2018年12月3日月曜日

トラック    2  1 - 8

 ニコラス・ケンウッドは一般食堂で夕食を食べようとしていたが、心は落ち着かなかった。今朝早く、クロエル・ドーマーは「24時間以内にポール・レインを救出する」と言ってダリル・セイヤーズを連れて出かけたきり、何も言ってこない。ローガン・ハイネ遺伝子管理局長も何も連絡を寄越さないので、食堂で待ち構えているのだ。通常勤務の遺伝子管理局の外勤務局員達は既に帰投して書類整理や報告書の作成に追われている。ひと段落つけて夕食のテーブルに着いた者もいる。
 入り口にローガン・ハイネの姿が見えた。ケンウッドが合図を送る為に片手を上げかけた時、若い執政官がハイネに声をかけた。会話はケンウッドには聞こえなかったが、執政官の質問にハイネが答え、執政官を何やら納得させた。執政官は向きを変えて食堂から遠ざかって行った。
 ケンウッドはハイネが料理を取って支払いを済ませるのを辛抱強く待った。ハイネはご丁寧に司厨長と口論までして彼を焦らし、そこへヤマザキ・ケンタロウが現れてまたケンウッドは待たされた。
 すっかりスープが冷めてしまった頃に、ハイネとヤマザキが彼のテーブルにやって来た。

「なんだ、ケンさん、食べていないじゃないか。駄目だぞ、ちゃんと食べないと・・・」
「君達を待っていただけだよ。」

 ケンウッドは斜め前に座ったハイネに声を掛けた。

「例の件はどうなった?」
「なんのことです?」

 ハイネはとぼけた。食事中は仕事の話をしたくない、と暗に仄めかした。ケンウッドは部下達のことだと言おうとして、ヤマザキが首を振るのを見た。遅い時刻と言っても、まだ食堂内には多くのドーマー達がいた。彼等に仲間がメーカーに捕まった話など聞かせたくない。ケンウッドが仕方なく口を閉じると、ヤマザキがさりげない風に言った。

「部屋の準備はしておいたから、帰って来たら直ぐに休めるぞ。」
「それはどうも。」

 ハイネは器用に生春巻きのサラダを口に入れて、野菜を味わってから、ケンウッドを慰めるように言った。

「後1時間ほどでゲートに到着しますよ。リュック・ニュカネンが自ら連絡して来たので間違いありません。」
「そうか!」

 ケンウッドの気分がやっと晴れた。リュック・ニュカネン元ドーマーは堅物だが、誠実だ。決してドームを裏切らない。ケンウッドは彼がドームを去ったことが今でも寂しく思えるのだが、元気に仕事に励んでいることを知って嬉しかった。ドームに忠実だから、あの男は家族もきっと大切にしている筈だ。幸せな家庭を築いていることだろう。
 ケンウッドの幸せな気分をぶち壊したくなかったが、ハイネは言わねばならないことを告げた。

「残念なお知らせがあります。」
「なんだ?」
「あの男に逃げられました。」

 一瞬、ダリル・セイヤーズが再び逃亡したのかと思い、ケンウッドはドキリとした。そして2秒後に、ハイネが別の人物のことを話しているのだと気が付いた。

「また逃げたのか、あの学者崩れは?」
「クロエル達が押さえた輸送隊の中にいなかったそうです。下っ端を締め上げると、あの男は一足先に農家を出発して別行動だったと明かしたのです。」
「悪運が強いな。」

 ヤマザキがハイネの皿から蒸し鶏を一切れくすねながら呟いた。

「だが研究資料などは押収したのだろう?」
「トラックに積まれていた薬品、資材、資料は全て回収したとクロエルが報告して来ました。今、後発隊が警察と遺伝子管理局の扱う物を仕分けしているところです。」
「それじゃ、後発隊は明日押収物と一緒に帰って来るんだな?」
「ええ・・・」

 ハイネは鶏肉が減っていることに気が付いた。横目で医師を睨んだが、ヤマザキは平気な顔をしていた。ケンウッドが確認の為に質問した。

「指揮官と助っ人も明日帰って来るのかね?」
「それが当方の希望ですが、彼等はあの男を追うつもりのようです。」
「追う・・・って・・・」

 それは警察に任せれば良いではないか、とケンウッドが文句を言おうとした時、ハイネの端末にメッセージが入った。ハイネは失礼と呟いて画面を見た。彼の表情がわずかだが和らいだので、ヤマザキがニヤッと笑った。

「サヤカからだな?」

 ケンウッドはローガン・ハイネが微かに頬を赤らめるのを目撃した。