2017年10月31日火曜日

退出者 2 - 7

 セント・アイブス・メディカル・カレッジ・タウンは特に入り口らしい入り口はなく、防風林を抜けるとなんとなく街中に入ってしまった。民家が緑の畑の中に点在し、その密度がどんどん濃くなって、やがてすっかり都会らしくなるのに10分とかからなかった。小さな街ですよ、とポール・レイン・ドーマーが呟いた。

「ドームよりは広いかも知れませんが、建造物の秩序がなってないです。」

と言ったのはニュカネンだ。
 レインが、先ずお昼にしましょうと、車を20世紀の映画に出てくる様な古風なドライブイン様式のレストランの駐車場に乗り入れた。
 ケンウッドはドーマー達の行動に合わせて店内に入り、4人掛けのボックス席に着いた。ウェイターが来て注文を取るのはコロニーでも同じだったので、戸惑うことはなかった。メニューを見ても食材がわからず、ドーマー達に選んでもらった。出て来たのは、チリコンカンとフレンチフライと目玉焼き、それにライスが少々盛りつけられたプレートランチだった。
 レストランでは遺伝子管理局の局員は顔馴染みらしく、ウェイターが美しいレインと世間話をしたがった。ドームでは無愛想で有名なレインだが、外では愛想良くした方が仕事がスムーズにはかどると知っているのだろう、ウェイターのおふざけに乗ってやった。ニュカネンの方は冷めた表情で2人を無視して、ケンウッドに紙の束を見せた。

「今日と明日の訪問予定地です。興味のある場所があれば仰って下さい。優先的に廻ります。」

 ケンウッドの本当の目的はニュカネン本人の恋の確認だ。彼は書類をパラパラとめくって中を流し見た。

「やはり大学が一番大きな施設なのだろうね?」
「そうです。」
「大学内で一番最先端の遺伝子工学の研究をしている所へ行ってみたいな。」

 地球人の遺伝子工学を見ておくのも悪くない、と彼は思った。レインがサングラスの下で微笑した。

「勿論、そこへ行きますよ。今日は教授連中が全員そろっていると確認済みで来ましたから。」
「私はただのオブザーバーだからな、紹介は無用だぞ。」
「承知しています。」

 ウェイターは既に別の客のテーブルに去っていたので、ケンウッドは若者達に尋ねてみた。

「訪問先で友達とか出来たかね?」

 レインが即答で「いいえ」と言った。

「そんな暇はありませんよ。こう言う飯を食う場所でスタッフと言葉を交わす程度です。」
「どんな話が多い?」
「街の話題です。ちょっとした事件や事故、イベント、彼等の家族の噂話、そんな程度です。」
「仕事の助けになるかね?」
「事故などはね・・・たまに遺伝子鑑定を依頼されますから。」

 身元不明者などの鑑定をするのも遺伝子管理局の仕事だ。
 ケンウッドはニュカネンを見た。

「君は友達はいないのか?」

 レインがいるわけないと首を振った。ニュカネンはちょっと間を置いた。

「い・・・いえ、友達はいません。」

  微妙な間だった。ケンウッドは暫く彼を眺め、それから食事に取りかかろうとした。するとレインが「ちょっとお待ちを」と言って、端末で料理の上をさっと走査した。

「危険な雑菌はいないようです。どうぞお召し上がり下さい。」

 店の人間が耳にしたら気を悪くするだろうとケンウッドは思った。


2017年10月28日土曜日

退出者 2 - 6

「ハイネが住人がいる場所を東海岸から潰していき、航空班がその該当区域の無人とされている場所を空から見て行くのさ。不審な建物などがあれば、パイロットが現地警察に通報している。勿論、セイヤーズのことは伏せてあるがね。」
「見つけても、あの男は捕まえられません。」

