2016年12月11日日曜日

囮捜査 19

 セント・アイブス・メディカル・カレッジの医学部長ミナ・アン・ダウン博士との面会に囮捜査官が成功したのは2ヶ月も経ってからだった。その間にクロエルとヒギンズのコンビはローズタウンからセント・アイブスの間の市町をかなり歩き回った。チーフを貸し出している中米班からは、「まだ終わらないのか?」と局長に苦情が来たので、局長が「代わりにレインを貸そうか?」と申し出ると、「結構」と断られた。性格が全く異なる上司が来ると業務がやりにくいのだ。ポールも熱帯気候は苦手なので、断られてホッと安堵していた。
 ミナ・アン・ダウンはクロエルの言葉を借りると「若作りのおばちゃん」だ。皺を隠す為に整形して化粧して、マネキンみたいな肌をしているそうだ。そして・・・

「セイヤーズに化けたヒギンズに盛んにラムゼイのクローン製造の話をしていた。ヒギンズも学習しているので、そつなく答えていたから、上手く騙せたと思う。」
「ダウンはクローンの何に関心を持っていると思う?」
「一言で言えば、大量生産。」
「大量生産? 1人の人間のストックを複数創っておくと言うことか?」
「その通り。」

 チーフ会議でクロエルは、もの凄く汚い物に触れてきた、と言いたげな表情をした。

「人工羊水の中にクローンの肉体をストックしておいて、自分の脳を移植した体が駄目になったら、次のを出して来て使うって考えだと思う。」
「聞くだけで吐き気がする。」
「人間のやることじゃないな。」
「クローンにも人格があると言う考えは全くないんだな。」
「でもダウンは明確にそれを言った訳じゃない。言えばFOKの思想と同じだとばれるからね。他人がそう言っている、誰かがそう言う考えを持っている、と言う言い方をするんだ。」
「ヒギンズはそれを連邦捜査局に報告したのか?」
「まだ証拠がないし、証言とも言えないから、もっと接近したがっている。」

 するとハイネ局長が口をはさんだ。

「遺伝子管理局としての協力は果たせたようだな。」
「と仰いますと?」
「こちらが手を引く潮時だと言うことだ。これは連邦捜査局のヤマだからな。これからは連中のやり方でやるはずだ。」
「つまり、僕はもうお役御免?」
「ヒギンズはセイヤーズになりきっている訳だ。」
「はい?」
「セイヤーズは規則には従わない男だ。」
「つまり?」
「ヒギンズはそろそろチーフ・クロエルから反抗して単独行動を取る頃合いだ。」

 チーフ達は黙り込んだ。局長は外の世界を知らない人だ。何処まで危険の度合いを理解しているのだろうと部下達は疑問に思ったのだ。しかし、局長は言った。

「連邦捜査局は我々以上に危険の度合いを理解している。彼等から見れば我々は素人だ。下手な手出しは無用と言うことだ。」
「向こうからそう言ってきたんですか?」
「さりげなく手を引いてくれと言ってきた。」

 クロエルが「愛想がないな」とぶつくさ言った。ポール・レイン・ドーマーが尋ねた。

「しかし、いきなり引き揚げると却って怪しまれるでしょう?」
「だから、さりげなく、だ。クロエルはヒギンズと喧嘩でもすれば良い。バックアップの組は少しずつ人数を減らし、連邦捜査官達だけにする。囮捜査は時間がかかる。この件にばかり関わっているほど遺伝子管理局は暇ではないぞ。」
「そうですが・・・」
「何か不満でもあるのか、クロエル?」

 クロエル・ドーマーがちょっと躊躇った。

「ジェリー・パーカーから人捜しを頼まれていて、それがまだ果たせていないんです。」
「人捜し?」

 ポールはぴんと来た。

「ラムゼイのジェネシスを務めたシェイと言う女性の捜索だな?」
「うん。パーカーは彼女の安否を酷く気にしている。」
「現地の警察にも依頼しているのだろう?」
「うん・・・」
「では、そっちに任せておけ。俺たちが限られた時間で歩き回っても、彼女は見つからない。」

 ライサンダーの誕生に一役買った女性。ポールはシェイとは一度も顔を合わさなかったが、彼女のスープは一匙だけ口に入れた。どんな味だったか記憶はないが、彼女が無事なら、ジェリーもJJも喜ぶだろう。
 ポールはクロエルに言った。

「俺の部下達に、支局巡りの時に彼女の捜索を続けるよう言っておく。」