2018年11月4日日曜日

牛の村   2 1 - 3

 ポール・レイン・ドーマーがライサンダー・セイヤーズと4Xと呼ばれる少女の保護に向かった日の夕刻。
 ローガン・ハイネ遺伝子管理局長はいつもの日課と午後の業務を終えようとしていた。否、実際は終えたくても終われなかった。北米南部班の第1チームと第4チームからの報告書が上がって来ていなかったのだ。レインが直接指揮を執っているチームだ。摘発に手こずっているのか、忙しいだけなのか、局長は少し胸騒ぎがして落ち着かなかった。こんなことは初めてだ。局員が生命の危険に晒される危険な目に遭ったのは初めてではない。だがこんなに嫌な気分になったことはなかった。

 子供達に何かあったのか?

 子供達とは、少年少女のことではない。彼の子供達、若いドーマー達だ。ハイネが珍しく自分からレインに電話をかけようかと思った時、保安課から電話が入った。

「局長、ワグナー・ドーマーから直通が入っています。」

 直通が保安課を通るのもおかしな話だが、外からドームに掛かってくる電話は全て保安課がチェックしている。保安課は話の内容ではなく、発信者の確認をしたのだ。ハイネは礼を言って、電話に出た。

「ハイネだ。」
「ワグナーです。局長、面倒な事態になりました。」

 北米南部班チーフ副官であり、第1チーム・リーダーであるクラウス・フォン・ワグナー・ドーマーは冷静な男だ。気は優しいが配慮を怠りなく、仲間を上手くまとめられる。レインが試験で上位の成績を納めなければ、この男が南部班のチーフになっていただろう。
 ワグナーは、ハイネに質問をさせずに本題に入った。

「チーフ・レインがラムゼイに捕まりました。今回の作戦は失敗です。」

 ハイネは黙って端末を見つめた。それから、尋ねた。

「君は今どこからかけている?」
「タンブルウィード支局の支局長室です。ハリス支局長が行方不明です。彼が我々の情報をラムゼイに流したと思われます。」
「ハリスが裏切った?」
「そうです。彼の部屋の机に、抗原注射の薬剤があります。ドームの正規薬剤ではありません。恐らく地球の外気が怖いコロニー人のハリスに、ラムゼイが密造薬剤を売りつけて、薬浸けにしたのだと思われます。ハリスはその代償にこちらの情報を流していたのでしょう。」
「では、今日の作戦も漏れていたのか?」
「作戦をハリスに打ち明けたのは今朝です。ハリスは慌てた筈です。ラムゼイに買収されていたパイロットをヘリに乗せ、それにチーフ・レインとアレクサンドル・キエフを乗せたのです。恐らく計画的ではなかったと思います。キエフが逃げて戻って来たのです。」

 ハイネは、髭面のひょろりとしたロシア人を思い浮かべた。あの衛星データ分析官が逃げて来た?

「キエフはチーフを見捨てたのか?」
「チーフが逃したのです。」

 ワグナーはキエフに聞かされたヘリの上でのレインの奮闘ぶりを語った。レインはヘリから落とされかけたキエフを救おうとして、2人で池に飛び降りて、そこから二手に別れたのだと。

「チーフは夕刻になっても連絡をして来ません。端末は破壊されていました。」

 ワグナーの報告は絶望的だった。