とレインが諦めた様に呟いた。

「俺だって捕まえられないのに・・・」

 するとニュカネンが余計なことを言った。

「君が何か余計なことをセイヤーズに言ったんだろう? あの男が絶望するようなことを・・・」
「何を!」

 レインが振り返って怒鳴った。

「おまえに何がわかるって言うんだ?!」

 自動運転なので運転手が余所見をしても大丈夫だが、助手席のケンウッドは心穏やかではない。

「レイン、運転に専念してくれないか?」
「すみません・・・」

 副長官のちょっと間延びした物言いがレインの気分を鎮める効果を発揮した。レインは前を向き直り、数分間沈黙した後、ケンウッドに提案した。

「副長官、局長に俺がお手伝いしたがっていると伝えて頂けませんか? 内勤の日に照合を手伝えると思います。」

 すると、堅物ニュカネンが異を唱えた。

「遺伝子情報リストを無差別に照会出来るのは幹部だけだぞ、レイン。」

 幹部候補生から降格されたレインがグッと唇を噛み締めた。ケンウッドは助け船を出して遣った。

「ハイネが許可すれば、君にも見られるさ。局長に話しておくよ。ニュカネン・・・」
「はい?」
「あまり固く考えるな。ハイネは年寄りだが君より柔軟だぞ。」

 車が大きくバウンドして、3人は口を閉じた。車は路面の凹凸を読み取ってスムーズに走れるはずだが、深い轍があったのだ。レインがケンウッドに右前方の岩の固まりを指さした。

「あれが遺跡です。昔のショッピングモールらしいです。今でも時々壁の崩落があって土煙が立ち上っています。」

 それは確かに人間が建設した大きな建物だった。ケンウッドは興味をそそられたが、見学する時間はなかった。恐らくこれからも時間はないだろう。
 やがて前方に緑の固まりが見えてきた。レインが教えてくれた。

「あれがセント・アイブス・メディカル・カレッジ・タウンを砂漠から守る防風林です。」



2017年10月27日金曜日

退出者 2 - 5

 ケンウッドの質問にレインは簡潔に答えた。

「原始的な方法です。バスやトラックの運転手にセイヤーズの画像を見せて見覚えがないか訊いて廻るだけですよ。」

 ケンウッドは懸念していたことを尋ねた。

「まさか接触テレパスを使っていないだろうね?」

 レインは応えない。使っているんだな、とケンウッドは胸の内で呟いた。

「その能力は君にとって自然なものだろうと思いはするが、決して消耗する様な真似はしないでくれないか。セイヤーズが見つかっても君が体を壊しては元も子もないからな。」

 ニュカネンは無言だった。セイヤーズは彼にとっては馬が合わない部屋兄弟だ。だが戻って来て欲しくないとは思っていないだろう。ケンウッドは話しの方向を変えた。

「ハイネもセイヤーズを探しているんだよ。」
「局長が?」

と驚いたのはニュカネンだった。

「でも、あの方は外に出られない・・・」
「出られない人間は出られないなりに方法を考えつくものなんだ。」

 ケンウッドはレインがあまりハイネを高く買っていないことを承知していた。外の世界での実務経験がない人間が局長職に就いていることが、この若者には納得出来ていないのだ。それに彼の入局以来3年間ハイネは病気と幽閉で世間から離れていた。レインが一番辛かった時期だ。助けて欲しい時に不在だった上司をレインは尊敬出来ないでいる。

「どんな方法ですか?」

 ニュカネンが尋ねた。ケンウッドは少し考えてまとめた。

「最初は全米のダリルと言う名の男性を全てリストアップした。そして全員の遺伝子管理リストに目を通した。」
「該当者はいなかったんですね?」
「うん。それで次にセイヤーズをリストアップして、同じことをした。これも空振りだったので、次に連邦捜査局を通じて地方の警察に10代後期から20代の男性の住人登録リストを提出させているところだ。町や村の住人の遺伝子管理リストと照合して、住人登録はあるのに遺伝子管理リストがない人間をピックアップしている。」
「それは、違法出生者ですね?」
「そう言うことだな。」
「ああ・・・それで最近違法出生者の摘発率が急上昇したんだ・・・」

