2018年12月11日火曜日

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 JJ・ベーリングが生物を遺伝子レベルで見ているらしいことはわかった。彼女はそれで個体識別をしているのだ。一体どんな世界を見ながら生きているのだろう?
 ケンウッドはラナ・ゴーン副長官に彼女を預けた。若い女性の扱いは、女性に任せた方が良いだろうと思われたからだ。

「Pちゃんに会いたい。」
「ピーちゃん?」

 ケンウッドは、なんとはしたないことを言う娘だ、と思ったが、キャリーが笑った。

「ポール兄のことです、長官。」
「ああ・・・」

 ポール・レイン・ドーマーの報告書に、彼はJJと一緒にトラックの荷台に乗せられたとあった。銃声を聞いて泣き出す迄、彼女は彼の腕に手を触れて「会話」をしていたのだ。レインの接触テレパス能力を彼女は驚きもせず、寧ろ脳波翻訳機も指文字もタブレットも不要で会話が出来る唯一の人間を見つけたのだ、とレインは分析していた。
 ケンウッドは時計を見た。

「レインはまだ医療区で入院中だ。疲労で寝ているだけだから、直ぐに良くなる。これからいつでも会えるさ。」

 若いJJは不満そうな顔をしたが、結局強く強請ることは止めて素直に副長官執務室を出て行った。キャリー・ワグナー・ドーマーが微笑んだ。

「屋敷の中で大事に育てられたと聞きましたが、予想を裏切って他人への思いやりを十分持っている子ですね。」

 そして彼女は少女の後を追いかけて出て行った。ケンウッドはゴーンを見て、声をかけた。

「君の息子を銃撃戦があるような任務に就かせてしまい、申し訳ない。」

 ゴーンは自身の執務机で次の業務の仕度をしていたが、手を止めてケンウッドを見た。

「何を仰るかと思えば・・・大丈夫ですよ、 クロエルはあっさり敵に撃たれるようなヘマはしません。」

 養子を信じて疑わない。 ケンウッドは母親の強さを彼女に見た。

2018年12月10日月曜日

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 ローガン・ハイネ遺伝子管理局長は、ケンウッドが遺伝子組み替えで誕生した少女の想像を絶する能力に驚愕している時、別件で悩んでいた。前日は局員達から送られてきた報告書を読んだ。そしてその日の朝は、日課の合間の休憩時間に、セント・アイブス・メディカル・カレッジ・タウン出張所のリュック・ニュカネン所長からの報告書を読んだ。ニュカネンは捕物に関しては元同僚達が詳細に書くだろうと思ったのか、几帳面な彼にしては珍しく簡潔に済ませていた。しかし、その後のメーカー達の取り調べについては丁寧に記述していた。彼はポール・レイン・ドーマーが警察の事情聴取を受けた時に付き添い、ついでにラムゼイの手下供の取り調べを見学したのだ。手下供は主に首領であるラムゼイの行方について尋問されたのだが、中にはどんな研究をしていたのか喋る口の軽い者もいた。その一人が、ライサンダー・セイヤーズとJJ・ベーリングを拾った時の様子を供述していた。

ーー少女が川から少年を引き揚げ、車で通りかかった我々に手を振って停車させた。彼女は口が利けなかったが、少年が怪我をしていることを伝えることは出来た。ラムゼイ博士は彼等が何者なのか、すぐにわかった様子で、親切を装って車に乗せて農場へ連れ帰った。車に乗せた時点で、少年は左脚腓骨を折っていたが、農場に着いて手当をしようとすると、既に骨は固まりかけており、博士は手術の必要なしと判断した。少年の脚は翌日には綺麗に治っていた。

 ハイネは考えた。ライサンダー・セイヤーズはクローンだ。セイヤーズとレインの遺伝子を半分ずつもらっている。だがどちらの親も、怪我が物凄いスピードで治癒する力は持っていない。セイヤーズは確かに子供時代から怪我の治りが早かった。だがそれは普通の子供と比較して、2、3日早いと言うだけだ。僅か半日で骨折が治る筈がない。
 ラムゼイは第3の人物の遺伝子も組み込んだのだろうか。それとも、ライサンダーがダリル・セイヤーズから受け継いだ進化型1級遺伝子S1の能力が進化したのか。
 放っておいても良いだろうと思えたが、別の心配があった。もし誰かがライサンダーの能力を知って悪用を目的に彼に近く恐れはないのか? 自然治癒が異常に早い、それは長寿に繋がるのではないのか? ライサンダーの能力を知る誰かが、彼を悪用しないだろうか?
 ハイネは端末を出した。また考えてから、クロエル・ドーマーの端末にメッセを送った。電話では誰かに聞かれる恐れがあった。

ーーセイヤーズの息子をドームに来るように説得せよ。

 まだ世間では朝食を終えてのんびりしている時間帯だ。早過ぎることはない、とハイネは思った。程なくしてクロエル・ドーマーから返信が届いた。

ーー無理

 逆らうつもりか? ハイネはそのそっけない文面に腹が立った。指を動かし、別の文章を打ち込むと再び送信した。

ーー努力せよ

 これには返信が来なかった。しかしハイネの端末には既読のマークが入っていた。

 俺を無視するつもりか? 

