アメリカ連邦捜査局が囮捜査官となる人間をドームに派遣することになった。ダリル・セイヤーズのふりをするので、セイヤーズ自身に彼を遺伝子管理局の職員らしく振る舞う教育をさせることになった。囮捜査官がセイヤーズとして外で活動する時の相棒は、クロエル・ドーマーが任命された。中米班のチーフだが、セイヤーズがセント・アイブス・メディカル・カレッジ・タウンで活動した時の相棒でもあったし、敵もクロエルがセイヤーズの相方だと思っているだろう。北米南部班は彼等を普通のルーティンに入れて、不定期にローズタウンに支局巡りをさせ、セント・アイブス・メディカル・カレッジ・タウン出張所にも足を延ばさせる。南米班は局員の若い者数名を留学生として大学に入れ、彼等の護衛をする。街全体が大学の様な場所だから偽の学生が歩き回っても誰も怪しまない。敵は北米南部班の面子を調べ上げているであろうから、護衛には南米班を使うのだ。中米班はローズタウンの支局近辺を警戒する。
外の捜査機関との打ち合わせは、コロニー人には知らされなかった。地球上で起きる事件にコロニー人の介入は許されないし、地球人は自分達で解決したかった。遺伝子管理局の面々は本部の外ではこの囮捜査の話題をしてはならないと誓い合った。
数日後、ロイ・ヒギンズと言う男が外からドームへ派遣されて来た。セイヤーズに似た風貌で、少しがっしりとした体格だ。早速セイヤーズが彼の世話を始めた。施設の案内を簡単に済ませ、遺伝子管理局の仕事を説明する。日常の任務は許可証の発行や申請書の受理、面接だから、事務仕事の勉強だ。そこに遺伝子の学習も入る。但し、ヒギンズの耳に「取り替え子」やクローン製造部の話は入れてはならない。ドーマーの養育棟も絶対に見せない。中央研究所にも近づかせない。ヒギンズはコロニー人の科学者達は地球の大気の浄化に取り組んでいると言う世間で通っている噂をそのまま聞かされた。
ケンウッド長官は他のコロニー人学者達同様、クローンの誘拐事件も人体実験の殺人事件も知らなかった。当然、囮捜査官の教育も知らない。ハイネ局長が何も言わないので、ヒギンズを遠くから見かけた時、セイヤーズは少し太ったかな、と思っただけだった。
遺伝子管理局の職員達は自由気儘にドームの中を歩き回るコロニー人科学者達がヒギンズの存在に気がつかない様、努力した。維持班のドーマー達には、「外の捜査機関が遺伝子管理局の業務を学習する必要が生じたので研修に来ている」と伝えられていた。勿論それは嘘ではないし、本当の話なので、仲間に対して後ろめたいことはなかった。科学者達に訊かれたら、やはり同じ返答をすれば良いのだ。知られてはならないのは、その研修に来ている人間が、セイヤーズの振りをする囮捜査官だと言うことだ。
全員で十分用心深く作戦を進行させたつもりだったが、蟻の穴から堤も崩れることがある。
3日目のお昼にハイネ局長は打ち合わせ会を終えてケンウッド長官と食堂へ出かけた。すると歩きながらケンウッドが質問した。
「外の捜査機関の人間が遺伝子管理局の職員を演じて捜査するのはどうかと思うが? 一体どの程度ドームの業務の内容を教えているのだね?」
ハイネは内心ギクリとしたが、平静を装った。
「研修員とお会いになられたのですか?」
「いや・・・しかし、話は聞いている。」
ケンウッドはちょっと傷ついた振りをして言った。
「君達が地球の問題に我々コロニー人を巻き込みたくない気持ちはわかる。宇宙の問題に地球人を仲間外れにしているのは我々自身だからね。だが、このドームの中で起きていることを内緒にされるのは、愉快なことじゃないね。」
ハイネは申し訳なく思った。ニコラス・ケンウッドは常にドーマー達を我が子の様に気遣い愛してくれる。年上のハイネに対しても心から親愛の情を示してくれる親友なのだ。
「貴方のお耳に入れたくない不愉快な事件が外で起きているのです。遺伝子管理局が保護したクローンの子供達が施設から誘拐され、人体実験に使われて殺害されると言う、残酷な事件が連続して起こりました。その首謀者と組織をアメリカ連邦捜査局とカナダ連邦捜査局がほぼ特定しており、確証を掴むために遺伝子管理局職員を装う捜査官を彼等に接近させることになったのです。研修員は、我々の業務を学習するために派遣されて来た捜査官です。」
ケンウッドが足を止めたので、ハイネも立ち止まった。ケンウッドが額にシワを寄せて呟いた。
「人体実験だって?」
「内臓の交換をした形跡がクローンの遺体にあったそうです。」
ケンウッドが痛そうな表情を浮かべた。
「殺害されたクローンはまだ子供だろう?」
