2018年11月7日水曜日

牛の村   2 1 - 6

 クロエル・ドーマーが自分で訪問者用暗証番号を入力して局長執務室に入って来た。ハイネを見て、彼は立ち止まった。

「何か良くないことっすね?」

 彼はいつもの陽気な笑みを消した。局長が大好きなので、一目でハイネが何か心痛を抱えていると看破したのだ。
 ハイネは彼の席を指して座れと無言で命じた。そして会議テーブルの上にワグナーの報告書を出した。クロエル・ドーマーには無類の才能がある。例えば、広げた新聞を一目で全部読み記憶してしまう、速読の才だ。中米班チーフは、同僚が危機に瀕していることを一瞬にして悟った。ああ、と彼は呻いた。そして局長を振り返った。

「彼は生きているんすか?」
「生きている。」

 ハイネは別画面を立ち上げた。ポール・レイン・ドーマーの体内に埋め込まれた生体エネルギー電波発信装置から受信された信号が、立体地図の中で弱々しく光っていた。クロエルは地図を見上げた。

「農場みたいっすね?」
「農場だ。牛を生産しているが、メーカーの隠れ家だ。」
「ラムゼイの家なんすね?」

 レインの光は一点から動かない。どこかの部屋に軟禁されているに違いない。
 クロエルは先日のチーフ会議の内容を覚えていた。レインはダリル・セイヤーズの息子から接触を受けた。ラムゼイが引っ越すと少年は告げ、実際衛星データ分析で農場の人の出入りが急に慌ただしくなったことが判明した。レインはラムゼイが何処かに移動してしまう前に、引越しの準備で忙しい時に、奇襲をかけて少年少女を保護してしまおうと計画したのだ。実際に奇襲攻撃だったので、ラムゼイ側はレイン以外の遺伝子管理局に対する攻撃はしていなかった。だが、誰もが予想だにしなかった裏切り者、レイ・ハリス支局長の存在が、レインを窮地に追い込んだのだ。

「ラムゼイは何か要求してきてるんすか?」
「否、今は何も・・・」
「でもレインの価値はわかってるでしょうね? ドーマーの細胞はメーカーの間では高値で取引されるらしいっすよ。それにレインは上玉だし・・・」

 クロエルは時々俗な言葉を使う。しかしハイネは気にしなかった。ドーマーだってテレビや映画を見るし、外の世界の文化を面白がって真似る者は多い。

「局長、ラムゼイは引越しにレインも連れて行くとお考えですか?」
「レインの価値を高く評価しているなら、連れて行くだろうな。」

 ハイネはレインの生みの親を思い出した。レインの実家は、今やアメリカで最も権力のある人物の実家でもある。ハロルド・フラネリー大統領の顔を見た時、ハイネはレインがスキンヘッドにしていることを感謝したものだ。兄弟はよく似ている。もしラムゼイがレインの出自を知ったら、ドームだけでなく大統領にも圧力をかけてくるだろう。
 クロエル・ドーマーが再び地図に視線を戻した。

「僕ちゃんなら、ラムゼイがレインや子供達を連れて移動する最中に攻撃するっす。」
「ヤツが何処へ行くつもりなのか、わかっているのか?」
「それは人の動きを分析しないと・・・」

 その時、チャイムが鳴って、ドーソン・ドーマーが入室して来た。


2018年11月6日火曜日

牛の村   2 1 - 5

 優秀なクラウス・フォン・ワグナー・ドーマーは約束の時間きっちりに報告書を送信して来た。ハイネはそれを読み、ワグナーと半時間ばかり話し合った。レイモンド・ハリスの裏切りによってポール・レイン・ドーマーがラムゼイに売られたのは確実だ。ワグナーは警官をハリスの自宅に送ったが、逃亡した後だったと言った。

「現在追跡させています。ハリス支局長はあまり遠出をなさる人ではなかったそうで、あまりここの地理に詳しくありません。警察は大きな道路を重点的に封鎖して検問を行うと言っています。」
「ハリスの追求を君に一任して良いか? レインの救出はこちらでやる。」

