2019年2月28日木曜日

囮捜査 2 2 - 7

 その夜、ハイネは妻のアイダ・サヤカの部屋に行った。多忙な医療区長のアイダだが、必ず休日は取ることにしている。彼女は部下にきちんと休むことを実践させるために、彼女自身が行動で示してやるのだ。
 ハイネは彼女の手作りの夜食を楽しみ、2人で一緒にテレビで映画を見た。彼女の好きなラブコメだったが、彼も楽しめた。映画が終わって、彼女が眠前の軽いカクテルを作りながら言った。

「私たち以外のドーマーとコロニー人のカップルがいるって言う噂を聞いたことがありますか?」
「カップル? 複数ですか?」
「ええ・・・」

 アイダはそんなに深刻な表情ではなく、街の噂話を耳にしたと言う顔で言った。

「男性同士で仲良くしているのは、時々目にします。でも今回私の耳に入ったのは、男女のカップル。」

 ハイネは彼女が早くグラスを持ってソファに戻ってこないかな、と思いつつ、話題に興味を抱いた。

「男はドーマーでしょうな?」
「確率的に、そうなるわね。」
「女性は執政官ですか?」
「執政官もいるし、研究員もいるし・・・」

 アイダがようやくグラスを持ってソファに戻った。ハイネに一つを手渡し、彼等は軽くグラスを合わせて乾杯した。

「遊びで恋愛するなと言うつもりはありませんが、分別ある行動をして欲しいわ。地球人保護法は面倒だし、後で感情的な争いになっても困ります。」

 コロニー人は地球に永住する訳でなく、いつか宇宙に帰ってしまう。別れの時に辛い思いをするのは、勿論当事者達だが、周囲も心配するし、穏やかに見まもるのは難しいだろう。アイダの様に特例で永住を認められたコロニー人は極稀なのだ。
 ハイネがあまり反応しないので、アイダは一つの確信を持った。

「貴方はご存知ないのね?」
「何をです?」

 ハイネは他人の恋愛に無関心だ。誰と誰がカップルで、と言うことは気がつくが、それだけだ。どこまで深い仲なのか、とか、上手く交際が進んでいるのか、などは当事者の問題だから割り切って干渉しないし、興味も持たない。
 アイダは2人きりの部屋であるにも関わらず、声を潜めた。

「副長官とドーマーの仲が良いと言う噂・・・」

 ハイネが初めて反応した。妻の目を見つめた。

「副長官? ラナ・ゴーンがドーマーと交際しているのですか?」
「交際しているのかどうか、詳しいことはわかりませんけど、、噂です。夜になると彼女とドーマーが庭園でデートをしていると言う・・・」
「ゴーンは夫がいるのでは?」
「それが・・・」

 アイダは友人の個人的情報を口外することに後ろめたさを感じつつも、夫に告げた。

「彼女は最近離婚したのです。彼女が地球に入れ込み過ぎて、夫と考えが合わなくなり、別れたそうです。」
「ほう・・・」

 ハイネは興味を失った。独身になった副長官が新しい男友達を作っても誰も咎めない。男性がドーマーであると言うだけだ。ゴーンなら分別があるだろう。

「ちなみに、その相手のドーマーが誰なのか、わかっているのですか?」

 すると、アイダが珍しく躊躇った。

「聞いて驚かないで下さい。」
「驚くかどうか、わかりませんよ。」
「彼を罰しないと約束して下さいます?」
「罰する?」

 ハイネは初めて胸騒ぎを覚えた。

「遺伝子管理局の職員ですか?」
「ええ・・・」
「誰です?」

 まさかゴーンの養子のクロエルではあるまいな、と彼はあってはならぬことを想像した。アイダが覚悟を決めて告白した。

「ダリル坊やなのよ。」

 ハイネは肩の力を抜いた。

「セイヤーズ?」
「ええ。」
「あの、能天気な男ですか?」
「彼は紳士よ。」
「わかっています。」

 ハイネはちょっとぼーっとしたところがあるセイヤーズとキビキビしたゴーンを思い浮かべた。そして呟いた。

「面白いカップルですね・・・」


2019年2月24日日曜日

囮捜査 2 2 - 6

 昼食を終えてケンウッドと別れると、ハイネ局長は昼寝のために庭園に行った。ベンチに座って端末を出すと、北米南部班チーフ、ポール・レイン・ドーマーに電話をかけた。レインはすぐに出た。