「そうです。」
「可哀想に・・・」
「外の捜査機関は全力をあげて犯行組織の壊滅を目指しています。我々はその協力をしているのです。」
「ドーマー達に危険はないのだね? ああ・・・我が子だけを安全な所に避難させるみたいに聞こえるだろうが、私は地球から預かっている君達ドーマーの安全を守らねばならないのだよ。私の独りよがりな心配をわかってくれ。」
ハイネはケンウッドの肩に手を置き、わかっていますとも、と頷いて見せた。
外の捜査機関との打ち合わせは、コロニー人には知らされなかった。地球上で起きる事件にコロニー人の介入は許されないし、地球人は自分達で解決したかった。遺伝子管理局の面々は本部の外ではこの囮捜査の話題をしてはならないと誓い合った。
数日後、ロイ・ヒギンズと言う男が外からドームへ派遣されて来た。セイヤーズに似た風貌で、少しがっしりとした体格だ。早速セイヤーズが彼の世話を始めた。施設の案内を簡単に済ませ、遺伝子管理局の仕事を説明する。日常の任務は許可証の発行や申請書の受理、面接だから、事務仕事の勉強だ。そこに遺伝子の学習も入る。但し、ヒギンズの耳に「取り替え子」やクローン製造部の話は入れてはならない。ドーマーの養育棟も絶対に見せない。中央研究所にも近づかせない。ヒギンズはコロニー人の科学者達は地球の大気の浄化に取り組んでいると言う世間で通っている噂をそのまま聞かされた。
ケンウッド長官は他のコロニー人学者達同様、クローンの誘拐事件も人体実験の殺人事件も知らなかった。当然、囮捜査官の教育も知らない。ハイネ局長が何も言わないので、ヒギンズを遠くから見かけた時、セイヤーズは少し太ったかな、と思っただけだった。
遺伝子管理局の職員達は自由気儘にドームの中を歩き回るコロニー人科学者達がヒギンズの存在に気がつかない様、努力した。維持班のドーマー達には、「外の捜査機関が遺伝子管理局の業務を学習する必要が生じたので研修に来ている」と伝えられていた。勿論それは嘘ではないし、本当の話なので、仲間に対して後ろめたいことはなかった。科学者達に訊かれたら、やはり同じ返答をすれば良いのだ。知られてはならないのは、その研修に来ている人間が、セイヤーズの振りをする囮捜査官だと言うことだ。
全員で十分用心深く作戦を進行させたつもりだったが、蟻の穴から堤も崩れることがある。
3日目のお昼にハイネ局長は打ち合わせ会を終えてケンウッド長官と食堂へ出かけた。すると歩きながらケンウッドが質問した。
「外の捜査機関の人間が遺伝子管理局の職員を演じて捜査するのはどうかと思うが? 一体どの程度ドームの業務の内容を教えているのだね?」
ハイネは内心ギクリとしたが、平静を装った。
「研修員とお会いになられたのですか?」
「いや・・・しかし、話は聞いている。」
ケンウッドはちょっと傷ついた振りをして言った。
「君達が地球の問題に我々コロニー人を巻き込みたくない気持ちはわかる。宇宙の問題に地球人を仲間外れにしているのは我々自身だからね。だが、このドームの中で起きていることを内緒にされるのは、愉快なことじゃないね。」
ハイネは申し訳なく思った。ニコラス・ケンウッドは常にドーマー達を我が子の様に気遣い愛してくれる。年上のハイネに対しても心から親愛の情を示してくれる親友なのだ。
「貴方のお耳に入れたくない不愉快な事件が外で起きているのです。遺伝子管理局が保護したクローンの子供達が施設から誘拐され、人体実験に使われて殺害されると言う、残酷な事件が連続して起こりました。その首謀者と組織をアメリカ連邦捜査局とカナダ連邦捜査局がほぼ特定しており、確証を掴むために遺伝子管理局職員を装う捜査官を彼等に接近させることになったのです。研修員は、我々の業務を学習するために派遣されて来た捜査官です。」
ケンウッドが足を止めたので、ハイネも立ち止まった。ケンウッドが額にシワを寄せて呟いた。
「人体実験だって?」
「内臓の交換をした形跡がクローンの遺体にあったそうです。」
ケンウッドが痛そうな表情を浮かべた。
「殺害されたクローンはまだ子供だろう?」
「そうです。」
「可哀想に・・・」
「外の捜査機関は全力をあげて犯行組織の壊滅を目指しています。我々はその協力をしているのです。」
「ドーマー達に危険はないのだね? ああ・・・我が子だけを安全な所に避難させるみたいに聞こえるだろうが、私は地球から預かっている君達ドーマーの安全を守らねばならないのだよ。私の独りよがりな心配をわかってくれ。」
ハイネはケンウッドの肩に手を置き、わかっていますとも、と頷いて見せた。