 ワグナーは少し躊躇った。彼も部屋兄弟で上司のレインを救出したいのだ。しかし、彼は冷静な男だった。大勢で一つのことに取り掛かっても物事が早く解決するとは限らない。彼は局長の判断を尊重することにした。

「わかりました。ハリスを追います。レインをお願います。」
「ハリスの追求には君とキエフを充てる。他の部下達は指示があり次第すぐ動けるよう待機させてくれ。」

 何故キエフが俺と? とワグナーは一瞬疑問に思ったが、レインがいない時にキエフを他の部下達と一緒にさせるのは拙いと思い当たった。アレクサンドル・キエフ・ドーマはレインに異常な程執着している。誰かが監視していないと身勝手な行動を取るだろう。それに他の部下達は、チーフを敵の手の中に残して戻って来たキエフを快く思っていない。西ユーラシア・ドームから望まれてやって来た筈なのに、キエフ・ドーマーはその神経質で一つのことに固執する性格が災いして、チームの誰からも歓迎されていなかった。

 局長はキエフの性格をご承知なのだ・・・

 「了解しました。仲間は休憩を取らせて、移動もしくは出動に備えさせておきます。僕はこれから警察と共にハリスを追います。もしあの男がメーカーと合流などしたら、ドームの情報が漏れてしまいますから。」
「十分に気をつけるように。」

 ハイネは通話を終えた。ワグナーには妻がいる。キャリー・ワグナー・ドーマーを悲しませるようなことになってはならない。ワグナーは必ず無事に帰還しなければならない。
 ハイネはどの子供達も失いたくなかった。レインも、あのよく理解出来ないロシア系の衛星データ分析官も、大事な子供達だ。自分がドームの外に出て行って指揮を執れれば良いのだが。
 くよくよ悩む暇もなく、ホアン・ドルスコ・ドーマーから搭乗機が安定飛行に入ったと連絡が入った。ハイネはクロエル・ドーマーに局長執務室に来るよう指示を送り、ドーソン・ドーマーに現在地を尋ねた。ドーソンは間も無くドーム・シティの上空に到達する頃ですと答えたので、会議を半時間後に開くと伝えた。


2018年11月5日月曜日

牛の村   2 1 - 4

 ハイネはワグナー・ドーマーに尋ねた。

「報告書を5分で書けるか?」
「すみません、10分下さい。」

 ワグナーは正直だ。ハイネはわかったと答え、一旦通信を切った。
 ちょっと考えてから、南米班のホアン・ドルスコ・ドーマーに電話をかけた。ドルスコはリオ・デジャネイロに居た。

「ホアン、大至急帰還出来るか?」

 いきなりの要請だが、遺伝子管理局の仕事には珍しくない。ドルスコ・ドーマーは滅多にない局長からの電話に、異常事態発生を感じ取った。

「帰還は私1人でよろしいですか?」
「君だけで良い。」
「では、直ちに帰還します。」

 ハイネは素早く考えて言葉を追加した。

「飛行が安定してテレビ会議が出来る状態になったら連絡をくれないか?」
「わかりました!」

 通話を終えてから、ドルシコ・ドーマーはふと思った。何故局長は「要請」するのだろう? 「命令」で構わないのに、と。
 ハイネはドルスコに対して行った要請と同じ物を、北米北部班のドーソン・ドーマーにも送った。ドーソンはモントリオールに居て、すぐに帰れると答えた。彼は尋ねた。

「レインが何かヘマをしましたか?」

 南部班が無謀とも言える作戦を取っていることを知っているから、そう尋ねた。レインは前回のチーフ会議の後、衛星データを駆使して標的のアジトを何度も確認して、人間の動きも観察し、敵のスケジュールを把握して出かけた筈だ。しかし、2人で敵のど真ん中に降りるのは無謀そのものだろう、とドーソンは思っていた。
 ハイネはぶっきらぼうに言った。

「レインがヘマをしたとすれば、それは俺のヘマだ。」

 通話が切れて、ドーソンはびっくりして端末を見つめた。ローガン・ハイネ・ドーマーが時々普段と違う、砕けた言葉遣いをすることは噂で知っていたが、実際に聞いたのは初めてだ。ハイネがそんな言葉を使うのは、感情が昂ぶっている時だと聞いていた。
 ドーソンは本気で後輩が心配になった。

 ポール、お前は何をしたのだ?

