2018年12月8日土曜日

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 ケンウッドは日課の為に遺伝子管理局本部へ向かうハイネと別れ、ペルラ・ドーマーと共に医療区へ向かった。ヤマザキ・ケンタロウに面会を求めると、たっぷり10分待たされた。

「昨夜からやたらと忙しいなぁ。」

 ヤマザキは文句を言いつつも、ペルラ・ドーマーに微笑みかけた。ケンウッドの用件は見当が付いていた。

「ラムゼイの秘書の様子はどうだね?」
「彼にはジェリー・パーカーと言う名前が付いているよ。」

 ヤマザキは3次元スクリーンに眠っている男の姿を表示した。

「健康状態は良好。メタボと縁がない生活をしていた様だ。栄養状態は良いし、運動もしっかりしていたらしい。」
「クローンの健康障害はないのだね?」

 ケンウッドの質問に、ヤマザキが振り向いた。

「何を根拠に彼をクローンと呼ぶのかな?」
「えっ? だって・・・」
「彼の細胞の隅々まで分析したが、クローンである特徴は見られなかった。ちゃんと母親から生まれて成長した人間そのものだ。」
「それは、赤ん坊の細胞から製造されたからですよ。」

 ペルラ・ドーマーが割り込んだ。端末の写真をヤマザキに見せた。医師はシミュレーション画像を眺め、3次元映像の中の男と見比べた。

「確かに、似ているな。」
「ラムジーは赤ん坊の遺体から盗んだ細胞で、あの男を作ったのだ。」

 ケンウッドは主張した。しかしヤマザキは素直に納得しなかった。

「そうだとして、その設備はどこにあったのだい? 死んだ細胞を復活させるには、かなりの装置が必要だ。グレゴリーが怪我をした隠れ家に、それほどの設備があったのかね?」
「大掛かりな装置があったのは、火事の後の現場検証で判明しています。」
「ではラムジーは蘇らせた細胞を持って逃げた訳だ。」

 医師は元遺伝子管理局の局員だったドーマーに畳み掛けた。

「逃亡中の人間がクローンを成長させる設備を備えた隠れ家を何軒も持っていたのかなぁ? 考えてもみたまえ、ラムジーはコロニー人だ。地球上に複数の隠し研究室を持てる可能性は低いぞ。」
「君は一体何を言いたいのだね?」

 ケンウッドは苛ついた。世紀の大発見を親友は否定しようとしているのか?
 ヤマザキが彼をじっと見つめた。

「君達の発見を否定したい訳じゃない。ただ、しっかり証拠固めしておかないと、世間に公表出来ないぞ。君が浮き足立っているのがわかったから、ちょっと頭を冷やしてやろうと思ったんだよ。」

 ヤマザキは再び視線を3次元映像に向けた。

「それに、局員達の報告では、このパーカーと言う男は捕まる直前に銃口を自分の頭に向けたそうじゃないか。だから麻痺光線で捕獲された。クロエルが麻酔剤を注射してドームに彼を送って来たのもそのせいだ。パーカーが自殺を諦めて生きようと思う迄、僕等は目を離せない。暫くは抗鬱剤を投与して精神カウンセリングを行う。遺伝子の研究に協力させるのはその後だ。」

 ヤマザキ・ケンタロウはきっぱりと言った。

「彼がクローンだろうが古代人の遺伝子を持っていようが関係ない、今の時間を生きる人間として生命を大切にしてくれるように治療するのが、僕等の仕事だよ。」



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 どんなに就寝時間が遅くても、目覚めは普段と同じ時刻になる。
 ケンウッドは一般食堂でハイネ局長と、珍しく早朝からドームに来ていたグレゴリー・ペルラ・ドーマーに合流した。挨拶もそこそこに、ペルラ・ドーマーがケンウッドに顔を寄せるようにして言った。

「見事ですな、あの男は!」

 ケンウッドは説明されなくても誰のことを指して言ったのかわかった。

「もう見たのかね?」
「はい、局長からの伝言をジェレミーからもらってすぐに医療区に問い合わせました。ヤマザキ博士がいつでも見においでと仰って下さったので、すぐに行きましたよ。」