 違法出生者とは、違法クローン製造者、所謂メーカーによって製造されたクローン達のことだ。本来なら18歳になれば違法クローンでも遺伝子管理局に成人登録申請を出せば承認されて晴れて地球人として市民権が与えられる。住人登録リストと遺伝子管理リストの両方に名前が記載されるのだ。しかし、面倒だと考えたり、違法な職業に就いていて成人申請を出さない違法出生児もいる。そう言う人々を遺伝子管理局は遺伝子管理法違反で収監するのだ。

「クローンは大勢見つかるのにセイヤーズは見つからないのですね・・・」
「まあ、そう言うことだ。しかし、ハイネがそれに着手してまだ半年だし、全米の3分の1がやっと終わったところだ。住人登録は地上で生きていく上で絶対に必要だ。車の運転免許を取るのに必要だし、病院も大きな買い物も土地の購入も部屋を借りるのも、住人登録とIDがなければ何も出来ない。ハイネはセイヤーズがそのうち何処かで落ち着くだろうと予想しているのだよ。」
「半年で3分の1ですか・・・」

 するとレインが前を向いたままで言った。

「リュック、簡単に言うな。全米の20代男性が何人いると思っているんだ? 半年で3分の1の遺伝子情報を照合してしまうなんて、並の人間じゃ不可能だぞ。それも、日課の業務をこなした後でしょう? 副長官・・・」
「ああ、その通りだ。ハイネは絶対に日課を疎かにしない。セイヤーズ捜索は空き時間だけを使っている。」

 レインが溜息をついた。

「なんとなくセイヤーズが隠れていそうな場所はいくつかあるんです。でも住人がいないことになっているし・・・」
「そんな場所に電力や水の供給はないだろう? 生きていけないぞ。」

とニュカネン。レインがキッとなったのだろう、少し強い調子で言った。

「ダリルは自給自足でも生きていける男だ。君の心配は杞憂だ。」

 また喧嘩になりそうなので、ケンウッドは急いで割り込んだ。

「ライフラインがない土地は、航空班が空から見ているよ。登録されていない家がないか調べているんだ。」



退出者 2 - 4

 自動車は遺伝子管理局の公用車、黒塗りのセダンだった。ロゴなどは入っていないが、地球人はこの車を一目見れば中に乗っている人物がドーム関係者だとわかる。それが世界の常識だった。 ケンウッドはお忍びのつもりだったので、車を見てがっかりした。もう少しスポーティでスマートなスタイルの車に乗りたかった。地球の自動車事情はかなりバラエティに富んで面白いのに、どうして黒塗りのありふれたださい車種なのだ?
 車の前でレインが立ち止まり、チームリーダーを振り返った。

「ジョンソン・ドーマー、俺達はこの車で良かったですか? 副長官も乗られるので目立たない車の方が良くありませんか?」

 ポール・レイン・ドーマーはこう言う気配りが出来る男だ。無愛想だが他人のことはちゃんと見ている。ケンウッドが黒塗りの車を見てげんなりしたのを見逃さなかった。
 ジョンソンは駐車場をさっと見廻して答えた。

「他に車の用意がないから、これで我慢するしかないだろう。レンタカーでは防弾ガラスは期待出来ないからな。」

 局員達は支局の建物と空港の搭乗棟を見た。支局の人間に我が儘を言うのは平気だが、わざわざその場にいない人間を呼びつけることはしなかった。

「マルホランドは安全第一で考えてくれたのだろう。これでかまわないよ。」

とケンウッドが言ったので、局員達は素直に折れてくれた。ジョンソンが部下達に翌日の午後6時に支局に集合と伝え、彼等は散開した。
 レインが素早く黒塗りの車の運転席に乗り込んだ。ニュカネンに運転させたくないのだ。堅物のニュカネンは制限速度遵守で、レインの性格では苛々するのだろう。ケンウッドはニュカネンに声を掛けた。

「私が前に乗っても良いかな?」
「そちらがお好きなのでしたら・・・」

 ニュカネンは喧嘩仲間のレインの後ろで満足するだろう。助手席に乗ったりしたら、ケンウッドはずっと口喧嘩を聞かされるはめになるだけだ。
 3人がシートベルトを締めるとすぐに車のエンジンがかかり、滑るように走り出した。レインが既に行き先を入力しているので、車は迷うことなく交差点を曲がり、幹線道路に入った。

