2016年12月10日土曜日

囮捜査 18

 ロイ・ヒギンズとクロエル・ドーマーは2日外に出て4日休むと言う基本的な遺伝子管理局の勤務形態を3回続けた。セント・アイブス・メディカル・カレッジ・タウンでラムゼイ博士の組織の残党を探すと言う触れ込みで捜査をした。初日は仏頂面した出張所のリュック・ニュカネンも付き添ったので、ラムゼイが死んだ時の組み合わせにそっくりで、ダリルと実際に出遭った人々もヒギンズがダリルだと思い込んだ。1回きりしか本物と会っていないので当然かも知れない。ただ、トーラス野生動物保護団体の理事長モスコヴィッツと理事のビューフォードは2回会っているのでクロエルも彼等に近づくのを避けた。

「連邦捜査官はどんな調子だ?」

 ハイネ局長に訊かれてクロエルは「まあまあです」と答えた。

「他の職業と違って遺伝子管理局は一般の人と接触する機会が少ないので、ヒギンズはどんな振る舞いをして良いのか戸惑っていますが、周囲に気づかれないように平然として見せる度胸はありますね。」
「君のペースについてきているのか?」
「迷子にならない程度に。」

 そしてクロエルは苦情を言い立てた。

「僕等を取り囲む連中をなんとかしてもらえませんか? バックアップしてくれるのは良いけど、うざいし、管理局の行動を見張られている様で不愉快です。」
「ヒギンズは、女の子を生めるセイヤーズを演じている。ラムゼイがシンパにその情報を漏らしている可能性がある以上、君達が襲われないよう警護する必要があるのだ。」
「連邦捜査局は、セイヤーズの特異性を知りません。何故彼が狙われるのか、ヒギンズもわかっていない。理由がばれたら地球人の実態もばれてしまいます。」
「それは囮捜査に協力すると決めた会議でも話題に上っただろう? もしばれたら・・・」

 局長はクロエルをじっと見つめた。

「君が上手く誤魔化せ。」
「え〜、僕ちゃんに責任をおっかぶせるんですかぁ?」
「君なら出来ると踏んだから、みんなで君に決めたんじゃないか。」
「しくしく・・・」

 クロエルは抗原注射が不要なので外から帰った次の日に休む必要はないのだが、部下のローテーションに合わせて休むことにしている。囮捜査官ヒギンズも外の人間だから効力切れ休暇は必要ないが、一緒に出動するチームに合わせて休日をもらった。クロエルが午前中局長に報告して昼迄アパートで寝ると言ったので、午後ジムで落ち合う約束で午前中はダリル・セイヤーズ・ドーマーの秘書業を見学すると言って、ポール・レイン・ドーマーのオフィスに入った。
 クロエルは局長室を出ると、そのまま本部の建物から外に出た。出口で彼は危うく掃除ロボットに躓きそうになった。ドーム内は常に清潔に保たれており、いつでもどこでも掃除ロボットが徘徊している。それが本部から出た所で静止していたのだ。
 悪態をつきながらクロエルは態勢を整え、ふと数10メートル先で言い争っている2人のドーマーに気が付いた。1人は遺伝子管理局の局員で昨日一緒にセント・アイブスを廻った北米南部班のパトリック・タン・ドーマー、もう1人は研究所で助手を務めているドーマーだ。クロエルは局員以外のドーマーの名前を覚えないことにしている。直接関わりを持たない人間は顔さえ覚えていれば良いと言う主義だからだ。
 タンは中国系の美男子で、少女の様な優しい顔をしている。クロエルは彼に1度花魁の格好をさせてみたいと思っているが、それを言うと殴られそうなので黙っている。タンはお茶が趣味と言うより殆ど専門家でポール・レイン・ドーマーのお茶の先生だ。世界中のお茶と言うお茶に通じており、クロエルも故郷のマテ茶が欲しい時はタンに分けてもらう。親しくしている男が、親しくない男と言い争っている。クロエルは彼等に近づいて行った。

「パット、どうかしたのか?」

 タンが振り返った。拙い場面を見られたと言いたげな顔をした。

「チーフ・クロエル、何でもありません。」

 研究所の男がクロエルに説明した。

「執政官の1人が、タンに交際を申し込んだのです。だけどタンが蹴ったので、仲介した僕の立場がないって文句を言っただけですよ。」

 クロエルはタンに訊いた。

「僕ちゃんが口出しする必要はなし?」
「ありません。」

 きっぱり断られて、そんじゃ、とクロエルは手を振って彼等と別れた。
背後で水を入れられた2人が気をそがれたらしく、勢いをなくした口調で話し合いを再開していた。