 なんとなく反抗されて可笑しく思えた。ハイネの要求にドーム内の人間は誰でも素直にしたがってくれる。 しかしクロエルはハイネに逆らうことが自身の特権だと思うようだ。それだけハイネに親近感を覚えているのだ。
 兎に角、少年とクロエルは親しくなっているらしい。

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  結局ハイネは多忙を理由に来なかった。アイダ出産管理区長も急に3名の妊婦のお産が始まったので持ち場を離れられず、ケンウッドが到着するとすぐにJJの「見ているもの」の検証が始まった。
 JJはお絵描きツールで図を描き、それを実際の遺伝子マップと比較した。キャリー・ワグナー・ドーマーとラナ・ゴーン自身の遺伝子だ。手描きに関わらず、JJは遺伝子マーカーの間隔を正確な比率で描いた。そして、誰のマップなのかも説明を聞く前に当てた。
ケンウッドはちょっと考えてから、少女が接触したドーマー達のマップを呼び出し、画面に出した。

「どれが誰なのか、君はわかるのかな? 君が昨日出会った人々のものだが・・・」

実は3名全く接触がなかった人物のものも混ぜておいたのだ。JJは大きな画面に表示された遺伝子マップを眺め、やがてポインターで3つを指した。脳波翻訳機が耳障りな音声で言った。

「この3人は知らない。」

 ケンウッドは驚いた。混ぜておいた無関係の人間のものだった。JJは一つを指した。

「Pちゃん」

 ケンウッドはゴーンとキャリーを振り返った。キャリーが肩をすくめた。

「多分、ポール兄です。」

 つまり、ポール・レイン・ドーマーだ。 JJはその隣を指した。

「名前知らない。でも昨日、一緒に飛行機に乗った人。」

 彼女は遺伝子管理局の局員達とゲート係のドーマーを区別して当てた。クラウス・フォン・ワグナー・ドーマーはちゃんとクラウスと名前を呼んで、キャリーをニッコリさせた。
 ケンウッドは開いた口が塞がらなかった。こんなことがあるだろうか? 肉眼で染色体を見ているなんて・・・。

「君は・・・その・・・遺伝子レベルで生物を見ているのかな?」

 JJは肩をすくめた。

「知らない。これが私の世界。」

 彼女には当たり前の光景なのだろう。
 ゴーンが新たな遺伝子のグループを表示した。JJが振り返り、首を傾げた。

「知らない人いっぱい。」
「男かしら、女かしら? 性別はわかる?」
「これは女の人のグループ。」

 JJは左から2番目のマップを指した。

「これは貴女、ラナ博士。」

 彼女は偶数番目に置かれている3人分のマップを順番に指した。

「貴女と同じ。他の人はキャリーと同じ。」
「それは・・・」

 ケンウッドが口を挟んだ。

「コロニー人と地球人が違うと言うことかね?」

 少女が彼を見た。

「コロニー人? この人達はコロニー人なの?」
「そうよ、私はコロニー人、キャリーは地球人。貴女も地球人。」

 ところが、JJは言った。

「違う。私はラナと一緒。キャリーとは違う。」




2018年12月9日日曜日

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 朝食の後、ラナ・ゴーン副長官はアイダ・サヤカ医療区長と別れて、キャリー・ワグナー・ドーマーとJJ・ベーリングを中央研究所の副長官執務室へ連れて行った。JJには脳波翻訳機の調整があるので、技師にも来てもらい、その場で先に用件を済ませてもらうことにした。
 キャリーに付き添いを頼んでから、彼女は部屋を出て、通路が無人であることを確認して、ケンウッド長官に電話を掛けた。

