2018年11月2日金曜日

牛の村   2 1 - 1

 ポール・レイン・ドーマーがメーカーのアジトと思われる農場を家宅捜査すると言ってきた。垂れ込みがあったのだと言う。それも・・・

「あの声は確かにライサンダー・セイヤーズでした。」

とレインは断定した。

「ラムゼイ一味が引っ越すと言ってきました。行き先は不明です。彼は言いませんでしたし、俺も時間をかけると通話がバレると思ったので、彼にそれ以上喋らせませんでした。恐らく、彼も行き先は聞かされていないでしょう。」

 彼は局長執務室の中央にある会議テーブルの上に空中画像を立ち上げた。農場の空撮画像だ。

「電話の発信元はこの母屋と思われる大きな建物です。部屋がたくさんあるので、見つからないよう隠れて電話をかけてきたものと思われます。」
 
 彼はポインターの光を中庭に当てた。

「ルーカス・ドーマーが少女を確認したのが、この場所です。子供達はこの農場にいます。そして救助を求めているのだと、俺は信じています。」
「罠ではないのか?」

とクリスチャン・ドーソン・ドーマーが発言した。北米北部班のチーフで、レインより10歳上だ。レインにとては、仕事のノウハウを教えてくれた師匠であり先輩だ。レインにとって、局長は遥かに年上で偉大過ぎる。それに現場経験がないハイネは、細かな仕事のやり方を何も教えられない。最終目標を与えるだけで、何をどうせよと教えることはない。だから、レインがいざ具体的な業務内容を相談したいと思った時は、ドーソンに頼るのが常だった。そのドーソンが、レインの考えに懸念を抱いた。

「ライサンダー・セイヤーズは、我々ドームの人間に不審を抱いて逃亡したのだろう?何故今頃になって君に助けを求めてくるのだ?」

 レインはその質問を想定していたので、答えた。

「ライサンダーは俺のチームに追われた時、川に転落しました。その時、少女も近くにいた筈です。彼等は俺達から逃れた後、ラムゼイに拾われたのでしょう。川は農場がある方角に流れています。放牧地で使用人が彼等を見つけたのかも知れません。」
「ラムゼイは、少女を狙ってベーリングとか言うメーカーを全滅させちゃったんすよね?」

と口を挟んだのは。中米班チーフのクロエル・ドーマーだ。

「少女だけ攫って、少年は放置しても良かったんじゃないすか?」
「少年が怪我をして動けなかったとしたら? 彼を助けてやるから、ついて来いと言えば、少女も仕方なくついて行くだろう?」
「成る程、人質なのね。」
「互いを離して、人質同士にして働かせているんだろ。」

 南米班チーフ、ホアン・ドルスコ・ドーマーはあまりこの会議に気乗りしていない。彼は明日からまた10日間の南米出張が待っている。早くアパートに帰って眠りたいのだ。

「少女は逃げ出したいんだよ。だから、レインに来いと言ってるのさ。そしてガキも逃げ出したがっている。ラムゼイと一緒にいれば、ダリルと会えなくなるからな。」

 ドルスコが呟いた。

「どうしてドーマーがメーカーに子供を作らせたりしたんだよ・・・」

 彼は面倒臭い事態を引き起こしたのは誰の責任だと、言いそうになって、執務机の向こうからこちらを見つめているローガン・ハイネの青みがかった薄い灰色の目と自分の目を合わせてしまった。局長は何も言わないが、ここでセイヤーズの過去の行為をとやかく言うのは筋違いだと目が言っていた。ホアン・ドルスコは小さくなって、視線を画像に向けた。
 レインが地図を広域に戻した。

「俺が部下を1人連れて、空から農場を訪問します。残りの部下は地上から農場を取り囲みます。ラムゼイと思われる老人は足が不自由で、反重力サスペンダーを用いないと1人では立つことも歩くことも出来ないそうです。俺はヤツを抑え、子供達を部下達に保護させます。」
「なんだか勇ましい話だが、少人数で大丈夫なのか?」
「麻痺光線を乱射すれば、まず敵の大半は気絶させられます。向こうの銃より安全で確実です。」

 実際、遺伝子管理局はよくその手の方法でメーカーを逮捕してきた。光線はエネルギーさえ充填しておけば、半時間は保つ。2人の局員でその10倍の敵を一網打尽に出来たこともあるのだ。チーフ仲間の心配は、少年少女が人質に取られる場合だった。
 レインは局長を振り返った。実戦経験のないリーダーがどんな判断を下すのか、ちょっと不安だった。ローガン・ハイネは部下達が傷つくことを一番嫌う。

「局長、許可をお願いします。ライサンダー・セイヤーズと4Xの保護に行かせて下さい。」

 ハイネが彼を見返した。

「地上と空からのタイミングを間違えるなよ。」

と彼は言った。