食堂を出ると、フレデリック・ベイル・ドーマーは食後の運動をすると言って上司等と別れた。ケンウッドとハイネは図書館に向かって歩いた。特に図書館に用事があった訳ではなかったが、図書館のロビーならゆっくり座って会話ができるし、お茶も飲めるのだ。
ハイネはまだデザートの余韻に浸っている様子で、幸福そうな表情でケンウッドの歩調に合わせて足を進めた。ケンウッドは、自身の父親ほども歳が上のこのドーマーが何故か可愛くて仕方がない、と感じる己に気がついた。相手は外観が若く見えるだけで、ドームの中のことは何でも知っているし、コロニー人の心を読み取る能力もある。コロニー人の裏をかいて地球人に優位な方向に物事を運ばせる術も持っている。決して油断してはいけない人物のはずだが、何をしても様になるし、仕草は可愛らしい。そして利己的ではない。ハイネの行動は常にドームの為であり、ドーマー達の為だ。
この男にはドームが全てなのかも知れない。
ドームで生まれて一生中で暮らすドーマーはハイネだけではない。ドーマーの8割は一度も外に出ることなく、ドームの中で生涯を終えるのだ。彼等に閉じ込められていると言う意識はない。ドームの中しか知らないから、何も不足を感じないし、外に憧れることもない。勿論視聴が許されている映画やドラマで外の世界の様子を知っているのだが、出てみようと言う気は起こらない様だ。恐らく外気の汚染が恐ろしいからだろうとコロニー人は思う。映像の中の、普通の地球人達の肌は、荒れている。紫外線や放射線で傷つき、早く老化が訪れるので、ドーマーよりも寿命が短い。ドーマーはそれを知っているから、壁の向こうへは行きたがらないのだ。外に仕事を持つ遺伝子管理局や航空班のドーマー達も休日はドームの中でのんびり寛ぐ。外で遊ぼうとは思わないのだ。
そんなドーマー達のトップにいるハイネは、部屋兄弟や部下達や娘が壁の向こうへ去って行くのをどんな思いで見送ったのだろう。
図書館は静かだった。個別ブース内で勉強しているドーマーやコロニー人達を眺め、ケンウッドとハイネはロビーの談話コーナーに腰を落ち着けた。
2人で取り留めのない世間話をして、お茶を飲んだ。常に遺伝子の管理やクローンの成長や新生児の健康状態を気に留めていなければならない彼等にとって、このぼーっとした時間は貴重だった。ケンウッドはヘンリー・パーシバルとキーラ・セドウィックの結婚以来、酒盛りをしていないことを思い出した。ハイネが誘わないので開かれないだけなのだが、実際のところケンウッドもヤマザキもペルラ・ドーマーも、ハイネが娘を嫁がせて気落ちしているのだろう、と気遣って催促しないでいた。だから、ハイネが近々アパートに集まりませんかと提案したので、ホッとした。
「久々に飲むかね?」
「ええ、ずっと皆忙しかったでしょう? ケンタロウも『通過』のドーマー達が退院したと言っていましたから、手が空いたと思いますよ。」
「グレゴリーは来られるのか?」
「今日の昼に買い物に来ていたのを捕まえて、声を掛けておきました。いつでも来られるそうです。」
ハイネは酒宴を開かなかったのは、仲間が多忙だったせいだ、と言いたげだ。ケンウッドは微笑んで頷いた。
そこへ、1人の若者が近づいて来た。人目を憚る様に歩いて来たのは、ファンクラブに見つかりたくなかったからだろう。その男は、ポール・レイン・ドーマーだった。
「こんばんは、お邪魔でしょうか?」
ケンウッドとハイネは同時に振り返った。ケンウッドが優しく言った。
「否、構わないよ。何か用かね?」
「ええ・・・局長に・・・」
レインは少し躊躇ってから、副長官にも聞いて頂きたくて、と言い添えた。ハイネが頷いて許可を与えた。それで、レインは要望を出した。
