2021年4月17日土曜日

狂おしき一日 La Folle journée 7

  ガブリエル・ブラコフは月の宇宙港でシャトルに乗り、アフリカのカイロ宇宙港でヴァンサン・ヴェルティエンと落ち合い、同じ航空機に乗って南北アメリカ大陸・ドーム空港に降り立った。機内では他の乗客に聞き耳を立てられないように、互いに現在の仕事の話ばかりした。
 ブラコフは火星第1コロニーの公立中央病院で火傷治療専門の医師をしている。公立中央病院はテロや戦闘、大事故で身体に重大な損傷を受けた患者を受け入れる病院だ。所謂ウィルスなどの病原菌が原因の疾患や生活習慣病などの患者は診ない。外傷専門の病院だ。彼はそこで火傷や熱傷を負った患者を診ている。皮膚の再生や移植を行っているのだ。そして機能回復のプログラムを作り、リハビリのメニューを患者と共に考える。彼自身がテロの被害者であり、死の一歩手前まで行く重傷を負った経験がある。だから彼は患者に寄り添って、彼等を絶望の淵から呼び戻し、前に向かって歩き出す手伝いをしているのだ。
 ヴェルティエンは現在アフリカのケニアで妻と共に原住の民族の文化を記録する仕事に従事している。アフリカは宇宙へ移住した人が少なく、その為に女性が生まれなくなった地球規模の大異変で人口が激減した。取り替え子用のクローンを製造するのに用いる卵子の供給が困難だったのだ。少数民族の中には大異変から2世紀の間に消滅してしまった民族もいる。文化人類学者であるヴェルティエンは消えた民族の遺産を集めていたのだが、ケンウッドが率いる南北アメリカ大陸ドームが女性誕生の鍵を発見したことで、希望を見出した。彼は悲観的に人口が減った民族が生き残れるように、大急ぎで文化の記録を採り始めた。毎日妻と平原へ出かけて行って、宗教や生活習慣の記録、言語をデータ収集しているのだ。
 ブラコフはケンウッドの弟子の一人で、一番のお気に入りだった。だからケンウッドが長官に就任した時、副長官に任命された。ドームの勤務歴が長い執政官達から若輩者と妬まれたり、軽んじられたりしたが、ケンウッドは彼を励まし、彼が地球勤務を選んだ理由である、憧れの白いドーマー、ローガン・ハイネも彼を支えてくれた。遺伝子管理局長を味方につければドーム生活は楽しくなる。ドーマー達が助けてくれるからだ。ブラコフはドーマー達からは一度も軽んじられたことがなかった。彼等はいつも協力的だった。彼がテロで負った大怪我から復活して再び副長官職に戻った時は大喜びしてくれたのだ。そして彼が新しい仕事を求めてドームを去る時は涙を流し、惜しんでくれた。
 ヴェルティエンはケンウッドがユリアン・リプリー長官の副長官に任命された時、ケンウッドの秘書として採用された。目立たない役職だったし、遺伝子学者ではなく文化人類学者なので、秘書仲間からも重視されなかった。しかしケンウッドは彼を大事にしてくれた。機密事項も彼に遠慮なく任せてくれたし、彼が本業の研究の為にちょっとまとまった長さの休暇を申請しても怒らなかった。寧ろ彼が旅行から戻ると、何か発見したのかと好奇心満々で質問してくれた。そして彼の口頭での旅行記を嬉しそうに熱心に聞いてくれたのだ。ケンウッドが長官に昇進したら、ユリアン・リプリーの秘書だったジャン=カルロス・ロッシーニがもう一人の長官秘書としてケンウッドのチームに加わった。ロッシーニはドーマーで年齢も行っていたのでドーム内での経験はとても豊かで、ヴェルティエンは彼から教わることも多かった。時々ケンウッドとロッシーニが目で秘密の会話をしていた・・・とヴェルティエンには印象付けられた・・・こともあったが、2人の人生の先輩はヴェルティエンを可愛がってくれたのだ。
 ブラコフがテロで大怪我を負って治療のために火星へ行っていた期間、ヴェルティエンは第2の副長官に任命され、ブラコフと通信しながら業務を行った。初対面当初から仲は良かったが、これがきっかけで2人は無二の親友となったのだ。ブラコフはヴェルティエンの援助に心から感謝して安心して治療に専念できたし、ヴェルティエンは彼に職務を任せてくれたブラコフの信頼に感謝し、絶望的な負傷から辛い治療とリハビリをやってのけたブラコフを尊敬さえした。
 今回の再会は2年ぶりだった。2人共に尊敬し愛する師匠、ニコラス・L・ケンウッドの結婚を心から祝福していた。喜んでいた。
 航空機から降りて入国手続きを済ませ、ロビーで荷物を受け取って、初めて2人はリラックスした気分になり、互いの手でグータッチした。