「ケンウッドだ。」
「ゴーンです。長官、お忙しいとは思いますが、半時間後に私の執務室へ来て頂けますか?」
「何かあるのかね?」

 勿論、何かあるから電話しているのだ。ケンウッドは自身の質問が馬鹿げていると気が付いた。

「すまん。半時間後に行くよ。行くのは私一人かね?」

 ゴーンは少し考えてから、ハイネ局長も呼んで下さい、と言った。

「ハイネは日課が終わる迄来ないと思うよ。」
「では、サヤカから連絡してもらいます。」

 ゴーンの提案に、ケンウッドが思わずクスッと笑った。

「その手があったか!」

 ラナ・ゴーンはハイネとアイダが秘密裏に結婚していることを知らない筈だが、雰囲気で察しているらしく、2人の邪魔をしないように常に心がけている。ハイネとアイダが目で交わす熱い会話が既に身近で働く人々の間では知られているのだ。結婚していると思わなくても、2人が恋人同士だと言う認識は幹部執政官達の中ではあるのだ。

「せめて用件のヒントだけでもくれないかな?」

 あまり隠し事が得意でない長官が言うので、ゴーンは折れた。

「JJ・ベーリングが見ていると主張しているものです。」

 ケンウッドが電話の向こうで息を飲んだ。ダリル・セイヤーズ・ドーマーが言っていた、少女が染色体を見ていると言う、その実証なのか。

「わかった、必ず行く。」

 通話を終えて、ゴーンは自室のドアを見つめた。

 さぁ、JJ、貴女が見ているものの正体を確認させてもらうわよ。

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 遺伝子と言えば・・・と言いたそうに、JJが人差し指を立てて何かの合図を送り、タブレットに文章を打ち込んだ。手慣れているし、スピードも速いので、生家でも他人とのコミュニケーションはこうして行なっていたのだろう。

ーーラナとサヤカは他の人と違うけど、どうして?

 ゴーンとアイダは思わず顔を見合わせた。その時、彼女達の周囲にいたのは大勢の地球人の妊産婦と世話係の男性ドーマーが2名だけだった。ゴーンが尋ねた。

「サヤカと私は、他の人とどう違うの? キャリーとも違うのかしら?」

 するとJJはタブレットの機能を探り、数秒後にお絵描きツールを見つけ出した。彼女はそこに指で何かを描き始めた。アイダが目を細めた。

「遺伝子マップに見えるけど?」

 JJは描きながら頷いた。彼女は2本の帯状の物を描き、1本を軽く叩いてキャリーを指差し、もう1本を叩いてゴーンを指差した。ええ? とゴーンが呟いた。

「キャリーと私の遺伝子マップなの?」

 少女がコクリと頷いた。そしてある箇所を交互に指して、違うのだと言いたげに2人を見比べた。
 まさか、とアイダが呟いた。

「コロニー人と地球人の遺伝子情報が違うって言いたいの? 私達、皆んな同じ地球人の子孫ですよ。」
「重力に弱いところが遺伝情報になっているのかしら?」
「でも、そんなにはっきりわかるものなの?」

 するとキャリーが軽く咳払いした。2人の上司に周囲が地球人だらけであることを思い出させた。女性達に現在の地球が抱える真実の問題を教える訳にいかない。ゴーンとアイダは口をつぐんだ。
 テーブルのメンバーが黙り込んだので、JJが不思議そうな顔をして大人達を見た。
 アイダが微笑んで見せた。

「朝食の後のお勉強で何が私達を驚かせたか教えてあげるわ。先ずは朝ご飯を食べてしまってね。」



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「おはよう、ワグナー博士。」

 アイダ・サヤカが正規の医師であるキャリーに敬意を持って挨拶した。そしてすぐに言い直した。

「今日も良い日だと良いわね、キャリー。」
「ええ、サヤカ先生。」

 ゴーン副長官もおはようと挨拶して、2人はJJを見た。キャリーが紹介した。

「こちらは、ミズ ジュマ・ジェレマイア・ベーリング、JJと呼んであげて下さい。」

そして少女にも上司達を紹介した。

「副長官のラナ・ゴーン博士と出産管理区長のアイダ・サヤカ博士よ。アイダ博士は姓が先に来ます。医療区長のヤマザキ・ケンタロウ博士と同じよ。」

 JJは座ったままで手を差し伸べ、大人達に握手を求めた。ラナ・ゴーンもアイダ・サヤカも快くそれに応じた。

「おはよう、JJ、私のことはラナと呼んでくれて良いわ。みんな仕事の時は博士なんて呼ばないから。」
「おはよう、JJ、私もサヤカで大丈夫ですよ。男性ドーマー達は陰で、ママとかおばちゃんと呼んでますけどね。」

 JJは何か言おうと思ったのか、タブレットを見たが、結局それに触れずにただ笑顔を返しただけだった。彼女が口を利けないことは既に幹部執政官の耳に入っていたので、ゴーンもアイダも気にしなかった。
 2人の執政官は同じテーブルの空いた席に座ったが、朝食はどちらも既に済ませていたので、コーヒーを飲んだだけだった。ゴーンがこれからのJJの生活についてドームが計画していることを告げた。