「レインです。」
「ハイネだ。囮捜査官の件をケンウッド長官に漏らしたのは誰だ?」

 勿論、ハイネはレインが口を滑らせたとは思っていない。レインは無口だし、上司に自分から業務内容をペラペラ喋る男ではない。特にコロニー人には用心深い。若い頃の苦い経験から、彼はコロニー人科学者達に警戒心を抱いている。例えケンウッド長官を信頼していても、仲間内の秘密を明かしたりしないのだ。ハイネは別の人物に疑いを抱いていた。
 レインが驚いたような声で、「お待ち下さい」と言って、暫し音声が途切れた。彼は部下達と一緒にいた様子だったので、仲間に質問したのだろう。やがて不意に微かな雑音が聞こえ、セイヤーズの声が聞こえて来た。

「それは私です、局長。」

 申し訳なさそうな声だ。ハイネは溜め息をついた。

「君か、セイヤーズ! 言い訳出来るのか? コロニー人には内緒の作戦だったはずだぞ。」
「ええ・・・それは・・・その・・・ギル博士がヒギンズ捜査官に興味を抱いたので、近づかないよう予防線を張ったつもりでした。連邦捜査局から研修に来ている人なので、手出し無用と言っておいたのですが・・・。」

 セイヤーズの言い訳はこうだ。昼休みにクロエルがヒギンズ捜査官にアイスクリームの大食い競争を挑んだ。(これを聞いたハイネは熱が出そうな気がした。)ハイネとケンウッドが食事に来る前の話だ。食堂内にちょっとした騒ぎが起きて、そこにアナトリー・ギル博士が現れた。レインの大ファンだからレインに会いに来たのだろうが、生憎その場にレインはいなかった。ギルはクロエルと騒いでいるセイヤーズに似た男の存在に気付き、これまた偶然近くに居合わせたセイヤーズに、あれは誰かと尋ねたのだ。

「セイヤーズ、クロエルと遊んでいる男は誰だ? 君によく似ているが・・・」
「彼は外からのゲストだ。ドームの外でクローンの子供が襲われる事件が連続して起きたので、彼が遺伝子管理局の局員を装って犯行グループと接触を図ることになった。それで管理局の業務研修に来ている。一時的な滞在だから、あまり多くの人と接触させたくない。」
「当然だ。ドームの業務を全部知られる訳にはいかないからな。」

 セイヤーズはギルが素直に納得してくれたと思ったのだが、ギルはケンウッド長官にご注進に及んだらしい。
 ハイネはまた溜め息をついた。

「ギルは口が軽い。あの男にはもっと注意し給え。ケンウッド長官は殺人事件を知らなかったので、非常に驚いておられる。コロニー人には関係ない事件だがな。」
「あの人は命を粗末にする人間は許せないんですよ。」

 セイヤーズはケンウッドの人柄をちゃんと理解している。ギルの人柄も理解して欲しいものだ。ハイネは若い部下に注意を与えた。

「今、執政官達はマザーコンピュータの再構築で忙しい。余計なことで時間を取って欲しくない。地球人の問題は地球人で解決する。」

 彼は「話す相手に気をつけろよ」と釘を刺して電話を切った。それからクロエルにも電話をかけて、囮捜査官に目立つ行動を取らせるなと注意しておいた。それでなくても、クロエル自身が目立つのだから。


