2018年11月11日日曜日

牛の村   2 1 - 9

 ニコラス・ケンウッド長官は遅い夕食を一般食堂で摂っていた。セイヤーズの子供を作る研究に没頭し過ぎて食事を忘れていたので、若い執政官から注意されたのだ。

「長官、やはり研究着を付けられると活き活きとされますね!」

 からかわれて、慌てて食事を摂りに来たのだ。半分も食べないうちに、ローガン・ハイネがクロエル・ドーマーとクリスチャン・ドーソン・ドーマーを伴って現れた。ハイネはケンウッドを見つけると、素早く料理を取って彼のテーブルにやって来た。部下がまだ料理を選んでいるのに、彼は挨拶もそこそこに長官の向かいに座ってすぐに食べ始めた。
 ローガン・ハイネらしからぬ礼儀のなさに、ケンウッドは驚いた。そして隣のテーブルに着いたドーソン・ドーマーを見た。

「ついさっき迄チーフ会議でもしていたのかね?」
「ズバリ! 大当たりっす!」

 クロエル・ドーマーが最後にやって来てドーソンの向かいに座った。
 ケンウッドはハイネを見た。こんな風に振る舞う時のハイネは、大概何か大きな爆弾を持っている。ケンウッドは胸騒ぎがした。ハイネは彼を無視して食べ続ける。ケンウッドはまたドーソンとクロエルを見た。

「クリス、君は今日はカナダにいると思ったが・・・?」
「ええ、緊急事態発生で帰って来ました。」

 クロエルがニンマリ笑った。

「もうすぐホアンも帰って来ますよ、長官。」

 ケンウッドは再び正面のハイネを見た。ハイネは子牛肉のチーズ挟み焼きを真剣な顔で切り分けていた。チーズがこぼれないように慎重にフォークにすくい上げる。
 ケンウッドは恐る恐る声をかけてみた。

「ハイネ・・・?」
「9時半から中央研究所の小会議室で緊急会議を開いて下さい。執政官幹部の招集をお願いします。」

 ローガン・ハイネ・ドーマーは必要なことだけ言って、また食事に戻った。早く食べろよ、会議だぞ、と全身で訴えている。部下達も表情は穏やかだが、手は忙しく動いて料理を口に運んでいた。ケンウッドは何が何だかわからないまま、急いで食べ物を口に入れた。
 時間はあまりない。ローガン・ハイネが急ぐなど、滅多にないことなので、緊急事態に間違いないのだろうが、説明が一切ないので、ケンウッドとしてはどうして良いものかわからなかった。
 それでも一旦手を止めて端末を出した。

「9時半で良いのだね?」
「お願いします。」
「幹部だけ?」
「執政官は幹部だけです。ドーマーも幹部クラスを招集しました。」

 遺伝子管理の問題なのか? ケンウッドは、セイヤーズの子種の実験にクレームでもつけられるのだろうかと不安になった。

「何かヒントをくれないか、ハイネ・・・」
「ヒント?」

 初めてハイネが顔をあげて長官を見た。彼は水を一口飲んでから、言った。

「サタジット・ラムジーですよ。」

2018年11月9日金曜日

牛の村   2 1 - 8

「僕ちゃん、やります。」

 クロエル・ドーマーがポール・レイン・ドーマー救出作戦の指揮を引き受けた。ハイネは頷き、ドルスコ・ドーマーに中米の遺伝子管理業務を引き受けるよう要請した。ドルスコは我慢できなくなって、局長に意見した。

「局長、どうしてそんな遠慮がちな物言いをなさるのです? はっきり、私に『やれ』と命じて下されば済むことです。」

 ハイネは微笑んだ。

「君に中米と南米の両方をこなせる能力があることは十分承知している。君の才能に敬意を表したつもりだよ。」

 クロエルとドーソンは、ドルスコが頬を赤らめるのを見た。南米班チーフははにかみながら言った。

「失礼しました。高く買っていただいて光栄です。クロエルが安心して救出作戦に専念出来るよう、通常業務をしっかり管理します。」

 ドーソンも微笑んだ。

「ホアン、君は一体何年局員をやっているんだ? 局長はいつも若い者にだって敬意を払ってくださっているじゃないか。」

 すると、クロエルが「よろしく〜」とドルスコに挨拶した。おちゃらけたと思うと、すぐに真面目な表情に戻った。

「局長、さっきも言いましたが、僕は北米の地理に詳しくありません。そこで、助っ人を選ばせて下さい。」
「助っ人が要るのか?」
「要ります! 現地の地理に詳しくて、僕同様に時間制限がなくて、僕のアイデアに乗ってくれる人です。」

