2017年12月13日水曜日

退出者 10 - 2

 ケンウッドは時間を無駄にしたくなかった。もたもたしているとレインのファンクラブに見つかる恐れがあった。

「話を聞こう。君の部屋兄弟に何かあったのかね?」

 促すと、レインは意を決した。

「そうです。リュック・ニュカネンは外の恋人との結婚を望んでいます。」
「彼女も同じなのか?」
「2日前、俺はクラウスとセント・アイブスに行きました。ニュカネンがあそこで出張所の設置準備をするために滞在していることはご存知ですよね? 俺は彼がクラウスを不動産屋に案内している間に市役所に行き、彼の相手の女性に会いました。勿論、彼女は俺が恋人の同僚だと知っています。俺は彼の所在を知らないふりをして、彼女に彼の現住所を尋ねました。その時、うっかり彼女の手に触れてしまいました。」

 うっかりではなく、確信犯なのだ。レインは彼女の心を読んだ。

「彼女はニュカネンが任務を終えて街を出て行くのではないかと恐れています。」

 そして彼は付け加えた。

「彼等は現在一緒に住んでいるのです。」

 書類を繰るふりをしていたケンウッドは手を止めた。男女が一緒に住むと言うことは、つまり・・・

「彼等は結婚まで待てなかったのか?」
「ええ・・・妻帯許可もまだもらっていません。」

 地球人の妻帯許可証を発行するのは遺伝子管理局の局員、それも班チーフの仕事だが、ドーマーの妻帯許可を出すのは遺伝子管理局長だ。
 規則を守ることが生き甲斐の様な堅物リュック・ニュカネンが、ドームの規則を破った。

 そこまでして、彼女のそばに居たいのか、ニュカネン・・・?

 ケンウッドはレインを見た。薄い水色の瞳で、普段は感情を浮かべない氷の様に冷たい目をしている男だが、ケンウッドと相対する時は甘えているのだろう、ちょっと潤んで見えた。ケンウッドは彼に尋ねた。

「君はどうしたいのだ? ニュカネンを取り戻したいのか、それともドームから放逐したいのか?」

 レインはケンウッドの目から視線を逸らした。ちょっと間をおいてから答えた。

「俺はこれ以上仲間がいなくなるのは嫌です。ドームから出て行くなんて信じられない。だけど・・・」

 彼はケンウッドに改めて向き直った。

「ニュカネンが恋人から離れたくないと言う気持ちは理解出来るんです・・・」

 恋人に脱走されて、今も必死で探している男の言葉だ。ケンウッドは頷いた。誰かを好きになると云う感情は、他人にとやかく干渉されて止められるものではない。

「レイン、ハイネはニュカネンが恋愛をしていることを知っているよ。」

えっ! と驚きの表情をレインが見せた。ずっと一緒に局長室で仕事をしていたのに、局長はそんな素振りを見せなかったのだ。見せる必要がなかっただけだろうけど。
 ケンウッドは続けた。

「多分、トバイアス・ジョンソンもフレデリック・ベイルも気が付いているさ。上司達はニュカネンがどれだけ本気なのか、本人が打ち明ける迄待っているだけだ。これは周囲が心配するだけでは何も進展がない。ニュカネン本人が行動を起こさなければ意味がないんだよ。だから君が部屋兄弟を心配するのなら、彼に告白するように仕向けてやれないか?」