2021年4月16日金曜日

狂おしき一日 La Folle journée 3

 「メニューの変更?」

 シェイはジェリー・パーカーから手渡されたメモを見て眉をひそめた。パーカーが慌てて手を振った。

「メニューじゃない、人数の変更だ。明日の出席者が4、5人増えるとセイヤーズが連絡して来た。」
「どうして貴方のところに連絡するの? ここへ直接電話してくれりゃ良いのに。」

 2人は巨大な冷蔵室の中にいた。空港ホテルのレストランの冷蔵室だ。空港ビル内の全ての飲食店、各航空会社の航空機の乗務員や職員の食堂、空港保安員やドーム航空班の寮食堂など、ドーム空港で消費される全ての食糧が集積、貯蔵されている。シェイは寮食堂の中休みで明日のパーティーで使用される食材が漏れ無く購入されているかチェックしている最中だった。新鮮さが売り物で明日の朝にならなければ届かない数種類を除いて、全ての食品が納入されていなければならない。今夜から仕込みに入るのだから。

「明日のパーティーは公にしちゃならねぇからさ。」

 パーカーはドーム空港ビル内に限ってドームからの外出を許可してもらえる。勿論、許可を出すのは彼の直属の上司であるラナ・ゴーン副長官だ。そしてゴーンの彼氏はダリル・セイヤーズ、遺伝子管理局局長付き第2秘書だ。セイヤーズはパーカーの数少ない友人でもあった。

「長官の結婚式だって言わなければ良いんじゃない?」
「ドームは情報保護に煩いんだ、知ってるだろう?」
「ラムゼイ牧場並みにね。」

 パーカーとシェイはラムゼイ博士ことサタジット・ラムジー博士の手で育てられた。ラムジーは連邦法を違反した異端の遺伝子学者で、クローンの製造販売を行う闇業者だった。パーカーもシェイもクローンではない、本物の人間の子供だったが、パーカーは古代に氷漬けになった赤ん坊が蘇生させられ成長した男で、シェイは良質なクローンを製造するのに必要な卵子の殻を得る為に赤ん坊の時に人身売買で地球に売られたコロニー人の子供だった。2人が育ったのは、ラムジーの隠れ蓑でありクローンの隠し工場でもあった牛の牧場だった。普通の子供の様な楽しい過去でなかったかも知れないが、パーカーとシェイにとってラムゼイ牧場は懐かしい故郷だ。正直なところ、パーカーはあまり思い出したくなかった。ラムジー博士が悲惨な最期を遂げたことを思い出したくなかったから。だから強引に牧場からシェイの関心を明日のパーティーに引き戻した。
 
「兎に角、セイヤーズは俺にドームの外の空気を吸って来いと出してくれたんだよ。」

 パーカーは近くの棚にもたれかかろうとしたが、棚が冷気でキンキンに冷えていたので止めた。本当は寮食堂が中休みなので、従業員の休憩室でお茶でも飲みながら話したかったのだ。しかし料理のこととなると夢中になってしまうシェイは、「弟」との面会を冷蔵室で行うことになんら不満を持たなかった。それでパーカーは冷蔵室の管理人から借りた防寒着を着て中にいるのだ。

「俺がここに来るのが嫌なのかい?」
「貴方がここに来てくれるのは嬉しいわ。」

 シェイの目はリストと棚を何度も往復していた。

「でも、私は今明日の準備で忙しいのよ。」

 彼女はやっと視線をパーカーに向けた。

「貴方は明日も来るの?」
「なんでだ?」

 パーカーはムッとした。

「俺は長官の友達じゃねぇし、花嫁には会ったこともねぇ。招待される筈がねぇじゃねぇか。」
「そのカウボーイ口調を改めたら、招待してもらえたかもよ。」

 シェイはパーカーが牧童達の言葉を覚えてから度々「姉」として注意してきた。ラムジー博士からもよく「ジェリーの言葉遣いを直してやれ」と言われていたのだ。博士は彼等を牧場の外に出したがらなかったが、外に出ても苦労しない様に躾はしっかり行なっていた。きっといつか自分がいなくなった時に彼等が自力で生きていける様に準備してやるつもりだったのだろう。

「言葉は関係ない。俺はただのドームの労働者だ。長官は良い人だが、彼の友人じゃねぇし、科学者の招待客ばかりのパーティーは御免だ。」

 シェイがリストを画面から消して、端末をポケットに入れた。

「わかったわ。それじゃ、休憩しましょう。明日出す予定のデザートの味見して頂戴。チョコレートムースよ。」

 おっ! やったね! と喜ぶパーカーを引き連れて彼女は冷蔵室を後にした。