囮捜査 2 2 - 5

 アメリカ連邦捜査局が囮捜査官となる人間をドームに派遣することになった。ダリル・セイヤーズのふりをするので、セイヤーズ自身に彼を遺伝子管理局の職員らしく振る舞う教育をさせることになった。囮捜査官がセイヤーズとして外で活動する時の相棒は、クロエル・ドーマーが任命された。中米班のチーフだが、セイヤーズがセント・アイブス・メディカル・カレッジ・タウンで活動した時の相棒でもあったし、敵もクロエルがセイヤーズの相方だと思っているだろう。北米南部班は彼等を普通のルーティンに入れて、不定期にローズタウンに支局巡りをさせ、セント・アイブス・メディカル・カレッジ・タウン出張所にも足を延ばさせる。南米班は局員の若い者数名を留学生として大学に入れ、彼等の護衛をする。街全体が大学の様な場所だから偽の学生が歩き回っても誰も怪しまない。敵は北米南部班の面子を調べ上げているであろうから、護衛には南米班を使うのだ。中米班はローズタウンの支局近辺を警戒する。
 外の捜査機関との打ち合わせは、コロニー人には知らされなかった。地球上で起きる事件にコロニー人の介入は許されないし、地球人は自分達で解決したかった。遺伝子管理局の面々は本部の外ではこの囮捜査の話題をしてはならないと誓い合った。
 数日後、ロイ・ヒギンズと言う男が外からドームへ派遣されて来た。セイヤーズに似た風貌で、少しがっしりとした体格だ。早速セイヤーズが彼の世話を始めた。施設の案内を簡単に済ませ、遺伝子管理局の仕事を説明する。日常の任務は許可証の発行や申請書の受理、面接だから、事務仕事の勉強だ。そこに遺伝子の学習も入る。但し、ヒギンズの耳に「取り替え子」やクローン製造部の話は入れてはならない。ドーマーの養育棟も絶対に見せない。中央研究所にも近づかせない。ヒギンズはコロニー人の科学者達は地球の大気の浄化に取り組んでいると言う世間で通っている噂をそのまま聞かされた。
 ケンウッド長官は他のコロニー人学者達同様、クローンの誘拐事件も人体実験の殺人事件も知らなかった。当然、囮捜査官の教育も知らない。ハイネ局長が何も言わないので、ヒギンズを遠くから見かけた時、セイヤーズは少し太ったかな、と思っただけだった。
 遺伝子管理局の職員達は自由気儘にドームの中を歩き回るコロニー人科学者達がヒギンズの存在に気がつかない様、努力した。維持班のドーマー達には、「外の捜査機関が遺伝子管理局の業務を学習する必要が生じたので研修に来ている」と伝えられていた。勿論それは嘘ではないし、本当の話なので、仲間に対して後ろめたいことはなかった。科学者達に訊かれたら、やはり同じ返答をすれば良いのだ。知られてはならないのは、その研修に来ている人間が、セイヤーズの振りをする囮捜査官だと言うことだ。
 全員で十分用心深く作戦を進行させたつもりだったが、蟻の穴から堤も崩れることがある。
 3日目のお昼にハイネ局長は打ち合わせ会を終えてケンウッド長官と食堂へ出かけた。すると歩きながらケンウッドが質問した。

「外の捜査機関の人間が遺伝子管理局の職員を演じて捜査するのはどうかと思うが? 一体どの程度ドームの業務の内容を教えているのだね?」

 ハイネは内心ギクリとしたが、平静を装った。

「研修員とお会いになられたのですか?」
「いや・・・しかし、話は聞いている。」

 ケンウッドはちょっと傷ついた振りをして言った。

「君達が地球の問題に我々コロニー人を巻き込みたくない気持ちはわかる。宇宙の問題に地球人を仲間外れにしているのは我々自身だからね。だが、このドームの中で起きていることを内緒にされるのは、愉快なことじゃないね。」

