2017年12月14日木曜日

退出者 10 - 3

 2日後、セント・アイブス・メディカル・カレッジ・タウンの出張所の改装が完了したとの知らせがリュック・ニュカネン・ドーマーから入った。翌日、遺伝子管理局北米南部班チーフ、フレデリック・ベイル・ドーマーは、局員のポール・レイン・ドーマーとクラウス・フォン・ワグナー・ドーマーを連れて見極めに出かけた。本来ならニュカネンの直属の上司、第3チームリーダー、トバイアス・ジョンソン・ドーマーを同伴すべきなのだが、交通手段を静音ヘリにしたので、万が一の事故に備えて幹部を置いて行ったのだ。静音ヘリの操縦士は、これが単独初飛行のワグナーだったから。それにレインとワグナーはニュカネンの部屋兄弟で、彼のことを一番良く知っていた。
 出張所のビルの屋上には、ちゃんとヘリポートが設えてあった。ワグナーは上手に着陸して、ベイルから褒められた。屋上への出口のそばにニュカネンが立って一行を出迎えた。誇らしげな彼の案内で、3人はビル内を見学して廻った。ニュカネンが本部に提出した間取り図そのままに綺麗に改装されたビル内は新築の様だった。どの部屋も使いやすいように仕切られ、開放され、用途目的にピタリと合っていた。

「なかなか良く出来た出張所じゃないか。」

とベイルが呟くと、レインが相槌を打った。

「そうですね、働き易い構造です。かなり生真面目な間取りですけど。」
「生真面目な間取りかね? 確かに遊びの感覚はないな。」

 すると堅物ニュカネンが真面目な顔で、仕事の場ですから、と言い、一行は吹き出した。
 一通り建物内を見学すると、ベイルは周辺環境もチェックした、治安が悪い場所では出張所そのものが危険に曝される。周辺は静かなオフィス街で、小さなホテルやコンビニエンスストアや、クリニックが中小の事業所に混ざって存在していた。大きな研究施設は数ブロック先だが、決して遠くはない。警察署も車で5分とかからない距離だった。
 ベイルは満足そうに頷くと、ニュカネンを振り返った。

「完璧だな、リュック。」
「有難うございます。」
「局長も長官も満足されるだろう。では、ドームに帰って報告書をまとめるとしようか。半時間後にヘリに乗るぞ。ニュカネン、君も一緒に引き揚げろ。」
「えっ!」

 ニュカネンが衝撃を受けるのをベイルもレインも感じた。ワグナーは心配そうな表情で先輩達を見た。ベイルはここからいきなりドーム帰投を命じたのだ。ニュカネンは仮住まいを持っている。家財も少しはあるだろうし、家賃だって払わなければならないし、その上、同居人がいるのではないか・・・。
 しかしベイルはニュカネンに何も言わせない雰囲気で、くるりと背を向け、出張所に戻る道を歩き始めた。
 レインは同僚を見た。ニュカネンはグッと唇を噛み締め、やがてノロノロと歩き始めた。その背を見たレインは心の中で問いかけた。

 お前は黙って帰るつもりなのか? 彼女は何も知らないんだぞ!

 ワグナーは何か言いたそうにレインを見たが、レインが何も言わないので、ヘリコプターの準備をするために駆け足で出張所に向かった。当然上司を途中で追い抜いた。

「ヘリの準備がありますので、失礼します!」

 ベイルは軽く頷いた。そして班チーフは思った。半時間の猶予を与えたのに、何故あの唐変木は女に連絡を取らないのだ?