 そんなヤツがいるのか?とドーソンが目で問いかけた。ドルスコも画面の中で首を傾げた。ハイネは一瞬考え、そして、ああ、と呟いた。

「セイヤーズを連れて行きたいのか。」

 えっ!とドーソンが声を上げた。ドルスコも目を剥いた。ダリル・セイヤーズはレインが逮捕してまだ日が浅い。しかも執政官達が数日前から彼の子供を作るプロジェクトに取り掛かったばかりだ。それに、ドームの外に出してはいけないS1遺伝子保有者ではないか。
 2人共、ハイネが反対するものと思ったが、ハイネ局長は面白そうに頷いた。

「確かに、君が提示する条件にぴったりの男だな。」
「ケンウッド長官を説得して頂けませんか、局長?」
「長官を説得しろと言うのか?」

 ハイネは時計を見た。時刻は午後8時前になろうとしていた。

「緊急事態発生をまだ報告していないのだ。」

と彼は言った。

「出来れば遺伝子管理局の内だけで解決させたかったが、そうも行くまいよ。地球人の問題に地球人を投入するのは間違いではない。コロニー人達からセイヤーズを返してもらおうか。」

 そして彼は画像の中の部下を見た。

「夜中前にドームに到着するだろう? それまで休んでいなさい。深夜に緊急会議の招集がある筈だ。」
「わかりました。では、暫く失礼します。」

 ドルスコ・ドーマーは自らカメラをオフにして、局長執務室の会議テーブルの上空から消えた。
 ハイネはドーソン・ドーマーとクロエル・ドーマーを見た。

「さて、深夜の大仕事の前に、腹ごしらえに行こうか?」


2018年11月8日木曜日

牛の村   2 1 - 7

 3人のチーフがテレビを利用して局長と会議を持った。ドーソンもドルスコもワグナーの報告書から事態の深刻さを直ちに理解した。

「レインの抗原注射の効力を考えると、24時間以内の救出を前提に話を進めないといけないな。」

とドーソンが言った。

「南部班は現在第1チームと第4チームが現地にいるのだね?」
「彼等も24時間が限度っすよ。」
「ワグナーはハリスを追跡中だな?」
「すると第4チーム・リーダーが指揮官か?」
「否、まだワグナーが指揮を執っているらしい。」
「そいつは大変す。」
「レインの救出に24時間の制限があると言っても、部下は新たに送り込んだ方が良いだろう。」
「指揮官もワグナー以外の者に任せるべきだ。ワグナーはハリスの追跡に専念させる。」
「では、誰を指揮官にする?」

 テレビの中のホアン・ドルスコ・ドーマーが、局長執務室のクロエル・ドーマーを見た。クリスチャン・ドーソン・ドーマーもクロエルを見たので、ローガン・ハイネ・ドーマーもクロエルに顔を向けた。クロエルが目を丸くした。

「え? え? 僕ちゃん?」
「まさかこんなおちゃらけたヤツが遺伝子管理局の人間だとは、ラムゼイも想像すらしないだろうさ。」

とドルスコが呟いた。ちょっと待って、とクロエルが焦った。

「僕ちゃん、リオ・グランデから北は地理がわかんないっす。」
「何も1人で行けとは言ってない。」
「北米南部班がいるじゃないか。」

 ドーソンがハイネ局長に向き直った。

「私が指揮を執ることも考えたのですが、それでは北米大陸の遺伝子管理業務を統括する者がいなくなります。レインが不在の間、私が北米全般の業務を担当します。また、クロエルの中米は、ホアンが南米と同時に統括出来る筈です。
 クロエルは昔レインと組んで業務をした経験があったでしょう? レインの性格はわかっている筈ですから、救出の際のレインの動きや考えもある程度見当がつくと思います。」
「だけど・・・」

 クロエルは躊躇った。レインが先輩として慕っていたドーソンの方が、レインを理解しているのではないか、と。
 ハイネが首を振った。

「確かに、遺伝子管理業務は1日たりと休む訳にはいかん。レインの救出が24時間以内で成功すると仮定しても、ラムゼイ逮捕や少年少女の保護、全てを同じ時間で行える保証はない。
 クロエル、君は北米のチーフ代理を務められるか?  それとも、ドルスコを指揮官にして君が中南米の統括をするか?」