 ハイネは申し訳なく思った。ニコラス・ケンウッドは常にドーマー達を我が子の様に気遣い愛してくれる。年上のハイネに対しても心から親愛の情を示してくれる親友なのだ。

「貴方のお耳に入れたくない不愉快な事件が外で起きているのです。遺伝子管理局が保護したクローンの子供達が施設から誘拐され、人体実験に使われて殺害されると言う、残酷な事件が連続して起こりました。その首謀者と組織をアメリカ連邦捜査局とカナダ連邦捜査局がほぼ特定しており、確証を掴むために遺伝子管理局職員を装う捜査官を彼等に接近させることになったのです。研修員は、我々の業務を学習するために派遣されて来た捜査官です。」

 ケンウッドが足を止めたので、ハイネも立ち止まった。ケンウッドが額にシワを寄せて呟いた。

「人体実験だって?」
「内臓の交換をした形跡がクローンの遺体にあったそうです。」

 ケンウッドが痛そうな表情を浮かべた。

「殺害されたクローンはまだ子供だろう?」
「そうです。」
「可哀想に・・・」
「外の捜査機関は全力をあげて犯行組織の壊滅を目指しています。我々はその協力をしているのです。」
「ドーマー達に危険はないのだね? ああ・・・我が子だけを安全な所に避難させるみたいに聞こえるだろうが、私は地球から預かっている君達ドーマーの安全を守らねばならないのだよ。私の独りよがりな心配をわかってくれ。」

 ハイネはケンウッドの肩に手を置き、わかっていますとも、と頷いて見せた。


囮捜査 2 2 - 4

「ガブリエル・モアと言う男に、死亡した遺伝子管理局タンブルウィード支局長のIDカードを盗んだ疑いがかかっていますが、彼と兄のジョン・モアがミナ・アン・ダウンの教え子でした。彼等は大学卒業後も教授のセミナーに通っていたことがわかっています。」

 レインが説明した。

「モアが盗んだIDが、クローン収容所襲撃に使用されたことがわかっていますから、兄弟がFOKと関係があることは否定出来ません。」

 アメリカ側の捜査官が言った。

「ダウン教授がリンゼイと名乗っていたメーカーのラムゼイと親しかったことは多くの人間から証言を得ています。リンゼイの遺品を調べたところ、ある人物の遺伝子に彼が非常に興味を抱いていたことがわかりました。」

 遺伝子管理局側に一気に緊張の波が走った。その時、ハイネ局長が初めて口を挟んだ。

「それはダリル・セイヤーズと言う男の遺伝子ですな?」

 局員達は努力して局長を振り返るまいとした。局長が打ち合わせなしに発言する時は、局長の出方に臨機応変に合わさねばならない。先方が頷いた。

「そうです。」
「その男は当局の元局員です。珍しい遺伝子を保有していますので、メーカーをおびき出すのに彼の遺伝子を使用しました。ラムゼイが食いついたのですが、残念なことに逮捕する寸前で死なせてしまいました。ダウンはセイヤーズの遺伝子の情報をラムゼイから得ていたのでしょうか?」
「そのようです。クローンは男性ばかりなのですが、ダウンはそのセイヤーズと言う男の遺伝子から女性クローンを製造出来ると確信しているようで、彼を探していると言う情報があります。」
「セイヤーズは現在事務方に転属しています。捜査協力はしますが、情報分析の面で働くだけです。」
「セイヤーズ氏に出てきてもらう必要はありません。」

と外の捜査官達はそう言って、遺伝子管理局を安心させた。

「セイヤーズ氏と似た人物を使って囮捜査を行うつもりです。それで、遺伝子管理局にお願いしたいのは、囮捜査官に局員の教育を施して、それらしい人間に仕立て上げていただきたいのです。」

 チーフ達は、局長がお気軽な口調で「良いですよ」と請け合うのを聞いた。

「但し、局員達は通常2名1組で支局巡りをしています。囮捜査官は1名ですね?」
「そうです。」
「では、もう1名は局員を使います。教育係りと護衛を兼ねさせましょう。」

 ハイネ局長はチーフに声をかけた。

「ドーソン君、詳細な打ち合わせを頼むよ。敵は残酷な手口を使って人の命を奪うことをなんとも思っていない連中だ。囮捜査官と局員の安全第一で活動するよう、熟慮してくれ。」