「先ずは、貴女にここでの生活に慣れてもらわなければいけないわね。統制が取れていると言っても、男性ばかりの世界に近いので、女性は用心しなければなりません。だから暫くは貴女が寝起きする観察棟と中央研究所、そしてここ、出産管理区のスタッフ区域でドームのルールについて学習してもらいます。学力についてもちょっと調べさせてね。貴女がここで暮らすことを希望していると、ダリル・セイヤーズから聞いたのだけど・・・」

 JJが大きく頷いた。彼女はタブレットを引き寄せ、文章を入れた。

ーー外は広過ぎて怖い。ドームの中も広い。私はここで世界に慣れたい。

 キャリーが励ますように彼女の手を軽く叩いた。JJが彼女を振り返ってニッコリした。
 ゴーンが頷いた。

「わかりました。貴女はここで暮らすことを希望していると判断しますね。ここで暮らす人は皆何らかの仕事に就いています。何もしないで暮らすことは出来ません。貴女がここで暮らす為の知識をつけてもらいます。それから研究のお手伝いもしてもらいます。」

ーー赤ちゃんに関係する研究?

「ええ、そうです。」

ーー私はたくさん勉強したい。パパもママも赤ちゃんの研究をしていた。

 クローンの赤ん坊を製造して依頼者から金銭をもらっていたメーカーの両親だ。ゴーンもアイダもキャリーも内心複雑な思いだった。
 アイダが言った。

「貴女はきっとご両親より立派な遺伝子学者になれるわ。」




2018年12月8日土曜日

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 ケンウッド達が医療区でジェリー・パーカーの今後の処遇を相談している頃、中央研究所食堂の出産管理区エリアでは、JJ・ベーリングとキャリー・ワグナー・ドーマーが朝食を摂っていた。ビュッフェで好きなものを好きなだけ取れると教えられ、食べたい盛りのティーネイジャーは大喜びで、朝ご飯にしては多過ぎるのではないかとキャリーが心配する程皿の上に肉類や野菜、果物をどっさりと盛り付けてテーブルに着いた。

「いつもそんなに食べるの?」

 思わずキャリーが尋ねると、JJは首を横に振った。ドームから渡されたタブレットに文字を打ち込んだ。脳波で思考を音声に変換する装置があるのだが、彼女は昨夜遅く来たばかりで機械の調整がまだだった。食事の後でその機械を調整して受け取るのがその日の午前中のスクジュールだ。

ーーいつもはダイエットしてる。でも今日は特別。こんな食べ方、初めてだから。

 JJは冒険しているのだ。キャリーは思わず微笑んでしまった。

「貴女って、いつも前向きなのね!」

 JJは嬉しそうに微笑みを返した。褒められたとわかったのだ。周囲には出産を控えた女性やお産が済んで間も無く帰宅を許される女性が大勢いた。JJの様な若さの人は少ないが、それでも誰も彼女を特別な存在とは思っていないらしい。心地よい無視の状態で、2人は賑やかな会話の声に包まれて食事をした。
 JJがまた文字を打ち込んだ。

ーーこんなにたくさんの女の人を見たのは初めて。まるで映画かテレビみたい。

 ああ、この子は世間から隔離されて育ったのだ。キャリーは部屋兄弟のダリルから彼女のことを聞かされていたので、事情は呑み込めた。男ばかりの世界、狭い屋敷の中で、唯一知っている女性は母親だった。

「ここにいる女性はね、赤ちゃんを産む為にここに来ているの。そして赤ちゃんを産んだら、赤ちゃんを連れてお家に帰るの。」

ーーここは赤ちゃんを産むところなの?

「そうよ。ドームは赤ちゃんを産む為の施設なの。後でここの歴史を学習しましょう。」

 JJには嘘をつく必要がない。取り替え子のことも説明して良いと上から指示をもらっていた。何故なら、この少女はこれからずっとこのドームで暮らすからだ。
 ふーんと言いたげにJJは食べながら周囲を見回した。向こうからラナ・ゴーン副長官とアイダ・サヤカ出産管理区長が歩いてくるのが見えた。彼女が首を傾げた。そしてキャリーを振り返った。

ーーあの人達は何なの?

「誰のこと?」

 キャリーはキョトンとした。JJが指差した2人が彼女達のテーブルに近づいて来た。キャリー・ワグナーはちょっと慌てた。JJの手をそっと抑えた。

「人を指差しては駄目よ。」

 そして上司達に挨拶した。

「おはようございます、副長官、出産管理区長!」