「信じられるか、あのケンウッド先生が遂に結婚だ!」

 ブラコフが興奮を抑えつつ叫ぶと、ヴェルティエンも大きく頷いた。

「やっとあの人も家庭を持つ気になってくれたんだな!」

 師匠の花嫁が54歳も年下など、彼等にはどうでも良いことだった。
 彼等はドーム・ゲイトに向かって歩き始めた。他の招待客と違って彼等は元副長官なので、ドーム内のゲストハウスに宿泊するよう指示が来ていたのだ。指示を出したのはゴメス保安課長だ。勿論、セキュリティ上の判断だ。

「退職してからドームに来たのは何度目だい?」
「初めてだ。」
「へぇ、そうなんだ?」
「君はどうなの?」
「僕も初めてだよ。ケンウッド博士とは何度かお会いしているが・・・」
「僕もさ。外では出会う機会があるんだが、ドームに入る理由がなかなか見つからなくてね。」
「それじゃ、ドーマー達とは辞めて以来の再会か。」
「そうなる。懐かしいなぁ。」
「子供達は大きくなっているだろうね。」
「うん。おい、覚えているか、ロッシーニ・ドーマーが育てていた女の子。」
「ああ、ロッシーニが亡くなる時、あのユリアン・リプリーを宇宙から呼び寄せることに成功した女性だな。」
「彼女、保安課に入ったんだって。」
「へぇ! 科学者じゃないんだ。」
「ロッシーニは初め反対していたそうだ。医者か科学者か、そっち方面へ進んで欲しかったようだよ。」
「親心だな。保安課よりずっと安全だもの。怪我だってしないだろうし。」
「でも彼女は保安課員になった。ロッシーニが仕えたケンウッド先生の護衛官を目指しているそうだよ。」

 2人は消毒ゲイトの前に立った。退職してから消毒されるのは初めてだ。どちらからともなく、互いの顔を見やった。

「ここを通らなきゃならないことを忘れていたな。」
「仕方がない・・・覚悟を決めて入ろう!」


狂おしき一日 La Folle journée 6

  ラナ・ゴーン副長官は昼前の打ち合わせ会に長官に見せる書類の最終確認をしていた。緊急を要する類の重要な問題はない。ただ、明日は長官も遺伝子管理局長も保安課長もドームの外に出る。南北アメリカ大陸ドームの最高幹部4名のうち3名、男性全員が外に出て行くので、彼女が一人で一日留守を守らなければならない。
 長官は頻繁に外出するので、それは慣れている。仕事人間のケンウッド長官は旅先でもよく電話をかけて来て、何か問題はないかと訊いてくる。心配性なのだ。
 保安課長ゴメス少佐は頻繁ではないが、月の地球人類復活委員会本部で開かれる保安部門研修会に出席するし、重力休暇も取る。地球上のドーム保安責任者の会合にも出かける。ゴーンは保安の問題について完全に少佐の部下に任せている。保安課のドーマー達は優秀だし、ドームの保安維持について言えば、少佐よりベテランだ。だから、これもゴーンにとって問題ではない。
 遺伝子管理局長ローガン・ハイネが1時間以上外出するのは、今回が初めてだ。しかし彼には補佐出来る部下が大勢いる。彼等は局長が体調を崩して入院したり、休暇を取って職場に顔を出さない日に局長業務を問題なくこなしている。ゴーンは遺伝子管理局の業務にも不安を抱いていない。
 だが、彼等3名が一度にドームを留守にするのは今回が初めてだ。ゴーンはちょっと寂しい思いをしていた。長官の一番近くにいるのに、彼の結婚式に出られない。招待されなかったのではない。ケンウッドは彼女も招待したかった。しかし、副長官までがドームから出てしまうのは如何なものか、と彼女は考えてしまったのだ。
 花嫁の母親キーラ・セドウィックはゴーンにとって親しい友人だ。花嫁のシュリーも赤ちゃんの頃から知っている。美人だから、きっと美しい花嫁姿を見せてくれるだろう。映像ではなく生で見たいものだ。それにシュリーと一卵双生児の妹ショシャナがプロのピアニストとして披露宴会場で演奏するのだ。太陽系クラシック音楽祭ピアノ部門で金賞を取ったショシャナの演奏を是非とも生で聞きたいものだ。
 ケンウッドが出席を打診してくれた時に、イエスと答えるべきだった、と彼女は今更に後悔していた。パーティーは長くても半日だ。ドームの最高責任者4名全員が半日留守にしても、ドームは順調に機能する筈だ。執政官もドーマーもみんな素晴らしい才能の人々なのだから。
 はぁ・・・と溜息をつく彼女を、秘書が訝しげに眺めた。