 ハイネは最後にクロエル・ドーマーにかけた。中米班チーフは、ドームの中に居た。自身の執務室で事務仕事に励んでいた・・・実際は休憩スペースに置かれたドラムを叩いてストレス発散をしていたのだ・・・局長の電話に急いで飛びついた。

「クロエルでーーすっ!」

 ハイネは端末を耳から遠ざけた。

「クロエル、今夜緊急会議を開く。だが、その前にテレビ会議があると思ってくれ。」
「会議って・・・チーフ会議っすか?」
「そうだ。」

 ハイネはそれ以上語らず、電話を終えた。
 否、もう1人、連絡しなければならない相手がいた。ローガン・ハイネは溜め息をついた。叱られるのは必至だ。しかし気が重いのは、叱られるからではない。

 ドーマーを我が子として愛してくれるあのコロニー人に、何と言おうか・・・

 ハイネはケンウッド長官の心を傷つけることを何よりも恐れた。

2018年11月4日日曜日

牛の村   2 1 - 3

 ポール・レイン・ドーマーがライサンダー・セイヤーズと4Xと呼ばれる少女の保護に向かった日の夕刻。
 ローガン・ハイネ遺伝子管理局長はいつもの日課と午後の業務を終えようとしていた。否、実際は終えたくても終われなかった。北米南部班の第1チームと第4チームからの報告書が上がって来ていなかったのだ。レインが直接指揮を執っているチームだ。摘発に手こずっているのか、忙しいだけなのか、局長は少し胸騒ぎがして落ち着かなかった。こんなことは初めてだ。局員が生命の危険に晒される危険な目に遭ったのは初めてではない。だがこんなに嫌な気分になったことはなかった。

 子供達に何かあったのか?

 子供達とは、少年少女のことではない。彼の子供達、若いドーマー達だ。ハイネが珍しく自分からレインに電話をかけようかと思った時、保安課から電話が入った。

「局長、ワグナー・ドーマーから直通が入っています。」

 直通が保安課を通るのもおかしな話だが、外からドームに掛かってくる電話は全て保安課がチェックしている。保安課は話の内容ではなく、発信者の確認をしたのだ。ハイネは礼を言って、電話に出た。

「ハイネだ。」
「ワグナーです。局長、面倒な事態になりました。」

 北米南部班チーフ副官であり、第1チーム・リーダーであるクラウス・フォン・ワグナー・ドーマーは冷静な男だ。気は優しいが配慮を怠りなく、仲間を上手くまとめられる。レインが試験で上位の成績を納めなければ、この男が南部班のチーフになっていただろう。
 ワグナーは、ハイネに質問をさせずに本題に入った。

「チーフ・レインがラムゼイに捕まりました。今回の作戦は失敗です。」

 ハイネは黙って端末を見つめた。それから、尋ねた。

「君は今どこからかけている?」
「タンブルウィード支局の支局長室です。ハリス支局長が行方不明です。彼が我々の情報をラムゼイに流したと思われます。」
「ハリスが裏切った?」
「そうです。彼の部屋の机に、抗原注射の薬剤があります。ドームの正規薬剤ではありません。恐らく地球の外気が怖いコロニー人のハリスに、ラムゼイが密造薬剤を売りつけて、薬浸けにしたのだと思われます。ハリスはその代償にこちらの情報を流していたのでしょう。」
「では、今日の作戦も漏れていたのか?」
「作戦をハリスに打ち明けたのは今朝です。ハリスは慌てた筈です。ラムゼイに買収されていたパイロットをヘリに乗せ、それにチーフ・レインとアレクサンドル・キエフを乗せたのです。恐らく計画的ではなかったと思います。キエフが逃げて戻って来たのです。」

 ハイネは、髭面のひょろりとしたロシア人を思い浮かべた。あの衛星データ分析官が逃げて来た?

