実は、クロエル・ドーマーの部屋にラナ・ゴーン副長官はいなかった。クロエルは、彼女とは食堂で夕食を共にしただけで、彼女は囮捜査の協力と言う彼女にとっては嬉しくない任務に就いている「倅」の元気な姿を確認すると、安心して研究所に帰って行った。
クロエルが電話でヒソヒソ声で喋ったのは、ポールのそばにダリルが居ると承知していたからだった。
ラナ・ゴーンとカエルの話は事実だったが、それは前半で終わっており、電話の後半は翌日の仕事の話だった。夕食後にヒギンズから連絡が入り、ミナ・アン・ダウン教授が面会を求めて来たと言うのだ。それもクロエルが撒いた餌に食らいついて来たのだ。まだ計画していた「喧嘩別れ」もしていないうちから、敵が接近してきた。
「僕はヒギンズにセイヤーズには息子がいると教えておいたんだ。但し、ライサンダーの葉緑体毛髪や遺伝子の秘密は伝えていない。セイヤーズが法を破ってラムゼイにクローンの子を創らせたとだけ言っておいた。その子がドームに存在がばれて逃亡中だとね。
ダウン教授は、その子供を発見したと言ってきたんです。」
クロエルは、現在のダリルとヒギンズの写真を合成して、更に若返り処理をしたものをヒギンズに渡し、ヒギンズはそれを周囲に見せて「この子を見かけなかったか?」と訊いて廻っていたのだ。 写真の架空の人間にポールの要素は全く入っていない。だから、ダウンが見つけたと言う人物は真っ赤な偽物に違いない。
翌日、クロエルとヒギンズは北米南部班第1チームと共にセント・アイブスに出かけた。飛行機の中で2人はいかにして喧嘩別れするか打ち合わせ、決定したことをチーム・リーダーのクラウス・フォン・ワグナー・ドーマーに報告した。クラウスはそれを中西部支局に出かけたチーフ・レインに連絡しておいた。
「恐らく、FOKは僕を拉致するでしょうね。」
「君は拉致されるのか、それとも寸止めで連中を捕まえるのか?」
「出来れば後者が良いのですが、前者の可能性が高いです。連邦捜査局はそう考えています。」
「僕等は君と喧嘩別れした後は手を引けと言われている。」
「ええ、それで結構です。以降は僕と一切関わらないことです。それが囮捜査官の仕事のやり方です。」
クロエルは普段のおちゃらけを控えて、決死の覚悟の囮捜査官を見た。この捜査官は過去を語らなかったが、恐らくこれが初めての任務と言う訳ではないのだろう。しかし遺伝子管理局の局員を演じるのは、普通の外の世界の人間を演じるのとは勝手が違ったはずだ。ドームの中の世界を彼はどう思っただろう。地球じゃないみたい? 常識が通じない?
クロエルはドーマーの中でも特殊な生い立ちを経験している。南米の分室で生まれ、ジャングルで自由に遊んで幼少期を過ごし、多感な年頃になっていきなりドームへ連れて来られた。「中途採用」のドーマーなので、他のドーマーの子供達とは隔離されて教育を受けた。彼の目から見たドームは「異様な世界」だったから、ドームは彼の認識を変えなければならなかったのだ。
ヒギンズの目から見ても、ドームは絶対に「異様な世界」だったに違いない。女性達に安全な分娩をさせる為に外から完全に切り離した清潔で規律正しい世界の中で、生活をする人々は外を知らない。一般から採用された人とは思えない。
ヒギンズが知っている世界は、ドームに比べたら危険だらけだ。しかしヒギンズはドームの中に逃げようとは思わないだろう。命の危険がある任務から逃げたりしないのだ。
クロエルはヒギンズに言った。
「今回の任務が無事に終わったら、連絡くれよ。カリブ海のビーチでビールでも飲もうぜ。」
クロエルが電話でヒソヒソ声で喋ったのは、ポールのそばにダリルが居ると承知していたからだった。
ラナ・ゴーンとカエルの話は事実だったが、それは前半で終わっており、電話の後半は翌日の仕事の話だった。夕食後にヒギンズから連絡が入り、ミナ・アン・ダウン教授が面会を求めて来たと言うのだ。それもクロエルが撒いた餌に食らいついて来たのだ。まだ計画していた「喧嘩別れ」もしていないうちから、敵が接近してきた。
「僕はヒギンズにセイヤーズには息子がいると教えておいたんだ。但し、ライサンダーの葉緑体毛髪や遺伝子の秘密は伝えていない。セイヤーズが法を破ってラムゼイにクローンの子を創らせたとだけ言っておいた。その子がドームに存在がばれて逃亡中だとね。
ダウン教授は、その子供を発見したと言ってきたんです。」
クロエルは、現在のダリルとヒギンズの写真を合成して、更に若返り処理をしたものをヒギンズに渡し、ヒギンズはそれを周囲に見せて「この子を見かけなかったか?」と訊いて廻っていたのだ。 写真の架空の人間にポールの要素は全く入っていない。だから、ダウンが見つけたと言う人物は真っ赤な偽物に違いない。
翌日、クロエルとヒギンズは北米南部班第1チームと共にセント・アイブスに出かけた。飛行機の中で2人はいかにして喧嘩別れするか打ち合わせ、決定したことをチーム・リーダーのクラウス・フォン・ワグナー・ドーマーに報告した。クラウスはそれを中西部支局に出かけたチーフ・レインに連絡しておいた。
「恐らく、FOKは僕を拉致するでしょうね。」
「君は拉致されるのか、それとも寸止めで連中を捕まえるのか?」
「出来れば後者が良いのですが、前者の可能性が高いです。連邦捜査局はそう考えています。」
「僕等は君と喧嘩別れした後は手を引けと言われている。」
「ええ、それで結構です。以降は僕と一切関わらないことです。それが囮捜査官の仕事のやり方です。」
クロエルは普段のおちゃらけを控えて、決死の覚悟の囮捜査官を見た。この捜査官は過去を語らなかったが、恐らくこれが初めての任務と言う訳ではないのだろう。しかし遺伝子管理局の局員を演じるのは、普通の外の世界の人間を演じるのとは勝手が違ったはずだ。ドームの中の世界を彼はどう思っただろう。地球じゃないみたい? 常識が通じない?
クロエルはドーマーの中でも特殊な生い立ちを経験している。南米の分室で生まれ、ジャングルで自由に遊んで幼少期を過ごし、多感な年頃になっていきなりドームへ連れて来られた。「中途採用」のドーマーなので、他のドーマーの子供達とは隔離されて教育を受けた。彼の目から見たドームは「異様な世界」だったから、ドームは彼の認識を変えなければならなかったのだ。
ヒギンズの目から見ても、ドームは絶対に「異様な世界」だったに違いない。女性達に安全な分娩をさせる為に外から完全に切り離した清潔で規律正しい世界の中で、生活をする人々は外を知らない。一般から採用された人とは思えない。
ヒギンズが知っている世界は、ドームに比べたら危険だらけだ。しかしヒギンズはドームの中に逃げようとは思わないだろう。命の危険がある任務から逃げたりしないのだ。
クロエルはヒギンズに言った。
「今回の任務が無事に終わったら、連絡くれよ。カリブ海のビーチでビールでも飲もうぜ。」