「セント・アイブスまでは1時間の行程です。」

とレインが説明した。

「砂漠に草が生えている平原を走るので、変化のない風景が続きます。途中で大異変前に存在した街の遺跡が見えます。もし興味がおありでしたら、立ち寄ります。」

 すると早速ニュカネンが反対した。

「副長官に昼食を召し上がっていただかなければいけないだろう? 寄り道せずに走れよ。」
「俺は副長官と話してるんだよ。」
「副長官はセント・アイブスにご用があるのだ。遺跡なんて論外だ。」

 ケンウッドはドーマー達の喧嘩が面白かったのだが、仲裁に入らなければならなくなった。自分の名前が出ているのだから、何か意見しなければならない。

「2人共心遣い有り難う。 レイン、私は遺跡に大いに興味がある。しかし、今回は仕事だから私自身の好奇心は抑えておくよ。君が私の趣味を覚えていてくれたので驚いた。次の機会に案内してもらえると嬉しいな。
 ニュカネン、本当は君もお腹が空いているのだろう? 早く目的地に着いてお昼にしような。」

 ほらな、とニュカネンが勝った気分で呟いた。レインは黙り込んだ。ニュカネンに負けたのが悔しいのではなかった。ケンウッドの穏やかな口調が、彼が懐いていたヘンリー・パーシバル博士を思い出させたのだ。ケンウッドとパーシバルは親友同士なので頻繁に連絡を取り合っているが、地球人から宇宙に居るコロニー人に連絡を入れることは出来ない。レインは悩み事を聞いてくれる人がいなくなって寂しいのだ。ケンウッドは副長官なので多忙でなかなかドーマー達の相手をしてやれなかった。上司に相談すればと言いたいところだが、トバイアス・ジョンソン・ドーマーはレインの目から見て頼り甲斐があるとは思えないのだろう。
 ケンウッドは話題を変えることにした。

「レイン、セイヤーズの捜索はどんな方法でやっているのだね?」


 


2017年10月26日木曜日

退出者 2 - 3

 ローズタウンの空港に到着したのはお昼前だった。飛行機は静かに垂直着陸して、それから滑走路を移動し、搭乗棟に横付けした。
 最初に降りるのは人数が少ない遺伝子管理局の北米南部班第3チームだ。ケンウッドも1泊用の手荷物を持って遅れないように局員達に付いて行った。ローズタウンは晴れていた。乾いた空気が、乾燥地帯の入り口にある街であることを教えてくれた。空港の周囲に植えられているバラは、街の名にちなんだもので、バラがあるからローズタウンになったのではない。
 地上では、遺伝子管理局ローズタウン支局の支局長カイル・マルホランド元ドーマーが立っていて、ケンウッドを出迎えた。普通は局員を出迎えたりしないのだが、副長官が来たので空港の隣にある支局の建物からやって来たのだ。
 カイル・マルホランドは現役時代は平の局員で幹部経験がなかった。遺伝子管理局だけでなく、ドーム全体で、特別職に就けるドーマーは幹部経験がない人間を選ぶことになっている。これは、(驚くべくことに)ローガン・ハイネ・ドーマー遺伝子管理局長も例外ではなかった。だからマルホランドは現役時代はチームリーダーより下位に居たのだが、支局長になった現在は班チーフより上位に居る。
 トバイアス・ジョンソン・ドーマーは支局の建物に入って支局長に挨拶する手間が省けたので内心喜んでいた。マルホランドが嫌いと言う訳ではなく、彼は早く任務に取りかかりたいだけだった。支局内のドーマーの為の休憩室でお茶を飲んで時間を無駄にしたくなかった。ドーマーは抗原注射の効力がある48時間内に仕事をしなければならない。時間切れになれば、肺炎やインフルエンザなどの感染症の恐怖が待っているのだ。ドームの外で暮らす普通の地球人にとってそれほど重い病気でない感冒も、清潔な空気の中で育ったドーマーにとって恐怖の対象だった。
 ケンウッドとマルホランドは初対面だった。ケンウッドが地球に赴任してきた年の初めに彼はドームを卒業したのだ。