 クリスチャン・ドーソン・ドーマーが「承知しました」と応えた。

2019年2月23日土曜日

囮捜査 2 2 - 3

  カナダ連邦捜査局側も会議室からの中継だった。捜査責任者より上位にいる局長がハイネに挨拶し、ハイネもカメラの遠くから挨拶を返した。あちらの会議室にはアメリカ連邦捜査局の捜査主任と捜査官数名も参加しており、会議は北米北部班のチーフ・ドーソンからの訴えで、FOK対策を練ることが目的だった。クローンの少年達を何らかの人体実験に使って殺害する卑劣な連中が存在する。連中はクローンの解放を謳っているが、実際に彼等に収容施設から誘拐された少年達が生きて解放された話はどこにもない。FOKは大義名分を掲げたテロリストを装っているが、その実体は恐らく研究目的で人間を調達する組織なのだろう。クローンを狙っているのは、クローンならば大きな社会問題にならないと勘違いしているからだ。だがクローンも人権がある人間だ。クローン殺害は殺人事件に他ならない。
 殺人は警察の担当だが、狙われるのが遺伝子管理局が保護したクローンであるなら、これは遺伝子管理局の担当でもある。だから、話し合いの結果、遺伝子管理局は警察、カナダとアメリカの連邦捜査局に協力することになった。
 会議は4名のチーフと外の捜査機関との話し合いがメインで、ハイネ局長は黙って聞いていた。クロエルがそっと表情を伺った時、局長は居眠りをしていた。彼はそっと局長と呼びかけてみた。ハイネが薄眼を開けて彼を見た。クロエルはそっと目で先方を映しているスクリーンを指して、注意を促した。一瞬ハイネはバツの悪そうな顔をしたが、すぐ真面目な表情に戻った。
 外の捜査機関は囮捜査を提案した。FOKの幹部が恐らく医療研究機関の人間だと言う調べはついているのだった。そしてメンバーも数人目星がついているのだが、確証が掴めないでいる。だから囮を使って主要メンバーを炙り出そうと言うのだ。

「しかし、クローンの子供達を囮に使う訳に行きませんよ。」

 ホアン・ドルスコが相手の案に意見を述べていた。先方の代表が言った。

「子供を使うつもりはありません。我が方では、連中がある人物に興味を抱いているという情報を得ています。遺伝子管理局は、メーカーのラムゼイをご存知ですね?」
「ええ、知っています。彼は既に死亡していますが。」
「彼が殺害されたと我々は考えていますが、管理局は事故死扱いされていますね?」
「殺害の確証がないからです。新たな証拠が出て裁判所が認めれば死亡原因の訂正を行います。」

 クロエルが一瞬何か言いたそうにドルスコを振り返ったが、結局口を挟まなかった。
 先方のアメリカ側捜査官が言った。

「アメリカの捜査局はセント・アイブス・メディカル・カレッジのミナ・アン・ダウン教授と言う人物が一連の事件の要にいるのではないかと考えています。彼女をご存知ですね?」

 これにはポール・レイン・ドーマーが頷いた。

2019年2月17日日曜日

囮捜査 2 2 - 2

 翌日の打ち合わせ会は早々に終わった。前夜の会議で大方の話が終わっていたし、ケンウッドは流石に疲れが出たのか、昼食も早く済ませて昼寝してくるとアパートに帰ってしまった。それでハイネも彼にしては早い昼食を済ませてしまい、図書館で少し居眠りをしてから執務室に戻った。
 秘書達はチーフ会議の準備をしていた。外部通信回路を開き、保安課に傍受必要なしと告げる。保安課は記録を録るが内容確認はしないのだ。
 早々に顔を出したのは一番遠くから戻ってきた南米班のホアン・ドルスコ・ドーマーだった。ハイネは思わず申し訳なさそうに言った。