 クロエルは事務仕事より外で救出活動を指揮する方がましだ、と感じた。


2018年11月7日水曜日

牛の村   2 1 - 6

 クロエル・ドーマーが自分で訪問者用暗証番号を入力して局長執務室に入って来た。ハイネを見て、彼は立ち止まった。

「何か良くないことっすね?」

 彼はいつもの陽気な笑みを消した。局長が大好きなので、一目でハイネが何か心痛を抱えていると看破したのだ。
 ハイネは彼の席を指して座れと無言で命じた。そして会議テーブルの上にワグナーの報告書を出した。クロエル・ドーマーには無類の才能がある。例えば、広げた新聞を一目で全部読み記憶してしまう、速読の才だ。中米班チーフは、同僚が危機に瀕していることを一瞬にして悟った。ああ、と彼は呻いた。そして局長を振り返った。

「彼は生きているんすか?」
「生きている。」

 ハイネは別画面を立ち上げた。ポール・レイン・ドーマーの体内に埋め込まれた生体エネルギー電波発信装置から受信された信号が、立体地図の中で弱々しく光っていた。クロエルは地図を見上げた。

「農場みたいっすね?」
「農場だ。牛を生産しているが、メーカーの隠れ家だ。」
「ラムゼイの家なんすね?」

 レインの光は一点から動かない。どこかの部屋に軟禁されているに違いない。
 クロエルは先日のチーフ会議の内容を覚えていた。レインはダリル・セイヤーズの息子から接触を受けた。ラムゼイが引っ越すと少年は告げ、実際衛星データ分析で農場の人の出入りが急に慌ただしくなったことが判明した。レインはラムゼイが何処かに移動してしまう前に、引越しの準備で忙しい時に、奇襲をかけて少年少女を保護してしまおうと計画したのだ。実際に奇襲攻撃だったので、ラムゼイ側はレイン以外の遺伝子管理局に対する攻撃はしていなかった。だが、誰もが予想だにしなかった裏切り者、レイ・ハリス支局長の存在が、レインを窮地に追い込んだのだ。

「ラムゼイは何か要求してきてるんすか?」
「否、今は何も・・・」
「でもレインの価値はわかってるでしょうね? ドーマーの細胞はメーカーの間では高値で取引されるらしいっすよ。それにレインは上玉だし・・・」

 クロエルは時々俗な言葉を使う。しかしハイネは気にしなかった。ドーマーだってテレビや映画を見るし、外の世界の文化を面白がって真似る者は多い。

「局長、ラムゼイは引越しにレインも連れて行くとお考えですか?」
「レインの価値を高く評価しているなら、連れて行くだろうな。」

 ハイネはレインの生みの親を思い出した。レインの実家は、今やアメリカで最も権力のある人物の実家でもある。ハロルド・フラネリー大統領の顔を見た時、ハイネはレインがスキンヘッドにしていることを感謝したものだ。兄弟はよく似ている。もしラムゼイがレインの出自を知ったら、ドームだけでなく大統領にも圧力をかけてくるだろう。
 クロエル・ドーマーが再び地図に視線を戻した。

「僕ちゃんなら、ラムゼイがレインや子供達を連れて移動する最中に攻撃するっす。」
「ヤツが何処へ行くつもりなのか、わかっているのか?」
「それは人の動きを分析しないと・・・」

 その時、チャイムが鳴って、ドーソン・ドーマーが入室して来た。


2018年11月6日火曜日

牛の村   2 1 - 5

 優秀なクラウス・フォン・ワグナー・ドーマーは約束の時間きっちりに報告書を送信して来た。ハイネはそれを読み、ワグナーと半時間ばかり話し合った。レイモンド・ハリスの裏切りによってポール・レイン・ドーマーがラムゼイに売られたのは確実だ。ワグナーは警官をハリスの自宅に送ったが、逃亡した後だったと言った。

「現在追跡させています。ハリス支局長はあまり遠出をなさる人ではなかったそうで、あまりここの地理に詳しくありません。警察は大きな道路を重点的に封鎖して検問を行うと言っています。」
「ハリスの追求を君に一任して良いか? レインの救出はこちらでやる。」