「ローズタウンへようこそ! ローズタウン支局長カイル・マルホランドです。」

 握手を交わして、ケンウッドは余り大きな声を出さないよう心がけながら名乗った。

「アメリカ・ドーム副長官のニコラス・ケンウッドだ。 今回は個人的な興味でセント・アイブス・メディカル・カレッジ・タウンを視察する。支局の業務の邪魔にならないよう心がけるので、どうか気を遣わないで頂きたい。」

 マルホランドは支局巡りをする現役局員達から情報を仕入れているのだろう。ケンウッドの挨拶が真心の篭もったものであると解釈してくれた。

「わかりました。支局の駐車場に車を用意しております。同行の局員共々気をつけて行ってらっしゃい。」

 元局員らしく、現役には無駄にする時間がないと承知している。支局長は駐車場の方角を手で示しただけで、後は副長官と現役局員の自主性に任せた。彼は局員の後ろから赤ん坊を連れて降りてくる女性達とその家族を出迎える仕事もあった。
 ケンウッドがレインとニュカネンのそばに行くと、レインが支局長をやんわりと批判した。

「あの男はいつも手抜かりなく準備して待っていてくれますが、要するに俺達現役に文句を言われたくないだけなんです。」

 ケンウッドは苦笑した。レインは接触テレパス能力を持っているせいで、人の心の裏面を見てしまう。
 ニュカネンは真新しい紙の束をぼんやりと見ていた。

退出者 2 - 2

 ドーム空港から飛行機に搭乗して旅に出るのは2度目だ。1度目は元ドーマー達からサンプル用の細胞をもらうために出かけた。あれから既に5年以上経つか・・・。
 ローズタウンに向かう機内には大勢の女性達が赤ん坊と共に乗っていた。出産を終えて家族が待つ自宅へ帰る人々だ。ドーム周辺で待機していた経済的に余裕のある夫を持つ女性達はそれぞれ自動車や自家用機で一足先に帰ってしまっている。
 機内では赤ん坊は新生児用の部屋に入れられる。保育器が並んでいて、母親達は座席と同じ番号の保育器の中にいる我が子と空の上では離れていなければならない。偶に赤ん坊がむずかると部屋の係が呼びに来てくれる。ローズタウンへは約2時間のフライトだ。赤ん坊が静かに寝ていてくれることを母親達は願う。自宅に帰れば、もう世話をしてくれるドーマーはいないのだから・・・。
 不幸にも出産に至らなかった女性達も搭乗している。彼女達は母親達と離れた座席を指定されるが、仲良くなった人同士で座席を移動することがある。機内スタッフは万が一の事故の場合を考えてあまり良い顔をしないが、母親になれなかった女性達の気持ちを考えて黙認することが多い。
 遺伝子管理局の局員や他のドームのスタッフが移動する場合、彼等には専用の区画が充てられている。男ばかりだから、女性に不安を与えないよう配慮されているのだ。ケンウッドは女性区画の様子を移し出すモニター画面を眺めていた。今まで出産の為に遠路を旅する人々の道中を想像したこともなかったが、実際に観察して改善すべき点などを探した。ふと気が付くと、男性が数名女性の中に混ざっていた。自動車や自家用機で移動する手段を持たない遠方の夫達が妻と共に家路についているのだ。

