2017年12月3日日曜日

退出者 9 - 2

 セルシウス・ドーマーは立ち上がると、局長に声を掛けた。

「では、レインと私は今日はこれで上がらせて頂きます。」

 局長が顔を上げ、微笑んで応えた。

「うむ、ご苦労様、明日迄ご機嫌よう!」

 ネピア・ドーマーはセルシウスだけに視線を向けて、お疲れ様でした、と言った。後輩には挨拶しないつもりなのか、とレイン・ドーマーは不満を感じたが、「お先に失礼します」と挨拶して第1秘書と共に局長室を後にした。
 通路を歩きながら、レインはセルシウスに訴えた。

「ネピア・ドーマーは俺が気に入らない様ですね。」

 するとセルシウスが苦笑した。

「彼は局長の熱烈なファンなのだ。局長に近づく部下には、片っ端からああ言う態度を取る。そのうち局長からお咎めがあるだろう。秘書は局員全員に平等に接しなければならない。君1人に冷たい訳ではないから、気にするな。」
「全員に平等に冷たい訳ですね?」

 レインも苦笑した。個人的に不愉快な感情を持たれていることを察しているが、それは言わないでおこうと思った。こちらから壁を作ってもろくなことはない。
 本部から出て、彼等は運動施設に向かった。歩きながら、さらにレインは第1秘書に話しかけた。局長室の人々には滅多に会えないので、今の特権を利用して知りたいことを知っておきたかった。

「セイヤーズ捜索に局長の貴重なお時間を割かせていただいて、ご迷惑ではありませんか?」
「何を言うかと思えば・・・」

 セルシウスが彼を振り返った。

「セイヤーズ搜索は正規の仕事だ。進化型1級遺伝子危険値S1の人間を野放しに出来ないからな。それにリスト照合で違法クローン摘発数も増えているだろう? 君がしていることはボランティアではない、局長が認められた正規の任務だ。チームリーダーにも班チーフにも承知させている。君は堂々と局長室に通ってくれば良い。」

 そう言われたレインは、肩の荷が下りた気分だった。
 歩いている彼等を見かけたレインのファンクラブが付いてくるのが見えた。レイン1人ならもっと接近するのだが、セルシウスが一緒なので遠慮しているのだ。だがセルシウスはすぐに彼等の存在に気がついた。君は相変わらず人気者だなぁと言うと、レインがムスッとした表情で囁いた。

「パーシバル博士が作ってくれた当時のファンクラブの人々は良い人達です。俺は好きだし、頼りになります。でも最近のメンバーは駄目ですね。」
「どんな風に駄目なのだ?」
「創設期の人達は、俺と世間話をしたり俺が運動するのを眺めるだけで満足してくれます。それに俺が困っていると思ったら、色々と仕事の便宜を図ってくれます。
 しかし、新しい人達は、それでは満足しないのです。彼等は俺の体に触りたがります。
俺だけじゃない、ドーマー達全員がなんとなく感じています。なんて言うか・・・サンテシマの再来みたいな・・・」

 セルシウス・ドーマーが眉を顰めた。彼もなんとなく同じ印象を抱いていた。用事で中央研究所に行った場合などに、通路ですれ違いざま体をぶつけてくる若い執政官がいる。エレベーターの中で、よろめいて見せてしがみついてくる女性もいる。
 セルシウス・ドーマーは既に60歳を超えている。しかし鍛え上げられた肉体は、重力が弱い宇宙のコロニーで育った執政官達よりも逞しく美しい。

「コロニー人は、地球人の筋肉に憧れているのだよ、レイン・ドーマー。彼等の無礼は不愉快だが、サンテシマの行動とは少し違う。もっとも行き過ぎると同じになるなぁ。
 出来るだけ隙を作らないようにすることだ。無用の争いは避けるように気をつけて行動したまえ。挑発には乗るなよ。」
「承知しました。執政官を怒らせないよう、十分に気をつけます。」