 ワグナーは少し躊躇った。彼も部屋兄弟で上司のレインを救出したいのだ。しかし、彼は冷静な男だった。大勢で一つのことに取り掛かっても物事が早く解決するとは限らない。彼は局長の判断を尊重することにした。

「わかりました。ハリスを追います。レインをお願います。」
「ハリスの追求には君とキエフを充てる。他の部下達は指示があり次第すぐ動けるよう待機させてくれ。」

 何故キエフが俺と? とワグナーは一瞬疑問に思ったが、レインがいない時にキエフを他の部下達と一緒にさせるのは拙いと思い当たった。アレクサンドル・キエフ・ドーマはレインに異常な程執着している。誰かが監視していないと身勝手な行動を取るだろう。それに他の部下達は、チーフを敵の手の中に残して戻って来たキエフを快く思っていない。西ユーラシア・ドームから望まれてやって来た筈なのに、キエフ・ドーマーはその神経質で一つのことに固執する性格が災いして、チームの誰からも歓迎されていなかった。

 局長はキエフの性格をご承知なのだ・・・

 「了解しました。仲間は休憩を取らせて、移動もしくは出動に備えさせておきます。僕はこれから警察と共にハリスを追います。もしあの男がメーカーと合流などしたら、ドームの情報が漏れてしまいますから。」
「十分に気をつけるように。」

 ハイネは通話を終えた。ワグナーには妻がいる。キャリー・ワグナー・ドーマーを悲しませるようなことになってはならない。ワグナーは必ず無事に帰還しなければならない。
 ハイネはどの子供達も失いたくなかった。レインも、あのよく理解出来ないロシア系の衛星データ分析官も、大事な子供達だ。自分がドームの外に出て行って指揮を執れれば良いのだが。
 くよくよ悩む暇もなく、ホアン・ドルスコ・ドーマーから搭乗機が安定飛行に入ったと連絡が入った。ハイネはクロエル・ドーマーに局長執務室に来るよう指示を送り、ドーソン・ドーマーに現在地を尋ねた。ドーソンは間も無くドーム・シティの上空に到達する頃ですと答えたので、会議を半時間後に開くと伝えた。


2018年11月5日月曜日

牛の村   2 1 - 4

 ハイネはワグナー・ドーマーに尋ねた。

「報告書を5分で書けるか?」
「すみません、10分下さい。」

 ワグナーは正直だ。ハイネはわかったと答え、一旦通信を切った。
 ちょっと考えてから、南米班のホアン・ドルスコ・ドーマーに電話をかけた。ドルスコはリオ・デジャネイロに居た。

「ホアン、大至急帰還出来るか?」

 いきなりの要請だが、遺伝子管理局の仕事には珍しくない。ドルスコ・ドーマーは滅多にない局長からの電話に、異常事態発生を感じ取った。

「帰還は私1人でよろしいですか?」
「君だけで良い。」
「では、直ちに帰還します。」

 ハイネは素早く考えて言葉を追加した。

「飛行が安定してテレビ会議が出来る状態になったら連絡をくれないか?」
「わかりました!」

 通話を終えてから、ドルシコ・ドーマーはふと思った。何故局長は「要請」するのだろう? 「命令」で構わないのに、と。
 ハイネはドルスコに対して行った要請と同じ物を、北米北部班のドーソン・ドーマーにも送った。ドーソンはモントリオールに居て、すぐに帰れると答えた。彼は尋ねた。

「レインが何かヘマをしましたか?」

 南部班が無謀とも言える作戦を取っていることを知っているから、そう尋ねた。レインは前回のチーフ会議の後、衛星データを駆使して標的のアジトを何度も確認して、人間の動きも観察し、敵のスケジュールを把握して出かけた筈だ。しかし、2人で敵のど真ん中に降りるのは無謀そのものだろう、とドーソンは思っていた。
 ハイネはぶっきらぼうに言った。

「レインがヘマをしたとすれば、それは俺のヘマだ。」

 通話が切れて、ドーソンはびっくりして端末を見つめた。ローガン・ハイネ・ドーマーが時々普段と違う、砕けた言葉遣いをすることは噂で知っていたが、実際に聞いたのは初めてだ。ハイネがそんな言葉を使うのは、感情が昂ぶっている時だと聞いていた。
 ドーソンは本気で後輩が心配になった。

 ポール、お前は何をしたのだ?