「局長がセイヤーズを探す為にお仕事の空き時間に住民登録と遺伝子記録を比較されていると副長官からお聞きしました。俺には権限がありませんが、何かお手伝いさせて下さい。お願いします、セイヤーズを見つけ出すためでしたら、何でもします!」
ハイネはまだデザートの余韻に浸っている様子で、幸福そうな表情でケンウッドの歩調に合わせて足を進めた。ケンウッドは、自身の父親ほども歳が上のこのドーマーが何故か可愛くて仕方がない、と感じる己に気がついた。相手は外観が若く見えるだけで、ドームの中のことは何でも知っているし、コロニー人の心を読み取る能力もある。コロニー人の裏をかいて地球人に優位な方向に物事を運ばせる術も持っている。決して油断してはいけない人物のはずだが、何をしても様になるし、仕草は可愛らしい。そして利己的ではない。ハイネの行動は常にドームの為であり、ドーマー達の為だ。
この男にはドームが全てなのかも知れない。
ドームで生まれて一生中で暮らすドーマーはハイネだけではない。ドーマーの8割は一度も外に出ることなく、ドームの中で生涯を終えるのだ。彼等に閉じ込められていると言う意識はない。ドームの中しか知らないから、何も不足を感じないし、外に憧れることもない。勿論視聴が許されている映画やドラマで外の世界の様子を知っているのだが、出てみようと言う気は起こらない様だ。恐らく外気の汚染が恐ろしいからだろうとコロニー人は思う。映像の中の、普通の地球人達の肌は、荒れている。紫外線や放射線で傷つき、早く老化が訪れるので、ドーマーよりも寿命が短い。ドーマーはそれを知っているから、壁の向こうへは行きたがらないのだ。外に仕事を持つ遺伝子管理局や航空班のドーマー達も休日はドームの中でのんびり寛ぐ。外で遊ぼうとは思わないのだ。
そんなドーマー達のトップにいるハイネは、部屋兄弟や部下達や娘が壁の向こうへ去って行くのをどんな思いで見送ったのだろう。
図書館は静かだった。個別ブース内で勉強しているドーマーやコロニー人達を眺め、ケンウッドとハイネはロビーの談話コーナーに腰を落ち着けた。
2人で取り留めのない世間話をして、お茶を飲んだ。常に遺伝子の管理やクローンの成長や新生児の健康状態を気に留めていなければならない彼等にとって、このぼーっとした時間は貴重だった。ケンウッドはヘンリー・パーシバルとキーラ・セドウィックの結婚以来、酒盛りをしていないことを思い出した。ハイネが誘わないので開かれないだけなのだが、実際のところケンウッドもヤマザキもペルラ・ドーマーも、ハイネが娘を嫁がせて気落ちしているのだろう、と気遣って催促しないでいた。だから、ハイネが近々アパートに集まりませんかと提案したので、ホッとした。
「久々に飲むかね?」
「ええ、ずっと皆忙しかったでしょう? ケンタロウも『通過』のドーマー達が退院したと言っていましたから、手が空いたと思いますよ。」
「グレゴリーは来られるのか?」
「今日の昼に買い物に来ていたのを捕まえて、声を掛けておきました。いつでも来られるそうです。」
ハイネは酒宴を開かなかったのは、仲間が多忙だったせいだ、と言いたげだ。ケンウッドは微笑んで頷いた。
そこへ、1人の若者が近づいて来た。人目を憚る様に歩いて来たのは、ファンクラブに見つかりたくなかったからだろう。その男は、ポール・レイン・ドーマーだった。
「こんばんは、お邪魔でしょうか?」
ケンウッドとハイネは同時に振り返った。ケンウッドが優しく言った。
「否、構わないよ。何か用かね?」
「ええ・・・局長に・・・」
レインは少し躊躇ってから、副長官にも聞いて頂きたくて、と言い添えた。ハイネが頷いて許可を与えた。それで、レインは要望を出した。
「局長がセイヤーズを探す為にお仕事の空き時間に住民登録と遺伝子記録を比較されていると副長官からお聞きしました。俺には権限がありませんが、何かお手伝いさせて下さい。お願いします、セイヤーズを見つけ出すためでしたら、何でもします!」