「何か気がかりなことでもおありですか、副長官?」

 ゴーンは彼女を振り返り、微笑みを作った。

「何もないわ、アンバー。」

 素早く言い訳を思いついた。

「友人の娘が結婚すると考えたら、歳月が過ぎるのは早いなぁって思ったの。私が歳を取るのも無理ないわね。」
「貴女はちっとも歳を取ってませんよ。いつもお若くていらっしゃいます。羨ましいです。」
「あら、お上手。」

 秘書のアンバー・ヒーリーが肩をすくめて、それから質問した。

「明日のパーティーは何をお召しになられますの?」

 え? とゴーンは彼女の目を見た。からかってるの? 
 しかしヒーリーはちっとも悪びれずに続けた。

「被服班から、明日の副長官のお召し物の指図を早く頂けないかと催促が来ています。あちらも準備に大忙しの様子ですよ。お昼までにお返事してあげて下さいね。」
「明日って・・・私はお留守番よ、アンバー。」

 今度はヒーリーが、え? と言う顔をした。

「そうでしたか? 私、長官に貴女は出席です、とお返事してしまいました。」
「何ですって?!」

 ゴーンは仰天した。

「私はケンウッドに欠席と答えたのよ。」
「でも、昨日もう一度長官は確認のお電話をかけて来られたでしょう? その時、私が出て、副長官にどうなさいますと尋ねたら、イエスですって仰ったじゃないですか。」
「まさか・・・」

 そんな電話は記憶にない。ゴーンは思い出そうと努力した。昨日? 
 昨日はクローン製造部でちょっとしたトラブルがあった。卵割が終了したクローン用胚の育成室の温度設定がコンマ1度ずれていることが判明し、機械の修正とコンピューターの修正、胚の治療などでクローン製造部全体が緊張と焦燥でパニックになりかけていたのだ。ゴーンは製造部と副長官室を何度も往復しながら指揮を執った。秘書が何か話しかけて来たが、上の空だったかも知れない。