 ハイネは最後にクロエル・ドーマーにかけた。中米班チーフは、ドームの中に居た。自身の執務室で事務仕事に励んでいた・・・実際は休憩スペースに置かれたドラムを叩いてストレス発散をしていたのだ・・・局長の電話に急いで飛びついた。

「クロエルでーーすっ!」

 ハイネは端末を耳から遠ざけた。

「クロエル、今夜緊急会議を開く。だが、その前にテレビ会議があると思ってくれ。」
「会議って・・・チーフ会議っすか?」
「そうだ。」

 ハイネはそれ以上語らず、電話を終えた。
 否、もう1人、連絡しなければならない相手がいた。ローガン・ハイネは溜め息をついた。叱られるのは必至だ。しかし気が重いのは、叱られるからではない。

 ドーマーを我が子として愛してくれるあのコロニー人に、何と言おうか・・・

 ハイネはケンウッド長官の心を傷つけることを何よりも恐れた。

2018年11月4日日曜日

牛の村   2 1 - 3

 ポール・レイン・ドーマーがライサンダー・セイヤーズと4Xと呼ばれる少女の保護に向かった日の夕刻。
 ローガン・ハイネ遺伝子管理局長はいつもの日課と午後の業務を終えようとしていた。否、実際は終えたくても終われなかった。北米南部班の第1チームと第4チームからの報告書が上がって来ていなかったのだ。レインが直接指揮を執っているチームだ。摘発に手こずっているのか、忙しいだけなのか、局長は少し胸騒ぎがして落ち着かなかった。こんなことは初めてだ。局員が生命の危険に晒される危険な目に遭ったのは初めてではない。だがこんなに嫌な気分になったことはなかった。

 子供達に何かあったのか?

 子供達とは、少年少女のことではない。彼の子供達、若いドーマー達だ。ハイネが珍しく自分からレインに電話をかけようかと思った時、保安課から電話が入った。

「局長、ワグナー・ドーマーから直通が入っています。」

 直通が保安課を通るのもおかしな話だが、外からドームに掛かってくる電話は全て保安課がチェックしている。保安課は話の内容ではなく、発信者の確認をしたのだ。ハイネは礼を言って、電話に出た。

「ハイネだ。」
「ワグナーです。局長、面倒な事態になりました。」

 北米南部班チーフ副官であり、第1チーム・リーダーであるクラウス・フォン・ワグナー・ドーマーは冷静な男だ。気は優しいが配慮を怠りなく、仲間を上手くまとめられる。レインが試験で上位の成績を納めなければ、この男が南部班のチーフになっていただろう。
 ワグナーは、ハイネに質問をさせずに本題に入った。

「チーフ・レインがラムゼイに捕まりました。今回の作戦は失敗です。」

 ハイネは黙って端末を見つめた。それから、尋ねた。

「君は今どこからかけている?」
「タンブルウィード支局の支局長室です。ハリス支局長が行方不明です。彼が我々の情報をラムゼイに流したと思われます。」
「ハリスが裏切った?」
「そうです。彼の部屋の机に、抗原注射の薬剤があります。ドームの正規薬剤ではありません。恐らく地球の外気が怖いコロニー人のハリスに、ラムゼイが密造薬剤を売りつけて、薬浸けにしたのだと思われます。ハリスはその代償にこちらの情報を流していたのでしょう。」
「では、今日の作戦も漏れていたのか?」
「作戦をハリスに打ち明けたのは今朝です。ハリスは慌てた筈です。ラムゼイに買収されていたパイロットをヘリに乗せ、それにチーフ・レインとアレクサンドル・キエフを乗せたのです。恐らく計画的ではなかったと思います。キエフが逃げて戻って来たのです。」

 ハイネは、髭面のひょろりとしたロシア人を思い浮かべた。あの衛星データ分析官が逃げて来た?

「キエフはチーフを見捨てたのか?」
「チーフが逃したのです。」

 ワグナーはキエフに聞かされたヘリの上でのレインの奮闘ぶりを語った。レインはヘリから落とされかけたキエフを救おうとして、2人で池に飛び降りて、そこから二手に別れたのだと。

「チーフは夕刻になっても連絡をして来ません。端末は破壊されていました。」

 ワグナーの報告は絶望的だった。