局長秘書達は既にその日の仕事を終えて帰宅していたので、ケンウッドとハイネ、ベイル・ドーマーの3名で中央研究所の食堂へ行った。一般食堂にしなかったのは、そちらが丁度混み合う時間帯だったからだ。ハイネには普段より早めの夕食になるが、彼は気にしなかった。
ハイネは上司として当然とばかり部下の食事代を支払ったが、ケンウッドの分は払わなかった。副長官は遺伝子管理局長の上司になるので当たり前だが、ケンウッドは妙におかしく思えた。ドーマー達はこう言うところで序列にこだわるのだ。
食事中は当たり障りのない世間話をした。ベイル・ドーマーはケンウッドが育った火星コロニーの話を聞きたがった。ケンウッドは年に1回しか帰省しない故郷に未練がなかったのだが、ドーマーの好奇心を満たす為に流行のミュージシャンやアート、スポーツの話を聞かせた。政治や教育制度の話をしなかったのは、どこのコロニーでも似たり寄ったりだったからだ。地球の様に広々とした世界ではないので、規則が多い。広大な宇宙に出たはずなのに、結局人間が生存可能な場所は限られているのだ。だから、コロニー人は地球を元の自由で活力の満ち溢れた惑星に戻したいのだ。
デザートになると、ベイル・ドーマーは話題を仕事の方向へ転換した。但し、特定の部下に関する話題だった。彼はリコッタチーズのプルプルパンケーキを真剣な顔で切り分けている局長に話しかけた。
「リュック・ニュカネンのことですが、局長のお耳に入っているでしょうか、彼が外の女性と交際していると言う噂を?」
その時、ハイネのパンケーキのてっぺんにあったバターの塊がツルリと滑ってシロップの池の中に落ちた。ケンウッドはハイネが残念そうな顔をするのを見て、危うく吹き出すところだった。塗ってしまえば同じなのに・・・。
ハイネがベイル・ドーマーを見た。
「市役所の女か?」
「やはりご存知でしたか。」
ハイネはケンウッドを見た。
「副長官がお怪我をされた時に、お世話をしてくれたそうだな。」
それでケンウッドは頷いた。
「美人だよ。それに世話見の良い人だ。親切で優しい。」
彼はベイル・ドーマーに尋ねた。会議の時からずっと気になっていたことだ。
「もしや、出張所の準備をニュカネンに全て任せたのは、彼女の存在が関係しているのかな?」
「別に女の為に彼をセント・アイブスに行かせるのではありません。彼なら1人でも新規事業の準備をやってのけると期待しているからです。」
「独り立ちさせる為ではないのかい?」
「それは・・・」
ベイル・ドーマーは局長の顔を見た。ハイネはまた視線をパンケーキに戻していた。部下の将来の話よりリコッタチーズのプルプルパンケーキに神経を集中させたい様だ。
その態度はベイル・ドーマーの無言の問いかけにちゃんと答えを与えていた。
ベイル・ドーマーはケンウッドに向き直った。
「ニュカネンから将来の希望が出される迄、我々の方から触れることはしません。」
つまり遺伝子管理局はニュカネン自身が未来を決めると言う考え方なのだ。ドームの執政官達が反対すればそれまでだが、彼がドームを去りたいと言えば引き止めない。遺伝子管理局が局員に恋愛を禁止することはない。だが・・・
「勿論、仲間が去って行くと考えるのは、辛いですよ。」
ベイル・ドーマーが本音を呟いた。
「出てしまえば、自由にドームを出入りすることは不可能ですからね。」
ハイネは上司として当然とばかり部下の食事代を支払ったが、ケンウッドの分は払わなかった。副長官は遺伝子管理局長の上司になるので当たり前だが、ケンウッドは妙におかしく思えた。ドーマー達はこう言うところで序列にこだわるのだ。
食事中は当たり障りのない世間話をした。ベイル・ドーマーはケンウッドが育った火星コロニーの話を聞きたがった。ケンウッドは年に1回しか帰省しない故郷に未練がなかったのだが、ドーマーの好奇心を満たす為に流行のミュージシャンやアート、スポーツの話を聞かせた。政治や教育制度の話をしなかったのは、どこのコロニーでも似たり寄ったりだったからだ。地球の様に広々とした世界ではないので、規則が多い。広大な宇宙に出たはずなのに、結局人間が生存可能な場所は限られているのだ。だから、コロニー人は地球を元の自由で活力の満ち溢れた惑星に戻したいのだ。
デザートになると、ベイル・ドーマーは話題を仕事の方向へ転換した。但し、特定の部下に関する話題だった。彼はリコッタチーズのプルプルパンケーキを真剣な顔で切り分けている局長に話しかけた。
「リュック・ニュカネンのことですが、局長のお耳に入っているでしょうか、彼が外の女性と交際していると言う噂を?」
その時、ハイネのパンケーキのてっぺんにあったバターの塊がツルリと滑ってシロップの池の中に落ちた。ケンウッドはハイネが残念そうな顔をするのを見て、危うく吹き出すところだった。塗ってしまえば同じなのに・・・。
ハイネがベイル・ドーマーを見た。
「市役所の女か?」
「やはりご存知でしたか。」
ハイネはケンウッドを見た。
「副長官がお怪我をされた時に、お世話をしてくれたそうだな。」
それでケンウッドは頷いた。
「美人だよ。それに世話見の良い人だ。親切で優しい。」
彼はベイル・ドーマーに尋ねた。会議の時からずっと気になっていたことだ。
「もしや、出張所の準備をニュカネンに全て任せたのは、彼女の存在が関係しているのかな?」
「別に女の為に彼をセント・アイブスに行かせるのではありません。彼なら1人でも新規事業の準備をやってのけると期待しているからです。」
「独り立ちさせる為ではないのかい?」
「それは・・・」
ベイル・ドーマーは局長の顔を見た。ハイネはまた視線をパンケーキに戻していた。部下の将来の話よりリコッタチーズのプルプルパンケーキに神経を集中させたい様だ。
その態度はベイル・ドーマーの無言の問いかけにちゃんと答えを与えていた。
ベイル・ドーマーはケンウッドに向き直った。
「ニュカネンから将来の希望が出される迄、我々の方から触れることはしません。」
つまり遺伝子管理局はニュカネン自身が未来を決めると言う考え方なのだ。ドームの執政官達が反対すればそれまでだが、彼がドームを去りたいと言えば引き止めない。遺伝子管理局が局員に恋愛を禁止することはない。だが・・・
「勿論、仲間が去って行くと考えるのは、辛いですよ。」
ベイル・ドーマーが本音を呟いた。
「出てしまえば、自由にドームを出入りすることは不可能ですからね。」