「私は明日パーティーに出席することになったの?」

 思わず秘書に確認してしまった。アンバー・ヒーリーが頷いた。

「ですから、早くお召し物の指図を被服班にお願いします。」

 わかった、と答えて、ゴーンは打ち合わせ会に出るために副長官執務室から廊下に出た。そして誰もいないことを確かめてから、ガッツポーズを決めた。


2021年4月16日金曜日

狂おしき一日 La Folle journée 5

 「ゲストハウスしか空いていないのかい?」

 ダリル・セイヤーズはちょっとがっかりした声を出した。電話の相手は住居班だ。ドーム内の居住区域のメンテと宿泊する来客の為のゲストハウスの準備を仕事としている。
 明日の朝、セイヤーズの恋人ポール・レインが東アジア・ドームから一時帰国して来る。妻のJJ・ベーリングも一緒だ。夫妻は世界各地域のドームが作る女性クローンの遺伝子が正常な情報を持っているかどうか、検査して廻っているのだが、レインが実の父以上に慕っているヘンリー・パーシバルの娘の結婚式と聞いて、東アジア・ドームの長官に願い出てアメリカへ一時帰国を許されたのだ。レインはパーシバルとは既に何度か再会しているが、パーシバルの家族とはまだ会っていない。妻のキーラ・セドウィックはレインにとっては誕生の時に取り上げてもらった「母」だし、憧れの人でもあったのだが、彼女が退官して宇宙に帰ってからは出会う機会がなかった。一度彼女は春分祭に子供達を連れてドームを訪問したのだが、その時レインはドームに帰還したばかりのセイヤーズを観光客の好奇心から守る為にアパートに籠っており、一家と出会えなかったのだ。だから、今度こそパーシバル博士の自慢の娘達と息子にも会ってみたかった。
 JJは世界旅行の仕事に出かけている間に行われた友人のジェリー・パーカーと親友のメイ・カーティスの結婚式に出損ねた。一度で良いから、「結婚式」と言うものを見たかった彼女は、悔しかったのだ。彼女自身も旅立ち直前の慌ただしさで簡略化された式しか挙げていない。ダリル・セイヤーズやパーカー達に祝福されて送り出されただけだ。それに進化型1級遺伝子を持つローガン・ハイネの血統を受け継いでいると噂されるキーラの娘の遺伝子をしっかり確認したかった。
 だから、ダリル・セイヤーズは遠路遥々帰国して来る親友かつ恋人夫妻の寝泊まりする部屋を確保しようと住居班に妻帯者用アパートの部屋を申し込んだのだが、生憎満室だと言われてしまった。住居班は地球人保護法改正後、カップリングする住民が増えたので、空き部屋はない、今は順番待ちが発生している状態だと答えた。

「レインとJJは長官の結婚式が終わったらすぐに旅に出るんだろう? ゲストハウスでいいじゃないか。」

 セイヤーズはレインがコロニー人が寝泊まりするゲストハウスの部屋に我慢出来るだろうかと疑問に思った。

「それじゃ、ポールに直接聞いてみる。また連絡する。」

 電話を切って、彼は上司のアルジャーノン・キンスキーがこっちを見ているのに気がついた。いけない、仕事中だった。気まずい思いでコンピューターに向き直ると、キンスキーが囁いた。

「気になることはさっさと片付けておけ。但し、部屋の外でやってくれ。」
「すみません。」

 セイヤーズは執務机の向こうで何やら書類と格闘しているハイネ局長をチラリと見てから、席を発ち、室外に出た。廊下は静かで、向こうにある内務捜査班のチーフ執務室も大部屋もドアを閉ざしたままだ。
 セイヤーズはレインの端末に電話を掛けた。東アジアでは夕方の筈だ。3回目のコールの後で、レインの声が応えた。

「レイン・・・」
「セイヤーズだ。」

 2日前に帰国の知らせを連絡して来たばかりだから、挨拶は抜きだ。セイヤーズは直ぐに本題に入った。

「君とJJがこちらで滞在する間の部屋を確保しようと思ったのだが、妻帯者用アパートはもう満室なんだ。ゲストハウスで良ければ・・・」

 レインが遮った。

「空港ホテルは空いているか? もしそこが満室なら、シティで宿を探してくれ。」

 セイヤーズは一瞬耳を疑った。レインはドームの外の宿を好まない筈だ。不潔で騒がしいと嫌っていたのに。

「ホテルで良いのか?」
「君はホテルでも平気だったろう?」
「ああ・・・確かに私は平気だが、君は・・・」
「俺も贅沢は言わないことにした。アフリカや中央アジアの庶民の家を見たら、俺の好みがいかに我儘なものかわかったから。」

 ポール・レインがしっかり大人になっている。セイヤーズは嬉しくなった。ドームで手厚い庇護を受けて育ったドーマーは外の生活になかなか馴染めないが、一番大きな理由は「家」だった。清潔で設備が整った便利な空間で育ったドーマー達は、外の世界の家が不潔で不便な原始的な住まいとしか見られない。レインは特にその傾向が強かった。しかし、仕事で世界旅行に出かけて、認識に変化が起きたのだ。地球上には未だに上下水道が整備されていない環境で暮らしている人々がいる。そんな場所は衛生状態も良くない。それでも人間は暮らして行くのだ。レインとJJは現地の遺伝子管理局と共にそう言う土地を視察し、現地のドームでクローン養育施設を巡って受精卵の遺伝子が正常であることを確認してまわっている。

