2018年12月10日月曜日

トラック    2  2- 8

 ローガン・ハイネ遺伝子管理局長は、ケンウッドが遺伝子組み替えで誕生した少女の想像を絶する能力に驚愕している時、別件で悩んでいた。前日は局員達から送られてきた報告書を読んだ。そしてその日の朝は、日課の合間の休憩時間に、セント・アイブス・メディカル・カレッジ・タウン出張所のリュック・ニュカネン所長からの報告書を読んだ。ニュカネンは捕物に関しては元同僚達が詳細に書くだろうと思ったのか、几帳面な彼にしては珍しく簡潔に済ませていた。しかし、その後のメーカー達の取り調べについては丁寧に記述していた。彼はポール・レイン・ドーマーが警察の事情聴取を受けた時に付き添い、ついでにラムゼイの手下供の取り調べを見学したのだ。手下供は主に首領であるラムゼイの行方について尋問されたのだが、中にはどんな研究をしていたのか喋る口の軽い者もいた。その一人が、ライサンダー・セイヤーズとJJ・ベーリングを拾った時の様子を供述していた。

ーー少女が川から少年を引き揚げ、車で通りかかった我々に手を振って停車させた。彼女は口が利けなかったが、少年が怪我をしていることを伝えることは出来た。ラムゼイ博士は彼等が何者なのか、すぐにわかった様子で、親切を装って車に乗せて農場へ連れ帰った。車に乗せた時点で、少年は左脚腓骨を折っていたが、農場に着いて手当をしようとすると、既に骨は固まりかけており、博士は手術の必要なしと判断した。少年の脚は翌日には綺麗に治っていた。

 ハイネは考えた。ライサンダー・セイヤーズはクローンだ。セイヤーズとレインの遺伝子を半分ずつもらっている。だがどちらの親も、怪我が物凄いスピードで治癒する力は持っていない。セイヤーズは確かに子供時代から怪我の治りが早かった。だがそれは普通の子供と比較して、2、3日早いと言うだけだ。僅か半日で骨折が治る筈がない。
 ラムゼイは第3の人物の遺伝子も組み込んだのだろうか。それとも、ライサンダーがダリル・セイヤーズから受け継いだ進化型1級遺伝子S1の能力が進化したのか。
 放っておいても良いだろうと思えたが、別の心配があった。もし誰かがライサンダーの能力を知って悪用を目的に彼に近く恐れはないのか? 自然治癒が異常に早い、それは長寿に繋がるのではないのか? ライサンダーの能力を知る誰かが、彼を悪用しないだろうか?
 ハイネは端末を出した。また考えてから、クロエル・ドーマーの端末にメッセを送った。電話では誰かに聞かれる恐れがあった。

ーーセイヤーズの息子をドームに来るように説得せよ。

 まだ世間では朝食を終えてのんびりしている時間帯だ。早過ぎることはない、とハイネは思った。程なくしてクロエル・ドーマーから返信が届いた。

ーー無理

 逆らうつもりか? ハイネはそのそっけない文面に腹が立った。指を動かし、別の文章を打ち込むと再び送信した。

ーー努力せよ

 これには返信が来なかった。しかしハイネの端末には既読のマークが入っていた。

 俺を無視するつもりか? 

 なんとなく反抗されて可笑しく思えた。ハイネの要求にドーム内の人間は誰でも素直にしたがってくれる。 しかしクロエルはハイネに逆らうことが自身の特権だと思うようだ。それだけハイネに親近感を覚えているのだ。
 兎に角、少年とクロエルは親しくなっているらしい。