 ペルラ・ドーマーは80歳を超えているが、まだ若者の様に艶々した肌の顔を上気させた。若き日にラムゼイことサタジット・ラムジーに命を奪われかけた男だ。無関心を装ってもやはり興味があったのだ。
 彼は自身の端末を出した。

「ラムジーが細胞を盗んだと言われるアイスベビーが火星に保存されていることは、地球人でも知っています。まぁ、歴史に興味がある人が、と言う意味ですが。ですから、アイスベビーの写真は地球でも見られるのです。私は、ラムジーが盗んだ細胞からクローンを作ったことを想定して、子供が成長にしたがって変化していく様子をシミュレーションしていました。」

 ケンウッドは火星の人類歴史博物館に保存されているアルプス氷河で氷漬けになっていた赤ん坊の顔写真を見た。まるで生きている様に綺麗な顔だ。4千年前の赤ん坊だ。
 ペルラ・ドーマーが端末をちょいちょいと操作した。今度は中年男性の顔が表示された。

「赤ん坊が50歳になったと想定した写真です。」
「なんと!」

 ケンウッドは思わず声を上げた。ハイネも身を乗り出して覗き込んだ。ほうっと彼は感嘆の声を漏らした。

「ジェリー・パーカーですな。」
「そっくりだ。コンピュータが考え出した面相とよく似ている。あのラムゼイの秘書は・・・」

 ケンウッド、ハイネ、そしてペルラ・ドーマーは顔を見合わせ、思わずハモった。

「アイスベビーだ!」

 ケンウッドは遺伝子管理局からラムゼイが特別扱いしている秘書の存在を教えられた時、その男はラムゼイの試作品第一号だと思っていた。ハイネ局長も同じ考えだった筈だ。本物の人間と寸分違わぬ完璧なクローンの第一号だから、研究したいと思っていた。
サタジット・ラムジーは当時多くの死体から細胞を盗み、クローン製造を研究していたのだ。死者の細胞を使用する研究は宇宙法で禁止されている重罪だ。どの死体から作られたクローンか、それはケンウッドにとって問題ではなかった筈だった。だが、この瞬間、ジェリー・パーカーと言う男は、全く別の意味を持つ存在になっていた。
 ケンウッドはペルラ・ドーマー以上に顔を上気させた。

「この意味がわかるか、ハイネ? グレゴリー? 我々は物凄いものを手に入れたのだぞ!」

 ハイネが重々しく頷いた。

「地球人の原型ですね。」

2018年12月6日木曜日

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 ケンウッドがワグナーにジェリー・パーカーのことを説明する間も無く、女性用ゲートから一人の少女が現れた。先刻のパーカーが消毒の後寝巻きを着せられていたのと同様に、彼女も寝巻きにガウン姿だった。少女の身体情報が少なかったので、被服班が用意できたのはその程度だったのだ。それでも彼女は気にしていなかった。
 ケンウッドはダリル・セイヤーズ・ドーマーから彼女に関する情報を前もってもらっていた。どう言う訳か口が利けず、性格は明朗で勇敢、優しい面もあるが、世間の常識はあまり知らない、と世間知らずのドーマーから聞かされていた。そしてセイヤーズはさらに重要で信じられないような情報も持っていた。

「JJはDNAが見えるのです。」

 セイヤーズ自身は見たことがないので、少女がどんな風に染色体を見ているのか説明出来なかった。ただ彼女が螺旋状の絵を描き、どれが誰のDNAなのか見分けるのだと言う。
 少女はケンウッドを見て立ち止まった。未知の人間を警戒するのは当たり前だ。今自分は彼女の目にどんな風に見えているのだろう。ケンウッドは少し不安になった。
 少女はワグナーを見てニッコリした。航空機の中で親切にしてくれた男を見て、安心したのだ。彼女は自ら2人の男のそばに来た。ワグナーが紹介した。