「わかった。ホテルで良いんだね? ダブル? ツイン?」
「ツイン。疲れている時は彼女も俺も一人で寝たいんだ。」
「OK。それじゃ部屋をとっておく。私は式に出ないけど、ドーマーからはハイネ局長とアキ・サルバトーレが出るから、どちらかにどこのホテルか伝言を頼んでおくよ。」
「すまん。式が終わったら、少し時間があるだろうから、ドームに行く。中に入ったら、俺の方から連絡する。」
「北米南部班に連絡を入れておこうか?」
「うん、クラウスには絶対に会いたい。それからジョン・ケリー、パット・タン、若い連中にも・・・」

 どうやらクールに振る舞うポール・レインもちょっと里心が出たようだ。セイヤーズは画面の中の恋人にキスをしたい気分を抑えて言った。

「それじゃ私は仕事に戻る。気をつけて帰って来いよ。」


狂おしき一日 La Folle journée 4

 「どうして私が招待されるのか、意味がわかりませんわ。」

 シンディ・ランバート出産管理区副区長がぼやいた。出産管理区の執政官とドーマー医師が一堂に会した会議の終盤だった。彼女と彼女の上司出産管理区区長のアイダ・サヤカは明日のケンウッド長官の結婚披露パーティーに招待されていたが、招待状を送ったのは長官ではなく、花嫁の方だった。

「そりゃ、私もアイダ博士同様月や火星に帰省する度にパーシバル&セドウィック家を訪問してますし、子供達とも旧知の仲ですけど、披露宴に呼ばれる程ではありませんよ。セドウィック博士のお式に呼ばれるのでしたら、納得出来ますけどね。」
「多分、招待状を出したのは、花嫁ではなく、セドウィック博士なのでは?」

と部下の医師が言った。

「きっと彼女はサヤカとシンディに会いたいのですよ。」

 アイダが心配そうにランバートに尋ねた。

「行きたくないの?」
「そう言う訳では・・・」

 ランバートは躊躇った。出かけると言っても、ドームから出てすぐの空港ホテルだ。ゲイトを出れば目の前にある。空港ビルの一部なのだから。もし区長・副区長両名共に出かけても、出産管理区で何かあればすぐに戻れる。それに部下達は全員優秀だ。妊産婦も目下のところ特に医療的に考慮すべき問題を抱えた人はいない。
 シンディ・ランバートは大勢の人が集まる場所があまり得意ではない。地球人類復活委員会の総会に出席したのも入会して最初の会合に出たっきりだ。ドームでも執政官会議は多忙を理由に出来るだけサボっている。
 パーティーは大好きなアイダが副区長を励ました。

「特に何かパフォーマンスをしろと言われている訳ではないでしょ? 私達は長官の友人でもあるし、でも長官は私達に何も特別なことを希望していらっしゃらないわ。シュリーも学生時代の友人達に何か頼むとしても、私達には何も要求しないわよ。だから私達はキーラと一緒にご飯を食べて、彼女とお喋りして、適当な頃合いを図って帰れば良いの。」
「シェイのお料理なんでしょう?」

と別の部下が口を挟んだ。

「羨ましいわ。彼女の味付け、優しいのよね。私、厨房班のお料理に不満がある訳じゃないけど、シェイのシチューの味が本当に好きなのよ。」

 ランバートも頷いた。

「私も彼女のお料理が大好きよ。チェリーパイなんか、夢に出てくることもあります。でも若い人が大勢来るであろう宴に、こんなオバさんが居て良いのかしら。」
「あら、そんなことを言ったら、私も行けなくなるでしょ! 貴女の方が若いのよ。」

 アイダが怒った顔をして見せたので、会議室内に笑い声が起きた。

「新郎側は私達と同年代の人たちよ。ヤマザキ博士もゴメス少佐も出席なさるのだから、遠慮することはないわ。」
「お行きなさいよ、ランバート博士。」

 キャリー・ワグナー医師が声を掛けた。

「アイダ博士は局長のお守りでお忙しいでしょうから、貴女がその分パーティーを楽しまなくっちゃ。」
「それなら、アイダ博士とセドウィック博士と私の3人で局長のお守りをしますわ。」

