者 8 - 3

 逆にブラコフが質問してきた。

「エヴァンズはどうなったのです? 彼女は生きていると聞きましたが?」
「彼女はまだ意識が戻りません。でも命に別状はないそうです。」

 ドナヒューの回答に、ヤマザキが急いで言葉を添えた。

「マーガレット・エヴァンズは脳内出血を起こしたので、その回復に少し時間を要した。しかし、今日ぐらいに目を覚ますと期待されている。こう言うことは急いではいけないからね。」

 ブラコフの翻訳機がザーザーと音をたて始めたので、ブラコフは自分で音源を落とした。言葉ではなく映像記憶なのだ。爆発の直前でも思い起こそうとしたのだろうか。
 ドナヒューが尋ねた。

「エヴァンズは薬剤に疑いを抱いたのですか?」

 ブラコフは少し間を置いてから答えた。

「わかりません。彼女が薬が違っている様な気がするので、彼女よりベテランの薬剤師の立会いを希望すると言ったのです。それで僕はハイネ局長に声をかけてみました。局長と一緒に仕事をしたかったので。」
「局長は直ぐに応じましたか?」
「二つ返事で承知してくれました。僕は嬉しかった。あの人と一緒に仕事が出来るなんて!」

 ブラコフの幸福そうな言葉は、次には沈んだ調子になった。

「僕が誘わなければ彼は怪我をせずに済んだのに。」
「彼を誘ったから、貴方は今ここで生きているのです。」

とドナヒュー軍曹がきっぱりと言った。

「もし、と言う言葉は忘れなさい、副長官。貴方はハン博士の要請で実験に立会い、薬剤の爆発で負傷し、ハイネ局長の応急処置で一命を取り留めたのです。貴方には何の落ち度もありません。」

 翻訳機から雑音が流れ出し、ブラコフは自身で電源を切った。
 ヤマザキはもう潮時だろうと思ったので、ドナヒュー軍曹に言った。

「患者を疲れさせたくないので、そろそろ終わりにしてもらえませんか?」

 ドナヒューは彼を振り返った。そして壁際に並んで立って彼女とブラコフの遣り取りを聞いていたベックマン保安課長とフォーリー・ドーマーを見た。

「副長官に質問なさりたいことはありませんか?」

 ドームの住人である2名の男達は首を振った。彼等は医療区長の機嫌を損ないたくなかったし、ブラコフは逃げない。質問は後からでも出来ると思った。
 ドナヒューはブラコフに向き直った。

「今日の事情聴取はこれで終わります。また尋ねたいことがあれば、お伺いします。
どうぞ、お大事に。」

 ブラコフは少し頭を振った。