2021年4月16日金曜日

狂おしき一日 La Folle journée 2

  ドーム空港ホテルの大ホールを、南北アメリカ大陸ドームの保安責任者、ロアルド・ゴメス少佐と空港保安部のチーフ、ジョナサン・ダッカー、ゴメスの直属の部下で今はケンウッド長官専属同然の護衛官となっているアキ・サルバトーレは歩き回っていた。少佐は壁を、ダッカーとサルバトーレは広い会場に並べられているテーブルに爆発物探知機を向けていた。明日の大ホール使用目的は公開されていないが、ドームの最高責任者が主役となる大切な行事だ。万が一のことがあってはならない。
 ダッカーが尋ねた。

「少佐はパーティーに出席されるのですか?」

 ゴメスは肩を竦めた。

「俺のガラじゃないんだが、ケンウッドが友人として来て欲しいと言うんだ。最初の挨拶だけ聞いて、後は好きな時に帰って良いと言うから、1時間ほどでお暇するつもりだがな。」
「最後までゆっくりなさると良いですよ。」

 ダッカーが苦笑した。

「我々がしっかり警護しますから。」
「別に君達を信頼していないと言う訳じゃない。信頼しているから、ドームに帰るんだよ。」

 ゴメスは手にした機器の数値を確認して次の壁に移りながら首をちょっと回した。

「どうもタキシードとか、タイとか、窮屈な服は好かん。そうかと言って、軍服など着れないだろう。俺はとっくの昔に退役したのだし、平和な食事会にキナ臭い姿で出たくない。ドームの制服は仕事をしている気分になってしまうし・・・」

 サルバトーレが笑った。

「少佐、長官は平服で、と仰ってるじゃないですか。」
「平服って、どんな服を着れば良いんだい? アキ。 コロニーの平服は機能性重視でパーティー向きじゃないんだ。コロニー人はパーティーの時はそれこそ時代がかった正装をしたがるんだよ。」
「地球の平服ですよ。清潔なシャツに型が整ったジャケット。」

 ダッカーが提案した。

「ここの検査が終わったら、今別の部屋で行われているパーティーを見に行きませんか? 保安部のモニター室で見られますよ。」

 ゴメス少佐は不満そうな顔を見せまいと壁に向かった。どんな服装でもパーティーには行きたくなかった。これがお気楽な飲み会だったら喜んで行くのだが、新郎新婦の親戚や友人達が集まる。ケンウッドの友人達は問題ない。ケンウッドは宇宙にいる学生時代の友人は呼ばないと言っていた。新妻を紹介したければ、宇宙へ重力休暇で戻る時に集まれば良いから、と言っているのだ。長官が呼ぶ友人はドームで一緒に暮らしている人々、そして花嫁の実家の人々だけだ。
 問題は、花嫁の友人だ。シュリー・セッパーは若い。まだ20代だ。学生時代はほんの数年前のことだから、火星や月に友人が大勢いるだろう。それに地球に降りて来てから、サンダーハウス実験場関係で地球にもたくさんの友人を作った。一体何人呼ぶのだ?
 ゴメスは頭の中でテーブルの数を数えた。立食パーティーだが、テーブル一台につき5、6人が使用するとして、全部で100人? もっと? そんな数の若者の前でどんな服装をしていれば良いのだ? 
 ゴメスはサルバトーレを振り返った。

「君は呼ばれていたか、サルバトーレ?」
「僕ですか?」

 サルバトーレは苦笑した。

「長官ではなくシュリーから招待状を頂いたのですが、仕事がありますと断ったんですよ。ところが彼女が、『どうせ仕事ってニコの護衛でしょ? パーティーに出て頂戴。』って辞退を許してくれなくて・・・」
「つまり、出席するんだな?」
「すみません、一応チーフには休暇届けを出しています。 でも長官の護衛はしますから・・・」
「構わん、パーティーを楽しめ。それより、君は何を着てくるつもりだ?」

 サルバトーレは、ダッカーも興味津々で彼を見つめていることに気がついた。えー・・・と彼は頭を掻きながら答えた。

「先月長官の護衛でサンダーハウスに行った時に、シュリーが見繕ってくれたジャケットとシャツ、それにパンツの組み合わせで・・・」

 役得をうっかり打ち明けてしまったサルバトーレは、ゴメスの眼に睨みつけられてドギマギした。