「北米で起きている事件の対策を話し合う。君には無駄足を運ばせたかも知れない。」

 ドルスコはちょっと傷ついたふりをして見せた。

「嫌ですよ、局長。僕を仲間外れにしないで下さい。」

 2人は思わずクスッと笑い合った。そこへバタバタといつも通り賑やかにクロエル・ドーマーが現れた。ドルスコが座っているのを見て、がっかりした。

「僕ちゃんが一番じゃなかったすね!」
「残念だったな、クロエル。」

 ドルスコは自身の向かいの席に座った中米班チーフに笑いかけた。

「こう言うことは、一番遠い場所にいる人間が一番早く来るのさ。」

 第2秘書のアルジャーノン・キンスキー・ドーマーがカメラの調整をしていた。局長を一番奥の位置になるようにして、焦点は手前の若いチーフ達に置く。そうやって若さを保つ局長の姿を出来るだけぼかして撮影するのだ。先方はハイネ局長が100歳だと知っているが、今日の局長は疲れて老いて見える、と言っても、どう見ても50歳そこそこだ。もし会議中に議事内容に大いに興味を抱いて生気が湧いて出たら、30代に若返ってしまう。そんな特殊な体質を保つ地球人を、外の世界の地球人が同胞と受け入れるだろうか。
だから、キンスキーはカメラの焦点を調整するのだ。第1秘書のネピア・ドーマーはありのままの局長を見せたがるので、部下の気遣いが不満なのだが、執政官達もキンスキーの考え方を支持しているので何も言えない。
 ハイネはそんな部下達の葛藤を何処吹く風で、ドーソンから先に送られてきた資料に目を通していた。
 ポール・レイン・ドーマーとクリスチャン・ドーソン・ドーマーが前後して入室してきた。入り口で出会ったらしい。全員が揃ったので、ドーソンが同僚達に手短に会議の目的を説明した。そして局長が頷くのを見て、カナダの連邦捜査局へ通信を繋いだ。

2019年2月15日金曜日

囮捜査 2 2 - 1

 遺伝子管理局北米北部班チーフ、クリスチャン・ドーソン・ドーマーがハイネに面会を求めて来たのは、ハイネがアパートの自室で眠る準備をしている時だった。ドーソンは翌日局長の日課が終わってからで良いです、と言うので、ハイネは素早く端末で現時点での仕事量を確認して、昼食後は時間が空くことを確かめた。

「午後1時半から、局長室で良いか?」
「はい。その時間で結構です。それで・・・」

 ドーソンは電話で少し緊張した顔を見せた。

「外部とテレビ会談したいのですが、よろしいでしょうか?」
「外部?」
「カナダの連邦捜査局です。FOKの事件に関する捜査協力を遺伝子管理局に要請してきました。」

 ああ、とハイネは頷いた。北部ではクローン収容所が襲撃されて子供が誘拐される事件が連続して3件起きていた。遺伝子管理局は警備を強化させるしか対抗方法がないのだが。外の警察機構が何を求めているのか、聞く必要はある。

「わかった、外部通信回路を開いておく。」
「有り難うございます。」

 ドーソンが通話を切った後、ハイネはちょっと考えてから、残る3名のチーフ達に招集をかけた。集合時間は翌日の午後1時半、場所は局長執務室、つまり、ドーソンが要請したカナダ連邦捜査局とのテレビ会談に、チーフ全員を立ち合わせるつもりだった。
 ハイネは外の世界を知らない。だから外の政府組織が協力を求めてくれば、彼は外の世界を知っている人間をオブザーバーに呼ぶ。かつては秘書達にそれを要請していた。しかし今回は現在進行形の凶悪犯罪の対策だ。外の世界で何が起きているのか知っている現役のチーフ達が適任と思えた。遠い南米にいる南米班チーフには気の毒だが大至急帰還を求めた。中米班は足止めをくらい、北米南部班は抗原注射の効力切れ休暇中だ。そして最後に北米北部班のチーフにメールを送った。

ーー明日のテレビ会議にはチーフ全員を参加させる。