「JJ、こちらがこのドームの最高責任者、ニコラス・ケンウッド長官だ。遺伝子学者でもあられる。」

 そしてケンウッドに彼女を紹介した。

「長官、こちらはジュマ・ジェレマイア・ベーリングさんです。」
「こんばんは、ジュマ・ジェレマイア、当ドームにようこそ!」

 ケンウッドが笑顔で手を前に出すと、少女はワグナーをもう一度見た。ワグナーが笑顔で頷いて見せると、彼女はやっとケンウッドの手を握った。柔らかで温かい人の手だった。遺伝子組み替えで作られた人であっても、温かい心を持った生きている人だ。
 少女はメーカーの闘争で両親を殺害され、一人で砂漠の中に残された。セイヤーズ父子に発見された時は果敢にも抵抗した。川に転落したライサンダー・セイヤーズを泳いで救出し、助けを求めた相手が偶々通りかかったラムゼイだったのだと、ポール・レイン・ドーマーは接触テレパスで彼女から情報を引き出した。それを報告書に書いていた。
 生まれてから外部と接触させらずに大切に家の中で育てられた少女。まるでドーマーだ。いや、ドーマー達が暮らすドームは彼女の家より広く、住人は多い。彼女は本当に箱入り娘だったのだ。それなのに、すぐに外の世界に順応しようとしている。

 これは彼女の特殊能力なのか、それともただの性格から来るものなのか?

 ケンウッドは精一杯愛想良く声をかけた。

「来てくれて嬉しいよ。しかし、色々大変な経験をしたね。疲れているだろうから、今夜はこれ以上引き留めはしない。ここの規則で医療区と言う病院施設で検査を受けてから、観察棟と言う施設に入ってもらう。暫くはそこで寝起きしてもらうことになるが、近いうちに君にもアパートの部屋を割り当てよう。快適に住んでもらえると嬉しいが。」

 少女は笑顔で返事をした。きっと、よろしく と言ったのだ。女性保安課員が来て、彼女に医療区迄案内すると言った。ワグナーが声をかけた。

「医療区では、キャリーと言う医師が待っている筈だ。僕の妻だよ。君の世話を暫く担当することになるだろう。何か不満や疑問があれば彼女に訴えてくれれば、彼女が解決方法を考えてくれる。」
「おやすみ、ジュマ・・・」

 ケンウッドは少女を早く休ませてやりたくて、ワグナーを遮る形になったが声をかけた。気の良いワグナーは気にしなかった。すると少女が指で何かを合図した。ワグナーが通訳してくれた。

「JJと呼んで、と言っています。」
「失礼・・・」

 ケンウッドは苦笑した。

「おやすみ、JJ、良い夢を・・・」


2018年12月5日水曜日

トラック    2  1 - 10

 ケンウッドはクラウス・フォン・ワグナー・ドーマーと2人きりになった。ワグナーも疲れている筈だ。レイモンド・ハリス支局長の裏切り行為を捜査し、証拠固めを行い、逃亡したハリスをヘリコプターを自ら操縦して追跡した。そして事故死したハリスの遺体の回収とドームへの送付も行った。それからクロエルが率いる仲間と合流して、衰弱しているポール・レイン・ドーマーの世話をしていたのだ。

「無理をしなくても良いんだよ、ワグナー。レインは暫く医療区に留め置かれるだろうから、君が北米南部班の指揮を執ることになるだろう。早く帰って休みなさい。」

 体格の良いワグナーが微笑した。

「お気遣い有り難うございます。でも、あと少しだけですから。」

 その時、ゲートからストレッチャーに載せられた男が現れた。ぐったりとして、目を閉じていたが、顔色は悪くない。年齢は40代後半か50代になるかならないかだ。
 ケンウッドは思わずストレッチャーに近づき、その男を見下ろした。ワグナーが後ろで紹介した。