「キエフはチーフを見捨てたのか?」
「チーフが逃したのです。」

 ワグナーはキエフに聞かされたヘリの上でのレインの奮闘ぶりを語った。レインはヘリから落とされかけたキエフを救おうとして、2人で池に飛び降りて、そこから二手に別れたのだと。

「チーフは夕刻になっても連絡をして来ません。端末は破壊されていました。」

 ワグナーの報告は絶望的だった。

牛の村   2 1 - 2

 クローン観察棟は基本的に遺伝子管理局が保護したクローンの子供が健康障害を持っている場合のみ収容する施設だ。子供達は深刻な遺伝性の病気を抱えており、ここで治療され、教育を受ける。そして親が出所する頃に健康に問題がないと判断されると外の収容所に移送され、やがて親と再び暮らせる。だから、観察棟の食事は給食制で棟内に運ばれて来るのだが、ダリル・セイヤーズは成人だし健康そのもの、ドーム育ちのドーマーなので、食事の時は監視付きで医療区の観察下の出産管理区の食堂を使った。女性達の利用者が少なくなる遅い時刻に連れて来られ、保安課員の監視の下で食べる。担当のピーター・ゴールドスミスはすっかり彼に馴染んでしまっていて、彼が声を掛けてくる女性の相手をしても邪魔をしない。邪魔をすれば却って女性達から不審がられるとわかっているからだ。セイヤーズもちゃんと自身と彼の立場を弁えており、余計なことは喋らない。制服を着ていれば出産管理区のスタッフのふりが出来るが、観察棟の収容者なので、彼は寝巻きだ。長期療養中のスタッフだと誤魔化していた。
 ケンウッド長官は、女性執政官達がガラス壁のこちら側でセイヤーズの批評をしているのを、少々腹立たしく思いながら耳にしていた。聞くつもりはなかったが、セイヤーズの名前が出たので、つい耳を欹ててしまう。
 女性執政官達は、セイヤーズの「お勤め」の話をして盛り上がっているのだ。セイヤーズの遺伝子を使用して女の赤ちゃんを作るプロジェクトが進行していた。セイヤーズはポール・レイン・ドーマーの恋人だが、レイン以外の人間に対しては、異性愛者だ。だから彼は男性執政官が担当する「お勤め」を拒否した。それで女性達が相手をしているのだが、ただ注射を打って、自身で遺伝子を採取させるだけの筈なのに、彼女達は楽しんでいる。恐らく、お誕生日ドーマーの感覚でセイヤーズの体を弄んでいるのだろう。そして、哀しいことに、セイヤーズもそれを嫌がっていない。女性達の方からお相手してくれるのだから、女性不足で悩む地球人男性としては大歓迎なのだ。

 いつから検体採取室がラブホテルになったんだ?

 ケンウッドは苦々しい思いで食事をしていた。彼女達は地球人保護法違反すれすれを平気でやっていることを意識していない。遺伝子管理局内務捜査班から摘発を受けたら、どうするつもりだ?
 そこへゆっくりとした足取りで近づいて来たのは、ダルフーム博士だった。よろしいか?と声を掛けられて、ケンウッドは手でどうぞと前の席を勧めた。
 ダルフームが静かに座った。

「なんだか急に物事が動き出したような気がします。」

と彼は言った。ケンウッドが頷くと、彼はガラス壁の向こうを見た。

「ずっと女性を産ませる能力を持つ者の出現を待っていましたが、ここに既にいたなんてね・・・」
「そうですね。」
「サンテシマの横暴がなければ、もっと早く解決していたでしょうにな。」
「ええ・・・」

 ダルフームが疲れているように見えた。ケンウッドが何か元気つける言葉を探していると、老博士が振り向いた。

「来月、私は退職しようと思います。」
「え?」

 ケンウッドは面食らった。

「しかし、これから貴方の発見が実証されて・・・」
「まだ根本原因はわかっていませんよ。」
「だからこそ・・・」
「もう疲れたのです。」

 ダルフームが苦笑した。

「そろそろ重力が堪えて来ました。それに木星のコロニーに移住した家族から、早く来いと矢の催促でしてね。私も動けるうちに次の人生を始めてみようかと思っているんです。どうか、委員会にその旨を伝えて頂けませんかな?」
「・・・」
「200年掛けて解けなかった謎が、アッと言うまに解けてしまう、そんな悔しい瞬間に、私は立会いたくないのです。」