 すると、ドーマー医師の中から囁き声が聞こえた。

「案外、ケンウッド長官が局長の世話に明け暮れたりして・・・」

 アイダ・サヤカがプッと吹き出し、出産管理区の会議室は大爆笑となった。



狂おしき一日 La Folle journée 3

 「メニューの変更?」

 シェイはジェリー・パーカーから手渡されたメモを見て眉をひそめた。パーカーが慌てて手を振った。

「メニューじゃない、人数の変更だ。明日の出席者が4、5人増えるとセイヤーズが連絡して来た。」
「どうして貴方のところに連絡するの? ここへ直接電話してくれりゃ良いのに。」

 2人は巨大な冷蔵室の中にいた。空港ホテルのレストランの冷蔵室だ。空港ビル内の全ての飲食店、各航空会社の航空機の乗務員や職員の食堂、空港保安員やドーム航空班の寮食堂など、ドーム空港で消費される全ての食糧が集積、貯蔵されている。シェイは寮食堂の中休みで明日のパーティーで使用される食材が漏れ無く購入されているかチェックしている最中だった。新鮮さが売り物で明日の朝にならなければ届かない数種類を除いて、全ての食品が納入されていなければならない。今夜から仕込みに入るのだから。

「明日のパーティーは公にしちゃならねぇからさ。」

 パーカーはドーム空港ビル内に限ってドームからの外出を許可してもらえる。勿論、許可を出すのは彼の直属の上司であるラナ・ゴーン副長官だ。そしてゴーンの彼氏はダリル・セイヤーズ、遺伝子管理局局長付き第2秘書だ。セイヤーズはパーカーの数少ない友人でもあった。

「長官の結婚式だって言わなければ良いんじゃない?」
「ドームは情報保護に煩いんだ、知ってるだろう?」
「ラムゼイ牧場並みにね。」

 パーカーとシェイはラムゼイ博士ことサタジット・ラムジー博士の手で育てられた。ラムジーは連邦法を違反した異端の遺伝子学者で、クローンの製造販売を行う闇業者だった。パーカーもシェイもクローンではない、本物の人間の子供だったが、パーカーは古代に氷漬けになった赤ん坊が蘇生させられ成長した男で、シェイは良質なクローンを製造するのに必要な卵子の殻を得る為に赤ん坊の時に人身売買で地球に売られたコロニー人の子供だった。2人が育ったのは、ラムジーの隠れ蓑でありクローンの隠し工場でもあった牛の牧場だった。普通の子供の様な楽しい過去でなかったかも知れないが、パーカーとシェイにとってラムゼイ牧場は懐かしい故郷だ。正直なところ、パーカーはあまり思い出したくなかった。ラムジー博士が悲惨な最期を遂げたことを思い出したくなかったから。だから強引に牧場からシェイの関心を明日のパーティーに引き戻した。
 
「兎に角、セイヤーズは俺にドームの外の空気を吸って来いと出してくれたんだよ。」

 パーカーは近くの棚にもたれかかろうとしたが、棚が冷気でキンキンに冷えていたので止めた。本当は寮食堂が中休みなので、従業員の休憩室でお茶でも飲みながら話したかったのだ。しかし料理のこととなると夢中になってしまうシェイは、「弟」との面会を冷蔵室で行うことになんら不満を持たなかった。それでパーカーは冷蔵室の管理人から借りた防寒着を着て中にいるのだ。

「俺がここに来るのが嫌なのかい?」
「貴方がここに来てくれるのは嬉しいわ。」

 シェイの目はリストと棚を何度も往復していた。

「でも、私は今明日の準備で忙しいのよ。」

 彼女はやっと視線をパーカーに向けた。

「貴方は明日も来るの?」
「なんでだ?」

 パーカーはムッとした。

「俺は長官の友達じゃねぇし、花嫁には会ったこともねぇ。招待される筈がねぇじゃねぇか。」
「そのカウボーイ口調を改めたら、招待してもらえたかもよ。」

 シェイはパーカーが牧童達の言葉を覚えてから度々「姉」として注意してきた。ラムジー博士からもよく「ジェリーの言葉遣いを直してやれ」と言われていたのだ。博士は彼等を牧場の外に出したがらなかったが、外に出ても苦労しない様に躾はしっかり行なっていた。きっといつか自分がいなくなった時に彼等が自力で生きていける様に準備してやるつもりだったのだろう。