 幸せな父親だ。もっとも、これからが子育てで大変だろうが・・・

 ドーム人専用区画に乗っているのは、遺伝子管理局北米南部班第3チームと中米班第2チームだった。第3チームはローズタウンからカリブ海沿岸を、中米第2チームはカリブ海を巡る予定だった。ドームの中では騒がしい中米班も機内では静かで、島巡りの準備資料に目を通したり、目を閉じて休んでいた。北米班の方はローズタウンで飛行機から降りるので、専ら休憩だ。ケンウッドの隣に座っているポール・レイン・ドーマーはサングラスをかけたまま寝ていたし、通路をはさんで座っているリュック・ニュカネン・ドーマーは目を開けたままボーッとしていた。弟分のクラウス・フォン・ワグナー・ドーマーは別の仲間と端末でゲームをしていた。
 今回の支局巡りは班チーフとは別行動で、最高幹部はチームリーダーのトバイアス・ジョンソン・ドーマーだが、彼は幹部用の仕切られた小部屋に入ってしまい、話しにならない。和気藹々の遠足を想定していた訳ではないが、ケンウッドはこの雰囲気は苦痛に感じられた。ドーマー達はこれが普通なのだろうか? 男ばかりだからこんな重い空気なのだろうか? 女性達が乗っている区画は明るく華やかな様子に見える。乗客の世話をする航空班の客室係ドーマー達も女性の世話をする方が楽しそうだ。

 当たり前か・・・

 飲み物を運んで来た若いドーマーにケンウッドは女性と話しが出来るだろうか、と囁きかけてみた。

「かまわないと思いますよ。」

と客室係は言った。

「僕等も世間話とかさせてもらっていますから。」

 それでケンウッドは寝ているレインを邪魔しない様に立ち上がり、ニュカネンに断って移動した。
 女性達はコロニー人の博士を快く迎えてくれ、ドームでの待遇に感謝してくれた。
お陰でケンウッドはローズタウンまで楽しく旅が出来た。

2017年10月25日水曜日

退出者 2 - 1

 ケンウッドの副長官執務室に遺伝子管理局北米南部班第3チームのチームリーダー、トバイアス・ジョンソン・ドーマーが面会に訪れたのは2日後だった。支局巡りの日程表を提出して、ケンウッドの都合を確認しに来たのだ。

「ニュカネンに同行を希望されていますが、理由をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「ニュカネンに最初に声を掛けたから・・・と言うだけでは駄目かな?」

 ケンウッドはジョンソン・ドーマーのよく日焼けした顔を見ながら微笑んだ。ドーマー達は紫外線遮断のクリームを塗って出かけるのが習慣になっているが、ジョンソンは気にしないようだ。面倒臭いのかも知れない。

「ニュカネンが堅物で通っていることは承知しているよ、ジョンソン・ドーマー。そして私も堅物なんだ。堅物同士、互いの邪魔にならない様に大人しくついて行くつもりだ。職務に専念してもらって結構。観光案内など無用だ。」
「上司の僕が言うのも何ですが、ニュカネンは話し相手になりませんよ。退屈なさると思いますが・・・」
「私もお喋りは苦手だ。黙っていてくれた方が気が楽だから。」

 日程表にはニュカネン以外の局員の名も書かれていた。ドーマー達はドーム空港から飛行機でローズタウンに行く。そこから散開して周辺都市へ2人1組で出かけるのだ。遺伝子関係の研究施設の抜き打ち検査に入ったり、支局に出された申請書に不備があったり不審な点があれば提出者を直接訪問して面談したり、ダリル・セイヤーズ・ドーマーを探したり・・・。
 ケンウッドはニュカネンと今回組むことになっているドーマーの名前を見て不安に襲われた。思わずジョンソン・ドーマーの顔を見た。

「この組み合わせは君が考えたのか?」
「そうですが?」
「私が聞いた情報では、ニュカネンとレインは犬猿の仲だそうだが・・・?」
「確かにそうですが、勤務中は彼等はきちんとやりますから・・・それに2人を外してばかりいては、他の局員に示しが付きませんし。」
「・・・それもそうだな。」

 ケンウッドはジョンソン・ドーマーが笑いを堪えているのをうっすらと感じた。恐らくこのチームリーダーはケンウッドを間に入れてニュカネンとレインの仲違いを緩和させようと言うつもりだろう。

「局長にはこの組み合わせを報告しているかい?」
「いいえ。」

 ジョンソンは何を訊くのか、と言う顔をした。

「局員のシフトなど一々局長に報告しません。局員自身が後で報告書を書いて提出しますし、班チーフが把握していればそれで充分です。」

 ケンウッドは遺伝子管理局の業務体制を何も知らないことを知った。これはレインかニュカネンから道中教わっておこう、と思った。