 ケンウッドは思わず苦笑した。

「言われてみれば。そうですね。私も無力だ。毎日ハイネ局長に、執政官は何を研究しているのかと尻を叩かれているのに。」
「貴方は行政をしっかりやってくれています。」
「でも科学者とは言えない。」
「失礼だが、貴方には行政の力がおありだ。どうか誇りを持って下さい。ドーマー達も
貴方についてきている。貴方がいるから、謎がもうすぐ解けるのですよ。」

 ダルフーム博士は、ケンウッドを彼流に励ましてくれた。

2018年11月2日金曜日

牛の村   2 1 - 1

 ポール・レイン・ドーマーがメーカーのアジトと思われる農場を家宅捜査すると言ってきた。垂れ込みがあったのだと言う。それも・・・

「あの声は確かにライサンダー・セイヤーズでした。」

とレインは断定した。

「ラムゼイ一味が引っ越すと言ってきました。行き先は不明です。彼は言いませんでしたし、俺も時間をかけると通話がバレると思ったので、彼にそれ以上喋らせませんでした。恐らく、彼も行き先は聞かされていないでしょう。」

 彼は局長執務室の中央にある会議テーブルの上に空中画像を立ち上げた。農場の空撮画像だ。

「電話の発信元はこの母屋と思われる大きな建物です。部屋がたくさんあるので、見つからないよう隠れて電話をかけてきたものと思われます。」
 
 彼はポインターの光を中庭に当てた。

「ルーカス・ドーマーが少女を確認したのが、この場所です。子供達はこの農場にいます。そして救助を求めているのだと、俺は信じています。」
「罠ではないのか?」

とクリスチャン・ドーソン・ドーマーが発言した。北米北部班のチーフで、レインより10歳上だ。レインにとては、仕事のノウハウを教えてくれた師匠であり先輩だ。レインにとって、局長は遥かに年上で偉大過ぎる。それに現場経験がないハイネは、細かな仕事のやり方を何も教えられない。最終目標を与えるだけで、何をどうせよと教えることはない。だから、レインがいざ具体的な業務内容を相談したいと思った時は、ドーソンに頼るのが常だった。そのドーソンが、レインの考えに懸念を抱いた。

「ライサンダー・セイヤーズは、我々ドームの人間に不審を抱いて逃亡したのだろう?何故今頃になって君に助けを求めてくるのだ?」

 レインはその質問を想定していたので、答えた。

「ライサンダーは俺のチームに追われた時、川に転落しました。その時、少女も近くにいた筈です。彼等は俺達から逃れた後、ラムゼイに拾われたのでしょう。川は農場がある方角に流れています。放牧地で使用人が彼等を見つけたのかも知れません。」
「ラムゼイは、少女を狙ってベーリングとか言うメーカーを全滅させちゃったんすよね?」

と口を挟んだのは。中米班チーフのクロエル・ドーマーだ。

「少女だけ攫って、少年は放置しても良かったんじゃないすか?」
「少年が怪我をして動けなかったとしたら? 彼を助けてやるから、ついて来いと言えば、少女も仕方なくついて行くだろう?」
「成る程、人質なのね。」
「互いを離して、人質同士にして働かせているんだろ。」

 南米班チーフ、ホアン・ドルスコ・ドーマーはあまりこの会議に気乗りしていない。彼は明日からまた10日間の南米出張が待っている。早くアパートに帰って眠りたいのだ。

「少女は逃げ出したいんだよ。だから、レインに来いと言ってるのさ。そしてガキも逃げ出したがっている。ラムゼイと一緒にいれば、ダリルと会えなくなるからな。」

 ドルスコが呟いた。

「どうしてドーマーがメーカーに子供を作らせたりしたんだよ・・・」

 彼は面倒臭い事態を引き起こしたのは誰の責任だと、言いそうになって、執務机の向こうからこちらを見つめているローガン・ハイネの青みがかった薄い灰色の目と自分の目を合わせてしまった。局長は何も言わないが、ここでセイヤーズの過去の行為をとやかく言うのは筋違いだと目が言っていた。ホアン・ドルスコは小さくなって、視線を画像に向けた。
 レインが地図を広域に戻した。