「言葉は関係ない。俺はただのドームの労働者だ。長官は良い人だが、彼の友人じゃねぇし、科学者の招待客ばかりのパーティーは御免だ。」

 シェイがリストを画面から消して、端末をポケットに入れた。

「わかったわ。それじゃ、休憩しましょう。明日出す予定のデザートの味見して頂戴。チョコレートムースよ。」

 おっ! やったね! と喜ぶパーカーを引き連れて彼女は冷蔵室を後にした。


狂おしき一日 La Folle journée 2

  ドーム空港ホテルの大ホールを、南北アメリカ大陸ドームの保安責任者、ロアルド・ゴメス少佐と空港保安部のチーフ、ジョナサン・ダッカー、ゴメスの直属の部下で今はケンウッド長官専属同然の護衛官となっているアキ・サルバトーレは歩き回っていた。少佐は壁を、ダッカーとサルバトーレは広い会場に並べられているテーブルに爆発物探知機を向けていた。明日の大ホール使用目的は公開されていないが、ドームの最高責任者が主役となる大切な行事だ。万が一のことがあってはならない。
 ダッカーが尋ねた。

「少佐はパーティーに出席されるのですか?」

 ゴメスは肩を竦めた。

「俺のガラじゃないんだが、ケンウッドが友人として来て欲しいと言うんだ。最初の挨拶だけ聞いて、後は好きな時に帰って良いと言うから、1時間ほどでお暇するつもりだがな。」
「最後までゆっくりなさると良いですよ。」

 ダッカーが苦笑した。

「我々がしっかり警護しますから。」
「別に君達を信頼していないと言う訳じゃない。信頼しているから、ドームに帰るんだよ。」

 ゴメスは手にした機器の数値を確認して次の壁に移りながら首をちょっと回した。

「どうもタキシードとか、タイとか、窮屈な服は好かん。そうかと言って、軍服など着れないだろう。俺はとっくの昔に退役したのだし、平和な食事会にキナ臭い姿で出たくない。ドームの制服は仕事をしている気分になってしまうし・・・」

 サルバトーレが笑った。

「少佐、長官は平服で、と仰ってるじゃないですか。」
「平服って、どんな服を着れば良いんだい? アキ。 コロニーの平服は機能性重視でパーティー向きじゃないんだ。コロニー人はパーティーの時はそれこそ時代がかった正装をしたがるんだよ。」
「地球の平服ですよ。清潔なシャツに型が整ったジャケット。」

 ダッカーが提案した。

「ここの検査が終わったら、今別の部屋で行われているパーティーを見に行きませんか? 保安部のモニター室で見られますよ。」

 ゴメス少佐は不満そうな顔を見せまいと壁に向かった。どんな服装でもパーティーには行きたくなかった。これがお気楽な飲み会だったら喜んで行くのだが、新郎新婦の親戚や友人達が集まる。ケンウッドの友人達は問題ない。ケンウッドは宇宙にいる学生時代の友人は呼ばないと言っていた。新妻を紹介したければ、宇宙へ重力休暇で戻る時に集まれば良いから、と言っているのだ。長官が呼ぶ友人はドームで一緒に暮らしている人々、そして花嫁の実家の人々だけだ。
 問題は、花嫁の友人だ。シュリー・セッパーは若い。まだ20代だ。学生時代はほんの数年前のことだから、火星や月に友人が大勢いるだろう。それに地球に降りて来てから、サンダーハウス実験場関係で地球にもたくさんの友人を作った。一体何人呼ぶのだ?
 ゴメスは頭の中でテーブルの数を数えた。立食パーティーだが、テーブル一台につき5、6人が使用するとして、全部で100人? もっと? そんな数の若者の前でどんな服装をしていれば良いのだ? 
 ゴメスはサルバトーレを振り返った。