「ラムゼイの秘書、ジェリー・パーカーだそうです。」

 ワグナーにしても、このパーカーと言う男をよく知らない。メーカーの捜査をしている時にラムゼイと共に彼の名前をよく耳にしたが、実物に会ったのはその日が初めてだった。
 ケンウッドは己の心臓がパクパク音を立てているかと思った。それだけ彼は緊張していた。そっと手を男の顔に伸ばしてみたが、指が震えていたので、触れるのを止めた。
彼は喉から声を搾り出した。

「素晴らしい。」

 ワグナーは長官の後頭部を見つめた。ジェリー・パーカーの何がケンウッドを感動させたのだろう?
 ケンウッドは係官にストレッチャーとパーカーを医療区へ連れて行けと指図した。

2018年12月4日火曜日

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 ケンウッドとハイネは送迎フロアで帰投した若いドーマー達を迎えた。前日にラムゼイ一味を一網打尽にするつもりで意気揚々と出かけて行った彼等は、この夜は疲弊して足取りも重く消毒ゲートを抜けて戻って来た。先頭はクラウス・フォン・ワグナー・ドーマーで、すぐ後ろにポール・レイン・ドーマーが自分の足で歩いて来た。弱みを見せたくないので、やせ我慢して自力歩行しているのだが、その後ろにはストレッチャーを用意したゲート係官が待機していた。
 ワグナーとレインは長官と局長に気がつくと足を止めた。レインが前に出た。

「ただ今戻りました。ご心配をおかけし、申し訳ありませんでした。」

 顔色が悪い、とケンウッドが気付いた直後に、ハイネが前に踏み出した。

「よく戻った。報告書は読んだぞ。あの状況で敵の様子をしっかり観察したとは、大したものだ。」

 そしていきなりレインを抱き締めたので、ケンウッドは驚いた。しかしレインの足がもつれかかるのを見て、ハイネは彼を支えるのが目的で前に出たのだと悟った。ローガン・ハイネは若い連中に自身の弱いところを見られるのを極力嫌う。だから、彼はレインが部下の目の前で倒れるのを防いだのだ。ポール・レイン・ドーマーにもその心は伝わったのだろう、美貌のドーマーの顔にやっと安堵の色が浮かんだ。
 ケンウッドはストレッチャーを手前に置いて待機しているゲート係に声を掛けた。

「チーフ・レインをそれに載せて医療区へ運んでくれないか? 無傷だと聞いているが、清潔とは言えない場所にいたから、検査が必要だ。」

 そしてレインを振り返った。

「レイン、ストレッチャーに乗りなさい。たまには楽をするのも良いものだよ。」
 
 普段のレインなら強がって自分で歩くと言い張っただろうが、この時、彼は周囲が驚く程素直にケンウッドの言葉に従った。ワグナーに一言、あとは任せる、と言って、彼は医療区へ運ばれて行った。
 やはり体力の限界に来ていたのだ、とケンウッドは若いドーマーが可哀想に思えた。ラムゼイは彼にどんな仕打ちをしたのだろう。
 ハイネ局長は残った部下達を見回した。局員達も前日早朝から働き詰めだ。昨日は敵に捕まったチーフの身を案じて一睡も出来なかっただろうし、今日は捕物と押収物の仕分けで忙しかった。彼等もチーフ同様抗原注射の効力が切れかかっていた。
 ハイネが優しく言った。

「君達の報告書も読んだ。指揮官不在の状況でチームの和を乱さずによく頑張った。疲れているだろうから、今日はこれで解散しなさい。明日はゆっくり休むと良い。」

 ケンウッドも一声掛けた。

「ご苦労だったね。色々大変だったろう。体調が悪い者はすぐ医療区へ行くこと。局長の許可が出たから、明日はゆっくりしなさい。では、おやすみ。」
「おやすみなさい。」

 ドーマー達は銘々上司に挨拶して通路へ入って行った。
 ケンウッドとハイネが彼等を見送っていると、ワグナー・ドーマーが最後まで残っていて、話しかけてきた。

「ラムゼイの秘書と、JJと呼ばれる少女も連れて帰ってきましたが、まだ消毒が終わっていません。彼等は外の人間なので、消毒も念入りにしています。ここへ出てくる迄僕は待とうと思いますが、お二人はどうされますか?」

