2021年4月15日木曜日

狂おしき一日 La Folle journée 1

  ケンウッドは立体スクリーンに映し出された2着のタキシードを忌々しげに眺めていた。彼の隣に立っている秘書のジャクリーン・スメアは嬉しくて堪らないと言いたげに微笑みながら、ボスに尋ねた。

「どちらを着られます?」
「どうしても着なきゃいけないのかい?」

 ケンウッドが恨めしそうに質問で返した。スメアは両腕を左右に広げて見せた。

「花婿さんですもの、タキシードを着るものでしょ?」
「派手な式はしないと私は言ったんだよ。シュリーもそのつもりでドレスの注文をしていない。」

 勢いよく言ったつもりのケンウッドだったが、その語尾は少しずつ弱まっていった。スメアが意味深にニコリと笑ったからだ。彼は恐る恐る尋ねた。

「まさか・・・彼女はドレスを注文したのかね?」

 スメアは微笑み続けたが、返事はしなかった。だがその無言の返答がケンウッドの懸念を裏付けていた。そんな馬鹿な、と彼は呟いた。

「式を挙げないと言ったのは、彼女なんだぞ!」
「セッパー博士はドレスを注文なさっていませんわ。」

 秘書はやっと口を利いてくれた。

「ドレスを注文なさったのは、セドウィック博士です。」
「キーラが?」
 
 意外な伏兵だ。ケンウッドは婚約者の母親の存在を何故思い出さなかったのだろうと後悔した。キーラ・セドウィックはヘンリー・パーシバルと結婚した時、派手な式を挙げなかったが、彼女自身は古風にドレスを着た。パーシバルも地味ではあるがタキシードを着用した。そうすることで、長い間娘と息子の晴れ姿を待ち続けた互いの親達に安心と満足を与えたのだ。しかしケンウッドには既に親がいない。両親亡き後、親の様に頼る親戚もいなかった。叔父も伯母も遠いコロニーに居住していたし、ケンウッドの弟妹はそれぞれ家庭を持ち、互いの誕生日に祝いのメッセージを送信し合う程度の付き合いしかしてこなかった。ケンウッドは自身の甥や姪が現在何歳で何処に住んで何をしているのかも知らないのだ。だから、花嫁の両親が彼自身の大事な親友であるにも関わらず、彼等が娘の晴れ姿を見たがっていると言う親心を持っているとは、彼の考えの至るところでなかったのだ。
 あちゃーと彼は思わず自身の額を手で打った。花嫁がドレスを着るとなると、花婿である彼もそれ相応の姿でなければ彼女に失礼だ。第一、南北アメリカ大陸ドーム長官が、正装した花嫁を平服で迎えるなど、誰が歓迎するだろうか。

「結婚披露パーティーだけだと言ってあったのに・・・」
「親御さんとしては、娘さんの花嫁衣装姿を見たいのですわ。」

 スメアはボスを宥めようと努力した。

「多分、記念映像を残されたいのですよ。正式なお式を挙げるのではないのかも知れません。」

 ケンウッドは端末を出した。

「ヘンリーに確認する。公認立会人を立てる式なのか、映像に残すだけの衣装で、実際はパーティーだけなのか・・・」
「その前に、タキシードを決めて下さい。お店に連絡を入れないと間に合わなくなります。」

 スメアがちょっと怖い顔で迫ってきた。ケンウッドは映像に視線を向けた。投げ槍な気分で言った。

「左でいいよ。左で・・・」