「君は呼ばれていたか、サルバトーレ?」
「僕ですか?」

 サルバトーレは苦笑した。

「長官ではなくシュリーから招待状を頂いたのですが、仕事がありますと断ったんですよ。ところが彼女が、『どうせ仕事ってニコの護衛でしょ? パーティーに出て頂戴。』って辞退を許してくれなくて・・・」
「つまり、出席するんだな?」
「すみません、一応チーフには休暇届けを出しています。 でも長官の護衛はしますから・・・」
「構わん、パーティーを楽しめ。それより、君は何を着てくるつもりだ?」

 サルバトーレは、ダッカーも興味津々で彼を見つめていることに気がついた。えー・・・と彼は頭を掻きながら答えた。

「先月長官の護衛でサンダーハウスに行った時に、シュリーが見繕ってくれたジャケットとシャツ、それにパンツの組み合わせで・・・」

 役得をうっかり打ち明けてしまったサルバトーレは、ゴメスの眼に睨みつけられてドギマギした。


2021年4月15日木曜日

狂おしき一日 La Folle journée 1

  ケンウッドは立体スクリーンに映し出された2着のタキシードを忌々しげに眺めていた。彼の隣に立っている秘書のジャクリーン・スメアは嬉しくて堪らないと言いたげに微笑みながら、ボスに尋ねた。

「どちらを着られます?」
「どうしても着なきゃいけないのかい?」

 ケンウッドが恨めしそうに質問で返した。スメアは両腕を左右に広げて見せた。

「花婿さんですもの、タキシードを着るものでしょ?」
「派手な式はしないと私は言ったんだよ。シュリーもそのつもりでドレスの注文をしていない。」

 勢いよく言ったつもりのケンウッドだったが、その語尾は少しずつ弱まっていった。スメアが意味深にニコリと笑ったからだ。彼は恐る恐る尋ねた。

「まさか・・・彼女はドレスを注文したのかね?」

 スメアは微笑み続けたが、返事はしなかった。だがその無言の返答がケンウッドの懸念を裏付けていた。そんな馬鹿な、と彼は呟いた。

「式を挙げないと言ったのは、彼女なんだぞ!」
「セッパー博士はドレスを注文なさっていませんわ。」

 秘書はやっと口を利いてくれた。

「ドレスを注文なさったのは、セドウィック博士です。」
「キーラが?」
 
 意外な伏兵だ。ケンウッドは婚約者の母親の存在を何故思い出さなかったのだろうと後悔した。キーラ・セドウィックはヘンリー・パーシバルと結婚した時、派手な式を挙げなかったが、彼女自身は古風にドレスを着た。パーシバルも地味ではあるがタキシードを着用した。そうすることで、長い間娘と息子の晴れ姿を待ち続けた互いの親達に安心と満足を与えたのだ。しかしケンウッドには既に親がいない。両親亡き後、親の様に頼る親戚もいなかった。叔父も伯母も遠いコロニーに居住していたし、ケンウッドの弟妹はそれぞれ家庭を持ち、互いの誕生日に祝いのメッセージを送信し合う程度の付き合いしかしてこなかった。ケンウッドは自身の甥や姪が現在何歳で何処に住んで何をしているのかも知らないのだ。だから、花嫁の両親が彼自身の大事な親友であるにも関わらず、彼等が娘の晴れ姿を見たがっていると言う親心を持っているとは、彼の考えの至るところでなかったのだ。
 あちゃーと彼は思わず自身の額を手で打った。花嫁がドレスを着るとなると、花婿である彼もそれ相応の姿でなければ彼女に失礼だ。第一、南北アメリカ大陸ドーム長官が、正装した花嫁を平服で迎えるなど、誰が歓迎するだろうか。

「結婚披露パーティーだけだと言ってあったのに・・・」
「親御さんとしては、娘さんの花嫁衣装姿を見たいのですわ。」

 スメアはボスを宥めようと努力した。

「多分、記念映像を残されたいのですよ。正式なお式を挙げるのではないのかも知れません。」

 ケンウッドは端末を出した。

「ヘンリーに確認する。公認立会人を立てる式なのか、映像に残すだけの衣装で、実際はパーティーだけなのか・・・」
「その前に、タキシードを決めて下さい。お店に連絡を入れないと間に合わなくなります。」

 スメアがちょっと怖い顔で迫ってきた。ケンウッドは映像に視線を向けた。投げ槍な気分で言った。

「左でいいよ。左で・・・」