 ケンウッドとハイネは顔を見合わせた。遅い時刻だ。コロニー人のケンウッドはあまり時間に縛られないが、ハイネは朝が早い。それに前夜は徹夜させてしまった。

「私が残ろう。局長はもう帰ってよろしい。」

 長官の権限で局長に指示を出した。

「ラムゼイの秘書と少女も今夜は医療区に収容させる。これからいつでも会えるだろう?」

 ハイネも素直に従った。ちょっと笑って見せて、

「わかりました。では今宵はこれで退散します。おやすみなさい。」

と挨拶した。そしてワグナーには、早く帰れよ、と囁いて去って行った。




2018年12月3日月曜日

トラック    2  1 - 8

 ニコラス・ケンウッドは一般食堂で夕食を食べようとしていたが、心は落ち着かなかった。今朝早く、クロエル・ドーマーは「24時間以内にポール・レインを救出する」と言ってダリル・セイヤーズを連れて出かけたきり、何も言ってこない。ローガン・ハイネ遺伝子管理局長も何も連絡を寄越さないので、食堂で待ち構えているのだ。通常勤務の遺伝子管理局の外勤務局員達は既に帰投して書類整理や報告書の作成に追われている。ひと段落つけて夕食のテーブルに着いた者もいる。
 入り口にローガン・ハイネの姿が見えた。ケンウッドが合図を送る為に片手を上げかけた時、若い執政官がハイネに声をかけた。会話はケンウッドには聞こえなかったが、執政官の質問にハイネが答え、執政官を何やら納得させた。執政官は向きを変えて食堂から遠ざかって行った。
 ケンウッドはハイネが料理を取って支払いを済ませるのを辛抱強く待った。ハイネはご丁寧に司厨長と口論までして彼を焦らし、そこへヤマザキ・ケンタロウが現れてまたケンウッドは待たされた。
 すっかりスープが冷めてしまった頃に、ハイネとヤマザキが彼のテーブルにやって来た。

「なんだ、ケンさん、食べていないじゃないか。駄目だぞ、ちゃんと食べないと・・・」
「君達を待っていただけだよ。」

 ケンウッドは斜め前に座ったハイネに声を掛けた。

「例の件はどうなった?」
「なんのことです?」

 ハイネはとぼけた。食事中は仕事の話をしたくない、と暗に仄めかした。ケンウッドは部下達のことだと言おうとして、ヤマザキが首を振るのを見た。遅い時刻と言っても、まだ食堂内には多くのドーマー達がいた。彼等に仲間がメーカーに捕まった話など聞かせたくない。ケンウッドが仕方なく口を閉じると、ヤマザキがさりげない風に言った。

「部屋の準備はしておいたから、帰って来たら直ぐに休めるぞ。」
「それはどうも。」

 ハイネは器用に生春巻きのサラダを口に入れて、野菜を味わってから、ケンウッドを慰めるように言った。

「後1時間ほどでゲートに到着しますよ。リュック・ニュカネンが自ら連絡して来たので間違いありません。」
「そうか!」

 ケンウッドの気分がやっと晴れた。リュック・ニュカネン元ドーマーは堅物だが、誠実だ。決してドームを裏切らない。ケンウッドは彼がドームを去ったことが今でも寂しく思えるのだが、元気に仕事に励んでいることを知って嬉しかった。ドームに忠実だから、あの男は家族もきっと大切にしている筈だ。幸せな家庭を築いていることだろう。
 ケンウッドの幸せな気分をぶち壊したくなかったが、ハイネは言わねばならないことを告げた。

