2016年12月17日土曜日

誘拐 4

 ポール・レイン・ドーマーが夕方近くにセント・アイブス・カレッジ・タウンに到着した。彼が来る前に行方不明のパトリック・タン・ドーマーを発見出来ればと言う遺伝子管理局員達の願いは叶えられなかった。ポールは空港まで彼を迎えに行ったリュック・ニュカネン出張所所長と共に警察へ行き、そこで大学で起きた銃撃事件、遺伝子管理局局員誘拐及び誘拐未遂事件、そしてクローン収容所から誘拐された少年2名の遺体発見の経緯の説明を受けた。
 クロエル・ドーマーがチャペルの司祭控え室で見つけた女性は、医学部長のミナ・アン・ダウンで、エーテルで意識を失っていたが、ポールが到着した時は既に病院で目覚めて警察の事情聴取を受けた後だった。 囮捜査官ヒギンズはまだセイヤーズのふりを続けなければならないので、ポールはヒギンズが気絶していた経緯をダウン教授に訊いた。

「セイヤーズさんは、息子さんを探しておられました。」

とダウン教授は語った。

「写真の少年とよく似た男性を探したのですが、学生がライサンダー・セイヤーズと名乗る若者を見つけて、大学に連れて来たのです。」
「ほう・・・その若者は何処に居たのですか?」
「ローズタウン近郊のバーで働いていました。」

 教授はちょっと躊躇って見せた。

「何と申しますか・・・少しいかがわしい店です。」

 女性が極端に少ない時代だ。若者が体を売る店は珍しくなかった。しかし、ポールは息子がそんな所で働くなど決して信じなかった。
 ダウン教授は続けた。

「その若者とセイヤーズさんを面会させる約束をしました。セイヤーズさんは、息子さんの発見を遺伝子管理局に知られたくないと仰り、他の局員に内緒でチャペルで会うことにしたのです。
 現場には息子と名乗る若者と紹介した学生が2人で来ました。セイヤーズさんが来られた時、チャペルの中は薄暗くて・・・祭壇の近くまで来て、セイヤーズさんが若者を見て、『息子ではない』と仰ったのです。」
「『息子ではない』とはっきり言ったのですね?」

 ダウン教授はヒギンズが無事だと言うことを知っている。チャペルの中の出来事は事実なのだろう。ヒギンズには、現れた若者が合成写真の人物と似ていないと確信出来る程、偽物のライサンダーは似ていなかったのだ。

「その時です、学生がセイヤーズさんの後ろから突然襲いかかり、麻酔を嗅がせたのです。私はびっくりして、声も出せませんでした。そこへチャペルに入ってきた人がいました。
誰だかわかりませんが、セイヤーズさんが倒れたのを見て、その人は何か言いました。
すみません、何を言ったか、覚えていないのですけど、その直後に銃声が聞こえました。
息子だと名乗った若者なのか、学生の方なのか、どちらかが発砲したんです。
 2人はセイヤーズさんを連れて行くのを諦め、私を人質にしようとしたのでしょう、奥の部屋へ引きずっていきました。でも私が地下通路へ降りるのを拒んだので、麻酔を嗅がされました。
 私が覚えているのは、これだけです。」

 ポールは、「有り難う、お大事に」と言って、ダウン教授に握手を求めた。教授は彼の手を握った。

 なんて綺麗な男なんだろう・・・そばに置いておきたいわ

 ケッとポールは心の中で毒づいた。ダウン教授は経過を筋立てて思考に出さなかったので、詳細はわからなかったが、偽の息子自身がチャペルに後から入った男を銃撃したことはわかった。パトリック・タン・ドーマーの情報は拾えなかった。
 同じ病院の別の部屋にヒギンズが収容されていた。こちらも麻酔から覚めて、仲間の捜査官から事情聴取を受けた後だ。ポールは違反した部下を見舞う上司の役を演じなければならなかった。 クラウス・フォン・ワグナー・ドーマーが付き添っているが、これも表向きは逃亡を防ぐ為の見張りだ。
 ヒギンズは気絶させられたことを悔しがっていた。気絶する迄のことはダウン教授の供述と同じだった。 但し、彼は「学生」の存在を知らなかった。

「申し訳ありませんでした、背後にもう1人いたなんて、気が付かずに・・・」
「恐らく最初から隠れていたのだろう。君を攫うのが目的だったが、邪魔が入ったので、慌てたのだ。」
「同僚が撃たれたことは知りませんでした。」
「重傷だそうだが、命に別状はないそうだ。良かった。」
「ええ・・・」

 本物のダリル・セイヤーズ・ドーマーなら、こんなへまはしなかったはずだ、とポールは内心愚痴った。あの男はバックは甘いが、敵が手を触れた瞬間、速攻で殴りつける。
しかし、背後から襲った男を殴った途端に偽の息子に撃たれたかも知れない。やはり囮捜査官を使って良かった。
 ヒギンズは退院手続きを済ませ、クラウスも一緒に3人はリュック・ニュカネンの車で出張所に入った。
 出張所では、クロエル・ドーマーと残りの部下達が静かに待っていた。彼等はヒギンズを見て、無事で良かった、と言ってヒギンズを安心させた。パトリック・タンが消えたことはヒギンズには告げられなかった。
 ポールはクロエルを所長室に呼んだ。

「君の部下を奪われて申し訳ない。」

 クロエルが開口一番謝罪した。ポールは首を振った。

「君の落ち度じゃない。それに君が謝ったりしたら、パットとはぐれたジョンの立場がないじゃないか。それより、パットの位置確認を早くしなければならない。」
「ここのコンピュータでは、彼の腋の下の発信器の電波は拾えないでしょ。本部に連絡したいけど、パットの認識番号を知っているのは君だけだから、君の到着を待っていたんです。保安課に依頼したらドームが大騒ぎになっちまうし・・・」
「病院より先にここへ来れば良かったな。」
「どうせニュカネンが病院の方が先だって判断したんでしょ。」
「ダウン教授が隠れる前に情報を得たかった。俺がヤツに頼んだんだ。俺の判断ミスかもな。」
「互いに謝り合っても埒があきません。」
「うん、謝罪合戦はこれで終わろう。」

 所長室のコンピュータを使用する為に、ポールはリュック・ニュカネンを呼んだ。