ポール・レイン・ドーマーは内勤の日の午後、本来の業務が終わると局長室を訪れる様になった。第1秘書のジェレミー・セルシウス・ドーマーが彼のために机を用意してくれており、彼はそこに座ってコンピュータの中のファイルを覗く。そのファイルは、ローガン・ハイネ・ドーマーが一度チェックした住民登録表と遺伝子プロフィールと、同じ住所地の最新の情報だ。レインの仕事はそれを比較して、新規転入者を探すことだ。局長がチェックして遺伝子履歴のない人間をピックアップする。遺伝子管理局の局員達が現地へ行って、問題の人物の身元を調査する。違法製造のクローンだった場合は逮捕又は保護する。
チェックすべき住民登録表は膨大な件数で、ハイネはまだ3分の1しかチェック出来ていない。しかし、人間は移動する。ドームの様な狭い社会でも、ドーマーやコロニー人は頻繁にアパートの部屋替えをする。広い外の世界では尚更だ。ハイネがチェックした後の土地に新しい住人がやって来る場合もあるのだ。そしてレインが2度目のチェックを行うわけだ。もし新規住人を見つけたら、彼はセルシウス・ドーマーに報告する。幹部候補生から降格された彼には、遺伝子プロフィールを閲覧する権限がないからだ。悔しいが、悔しがる暇がないほど目を通さなければならない情報が多い。
レインが手伝う時間は1、2時間だけなのだが、毎回終わると彼はぐったりとしてしまう。外の世界で違法メーカーを追いかけている方がずっと楽だと、若者は思った。そっと局長の執務机を見ると、ハイネは特に苦にすることもなく、天文学的量の資料を1件1件目を通しているのだ。
セルシウスの机を見ると、第1秘書はそろそろ1日の業務を終えて運動に出かける支度に取り掛かろうとしていた。第2秘書のネピア・ドーマーは中央研究所で拾い集めた情報を報告書にまとめているところだった。レインはネピアが苦手だった。昨年まで内勤局員をしていたネピア・ドーマーは、若い頃は凄腕の局員だったと言う話だ。引退して内勤になってからも上司から指示があれば臨時で外勤務に出ていた。ダリル・セイヤーズ・ドーマーが脱走した当初、ほとんど毎日捜索に当っていた。レインは偶然彼の手に触れてしまい、彼の感情を読み取ってしまった。ネピアはドームに迷惑を掛けたセイヤーズを憎んでいた。そしてセイヤーズを愛しているレインを疎ましく思っていた。
レインは小さな溜息をついたが、セルシウスに聞かれてしまった。口髭のドーマーが彼を見て、微笑んだ。
「疲れたかね?」
「いえ・・・あ、はい・・・」
レインは出来るだけ素直になろうと務めた。嘘をついて虚勢を張っても、年長者達は見破ってしまうことを彼は悟っていた。テレパシーではなく、経験からだ。
彼はそっと局長を見て、セルシウスを振り返った。
「局長は毎日ずっとあんなしんどい仕事をなさっているのですね。」
セルシウスが苦笑した。
「慣れだよ。」
「俺も毎日申請書や届出書を見ていますが、こんな長時間は耐えられませんよ。」
セルシウスはまた声を立てずに笑っただけだった。レインは身体を秘書の方に傾けて囁き掛けた。
「局長が入院されていた時、局長業務はどなたがなさっていたのですか?」
セルシウスは一瞬遠くを見る様な目をした。
「当初は、15代目が来られて代行して下さった。局長が眠り続けて1週間経つと、医療区から長期戦を覚悟する様にと言われたので、15代目はペルラ・ドーマーに業務を教授された。けれど、秘書ではとても毎日はこなせない。秘書の仕事を疎かにする訳にいかないし、局長業務を休むことは絶対に許されない。それでペルラ・ドーマーは15代目の許しを得て、私にも業務を教えて下さった。秘書2人で仕事を分け合ったのだよ。」
チェックすべき住民登録表は膨大な件数で、ハイネはまだ3分の1しかチェック出来ていない。しかし、人間は移動する。ドームの様な狭い社会でも、ドーマーやコロニー人は頻繁にアパートの部屋替えをする。広い外の世界では尚更だ。ハイネがチェックした後の土地に新しい住人がやって来る場合もあるのだ。そしてレインが2度目のチェックを行うわけだ。もし新規住人を見つけたら、彼はセルシウス・ドーマーに報告する。幹部候補生から降格された彼には、遺伝子プロフィールを閲覧する権限がないからだ。悔しいが、悔しがる暇がないほど目を通さなければならない情報が多い。
レインが手伝う時間は1、2時間だけなのだが、毎回終わると彼はぐったりとしてしまう。外の世界で違法メーカーを追いかけている方がずっと楽だと、若者は思った。そっと局長の執務机を見ると、ハイネは特に苦にすることもなく、天文学的量の資料を1件1件目を通しているのだ。
セルシウスの机を見ると、第1秘書はそろそろ1日の業務を終えて運動に出かける支度に取り掛かろうとしていた。第2秘書のネピア・ドーマーは中央研究所で拾い集めた情報を報告書にまとめているところだった。レインはネピアが苦手だった。昨年まで内勤局員をしていたネピア・ドーマーは、若い頃は凄腕の局員だったと言う話だ。引退して内勤になってからも上司から指示があれば臨時で外勤務に出ていた。ダリル・セイヤーズ・ドーマーが脱走した当初、ほとんど毎日捜索に当っていた。レインは偶然彼の手に触れてしまい、彼の感情を読み取ってしまった。ネピアはドームに迷惑を掛けたセイヤーズを憎んでいた。そしてセイヤーズを愛しているレインを疎ましく思っていた。
レインは小さな溜息をついたが、セルシウスに聞かれてしまった。口髭のドーマーが彼を見て、微笑んだ。
「疲れたかね?」
「いえ・・・あ、はい・・・」
レインは出来るだけ素直になろうと務めた。嘘をついて虚勢を張っても、年長者達は見破ってしまうことを彼は悟っていた。テレパシーではなく、経験からだ。
彼はそっと局長を見て、セルシウスを振り返った。
「局長は毎日ずっとあんなしんどい仕事をなさっているのですね。」
セルシウスが苦笑した。
「慣れだよ。」
「俺も毎日申請書や届出書を見ていますが、こんな長時間は耐えられませんよ。」
セルシウスはまた声を立てずに笑っただけだった。レインは身体を秘書の方に傾けて囁き掛けた。
「局長が入院されていた時、局長業務はどなたがなさっていたのですか?」
セルシウスは一瞬遠くを見る様な目をした。
「当初は、15代目が来られて代行して下さった。局長が眠り続けて1週間経つと、医療区から長期戦を覚悟する様にと言われたので、15代目はペルラ・ドーマーに業務を教授された。けれど、秘書ではとても毎日はこなせない。秘書の仕事を疎かにする訳にいかないし、局長業務を休むことは絶対に許されない。それでペルラ・ドーマーは15代目の許しを得て、私にも業務を教えて下さった。秘書2人で仕事を分け合ったのだよ。」