「残念なお知らせがあります。」
「なんだ?」
「あの男に逃げられました。」

 一瞬、ダリル・セイヤーズが再び逃亡したのかと思い、ケンウッドはドキリとした。そして2秒後に、ハイネが別の人物のことを話しているのだと気が付いた。

「また逃げたのか、あの学者崩れは?」
「クロエル達が押さえた輸送隊の中にいなかったそうです。下っ端を締め上げると、あの男は一足先に農家を出発して別行動だったと明かしたのです。」
「悪運が強いな。」

 ヤマザキがハイネの皿から蒸し鶏を一切れくすねながら呟いた。

「だが研究資料などは押収したのだろう?」
「トラックに積まれていた薬品、資材、資料は全て回収したとクロエルが報告して来ました。今、後発隊が警察と遺伝子管理局の扱う物を仕分けしているところです。」
「それじゃ、後発隊は明日押収物と一緒に帰って来るんだな?」
「ええ・・・」

 ハイネは鶏肉が減っていることに気が付いた。横目で医師を睨んだが、ヤマザキは平気な顔をしていた。ケンウッドが確認の為に質問した。

「指揮官と助っ人も明日帰って来るのかね?」
「それが当方の希望ですが、彼等はあの男を追うつもりのようです。」
「追う・・・って・・・」

 それは警察に任せれば良いではないか、とケンウッドが文句を言おうとした時、ハイネの端末にメッセージが入った。ハイネは失礼と呟いて画面を見た。彼の表情がわずかだが和らいだので、ヤマザキがニヤッと笑った。

「サヤカからだな?」

 ケンウッドはローガン・ハイネが微かに頬を赤らめるのを目撃した。



2018年12月1日土曜日

トラック    2  1 - 7

 現地との通話を終えて、ハイネは自身の席に戻った。ネピア・ドーマーも秘書席に戻り、セルシウス・ドーマーは局長に帰宅の挨拶をする為に近づいた。ハイネは南北アメリカ大陸現地から送信が始まった部下達の報告書を読む為にファイルを開きかけていたが、セルシウスがそばに来ると手を止めた。

「ジェレミー、グレゴリーに会う予定はあるかね?」
「今日ですか?」
「うん。」

 セルシウスはグレゴリー・ペルラ・ドーマーが買い物をする時刻はいつだったかと頭の中で考えた。

「多分、夕食の後にコンビニに行けば出会えるかと。何か言付けでも?」
「言付けと言うほどの物でもないが・・・」

 ハイネが奥歯に物が挟まった様な言い方をした。

「我々はラムジーの宝物を手に入れた様だと言っておいてくれないか? 出会った時で良いから。」
「ラムジーの宝物・・・ですか?」

 怪訝そうな表情のセルシウスだったが、やがて何かに思い当たった。彼は思わず局長の執務机の縁を掴んで体を前へ傾けた。

「局長、では、先程の男が・・・?」

 ハイネがしーっと指で合図した。ネピアとキンスキーは上司と元上司の会話を聞いていないフリをした。聞こえているが、何のことなのか、彼等にはまだ理解出来ていなかった。ハイネが囁いた。

「まだ確定した訳ではない。実物を検査してみなければならないからな。」

 セルシウスはわかりましたと応え、挨拶をして部屋から出て行った。
 ハイネは物問いたげな2人の秘書を無視して報告書のファイルを開いた。日常業務の報告書が南北アメリカ各地から次々と送られて来る。北米中西部で行われた大捕物と無関係の平和な人間の生活を円滑に進める為の、申請書や証明書の希望者との面談の様子や、山奥の村の女性不足の実態など、毎日読んでいるものと似たり寄ったりの内容だ。しかしハイネは飽きることなくそれらに目を通す。部下達がどの様に働いているか、ドームの外の人々が何を求めているのかを知る為に。
 2時間後には、セント・アイブス・メディカル・カレッジ・タウンにある遺伝子管理局出張所からも報告書が送信されて来た。部下達が砂漠の中で行われた捕り物の報告を始めたのだ。勿論クロエルとセイヤーズが書いたものもあった。セイヤーズの報告書は初めて目を通したが、能天気な性格の割には詳細でわかりやすい真面目な文章だった。