「俺が部下を1人連れて、空から農場を訪問します。残りの部下は地上から農場を取り囲みます。ラムゼイと思われる老人は足が不自由で、反重力サスペンダーを用いないと1人では立つことも歩くことも出来ないそうです。俺はヤツを抑え、子供達を部下達に保護させます。」
「なんだか勇ましい話だが、少人数で大丈夫なのか?」
「麻痺光線を乱射すれば、まず敵の大半は気絶させられます。向こうの銃より安全で確実です。」

 実際、遺伝子管理局はよくその手の方法でメーカーを逮捕してきた。光線はエネルギーさえ充填しておけば、半時間は保つ。2人の局員でその10倍の敵を一網打尽に出来たこともあるのだ。チーフ仲間の心配は、少年少女が人質に取られる場合だった。
 レインは局長を振り返った。実戦経験のないリーダーがどんな判断を下すのか、ちょっと不安だった。ローガン・ハイネは部下達が傷つくことを一番嫌う。

「局長、許可をお願いします。ライサンダー・セイヤーズと4Xの保護に行かせて下さい。」

 ハイネが彼を見返した。

「地上と空からのタイミングを間違えるなよ。」

と彼は言った。




2018年11月1日木曜日

JJのメッセージ 2 1 - 10

 遺伝子管理局長ローガン・ハイネ・ドーマーには、富豪の奥方より重要な小娘の件を抱えていた。朝食会の話題が終わったと判断したので、彼は一番重要な報告に移った。

「レインが昨日部下のジョージ・ルーカス・ドーマーから受けた報告ですが・・・」

 ケンウッドが物思いから覚めた表情で振り返った。

「4X関係か?」
「そうです。」

 ゴーン副長官にどれだけ情報が伝わっているのか、ハイネはわからなかったが、彼女も毎日この打ち合わせ会に出ているから、説明は要らないだろう。

「ニューシカゴから南西に下った農場で、少女を目撃したそうです。」
「農場?」
「かなり以前から牛の生産をしている農場があるのですが、そこに人の出入りが多く、誰がいるのか、何人住んでいるのか、付近の住民にもよくわかっていないらしいのです。」
「もしや、メーカーのアジトなのか?」
「そのようです。牛の生産と言えば、体外受精などを行いますから、人間の研究も隠れて出来るでしょう。それに農場の名義に登録されている男性は生きていれば90歳になるのですが、実際に住んでいる男は高齢ではありますが、名義人ではないそうです。」
「高齢の男性? まさか、ラムゼイなのか?」
「可能性はあります。」
「少女はそこで何をしているのだ?」
「ルーカスが見た時は庭で立って空を見上げていたそうです。」
「・・・わからんなぁ・・・」
「拘束されているのではなく、働いているのかも知れません。レインは部下達にもっと詳細を探れと命じたそうです。」
「うむ・・・」
「それから・・・」

 ハイネはこれも不確かですが、と続けた。

「ニューシカゴで葉緑体毛髪を持つ少年が目撃されています。セイヤーズの息子と年恰好が似ているので、ライサンダー・セイヤーズの可能性があります。」
「葉緑体毛髪は珍しくないだろう? 一時期地球上でもコロニーにでも大流行した髪だ。セイヤーズの息子と決めつけるのは如何なものか?」
「その少年を同伴していた男が、少女が目撃された農場の男であってもですか?」
「そうなのか?」
「その男は、農場主の秘書と呼ばれています。滅多に外出しないそうですが、主人の身の回りの世話を任されているらしく、主人の個人的な買い物はその秘書がする習慣になっているとかで、街では知られているそうですよ。」

 ゴーンは、ハイネの口調がのんびりしているので、どこまで重要な話なのか掴めなかった。しかし養子のクロエル・ドーマーがいつも局長の言葉に感銘を受けている様子なので、きっと全部重要なのだろう。
 ケンウッドは考え込んだ。コロニー人の遺伝子学者サタジット・ラムジーと思われる 
メーカー、ラムゼイが農場主ならば、セイヤーズの息子と4Xと呼ばれる娘は何故そこにいるのだろう? 
 その時、ハイネがまた言った。

「少女はヘリで上空を旋回したルーカスに手を振ってくれたそうです。まるでおいでと言っているかのように・・・」