2018年11月5日月曜日

牛の村   2 1 - 4

 ハイネはワグナー・ドーマーに尋ねた。

「報告書を5分で書けるか?」
「すみません、10分下さい。」

 ワグナーは正直だ。ハイネはわかったと答え、一旦通信を切った。
 ちょっと考えてから、南米班のホアン・ドルスコ・ドーマーに電話をかけた。ドルスコはリオ・デジャネイロに居た。

「ホアン、大至急帰還出来るか?」

 いきなりの要請だが、遺伝子管理局の仕事には珍しくない。ドルスコ・ドーマーは滅多にない局長からの電話に、異常事態発生を感じ取った。

「帰還は私1人でよろしいですか?」
「君だけで良い。」
「では、直ちに帰還します。」

 ハイネは素早く考えて言葉を追加した。

「飛行が安定してテレビ会議が出来る状態になったら連絡をくれないか?」
「わかりました!」

 通話を終えてから、ドルシコ・ドーマーはふと思った。何故局長は「要請」するのだろう? 「命令」で構わないのに、と。
 ハイネはドルスコに対して行った要請と同じ物を、北米北部班のドーソン・ドーマーにも送った。ドーソンはモントリオールに居て、すぐに帰れると答えた。彼は尋ねた。

「レインが何かヘマをしましたか?」

 南部班が無謀とも言える作戦を取っていることを知っているから、そう尋ねた。レインは前回のチーフ会議の後、衛星データを駆使して標的のアジトを何度も確認して、人間の動きも観察し、敵のスケジュールを把握して出かけた筈だ。しかし、2人で敵のど真ん中に降りるのは無謀そのものだろう、とドーソンは思っていた。
 ハイネはぶっきらぼうに言った。

「レインがヘマをしたとすれば、それは俺のヘマだ。」

 通話が切れて、ドーソンはびっくりして端末を見つめた。ローガン・ハイネ・ドーマーが時々普段と違う、砕けた言葉遣いをすることは噂で知っていたが、実際に聞いたのは初めてだ。ハイネがそんな言葉を使うのは、感情が昂ぶっている時だと聞いていた。
 ドーソンは本気で後輩が心配になった。

 ポール、お前は何をしたのだ?

 ハイネは最後にクロエル・ドーマーにかけた。中米班チーフは、ドームの中に居た。自身の執務室で事務仕事に励んでいた・・・実際は休憩スペースに置かれたドラムを叩いてストレス発散をしていたのだ・・・局長の電話に急いで飛びついた。

「クロエルでーーすっ!」

 ハイネは端末を耳から遠ざけた。

「クロエル、今夜緊急会議を開く。だが、その前にテレビ会議があると思ってくれ。」
「会議って・・・チーフ会議っすか?」
「そうだ。」

 ハイネはそれ以上語らず、電話を終えた。
 否、もう1人、連絡しなければならない相手がいた。ローガン・ハイネは溜め息をついた。叱られるのは必至だ。しかし気が重いのは、叱られるからではない。

 ドーマーを我が子として愛してくれるあのコロニー人に、何と言おうか・・・

 ハイネはケンウッド長官の心を傷つけることを何よりも恐れた。