2016年12月13日火曜日

囮捜査 21

 ポール・レイン・ドーマーは何故かいつもアパートのリビングに置かれている2人掛けのソファの真ん中に陣取ってテレビを見る。だからダリルは無理矢理隙間に体を押し込んで彼を押しのけなければならない。その日も手作りの夕食を済ませた後、、食器を洗ってから彼はソファに体をねじ込んだ。

「向かいに座れよ。」

とポールが文句を言った。ダリルは言い返した。

「端に寄れよ。私だってこっちに座りたいんだ。」
「つまり、可愛がって欲しいってことか?」

 ポールに抱き寄せられそうになって、ダリルは仕方なく向かいの1人掛けの椅子に逃げた。「もう、勝手なんだから」とぶつぶつ言いながら。1人掛けの椅子に座るとテレビを見るには椅子の向きを変えなければならない。

「ところで、今夜の料理の感想をまだ聞いていなかったぞ。」
「うん? いつも通り、美味かった。」
「本当か?」
「嘘は言わん。」

 不満を言うと完璧に作ろうと毎日同じメニューが続くので、ポールは絶対に「美味しい」としか言わない。
 食材は厨房班からお金を払って分けてもらう。だから、食堂のメニューと同じ材料だが、料理は違うので、ポールとて少しは得した気分になるのは確かだ。だがあまり褒めてもダリルが調子に載るので、どうしても愛想良く出来ない。
 ふとポールはあることが気になった。

「JJは料理をするのか?」

 ダリルの返答は絶望的なものだった。

「山の家に居た時は、ライサンダーも私も彼女を台所に入れまいと努力していた。小麦粉と洗剤の区別がつかなかったからね。」
「・・・」

 ダリルは自身の彼女のことを思った。

「ラナ・ゴーンは料理をするのかな?」
「訊いてみれば良いだろう。」
「本人に?」
「倅に。」
「?」

 ポールが端末を出して誰かに電話を掛けた。

「やぁ、レインだ。ちょっと訊きたいことがあるんだが・・・君のおっか様は料理をするのか?」

 相手はクロエルだ。 ダリルは思わず聞き耳をたてた。

「・・・そうか・・・うん、うん・・・へぇ! それは・・・想像すると愉快だなぁ!」

電話で話しながらポールが笑い出した。ダリルは必死で耳を澄ましたが、クロエルの声は聞こえるのに話の内容が聞き取れない。ポールが1人で楽しんでいるのが癪に障った。

「おい、スピーカーで話せよ!」
「五月蠅いな・・・あ、いや、こっちの話だ。ダリルが横で五月蠅いんだ。」

 ポールはそれから更に5分も喋ってから電話を切った。彼が長電話をするのは珍しいのだが、相手がクロエルだと誰でもつい話し込んでしまうのだ。
 ポールがダリルの顔を見て、ニヤッと笑った。ダリルはじれて催促した。

「クロエルは何て言ったんだ?」
「彼のおっか様は、彼がカエルのシチューを食いたいと言ったら、果敢にも生きたカエルを仕入れて来て逃がしてしまい、アパートのキッチンで大捕物をしたそうだ。」
「副長官がカエルを追いかけた?」
「そうだ。自分では掴めないのに生きた物を買ったからだ。結局、クロエルが自分でカエルを捕まえて捌いて、料理して、おっか様に食わせてやったそうだ。」
「しかし・・・カエルでなければ料理出来るんだろ、彼女・・・」
「生きたカエルでなければ出来るそうだ。」

 そして、何故電話の話がダリルに聞き取れなかったのか、ポールは教えてくれた。

「彼の部屋に、おっか様が来ていたんだよ。だから、失敗話をクロエルはヒソヒソ声でしか話せなかったんだ。」